Neetel Inside 文芸新都
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要するに短い話なんだよ
FT:旅をする僕が完結してしまった

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「物語とは完結するために存在している。人が死ぬために生きていることと同じで、物語も最後には終わりを迎える」
 そんなことを言いながら、僕の目の前にいる旅人は顔を伏せた。

 * * *

 雲の流れに乗りながら魚が空を泳いでいる。既に空は赤らみ始め、目前に広がる高原は幻想的な色を空に向かって、御礼だと言わんばかりに跳ね返している。
 緩々とした風は僕と旅人の頬を撫で、お互いの素顔を赤に照らす。……旅人はこの間まで旅をしていたのだと言う。もちろん“旅人”と言うからには旅をしてきたのだろう。

 “旅人”は丘にある大きな石の上に座っていた。そして、そこに近付いた僕は何を言うわけでもなく、独白めいた旅人の語りに耳を傾けている。
「思うに、僕は“終わり”たかったんだろう。でも、僕が見てきた世界は全部前へ前へと進み続けていた。まるで僕を否定するかのようにね」
 苦笑いを顔に浮かべながら、初めて旅人は僕の方を向き、恥ずかしいことを言ってしまったね、と、頭をかきながら腰を上げる。

 * * *

「それでも僕は自分の辿ってきた道を無駄だとは思わない。まだ、僕の見ていない世界は沢山あるだろう」
 ズボンに付いた土を軽く払って、旅人は空を見上げる。僕もつられて空を見上げれば、紫に変わった空が僕を見つめ返す。
 親子連れの魚が泳いでゆく。……そういえば、今日は母さんが僕の好きなスープを作ってくれると言っていた。柔らかな草に手をつき、僕も腰を上げる。

 僕がこの場を離れると踏んだのか、旅人は最後に、と付け加えて口を開く。
「旅は、いいものだよ。君も旅をするのなら、僕が見たことのない世界を見てきてほしい」
 笑顔を向けながらもう言うことは無いよ、と、またも空を見上げる旅人。僕はそんな旅人があまりにも儚く見えてしまい、開くつもりがなかった口を開く。
「――なら、終わってなんかないですよ。僕が旅をすれば、貴方の物語は終わらない。僕が旅をしたことを他の人に話せば、僕の物語も終わらない。……それに、貴方が出会った人たちは、貴方のことを記憶するでしょう?」
 貴方に感化されて、僕まで恥ずかしいことを言ってしまいました、と。依然と空を見上げ続けている旅人に言い、僕は黙る。
 多分赤くなっているだろう顔を背けて、僕はこの場を離れた。
 最後だ、と言ったから旅人は応えなかったのか。それとも単に応えたくなかったのか、僕にはわからない。

 * * *

 一番星が空に輝き始めて、月がおぼろげに顔を出す。冷えてきた風を受けながら、僕は一度振り返る。
 旅人は、もう居なかった。

       

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