02 玉匣が開くとき
坊さんに促されて函に目を戻す。
目を見開き微動だにしない坊さんの気迫に包まれて床の間という
空間が緊張に満ちる。
黒く艷やのある小さな立方体は床の中央にあった。
手のひら大のその函の表面には細かな幾何学模様が細工されてい
て、現代のアートのようにも見える。
存在を示しながらも周囲と調和していて不思議と心惹かれる。
函の上面。中心に小さな光が灯る。
見る間に光は四方に拡がり十字になる。
その十字が更に拡がりつづけ光の面になった。
光の底のほうから青い煙が立ち昇り始める。
煙は所々にちいさな渦を幾つも幾つもつくりながら天井に伸びて
いく。
煙は今度は収縮する様に集まりはじめる。
沈黙と激流。無音だがまるで、轟々と響いて来るような。
渦のひとつひとつは定められた位置があるかのように走り出す。
全ての渦はそれぞれの持ち場にいき届いたのか。
動きを止めたとき。それは女性の裸形をつくっていた。
右の足がすうーっと伸び畳に触れる。
そのまま。ひとのようにそっと立った。
「なかなか。居心地が良さそうなところだな。うん。」
いまや青い裸の女性は、腰を降ろしあぐらで寛ぐ。
「姫!」
坊さんは貴人に接する様に深々と頭を下げ、床に擦り付ける。
「ああ。そういうのはいい。めんどう…いや。
わたしはここが気に入っているよ。あとはわたしとご亭主とで
やっていく。永の間ご苦労であったな。よくぞわたしを待ってい
てくれた。礼を言う。おまえはこれより自ずを主として生きるが
良いぞ。」
「姫!?」
坊さんは困惑の表情を浮かべる。
これまでの一生をこの瞬間に捧げてきたのだろう。好きに生きろ
と言われてもそんなこと考えてすらいなかったろう。
「ああ。その。ありていに言うとジャマなんだ。」
「姫えぇぇぇ!!!」
俺は困っていた。
煙から美女が出てくる手品みたいなものを見せられたら誰だって
釘付けになる。
いま。この状況は刺激が強すぎる。
青い肌の美女が裸体で女体の秘密を隠す気配なく文字通り開けっ
拡げでニヤニヤ笑っている。
「ご亭主。どうした。」