結局、関川からスピーチの内容すら聞かされないまま、クラブ紹介の日になった。
「杉浦は、だまって俺の横でスピーチを聞いていたら良いから」何度も関川に念を押された。
これは何かあるな……
「大地、何突っ立てるの。もうすぐ、演劇部の番だよ」華美が俺の顔を覗き込む。
「分かってるよ。つーか、華美は出ないの? 演劇部のヒロインなのに」
「私は関川君に出なくていいって言われたから……それより大地ピシッとね」小さな手が俺の背中を叩く。
そして、アナウンスが演劇部の出番を告げた。まず、関川が大きな声でしゃべり始める。
「演劇部では部員をものすごく募集しています。少ない人数ですが上下関係もなく、
仲良く練習しています。そして、隣にいる杉浦くんの様な、かっこいい先輩が演劇をしますので、女子の人は是非見学にいらしてください。
もちろん、可愛い女子の先輩も演劇をしますので、男子諸君も歓迎です。5月5日に演劇をしますので是非見に来てください」
関川はスピーチを終えると、すぐに舞台袖にはけていった。俺も慌てて舞台袖にはける。
「どういうことなんだよ、関川。説明してくれ」できるだけ感情を抑えて言った。
「説明も何も無い。お前が演劇で主役を務める。それだけだ」舞台袖の暗闇の中、関川はただ無表情に答える。
「ちょっとまてよ。どういうことだよ。俺は脚本兼裏方だぞ」
関川は俺の言葉に返事をせずに、自分の席へ戻って行った。 急いで、後を追いかける。
「なんで、事前にこのことを相談しなかった? なんで俺の断りなしにあんなことを言ったんだよ」今にも殴りたい気持ちを抑えて聞く。
「あのな、事前に杉浦に相談したら、 100%断るだろ?
どうせ、俺は裏方が好きなんだ、縁の下の力持ちの方が俺はいいんだよ。とか言ってさぁ~」
「うっ……」関川の言っていることが図星で何も言えない。
「とりあえず、杉浦君は主役決定だからね。宜しく頼むよ」関川はわざとらしく白い歯を見せて笑う。
「ちょっと待てよ。そ、そうだ、脚本書くのは俺なんだぜ。俺が、杉浦という人物に役を与えないようにするのは簡単にできるんだぜ」
殴りたいという攻撃本能よりも、主役にならないための防衛本能が働く。
「無理だよ。今回の演劇は、男関川が脚本を担当するんだからね」あいつは、また、憎らしい笑みを浮かべる。
「み、みんな、部のみんなが反対するぜ。お前が脚本なんか書いたら」俺の声が大きすぎたのか、他のクラブ紹介に出ていた生徒がこちらを見てきた。
「無理だね。俺が脚本を書くこと、そして杉浦君が主役というのは部長である僕が決めたことだから」
「つ ま り 部長命令だから」
「命令って……」
関川は無言で立ち去って行った。
*
あれから一週間ほど経って、演劇部顧問の前田先生に呼ばれた。
「失礼しまーす」職員室のドアを開けると、前田先生が手招きし、すぐさま話しを始めた。
「えーと、僕が聞いた話しによると、今年は夏休み以外にも合宿行くみたいなんだってね? どこに行く予定なの?」
「そうなんですか?」俺は、全くそんな話しを聞かされていなかった。
「え、杉浦君知らなかったの? 僕、てっきり杉浦君ならどこに行くか知っていると思ったから聞こうと思ったのに……
もうちょっとクラブに顔出さないといけないなぁ……」前田先生は、そう言いながらメガネを丹念に拭いている。
「まあ、いいよ。いずれ、僕の所にも部長の関川君が報告にくるしね。なかなか、僕、演劇部の子に馴染めてないんだよなあ。
気軽に職員室に呼べるの杉浦君ぐらいだしね。ありがとう。杉浦君も、知らないなら関川君に聞いておいた方がいいんじゃないかな?」
前田先生はコップにコーヒーを注ぎ始めた。
「わかりました。失礼しました」俺は、職員室を出て一目散に部室に向かう。
部室のドアを開けると、関川がいた。間髪をいれずに話しかける。
「おい、関川いい加減にしろよ。クラブ紹介の時といい、なんで物事を勝手に決めるんだよ」関川と話している時は、いつも苛立ってばかりだ。
「勝手なのは杉浦の方だろ。みんなで多数決とって決めた時にいなかったのは何処のどいつだよ?」まるで国会議員の野次のように強い口調で関川は言い放つ。
「まさか、俺が学校を休んだ日に決めたのか?」関川に尋ねる。
「お前が休んでいたかどうかはしらねぇけど、お前がクラブに来てない日に決まった。そういうことだから、じゃあ早速練習始めるぞ」
俺の主張を切り捨てるかのように、関川は演劇部の皆に向かって言った。
「お、おう」俺は動揺しながらも返事をした。
*
そして合宿の日になった。俺たちはバスで合宿先の場所へ向かう。
俺は、車酔いしやすいので、バス移動が嫌いだ。ただ今回のバス移動は車酔いよりも厄介だ。
よりにもよって、俺の座席の隣に川本がいるのだ。
「なんで川本がいるんだよ。お前1年だろ?」隣の席の川本に聞く。
「実はですね、先輩。私、もう入部しますって部長に伝えたら、じゃあ合宿来るかって言われたので、来ちゃったんですよ」
川本は笑顔で答える。くりっとした大きな瞳、そして長いまつ毛に小さな顔。
もし、うるさくなかったら、川本のことを好きになってしまうかもしれない。
そんなことを考えていたら、川本と目が合ってしまった。気まずくなって窓の外の風景に目を遣る。
つーか川本って、中学時代バスケ部で、レギュラーで、ダントツにレベル高くて
推薦がくるぐらいだったのに、なぜ演劇部に入ったんだろう?
