Neetel Inside 文芸新都
表紙

ヘンプロって何のプロ?
#3

見開き   最大化      

 C.Q.、C.Q.――。

 シーキュー、シーキュー、シーキュー。こちらヘンプロ、平和のヘ、おしまいのン、富士山のフ、半濁点、ローマのロ。シーキュー、シーキュー、シーキュー。いま、ファッション雑誌大震災があって。ファッション雑誌が強く揺さぶってきていて。ファッション雑誌に強く揺さぶられていて。シーキュー、シーキュー、シーキュー。いまはちょうど「CanCam」と「ViVi」のあいだ。フェミニンのがれきの下でガーリーの欠片を持て余しながら、たった一艘の救難船を待っています。シーキュー、シーキュー、ファッキュー。

 そうです、巻頭から度肝を抜かれています。今月のイチオシを紹介する見開きは、右側に中央揃えの文章がちょろちょろと流れているだけ。その下の切り抜かれた商品スナップまでで見開きページのおよそ三分の一。残りはドカっとモデルの着用写真で固めて、こちらを圧迫しています。だけど不思議に胸が苦しく感じないのは、その写真の半分近くが背景だけという、余白を広くつくったアート写真のようなつくりのせいです。潰されてる、だけど苦しくありません。
 救助隊の声は微かに聞こえてきます。そう、あれは先月号で定期連載を終えてしまった「JJ」を救いにきた人びと。色めきだったニジューダイたちの嬌声が、ネットに上がれば多方面からの投石や火炎瓶をまぬかれ得ない「ミスコンファイナリストたちの”キレイ”特集」とかいう勘違いスターダム産出機構をもつくりだしています。ガスマスクがなければ、いまにも死んでしまいそう。
 シーキュー、シーキュー、シーキュー……。

 揺らめくようにページを歩けば、発見が発見を呼び、そのド派手な画作り、アイコンの添え方には感動すらおぼえます。斜陽産業と呼ばれてなお、読者の興味を引こうと身をかがめてインファイトに入る編集部員たち。彼らが生み出したドラスティックなこけおどしをパラパラめくりながら、読者はただ目だけを肥やしていくのです。

 不意に、視界がかすむような光。サーチライト……ではないらしい。大きな看板を下から左右に照らし出す。20世紀フォックスのロゴでも見えるのかと思った。

THE QUIZ SHOW。

え!? ザ・クイズショウ?
「何してんの? ほら、何冊か持ってきたんだったら、座って」
イシグロさんが講演台に手をついて、おれのほうへ輝きのない目を向けている。デスクにはいま積んだファッション誌の山とラップトップのコンピュータ、そして一台の早押しボタン。早押し――周囲を見回しても、おれ以外に回答者のいる気配がない。どころか、四方はいつのまにか壁が取り囲み、巨大なファッション誌の誌面が壁紙のようにおれたちを包んでいる。
「では第一問」「ブッパッ」という効果音。
「ページ全面に写真を入れる際の工夫を述べよ」
「あ、ああ……」確か今月号の「CanCam」にそんなページがあったような。おれは慌ててページをめくる。ジェラートカラーがどうとかいう見出しだったな。朝ドラ女優が出ていたページのはずだ、もう少し後ろの方だろうか。
「では第二問」「ブッパッ」まだ口を開いてすらいないのに、イシグロさんは間髪入れずに続ける。「『シスアドなう』10月号の”先輩にインタビュー“で使えそうな工夫をひゃっつ答えて、はい走って!」
――走る? という驚きが先か、ステージ上だと思っていた地面がガラガラ動きだした。
「まだまだ、まだ解答権ないよ」
6km/h、8km/h、10km/h。何を叫んでもマイクに声が乗らない。速度計が12km/hを超えたところで、ようやく「解答中」のランプが点りはじめた。
「ええと……写真の中に大胆にキャプションを入れる」「ピンポン」「キャプションを曲線状にする」「ピンポン」「全面写真の中に、」「ピンポン」「いやまだ答えてる途中なんですけど」「ピンポン」「えっと、いくつ、いくつですか?」
「ひゃっつ」
「やっつ?」
「ひゃっつ」
「ヒャクですか? いちまるまる!」
ヴィーン……というモーター音の向こうでイシグロさんは静かにうなずく。
「ええと、フローチャートはジグザグに入れて誌面に遊びをつくる」「ピンポン」
「写真を丸や三角で切り抜いてインパクトを出す」「ピンポン」ちょっと抽象的すぎるかと思ったが、電子音はすぐに返ってきた。
「はい壁!」イシグロさんが壁を指さすと、ギギギギア……と四方の壁がゆっくりとこちらに迫ってきた。潰される。おれも、イシグロさんも。
「イシグロさん!」
 壁際の講演台に立つイシグロさんは確実におれよりはやく壁にめり込むか潰されるだろう。なのに名前を叫んでもうっすら笑うだけ。MC気取りの手カンペを持って、次の出題に備えて下読みに入っている。
「危ないですよイシグロさん!」
おれはいちおう上司の義理立てとして心配そうに叫ぶけど、苔むした百年岩に水をぶっかけたみたいに、変化はあるようで全くない。
 いよいよ壁はふたりを潰しにかかる。おれは早々に回答権を放棄して死に場所を探す。できればガーリーに圧し潰されて死にたいおれは動く地面を離れて「with」のあたりから「non-no」のほうに後ずさる。元女子アナモデルの「推しワンピ、見てください」のページをみて、大きく息を吐く。女性ファッション誌による圧死なんてファニーな死に方はぜひとも活字にして遺してほしいが、助けがくる気配もマスコミが覗きにくる気配も一向にない。いや、おれだってマスコミなんだった。
 イシグロさんの立っていた方向を見遣ると、端からめきめき折れていく講演台だけになっている。あれ、イシグロさんは。事務所で大きめの地震が起きたら真っ先に机の下にかがみ込むようなイシグロさんが、講演台より先に潰されている訳がない。ずいぶんと狭くなった空間。天井の照明も六割がたバリバリと割れ落ちて薄暗く、四隅がはっきりしない。と、もぞもぞ動く何かの気配。

ちゅどーん。

 イシグロさんの放った爆弾で壁という壁が崩れ落ち、一瞬の閃光があったかと思うとすぐに視界はいちめん土色になった。おれは「anan」の破片で肩を裂き、「Ray」の見出しに頭を打ちつけながら、コンサバを燃やして暖をとる。――そうか、コンサバでたまるもんか。

 シーキュー、シーキュー、シーキュー。ここはヘンプロ、迎えにきて。シーキューシーキューシーキュー。ヘンプロはローマでもなければ、富士山も見えない。平和なんてもってのほかの、おしまいの場所なのかもしれない。終わりははじまり? 手もとにあるのは、ゼロ……よりもだいぶ小さい。手持ちのソレは半濁点。何箇所かポキッと折って手首にはめると、弱々しくも青く光っている。
 さあ、手を振って助けを待とう。おれはここにいる、シーキュー、シーキュー、ファッキュー。

       

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