ただの反乱軍でしかないウォルトと幹部たちだったが、フローリアの百合の館で思わぬ歓待を受けた。
高貴な紫のマントをたなびかせ、聡明なエルフの姫騎士が右手を差し伸べる。
「私はフローリアの姫騎士を束ねるジータ・リブロースと申す者。以後お見知りおきを」
かつて、これほど反乱軍に友好的な国があっただろうか。ウォルトは右手をとって握手し応えた。
「俺は剣闘士たちの代表者の一人、ウォルト・ガーターベルト。もう一人の代表者は……」
フォーゲンを探すがいない。傍らのショーコが小声で説明した。
「難民受け入れを打診しに行くとか言って、単身SHWに渡ったぞ」
「今度はフォーゲンが出て行ったのか!?」
ウォルトは頭が痛くなった。どいつもこいつも自分勝手すぎる。ここフローリアに留まれば、衣食住は足りるのに。
しかしウォルトはすぐに思い知ることになる。どんなに自分の考えが名案に思えても、必ずリスクが隠れていることに。
「皆様のために宴席を用意しました。名札のついた席に着いておくつろぎ下さい」
ジータに勧められて、ウォルト・ガーターベルトと名札のついた上座に着く。ウォルトの右にショーコ、左にメン・ボゥ。一番右端にヴァルフォロメイ。幹部たちがすべて長机の席についてから、ジータたち姫騎士が着席する。メン・ボゥの対面にジータ、ウォルトの対面にシェリル・カーゾン、ショーコの対面にタキシードを着た中年、ヴァルフォロメイの対面には軍服の女性が座った。
邪魔にならぬように金髪をポニーテールに結っている。優しい顔をしているが、ぴんと背筋をのばして座る所作は軍人そのものだ。とても姫騎士には見えない。名札にはアンネと書かれている。
ジータがウォルトの視線に気付いて紹介した。
「こちらは反乱軍掃討総司令官のネクル子爵と第二巡視隊隊長のアンネさんです」
アンネはかつて甲皇国の巡視隊の副隊長だったが、巡視隊増員により第二巡視隊の隊長に昇格している。今は丙武たちの留守を任されていた。
まさか敵対している甲皇国軍と一つのテーブルを囲むことになろうとは。
見目美しいメイドたちが一つの席にひとりずつついて、グラスに葡萄酒を注いでいく。フローリア、甲皇国、反乱軍の幹部たちは乾杯した。いったい何に対する乾杯なのか、わからない。反乱軍を歓迎するということだろうか。
「前菜は春野菜のテリーヌです」
とシェリルに言われて、ウォルトは驚いた。
「この真夏に春野菜とは!?」
メイドたちが運んできた前菜には確かに春野菜がふんだんに使われている。フローリアの田園風景を映したようなテリーヌは新鮮な春の香りが閉じ込められていた。
「冷却魔法によって春摘みの野菜を低音で管理しているのです」
ジータは誇るでもなく、ごく当たり前のことのように説明した。
「続きまして、フローリアパンと秋野菜のスープをお召し上がり下さい」
今度は秋野菜が出てきて、反乱軍一同は面食らった。フローリアの農業が千年進んでいるという話は、どうやら誇張ではないらしい。
ジータが気を利かせて説明する。
「私の固有魔法によって光合成を促進させた、早摘みの秋野菜です」
ひとつのコース料理の中に春野菜と秋野菜が混在している。敵と味方が入り乱れる、このテーブルのように。
メイドたちが台車を引いてきて、二人がかりでふたの付いた大皿をテーブルのどまんなかに配膳する。
「メインデッシュは子豚の丸焼きです」
大皿のふたが取られ、メイドたちが小皿に取り分けてくれた。
「フローリアの農業は一つの畑の精霊の力を回復させるために、春作地、秋作地、休耕地のローテーションを繰り返します。この子豚は休耕地で放牧して育てたものです」
ここまで料理の説明に徹していたジータが、ようやく本題に入る。
「さて、あなたがた難民を受け入れたフローリアですが、今回の宴席が最初で最後です。後は自分たちだけでなんとか生計を立ててください。フローリアは一切支援いたしません」
和やかなムードから急に突き放される。
「そんな」
ウォルトは狼狽した。多くの難民を受け入れた実績を持つフローリアでは、難民を保護する手厚い支援が受けられると思い込んでいたのだった。
