Neetel Inside ニートノベル
表紙

エスト
手招く人々



 ゼルは食事を終えて、シャワーを浴びて着替えて、
二階の談話室でのんびりと風車の報告書をまとめようとしています。
自室でやってもよかったのですが、今は自分の狭い部屋では気が滅入りそうだったので、
なんとなく広くて明るい談話室で作業をすることにしたのです。
 窓際の、椅子が差し込まれた丸テーブルに、ストレートのアイスティーと
街に出た時に買ってきたメレンゲクッキーをつまみつつ、
今まで騎士たちがどんな報告書を上げていたのか、確認しながら記入を進めます。

「…二人とも字きれいだな…」

 自分の手帳に書かれた子供のような字と思わず見比べてしまいながら、
メレンゲクッキーを一つ口に放り込みます。
甘い味が口いっぱいに広がり、その甘さにボロボロの少年を思い出しますが、
今は報告書を仕上げなければならないと、頭を振って万年筆を持ちます。
 ゆっくり丁寧に字を書いて、書類がまとめ終わった頃には、夜も遅くなっていました。
すっかりアイスティーはなくなっています。
 座ったままぐいっと大きく伸びをして、一通りの見直しをしようとしたところで、
廊下のほうから話し声と足音が聞こえてきて、やがてガチャリと談話室のドアが開きます。
 入ってきたのは、すこしラフな格好をしたイグジクトとマージュでした。

「あ、お疲れさまです。」
「ああ、ゼルか。」

 マージュはグラス2つとお水の入ったピッチャーが乗ったお盆を持っており、
テーブルの上にお盆を乗せると、ゼルの正面に座り、
流れるように勝手にメレンゲクッキーを食べ始めます。

「うん、おいしい」
「…それは良かったです。」

 ゼルはやっぱり、という顔でそれを見つめます。
 イグジクトはというと、かったるそうに椅子に座りってわざとらしくため息をつくと、
グラスにお水を注ぎます。
ついでにゼルの空になったグラスにもお水を注いでくれました。

「…だるかったな。」

 開口一番、イグジクトから疲れが飛び出ます。
勝手にゼルの目の前の報告書を手に取り、お水を飲みながら読み始めると、
ほんの少しだけ眉をひそめます。

「なんか子供みたいな字だな。」
「うっ」
「フフ、本当だ。どうだった、擁壁と風車の修理は順調そうだったか?」
「はい、あと二日くらいで風車自体は終わりそうだから、人員を擁壁に回せると現場監督が。」
「そうか。」

また、ひょいと勝手に細い指がメレンゲクッキーをつまんで行きます。
3分もすればすべてなくなってしまいそうですが、
口に入れる度にちょっと幸せそうにしているマージュに文句は言えません。
「それにしても本当に何をしに来たかわからない連中だったね。」
「城の中を見て、ラボでキシェを泣かせて、風車を見て、食事をして帰っていた、
 といったところだな…ゼル、この綴り、間違ってるぞ。」
「はい…」
「久しぶりにあんなに暴れるキシェを見たよ。」

さも面白いことのようにマージュが笑います。

「困り果てるカヨと恐れおののく貴族、ゼルにも見せてやりたかった。ふふ。」
「まあ、薬瓶を持ち上げただけで叫びながら飛び掛ってくるとは思わないだろうな。」
「”だ、だめ~!”って言って飛び掛った時のあの顔といったら!
 はは、カヨの腕をするりと抜けて向かっていく様は良い動きだった、ははは」

マージュは思い出して思わず声をあげて笑います。
つられるようにイグジクトが鼻で笑います。

「自閉症であることを伝えていなかったとはいえ、
 触るなといったのに触るハーミッズ卿が悪い。」
「”円卓のお一人は頭の障害をお持ちなんですなあ”なんて言った時、
 キシェをなだめながらお前がぼそっと、
 ”太った馬鹿より100億倍有能だがな”と言ったのを私は聞き逃さなかったぞ」
「聞こえていないからセーフだ、お前も正面から大概な返しをしていただろう」
「あれはセクハラに対する正当防衛だから問題ないだろう、ふふ。」

