Neetel Inside 文芸新都
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要するに短い話なんだよ
とけい

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「じゃあ、あれだっていうのかね、この時計があれば時間を自由自在に移動できると?」
「えぇ、この"カイロスの時計"を以ってすれば、行けない場所なんてありません」
 昼下がり。ある丘の上に、付近の住宅地、他の家とは一線を画す洋風の屋敷が建っていた。集団の中での特色という時点で、一つの疎外に値する。この屋敷も例に漏れず、どこか寂しげな雰囲気を放っていた。
 そしてその屋敷内。広い屋敷にしては人の気配が無く、使用人と思わしき者も居ない。在るのは高級な調度品と、一つを除いての空室のみ。……そう、ここには一人の老人が住んでいる。
 老人はそれなりの資産家だった。まだ生気に満ち溢れる頃、家電製品を開発する会社を興し、大企業まで育て上げたのだ。今では一線を退き、潤った老後の生活を満喫している、はずだった。
「それがあれば私は過去に戻り、過ちを修正することが出来るというわけだな」
「はい。時間という縛りから開放されるということは、不老不死になるということです。ここはお客様によってはマイナスとなる人も居るそうですが、どうでしょう」
「むう」
 屋敷を見てみなさい。十分すぎる敷地、見る者を圧倒する家屋。しかし、とても寂れている。
 老人は一人だった。会社という太い繋がりを断ち切れば、残ったのは孤独な自分。一時は家族に囲まれた、どこにでもある有り触れた風景に溶け込んでいたというのに。
 変えたかった。確かに自分には野望に燃えていた時期があっただろう。でも、それは間違っていた。自分には何もないのだ。金と物がどうやって自分の問いに答えてくれるというのか。どうやってこの孤独を紛らわせてくれるというのか。
「不老不死と言っても、そう悪いことはございません。過去に戻れば、若い姿に戻りますし。そのあたりは、"この世界"も上手く修正しているというしかないでしょうね」
「SF映画を見た程度の知識だが、その、過去の自分と出会うということはないわけなのだな」
「その辺りはご心配なく。先の見通せない、言わば危険な商品を売りつけるような真似は致しません」
 そこで現れたのが、このセールスマンだった。七三分けで整えられた髪のスーツ姿、印象に残らない顔と、見かけは正に日本のリーマンといったような人物。住宅地なのだから当然と言えば当然、彼も他のセールス同様、商品を紹介し始めた。
 家に入れなければ良かったのではないか。老人は人とのふれあいに飢えていた。今ではこの様に、見ず知らずの訪問者でも構わず招きいれるように。
 だが、そのセールスマンはよくある見かけとは裏腹に、とてもじゃないが常識では考えられないものを商品として持ってきたのだ。……"カイロスの時計"、いわゆるタイムマシンを。
「で、君達セールスマンには重要なことだと思うのだが、値段の方は御幾らなのかね」
「一億円で御座います」
「……随分と高いな。この、一見すれば針が無いだけのただの時計に、それだけの価値があると?」
「はい。この時計は、何も過去だけに行く必要はありません。未来に行き、賭博の結果を知れば、数瞬の間に巨万の富を得ることが可能でしょう」
 応接間、そのソファーに囲まれるような形で置かれているテーブルの上、そこに"カイロスの時計"は置かれていた。
 老人の言うとおり、一見はただの時計。違うといえば、針と数字が無いところだけ。ずっしりと金属の重みが感じられる懐中時計、それが老人の受けた印象。
 真円に象られたガラスが嵌め込まれ、中では剥き出しになった歯車が動くことを忘れたかのように、止まっている。
「なるほどな。だが、そんな代物を人に売りつけていたら、世の中は大変なことになるのではないのか」
「心配には及びません。例えばこれを使った場合、過去に移動したとします。単純に考えれば、自分の記憶どおり、そのまま過去に来たと思うでしょう。しかし、そうではないのです」
「と、言うと?」
「はい、そこはまた違った世界、私達貴方達が在る世界とは異なる場所なのです。――木の枝を想像していただければ御理解頂けるかと思いますが、過去・現在・未来は必ずしも線で結ばれているとは限らない、そういうわけです」
 サイエンスフィクションに度々使われる"平行世界"、このセールスマンが言ったこともそれだった。しかし、そう考えるとこの"カイロスの時計"には不安定要素がある。
 "異なる世界"、つまりは自分が望んだ過去に戻れるとは限らないという点。時系列が整っているからこそ"平行世界"と呼ばれる所以、しかしながら決定的な選択の違いをした世界にたどり着いた場合、どうするというのだろうか。
「わかった、買おう。金は現金がいいのかね。それなりの重さになると思うのだが」
「はっ、毎度ありがとう御座います。料金の方は、貴方が旅立たれてから頂くことになっておりますので、その点はご心配無いよう」
 老人が「どうやって」と問うところで、セールスマンは靄のようにその姿を霞ませたかと思いきや、老人の目の前で消えて見せた。一瞬の出来事、思えばこれは夢だったのかもしれない。
 そう思う老人の目の前、テーブルの上には先程まで話していた"カイロスの時計"が置かれていた。
 夢じゃなかった。と、その時計の下に紙が挟まれている。はみ出した箇所を見ると、"取扱説明書"と書かれている。
 老人は嘘か真か、それを先ず知りたいがために使い方の辺りを流し読みすると、すぐさま"使用した"。

