Neetel Inside 文芸新都
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○○○がもし百人の村だったら
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○月○日
我々に、また新たな仲間が加わった。
今度は明るい好青年だ。
彼の性格に問題があるとは思えないのだが、長がまた苦い顔をしているのが少し気にかかった。
これで記念すべき百人目だというのに。

○月○日
最初はたった数人だった我々も、今では随分と賑やかになった。
その内交換日記でも出来るかと考えていたが、どうやら日記をつける趣味を持っているのは私だけらしい。
当てが外れたのは残念だが、こういうものは自分一人で読み返していても十分面白い。
贅沢は言わないでおこう。

○月○日
やはり長の表情が暗い。
どうも口減らしを考えているらしい。
あまり人数が多いと管理が大変だから、と。
私には政治の話は分からない。
しかし、仲間が減るのは寂しいと思う。

○月○日
少しずつ、革命の気運が高まっているようだ。
件の若者が最初に声を挙げ、それに応えるものが増えている。
私も彼についていくつもりだ。
仲間が減るのは寂しい。
我々は家畜ではない。

○月○日
ついに革命が始まった。
長は抵抗するだろうが、もはやあの男に人望があるとは思えない。
決着はそう遠くない内につくだろう。

○月○日
我々に新たな夜明けが来た。
長も我々の数の前に屈し、無用な血も流れずにすんだ。
誰も傷付かずに体制が変わったのは喜ばしい。
長、いやそうだった彼とて我々の仲間には違いないのだから。

○月○日
若者は新たな長となる事を拒んだ。
我々は皆平等だからと。
これからは、重要な事は全員の合議で決める事になった。
彼らしい決断だと思う。

○月○日
議会の意思決定は、やはり長が物事を決めていたときよりも緩慢だ。
皆が納得する結論を出すというのは、中々難しいらしい。
長だった男は、それ見たことかと鼻で笑っている。

○月○日
困った事になった。
足が上手く動かない。
何かの病気のようだ。
手は問題なく動くから、日記を書く分には困らないが。

○月○日
私の扱いについて、連日合議が繰り返されている。
直る見込みが無いのなら、いっそ死なせてやってはどうかと。
私は彼らに委ねようと思う。

○月○日
とうとう結論が出た。
私を除く99人で決を取り、一票差で私の人生は終わることとなった。
反対票を投じた人達は、自分のことのように涙を流して悲しんでくれている。
その中には、あの長だった男の姿もあった。
当の私自身は、不思議と悲しいとは感じていない。
最期に彼らの優しさに触れられた事を嬉しく思う。

     

とあるワンルームマンションの一室、いつになく賑やかなその部屋の中で、コートを着た初老の男が頭をかきながら目の前の遺体と向き合っていた。
「ふむ、睡眠薬の過剰服用か……」
「付近の住民の話によると、最近足を悪くしていたそうで、歩行もままならなかったとか」
聞き込みを終えたばかりの若い巡査の報告に対して、男は静かに頷いた。
「なるほど、それを苦にして、所謂尊厳死って奴か……まぁ、理由はどうあれ自殺で間違いないな」
「あ、先輩古いですね、今は自死って言わないと駄目なんですよ。確か自殺って表現だと道徳的に良くないから……」
「バカ野郎。それくらい知ってるよ。それでも今回は自殺で間違い無いんだ」
「……どういうことですか?」
男は後輩の問いには答えず、苦い顔をしながら目の前の遺体に手を合わせた。
「嬉しく思う……か。こいつは確かにそうなんだろうな。けど、最後の瞬間、今際の刻みで、あんたは一体誰だったんだい?」
男は顔をしかめたまま、目の前に横たわる苦悶の表情に布を被せ、そっと彼に日記帳を返した。

       

表紙

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