Neetel Inside 文芸新都
表紙

coup d'État
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「あ、頼子ちゃん!こっちこっち〜」
40代半ばの女性二人が、手を振った。一人は真ん中分けの長髪、一人は気の強そうな小太りの短髪だった。
頼子は食事会に出かけていた。パフスリーブの黒いTシャツに、青いロングスカート。真珠のピアスをつけて、和かに二人に話しかけた。
「ごめん、待ったかしら?」
「いいのいいの!私達も今着いたところだから」
場所は駅前の繁華街だった。平日の昼は静かで、人通りも少ない。晴天である。街路樹が涼しげに、風で葉を揺らしていた。
「お店行きましょう、最近あそこの珈琲屋、行ってなかったわよね?」
「ランチタイム値下げって書いてるわよ!」
三人は仲睦まじげに喋りながら、目的の珈琲屋に歩いていった。

他愛もない世間話を、三人は珈琲屋で喋っていた。
他所の旦那が不倫した、だとか、知り合いの女性が妊娠した、だとか、当たり障りのない世間話である。

「不思議なこともあるものねぇ〜...」
「まあ、あそこの奥さん、スピリチュアル好きだから」
コーヒーを飲みながら、頼子も楽しそうに会話に参加している。短髪の女性が頼子に向かって言った。
「そういえば頼子ちゃん家の昌弘くん、最近どう?高校生になったんでしょ?」
「昌弘?」
「昌弘くん。反抗期くる時期よね」

頼子は少し考えた様子で、間を開けて口を開いた。
「...そうね。部活も頑張ってるし、学校自体は問題ないみたいけど、やっぱり口数は減っちゃったわね。少し何を考えてるかわからないけど、まあ、そういう年頃だから...」
頼子はコーヒーを飲むと、会話を続ける。
「無邪気な頃が懐かしいとは正直思っちゃうけれど、特に今のところ、大きい問題もないわ。勉強も頑張ってるみたい。雰囲気も変わってきたし、...大人になるって、こういう事なのね。成長が楽しみな毎日かな?」
少し感慨深そうに、嬉しそうに、頼子は話す。
「いいわねぇ、昌弘くん大人しくて。うちの子供なんか癇癪起こして大変よ。誰が食事やら服やら面倒みてやってんだ!って感じ!」
「まあ、そういう事は極力言わないようにしてるんだけどね」
頼子と短髪の女性は二人向かい合って笑い合う。一人、短髪の女性がスマホを触りながら、
「あ、ちょっと話変わるんだけどね...」
思い出した様に喋り出した。
「私、今日自殺することにしたの」

「...え?」
頼子は目を見張った。短髪の女性は、
「あらそうなの、お疲れ様でした!」
と声をかけた。
「...なにかあったの?」
頼子が言う。長髪の女性は、スマホをいじりながら、頼子の声に返事をする。開いているページは『自殺申請ホーム』だった。
「旦那が夜遊び激しくてねぇ。毎晩遅くに帰ってくるわ、すぐ私にも子供にも暴力振るうわ。昨日なんか、ギャンブルで八百万も借金作ってるって言ってきたの!だから、自殺しようかなと思って」
「その旦那と別れればいいんじゃない?」
「いいの、もう。疲れちゃった...」
長髪の女性は、コーヒーを飲んでから、背伸びをした。
短髪の女性が笑いながら話しかける。
「でも、本当に良い時代に生まれたわよね。昔なんか、自殺は悪!自殺は罪だ!なんて無責任な子供を言う人達ばっかりだった、って言うじゃないの」
「そうよね!無駄に生きろ生きろだとか諭して、結局生かした相手のその後、人生の面倒はみないじゃないの。死んだ方が人生にとって幸せな選択肢ってこともあるに決まってるじゃない!」
長髪の女性も、笑いながら話す。

頼子は目を伏せて、黙っている。

「本当、来世はもっと良い人生になるって、私信じてる」

三人は珈琲屋を出た。長髪の女性が話した。
「じゃあ私、安楽死用の薬を買いにドラッグストア行くから。ここでお別れね」
「人生お疲れ様。来世でも会えるといいわね」
「...そうね」
頼子がポツリと呟く。
「うん!来世でも友達になりましょう!お元気で、さようなら」
「さようなら!」
長髪の女性は去っていった。頼子はその姿を、焼き付ける様に眺めていた。女性は人混みに紛れて、消えていった。

とても視界が広く感じた。青空、飛ぶ鳥、街路樹、人の群れ、まるで雲が今にも落ちてきそうな気分になった。何処に目を向けていいのか、わからなくなった。どこにも焦点があわない。頼子は離人したような、空から自分を眺めているような、不思議な感覚に陥った。

「頼子ちゃん?頼子ちゃん!」
頼子はハッ、と意識を取り戻した。数秒間、まるで自分がこの世にいない様な気分だった。
「なにボーッとしてんの?まだお互い時間あるでしょ、洋服屋にでも行きましょうよ!」
短髪の女性が笑っている。頼子も笑顔を装って、
「うん、行きましょう」
と話し、連れ添って二人、繁華街の中へと歩いていった。

時間帯は同じ頃だった。市内の珠乃原高校で、頼子の息子、昌弘は机に座り、授業を受けていた。
「これからテスト返すぞ。点数で自殺したくなった奴は、ちゃんと申請するように」
昌弘はボーッと机に膝をついて、教員の話を聞いていた。教室内が騒めきだす。
「うわー。今月やべぇわ。六十点」
「マジかよ。自殺した方がマシじゃね?」
「先月何人自殺したっけ?」
「確か四人くらいじゃなかったっけ」
「次、川下」

一人の女生徒が席を立った。教室が突然、静まりかえった。川下、と呼ばれた女生徒は、金髪のセミロング、真ん中辺りの前髪が、鼻の付け根を通って左斜め下に向かって伸びている。校内の違反を恐れないのか、緑色のピアスが光を反射して、光っている。
凍りついた教室の中を、川下は面倒臭そうに睨みつけながら、教壇に歩いていった。
「ほらよ、川下。名前だけ書いてあったから、一点追加してやるわ」
「はあ」
「答案に何も書かないんだな。不真面目なのが格好いいとでも思ってるのか?仏頂面しやがって...」
川下はテスト用紙を受け取ると、黙って自分の机に戻っていった。教員はクラスの生徒に言った。
「皆は川下みたいに勘違いしたバカになるなよー。はい、次、来い河合」
静まりかえっていた教室は、また騒ぎ始めた。昌弘は川下の姿を、何の気もなく見つめていた。川下が昌弘の机の横を通りすがった時、何気なく声をかけた。
「なあ。なんで答案書かなかったんだ?」
川下は席についた昌弘を睨みつけた。
「何ソレ。誰かとする世間話のタネでも欲しいのかよ...」
独り言の様に呟くと、川下は昌弘を無視して席に戻っていく。昌弘は言葉に詰まった。
「...ごめん」
昌弘が呟いた。川下は聞こえていないかの様に、黙って席に着いた。

       

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