・・・

・・・

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・・・

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・・・

・・・

「――おや、またお客さんかい。今日はお客さんが多いねえ」
「ここは、どこなんでしょう」
 真っ白な風景。それとも部屋なのか。染みなど一つもない、ただ真っ白な世界。そこで一人の男が忙しそうに"お客さん"の相手をしていた。
「ここ? ここは、あれだね、いわゆる休憩所のようなものさね。時間の旅に出たはいいけど、それに疲れてしまった人。旅に出たはいいけど、目的の場所がわからない人。旅に出たはいいけど、そもそもなんで旅をしているのか忘れてしまった人。そんな人たちが集まる場所さ」
 見れば真っ白だった世界に、ポツポツと黒い点が見える。それが人だと理解するのに、老人は数秒かかった。
 ……やはりあの時計は本物だった。はした金でこんなことが出来るようになったのだ。自分はなんて幸運なんだ。これでやっと。
「ところで、御爺さんはさっき言った理由の内、どれに当てはまるんだい?」
「理由」
 そう、理由。先程、自分は「やっと」の後、何を言おうとしたのだろうか。……記憶喪失、それはないだろう。私は自分の名も、経歴も、勤めていた会社の名前も言える。
 ……待て、私だけ? 他に人はいなかったのだろうか? 待て、私は、あぁ、わかってしまった。私は、"忘れてしまった人"なのだ。
「なるほどね、まぁゆっくりしていってよ。ここじゃ歳も取らないし、お腹が空くこともない。ゆっくり考えればいいさ」
「あぁ、そうさせてもらうよ」
 老人はどこが床かもわからない場所に座ると、持ってきたはずの“時計”が無いことにも気付かずに、どこまでも続く遠くを見ながら、永遠を感じ始めた。






《取扱説明書》

『中略』

※注意事項

1.これを使用する際、使用した人がその時間で培ってきた"思い出"が消費されます。全ての記憶を消失することはない(基本情報等)ので、ご安心ください。
2.元の時間に戻ったとしても、そこが貴方の生きていた場所とは限りません。尚、その際に起きたトラブル等には一切の責任を負いかねます。
3.時間を移動する際、着衣されているものを含めて、"物"を運ぶことは出来ません。
また、当商品で起きたトラブルには一切の責任を負いかねますので、ご注意ください。

Q&A
商品が動かなくなった場合⇒当社の商品は完全に唯一の物であるため、部品の代用や修理などは出来かねますので、ご注意ください。
色々とわからなくなった場合⇒注意事項を参照

       

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