クグツ
あおいが庭いじりをしている。
草むしりをした庭はスッキリと広い。
キモチのいいもんだ。
自分でやったしね。
あおいの足元にはおしょうさんが居てスコップ
の動きにキョロキョロしたり土を掘ったりしている。
蒔いたところを掘り返すのであおいが
「こらっ。」と声を掛ける。
おしょうさんはピタッ動きを止める。
が、様子を見ては、また掘り始める。
また「こらっ。」と声を掛ける。
ふたりしてきゃっきゃ言いながらやってる。
楽しそうだ。日々是好日。
家に来たばかりのころは堅実で使命感溢れる坊さん。といった風
だったことを思うとかなり
コドモ返りしてる。けっきょくはコレで良かったんだなあと思う。
あおいはあおいで、うるさいだのクドいだのと
悪態ついていたおしょうさんへの愛情は格別で
もう。アマイなあぁ。と叫びたくなる。
まあ。こういう変化も悪くない。
変われば変わるものだ。
変わったといえば俺の呼び方。
最初は「イチロー様」だった。
あるところから「イチロ。」に変わった。
これでいいんだけど。
ばあちゃんまで「イチロ。イチロ。」と呼ぶ。
わざわざ伸ばさないように言ってる。
店の手伝いするようになってばあちゃんといる
時間が長いからいろいろ漏れたり。
してるだろうなあ。
こういうとき年長者は面白がるだけだもんなあ。
ばあちゃん。頼むからそっとしといてくれ。
いまは仕事中。預かった人形の修繕。
猫の顔、人のカラダの人形。どうやらクグツらしい。
芸人がひとの集まるところでやる人形芝居の人形のことだ。
身分のない人達が見ていた芝居だから寓話やら
皮肉やら冗談が込められてこんな姿なのかもしれない。
稚拙な造りで細工とも呼べないが人々から笑い
を取っていたこの人形の猫の目に写っていたものはどんなだう。
こんな人形でも活き活きと動かしてみせて場を
湧かせていたのだろうか。
関節を繋いでいた古い糸は取り替える。
欠けた所々に粘土を詰めて。
乾いたら色を入れよう。
壊れたところはあっさり新しい材料に替える。
色の剥げた所は塗り直した。
この後は、
「イチロ。これは?」
あおいが後ろに居てびっくりした。
おしょうさんは遊び疲れたのかあおいの腕の中で寝息を立ててい
る。時々ピクピクと耳が動く。
「クグツ。芝居の人形。」
あおいの知識欲は素晴らしく、新しいことをどんどん吸収する。
これを助けるのは楽しい仕事だ。
質問責めはしんどいけれど。
「クグツ?クグツってケモノみたいなヤツじゃないの。
ビャッコとか。ヒヒとか。」
何と思い違いをしているのか。
それともそんなクグツを俺が知らないのか。
「ふーん。お芝居の人形もクグツって言うの?。見てていい?」
うん。と頷く。
あおいの言うクグツはこれとは違うようだ。
作業を続ける。この後は、新しい糸で関節を繋
いで形を整えれば。出来上がり。
「ふふっ。かわいい。ねえ。どんなお芝居してたのかな。」
これでは大した出し物はできなかったろうな。
「そうだ…。これ。貰ってもいい?」
交換した、壊れたほうの部品を指さした。
うん。
あおいは両手で包むとじっと凝視した。
髪の毛が一本、スルスル伸びる。髪の毛は伸び
続け床の上にグニャグニャと線を描いた。
髪の伸びがやがて止まると、それを引き抜く。
「痛たっ。」
髪が伸びる間、あおいの動きは止まっていたと思う。
まるでプリンタが出力をしている。そんな風だった。
それは軽い衝撃だった。
目じりに少しナミダを浮かべながら髪の毛を手
の中の部品に巻きつける。
「これ貸して。ライターも。」
金属の容器に部品を置いてライターで火を入れた。
巻き付けた髪が燃え、木の部品にゆっくりと火
が回り始める。
細い煙がすうーっと上がると、はっきりとした
男の声が聴こえてきた。
「…うまい……ら漬け。…。たったの三文。三文。
慌てない。慌てない。まだまだ…」
「あけま…ておめ……うござりまするう。」
あおいを見る。
「そうだよ。この子の思い出。この子の聞いた声が出てるんだ。」
立ち昇る煙を見つめる瞳はどこか寂しい。
煙のつぶやきは続く。
「あっ!イテテテ。ごめん。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「あまーい。飴だよーぅ。飴屋が来よーぅ。」
「…れじゃあなぁ。…あんな出し物はできねぇ
…れだって、あんな…が有りゃあ…へっ。…なんてことねえ…」
「…たーりーぃ。おめで…うございります…
おめでとう…ざいまするぅ……。」
「あま…いぃ。あめだよ…ぅ。…あめ…がきたよ…ぅ。」
「へい、へい。三文でござ…ます。はぁい。あ……とうご…い…ごひいきに……。」
声は、やがて小さくなりぷつぷつと途切れるようになる。
沈黙が降りる。
欠片は燃え尽き
煙がひとすじ、
宙に溶けていった。