「先輩どうしたんですか? 顔色悪いですよ」川本が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だ。ところでさ、川本って、なんでバスケ続けなかったんだ?」
「いやぁ、続けてもよかったんですけど、先輩が演劇部に入っているのを知って、入部しちゃったんです」照れくさそうに、でも、俺の目をしっかり見て答えた。
そんなことを川本のような可愛い後輩に言われて、嬉しくない男子はいるのだろうか?
――ここにいる。また、視線に耐えられなくなって、窓の外に視線を逃がした。
「えーまもなく、宿泊センターに到着するので、忘れ物など無いように気をつけてください」前田先生がマイク片手に言った。
「先輩とお話していたら、あっという間に着いちゃいましたね」川本は、無邪気な笑顔を見せる。
「そうだな」一言で俺は答えた。
*
俺はすぐさまバスを降りた。周りは木ばっかりの、本当に山奥といった所だ。
そのため、宿舎にはバスで直接行けず、俺達は宿舎まで、けもの道を歩かねばならない。
「あーまじであつい。まだ梅雨入りしてねーのに」俺はため息をつきながら歩く。
「なに言ってんのよ。大地、中学時代は体育会系バリバリだったくせに」華美が相槌を打つ。
「ばーか。もうブランク2年だぜ」少しだけ、俺は笑った。
後ろの方から耳障りな高周波の声が聞こえる。
「いった~い。足くじいちゃった。もう歩けませ~ん」川本の声だ。すぐさま、一番後ろを歩いていた関川が川本に駆け寄る。
「大丈夫か? 手貸すぞ」関川が大きな手を差し出した。
「大丈夫じゃないです~。もう歩けません」まるでトイザらスでおもちゃをねだる小学生の女の子みたいだ。
「仕方ないな。じゃあ俺が、おんぶしてやるよ」関川が優しく言った。
「いやです~。杉浦先輩じゃないと、私無理です~」川本は手足をバタつかせて言う。
「お~い、杉浦。お姫様がおんぶしてくれだとよ」関川は顔色を変えず、むしろ柔らかな表情で言った。
「は、知るかよ」俺はすぐさま断る。自然と歩く足も早くなった。
「なんだ、大地、全然歩けるじゃん」華美が笑った。
それから30分ぐらい歩くと、ようやく宿舎が見えた。意外と綺麗な宿舎なので驚いた。荷物を片付けると、すぐにミーティングが始まった。
誰がどの部屋に泊まるのかという話しや、今後の練習予定についてのミーティングだ。
一人ずつ関川部長から練習メニューを告げられていく。俺は一番最後で、他の部員はもう別室に移動していた。
「最後になってすまん。杉浦はみんなと別メニューだから」関川が言う。
「え、まじで?」
「もちろん俺が、つきっきりで指導してやるからさ」関川はにやりと微笑んだ。
*
それから、一日中関川がつきっきりで指導してくれた。役者初挑戦の俺は、発声練習に始まり、発声練習に終わった。
「お前、ほんと鬼だな。一日中練習で、ほとんど休みなし。しかも発声練習だけって、別に俺が合宿行く必要なかったんじゃないか?」
「何言ってんだよ。もう演劇の発表まで時間がないから、合宿で俺が1から指導してやるんじゃないか」関川の汗が光る。
「分かったよ」本当は反論したかったが、演技に関して言えば関川のほうが経験者なので、俺は素直に意見を受け入れることにした。
「じゃあ、先に部屋行っとくぞ」
「ま、まてよ。俺も部屋に行く」一人になっても仕方ないので、関川の後について行く。
演劇部の他の部員はもう、食事や入浴を済ませているようなので、俺はゆっくりと食事と入浴をすることができた。
部屋に戻ると、関川の方が先に食事と入浴を済ましていたのか、布団を敷いていた。
「明日も早いんだし、もう寝るぞ」関川が言った。
「おう」返事をして布団に入る。
「なあ、関川、本当に時間が経つのって早いよな」ぼんやりと天井を見つめながら言う。
「そうだな」
「何でも早く行動しないと結局、最後にはなんにも残らなくなるかもしれないな」関川が俺の方を見て言った。
「どういう意味だよ?」
「別にふと思っただけだよ。それより明日も早いし、もう寝るぞ」関川が部屋の明かりを消す。
俺はそれから、なかなか寝付けなかった。慣れない練習に疲れたから? それとも……
――別に、修学旅行でもないから、見張りの先生もいないし、夜風にでもあたりに行くか。
階段を下りてエントランスに向かい、外に出た。風が気持ち良い。昼の暑さが嘘のようだった。
その時、人影が見えた。念のため、俺は隠れる。
「こらー、何してるんだ」声がする。足音が近づいてくる。
暗闇から姿を見せたのは、華美だった。