 二人は楽しそうに談笑しています。
イグジクトはお水を一口含みながら、報告書をぺらりとめくって、二枚目のチェックをしています。
ゼルはドキドキしながら二人の話を聞きつつ、それを見つめます。

「そういえば、助手の方がキシェ様をなだめてくれたそうですね。」
「ああ、あの蝋人形みたいなやつ。…ゼルここが違う。あとここ。」
「はい…」

イグジクトによってどんどん誤字や脱字が指摘され、ゼルはわたわたしながら修正していきます。
マージュが一口お水を飲んで、文字を修正するゼルを見つめます。

「…ゼル、お前、”ラファエル”という男を知らないか?」
「え?」
「今日来ていた助手の名前だ。」
「…いや、知らないと思います。」

ゼルは自分の記憶を辿りますが、どう考えても帝国貴族に知り合いなんていないはずですし、
ラファエルなんて名前の人物にも、心当たりがありませんでした。

「…そうか。」

マージュは顎に手を当てて考えます。
イグジクトはじっとマージュを観察するように見ています。

「何が引っかかった?」
「…ゼルを知っているようなふうだったから。」
「ほう?
 …ゼル、ここの風車の部品は大小あるはずだ。どちらなのかも追記しろ。
 でも他は良い出来だ、直したら持っていく。」
「は、はい…」

イグジクトは報告書を返すと、椅子の背もたれに寄りかかり足を組みます。

「なんでそう思った?」
「…いつの間にかはぐれていたあの助手を見つけて、ホールに向かう途中、
 キッチンから出てきたゼルを見かけたとき…。」

 マージュは、眉をひそめて思い出しながら、またメレンゲクッキーを口に入れます。

「緑の瞳だからか…でも、名前を聞いたとき…うーん…」
「…決定打に欠けるか。」
「うん、欠ける。でも私は変だと思った。
 …単純にゼルが小汚い格好をしていたからかもしれないけど。」
「なんだそれは。」
「少年のあの甘い香りのするものを探していたらどんどん砂とか埃まみれになってしまって…」
「ああ、そういうことか。」

 必死に証拠品を探し回っているゼルを想像して鼻で笑うと、
前のめりになっていじわるな顔をします。

「見つかったか?」
「はい、べたべたした瓶の底の所を。」
「キシェは何か言っていたか?」
「いや…自分がラボに行った時には泣き疲れて寝てました。」
「ああ、そうか」

 がっかりした顔をされました。
 またマージュが、フフ、と小さく笑う声が聞こえ、イグジクトはふうっとため息をつきます。

「あれは、おそらく何かしらの薬だと思うんだけどな。」
「ほう?」

マージュがもぐもぐしながら問うような視線を投げかけます。
その視線を見もせずに、イグジクトは目を伏せたまま話し始めます。

「…3日くらい前にシーシア様から王への手紙があった。」

手紙には、他国との交流の報告のほかに、こうあったそうです。

 私は、ロストール帝国の兵が異常なほどに統率がとれている、ということが気になっています。
人、魔物入り乱れる数万の軍が、命あるオートマタのように動いているのです。

 私が帝国へ入った際に、門番の一人が突然倒れたので駆け寄ったところ、
呼吸困難で苦しそうにしていました。
 周りの兵に医者を呼ぶようお願いすると、倒れた兵の懐から小さな緑の瓶を取り出して、
それを飲ませようとしていました。

 もちろん倒れた兵が飲めるはずもなく、結局医者を呼んだのですが、
原因不明の呼吸困難を起こしている兵に、
当たり前のように飲ませようとしていた、この液体に違和感を感じました。

 同封するのは、こぼした液体を拭ったハンカチです。
メディクスに分析させてください。
帝国の底知れぬ気味の悪さを紐解く、一つのカギとなると思います。


「その薬が、強制的に言うことを聞かせられる薬だとしたら
 帝国兵を全員統率できるのも、少年がイースに忍び込んでまで
 誰かの探し物をしていたのも納得できる。
 …私はまだ結果が聞けていないが。」

 今日の対応のせいで、と言わんばかりに口をとんがらせると水を飲みます。
マージュはメレンゲクッキーにさらに指を伸ばし、
ゼルはあと3,4粒となったクッキーをみて、あきらめて相手に差し出すように袋を寄せます。

