Neetel Inside 文芸新都
表紙

岬の病院
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『あなたへ

 私は本当に伝え方が上手くないと思います。いきなりこんなタイトルの本を渡したら、心の優しいあなたがどれほど戸惑い困ってしまうのか、想像もできませんでした。ごめんなさい。

 あなたと図書室でぐうぜん知り合って、この手紙を書いている今日まで、一ヶ月と少ししか経っていません。だけど、私にとっては、そのわずかな期間がまるで一年にも感じるように長く感じていました。この学校は元々生徒数が少ないうえに、みんなの遊び場は学校の外にあるから、本が好きで図書室にずっとこもっている私みたいな子はいませんでした。それはそれで没頭できて良かったのだけれど、その一方で心のどこかにさみしさを感じていた気がします。だから、あなたをここで見つけたとき、とてもうれしかった。

 私とあなたは、学年も違ったし、好きな本も違ったけれど、それがかえってよかった気がします。お互いに、知らないことを教え合う時間は、少なくとも私にとっては何より大事に思えました。『走れメロス』、ちゃんと読んだことなかったんだよ。「私のすすめた小説と確かに共通点あるね」なんてえらそうに言っていたけれど、本当はぼんやりと覚えてただけだったの。改めて読んでみて、もう一度伝えたかった。今度は本当だよ。確かに共通点あるね。

 本をきっかけに仲良くなっていくうちに、私は、なんだかあなたが悩んでいるような気がした。ただ、それは私のかってな思い込みなのかもしれない。そう考えると、胸が締めつけられます。私はひどいことをあなたにしてしまったのかもしれない。図書室を飛び出していったあなたを見て、どうしようかと考えて、この文章を書くことにしました。本当は直接自分の口から謝れたらいいのだけれど、あなたがこの文章を読んでいる頃、私はもうここにはいないはずです。夏休みの間に元々私が住んでいたところへ戻ることになっているのです。本当は、夏休みいっぱいここにいたかったです。だけど、「向こうの小学校は夏休みがずっと短くて、早くいかないと始業式に間に合わない」と親に言われてしまいました。

 私があなたに伝えたかったことは、どうか、自分が今上手くできていないことに対して悩みすぎないでほしい……ということでした。それを誰かにとがめられたりしても、悲しい気持ちになっても、あなたはとても優しくて、自分の好きなものをちゃんと持っている魅力的な女の子だと、私は思ったのです。そう言う私も悩んでいます。人と付き合うのがあまり得意ではないのです。次の小学校では、もしかしたら、ずっと独りで図書室にいることになるかもしれないと思うと、怖いです。あなたと出会って、同じ好きなものを持っている人と一緒にいることの幸せを感じてしまったから。

 それでも、私たちには本があります。たとえ話し相手がいなくても、上手く言葉が出てこなくても、本はなぐさめたり、はげましたりしてくれると信じたいです。今はこの本を読む気にはなれないかもしれないけれど、よかったらいつか読んでみてください。この物語に出てくる主人公は、あなたと全く同じ悩みを抱えているわけではないと思います。だけど、もしかしたら共感できるところもあるのかもしれない、と読んだ時に思ったのです。でも、繰り返しになるけれど、これは私がかってに思っているだけだから、読まなくてもいいよ!

 今度戻る◯◯市は、日本海に面していて、漁港があります。私の名前はそこから取られたそうです。“みなと”は人が出て、また戻る場所だそうです。自分の名前は好きだけれど、生き方までしばられているような気がして、それは少し嫌です。せめて、卒業までの間くらいは、あなたと一緒にいたかったです。かなしいです。本当に大事なことに関しては、子供は親の決めたことに従うしかないのだということが。

 いつか、もっともっと大きくなったら、私はまたあなたに会いたいと思っています。その時、私とあなたのそれぞれ持っている悩みがなくなっているのか、そのままなのか、それとも新しい悩みが増えているのか……未来は分からないけれど、どうなっていたとしてもまた会いたいと思います。あなたは私にとって唯一無二の存在だから。

 また、会いましょう。それまでのあいだ、さようなら。』

 手紙はそこで終わっていた。岬は、水湊の口から出ていた音の高さを、頭の中に記憶した手紙の文面に当てはめる作業を繰り返していた。手紙だけ手元にあっても、いつか水湊ちゃんの音は消えてしまう、と思えて怖かったのだった。忘れたくないから、幾度も頭の中で再生した。
 岬は、気が済んだところで、手紙を丁寧に四つ折りにしてズボンのポケットに仕舞った。これ以上読んでいるとインクが滲んで読めなくなってしまう可能性を恐れた。そして、テーブルの上の本を両手で取って、本棚にそっと戻した。いつかまた会う日が来ることを祈りながら、岬は誰もいない図書室の扉を閉めて、別の宇宙へと旅立っていった。

       

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