Neetel Inside 文芸新都
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ボトムオブザワールド
7「テレビ塔」

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 街の外れにあるテレビ塔はもはやその機能を果たしてはいない。近隣に遥かに広範囲をカバー出来るタワーが立ち、元よりあるテレビ塔はまだまだ耐久年数はあるのに無用の長物となってしまった。それは街の底に漂う人達に似ていた。流れる季節を何周も見てきた。花は咲いては散っていった。蝉が死んで夏が終わり、冬の終わりに雪が溶けた。

 時と共に風景は朽ち果てていった。まだまだ寿命は尽きてはいないのに、何の役にも立てない人達が増えた。テレビ塔の下に入り込み暮らす者、冬に眠り込みそのまま動かなくなる者。子供達の瞳から輝きが消えるのが年々早くなった。行き倒れた人を啄むカラスの目にも気だるさが浮かんでいた。どうして俺はこんな不味い物を食わなければいけないのだと。どうしてお前らはもっと美味くはなれなかったのかと。
 やがて街の底から巨大化したカラスの王が浮かび上がり、テレビ塔に取り付き、その重みでテレビ塔は微かに傾いた。実際の体重以上の重みでカラスの胃袋は膨れていた。
「食いたくもない物を食い過ぎた」とカラスの王は呟いた。同じ思いを抱く、人間側の化け物もいた。茫洋と自称する、人を壊し過ぎて壊れ切った元・人間だった。カラスの王と同じく、街の底に渦巻く憎悪やら人間の屑やらをむさぼり食っていた。そんな物では空腹はいつまでも満たされなかった。人間並みの大きさのカラスの飛び立つ不思議さに釣られ、茫洋はテレビ塔に辿り着いた。ヒトのタガを外した膂力でテレビ塔を支える鉄骨を掴み、曲げ、折り、咀嚼した。

 まどろみを邪魔されたカラスの王は茫洋へと飛びかかる。嘴で掌を突き刺し、そのままの勢いで片方の目玉をほじくり出した。その間に茫洋に抱き付かれたカラスの王の全身の骨は砕けた。互いに命を喰らい合い、巻き添えにされたテレビ塔も崩れ落ち、一人と一羽と一基の断末魔が街の底及び世界中に響き渡る。

「今の何?」夜中に目が覚めたリクが、暗闇の中にいるリンに問い掛ける。見えてはいなくても、起きている事を確信して。
「命が弾け飛んだ音」と耳の良すぎるリンが答える。
 双子の母親であるズゥは静かな寝息を立てて眠り続けている。カラスの王の夢が一家に入り込む事は、もうない。

 瓦礫と血肉の間から、人と鳥と鉄屑の混ざりあった何かが動き出す。リクは枕元にあるリュックを引き寄せ、街の底の色に染まったナイフの実在を再確認した。
 囁き声でリンが歌っている。母親を起こさないようにと。控え目な鎮魂歌を。

(続く)

       

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