「とりあえず帝国が何か企んでいるのは確かだ。
 ハーミッズ卿も腐っても第一貴族だからな。あれでなかなかの切れ者なんだろう」
「どうだろうね…私には馬鹿にしかみえなかったけど。」
「…明日、シーシア様が帰ってくる。また何か情報があるだろう。」

 二人の会話は進みます。
 マージュが、勝手にまたメレンゲクッキーを一口たべて、書類を直すゼルを見ます。
 ゼルはすぐにその視線に気づきましたが、真正面から自分をまっすぐ見つめるマージュに、
思わず少し身を引いてしまいます。

「ゼル、少年をよこした人物は緑の瞳をまだ見つけていないかもしれない。」
「は、はい」
「何故探しているのかわからないが、昔流行った緑目狩りが目的かもしれない。
 明日から注意して行動するといい。」
「そう…ですね。」
「緑の瞳は魔除けになるだとか、願い事が叶うだとか、馬鹿らしいね。」

 はちみつ色の暖かい瞳でマージュは微笑みます。
イグジクトはそれを見て、ふん、とこちらも嫌味なく微笑みます。

 それから、3人は、しばらく今日のことを一通り談笑して、それぞれ自室に戻りました。
 ゼルは無事に書類が出せたこと、今日一日をなんとか無事に乗り越えたことに安心し、
窓のカーテンを少しだけめくって、空を見上げます。
夜はすっかり世界を覆って、雲が上弦の月も満点の星もすっかり隠していました。
きちっとカーテンを閉めると、おやすみと写真に声をかけてベッドにもぐりこみ、
ベッドサイドテーブルの上の山型のランプをパチリと消し横たわると、
大きく息を吸ってゆっくりと吐き、目を閉じます
 少しすると、真っ暗闇から、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきて、世界は静寂に包まれました。

























 翌日は、昨日のあわただしさが嘘のように、”いつもの朝”でした。
朝目が覚めたらまずは着替えて、顔を洗って、円卓で朝食を取り、
そのあとは溜まっている自分の書類を片づけて。
 イーギルも戻ってきていて、キシェは久しぶりに円卓の面々と
一緒に朝食を取れたことにはしゃいでいました。
 あっという間にお昼がきて、ご飯をたべたらまた書類を片づけて、
街に出る前にマージュとお茶の準備を。
 キッチンでお湯を沸かしながら、ぼんやりと外を見ます。
空は厚い雲でおおわれて、雨が降りそうな雰囲気があります。

「傘、持っていこうかなあ」

 街に出た時のことを考えます。
ヤカンの蓋がくつくつと鳴ったので火を止めて、紅茶の缶を棚から取り出そうとします。

「ゼル様」

後ろから声をかけられて、驚いて振り向くとオルガがいました。

「ああ、オルガ様」
「マージュ様の所へ?」
「え…はい」

 こちらに歩いてくるオルガに、またマージュが何かやらかしたのではないかと勘ぐります。
でも、お昼のシャーベットはちゃんと全員分出てきたし…
そんな不安をよそに、ニコニコと笑顔でオルガが持っている筒を見せます。

「先ほど、シーシア様が帰っていらっしゃったんですよ。
 東洋のお茶をお土産に持ってきてくださって…今日のお茶はこちらにしてはいかがでしょう」

 手に持った上品な緑の缶をお茶目に振って、
マラカスのように中の茶葉の音を聞かせてくれます。

「ああ、是非。きっと喜びます。」

 オルガが缶を開けて、慣れた手つきで茶葉と熱湯をティーポットに入れて
そばにあった砂時計をくるりと回します。

「あ。」

思い出したようにオルガが固まります。
同時に、ゼルも詰まったように固まります。
ぐるりと身体ごとこちらに向けて、きらりと眼鏡を輝かせ、ずんずんこちらに近づきます。

「マージュ様に出すお菓子、今日はありませんよ。」

至近距離で、ぴしゃりと断言されました。
オルガのジトッとした目に、ゼルはたじろぎます。

「そ、それはまさか」
「朝こっそりパティシエが作っていた、王に出すクッキーがもうなくなっているんです。
 盗まれることも考慮して50個も作っていたのに、残っていたのは5つ!
 信じられますか?瓶ごと持って行って、5つだけお皿に置いていっているんですよ。
 マージュ様に直接言っても、ニコニコしながらおいしかった、としか言わないし…」
「ははぁ…」