「小さい政府であるフローリアには自主独立の気風があります。それはつまり、政府の助けをあてにせず、すべて自分たちでまかなうということです。これからはフローリアの気風になじんでいってください」
「我々の大半はレンヌ市民です。レンヌは鉱山で栄えた町で、市民のほとんどが農業をしたことがありません。種苗を分けてもらったり、農業の手ほどきを受けたりといったことすら無理でしょうか」
「無理です。一切例外なく」
これがフローリアのやりかたか。甲皇国の軍人を同席させたのも、こちらを警戒して牽制させようという魂胆だろう。小さな国が大国アルフヘイムの中で自治権を保持し続けるだけのことはある。
ウォルトの推測通り、甲皇国の軍人であるアンネが口を挟んだ。
「我々からも提案があります。貴殿らの自発的な武装解除を望みます。もう戦う必要はないのですから」
アンネは甲皇国の軍人の中ではとりわけ難民たちに同情的だったが、レンヌ一揆のときに市民と軍が発砲し合う苦い経験をしている。難民の中にテロリストが紛れていないとも限らない。武装解除こそが悲劇を繰り返さないための方法だった。
非戦闘員だけでも受け入れてもらえれば御の字だと思っていたので、ウォルトは武装解除にそれほど抵抗はない。だが、反発する。駆け引きではなく、感情が暴発した。
「それならば、あなたたち駐留軍人たちがまず武装解除するのが筋でしょう。軍人は武器を持って良いのに、市民が武器を取っては都合が悪いのか?」
「私は、私たち軍人は市民が武器を取ることを見過ごすことはできない」
アンネはその一点だけは決して譲らない。
武装蜂起した自分たちを全否定されたように感じて、ウォルトはつい熱くなってしまった。自分が折れれば、すべてうまくいく。ウォルトは矛を収め、武装解除を受け入れた。
反乱軍の戦いが終わったとも知らず、ジテンはあいかわらず短剣の修行を続けている。フローリアの果樹園でブドウの房を落とそうと、短剣を投げた。
するとみごとに茎に当たって、枝ごと地面に落ちる。
「こらっ!」
聞こえてきたのは賞賛ではなく、怒声だった。
大人びた黒髪の女の子がかんかんに怒っている。
「農家の人が丹精こめて作ったブドウを、いたずらに使ってはダメ!」
フローリアの人かと思ったが違う。難民の中で子供は五人しかいないので記憶に残っていた。ジテン、ケーゴ、アンネリエ、ベルウッド、そして黒髪の女の子ボタン・フウキだ。
「イタズラじゃなくて修行だよ。フローリア人みたいなこと言ってるけど、ボタン、君だって難民だろ」
「難民だからこそ、フローリアではフローリアのルールに従うべきじゃない?」
自分と同い年の十二歳なのに、しっかりとした考えを持ってるのだなとジテンは感心してしまった。
「うん。そうだね。修行は別の方法にするよ」
ジテンが素直に従うとボタンはにこりと子供らしい笑顔になって、果樹園の中でブドウの枝を剪定している両親の元へ手伝いに行く。孤児のジテンにはとてもまぶしい景色だった。
さて、農作物に害を与えずにどうやって修行しようか。
修行をしようとするジテンにまたしても邪魔が入る。武装解除するようにとウォルトが言ってきた。
フローリアではフローリアのルールに従うべき。ジテンは覚悟を決めていた。
「短い間だったけど、ありがとう。相棒」
迷わずの短剣に別れを告げてからウォルトに手渡す。
しっかりとつかんだはずなのにするりとウォルトの手から抜けてしまった。短剣は逃げるようにジテンの手の中に戻る。まるで我が家にでも帰り着くように。
「ああ。ああ。ダメだ。僕、こいつを手放せないよ。フローリアには居られない。出て行くよ」
ウォルトは泣きそうな顔になった。
「みな居なくなる。君もなのか。俺は正直、武器を持ったり、一人で出て行ったりしてほしくない。そういうのは大人になってからだっていいじゃないか」
「やっぱりウォルトさんが僕に剣を教えてくれなかったのはわざとだったんですね。大人になってからじゃ遅いんですよ。僕は行きます」
ウォルトはこれ以上引き止めることが出来ない。ジテンの顔つきは決心した大人の顔だった。
「もしも。もしもレビたちに会うことがあったら伝えてくれ。フローリアで待ってるって」
ウォルトはせめてレビたちとだけでも合流したいと、ジテンに望みを託した。