思わず気の抜けた笑いが口からこぼれ落ちます。
「駄目ですよ、ゼル様。彼女が年上で円卓の先輩だからと言って甘くしては!」

 少し強めの口調で言い切ると、砂時計をくるりとひっくり返してさらにティーポットに熱湯を注ぎ、
ティーカップ2つとティーポットを手際よくお盆に乗せて渡してきます。

「じ、自分が言っても効果ないと思いますけど…言っておきます。」
「お願いしますね。」

 ぽんぽんと背中を軽く押されて、苦笑いをしながらキッチンを出ます。
お盆のバランスを気にしながら二階に上がって、昨日の夜も居た談話室にノックをして入ります。
 中に入ると、クッキーを食べながら書類を書くマージュの姿がありました。
テーブルには、あと数個となったクッキーの入った大きな瓶が置いてあります。

「マージュ様、」
「ああゼル、オルガに言われたか?」

話しきる前にさえぎられます。
ふふん、と笑顔を見せるマージュに、なんとなく毒気を抜かれます。

「いい加減にしてあげてください」
「わかったわかった、それでイグジクトに言われて誓約書を書いているんだから皆まで言うな。
 …うん、最高の出来だ。」

 明らかに反省をせずにへらへらとしている姿をみて、さらに毒気を抜かれます。
どうやら誓約書をはちょうど書き終わったところのようで、
内容を確認しながらそばにあるクッキーをさくり、とかじりました。
ぱちりとゼルと目が合うと、瓶をこちらに傾けてきます。

「ゼルも食べるか?」
「いや、遠慮しておきます」
「なんだ、共犯者を増やそうと思ったのに。」

 危ないところでした。
お盆をテーブルに置いて、マージュの側にティーカップを置くと、
静かに透き通ったフレッシュグリーンのお茶を注ぎます。

「…ん、紅茶じゃないんだな、緑色だ。」
「あれ、本当ですね。シーシア様が持って帰ってきた、東洋のお茶だそうですよ。」
「うんうん、グリーンティか。ほっとする香りだ。
 カヨに一度飲ませてもらって以来だ。
 その時一緒に貰った…コンペイト、だったかな、それもおいしかった。」
「そういえばカヨ様は東洋のほう出身でしたね。」

満足そうに緑茶を飲みながら、自分のティーカップにも緑茶を注ぎます。
紅茶と違う、草っぽさのある優しい香りが二人を包みます。

「これからまた街に出るのか?」
「はい、商人街の方に行こうかと。
 3日前の要望書に、新しい農薬が問題ないのか確認してほしいっていうのがあって、
 今日、朝、サライールからその農薬が入ってきているはずなので、受け取りに。」
「そうか。ご苦労なことだな。傘を持っていくといい。」
「はい。」

 お茶をすっかり飲み終わったころ、廊下から足音が聞こえてきました。
足音は部屋の前で止まると、ノックをしてガチャリと二人のいる談話室のドアを開けます。

「あ、やっぱりここにいたんだね。」

 今日もさわやかな笑顔のイーギルです。
制服を巻くった右腕には、まだ包帯が巻かれていました。

「マージュ、ちょっと来てほしいんだ。」
「何かあったのか。」
「知恵を貸してほしいことがあってさ。鍛錬場まで来てほしい」
「わかった。」

マージュが誓約書を封筒に入れて脇に挟むと、お盆にティーカップやポット、
空になったクッキーの瓶を乗せ始めたのを見て、ゼルは立ち上がります。

「自分が片づけます。」
「いい、どうせキッチンの前を通る。」
「あ、ありがとうございます。」
「ふふ、マージュは反省文を書き終えることはできたの?」
「反省文じゃない、誓約書だ。」

 マージュはそう言って、当たり前のようにお盆をイーギルに押し付けて
颯爽と部屋を出ていきます。
イーギルはびっくりして受け取りますが、こちらに小さく手を振って微笑むと、
静かに扉を閉めるのでした。
風のように去っていった騎士二人を見送って、窓からまた空模様を確認し、
ゼルもよいしょと立ち上がります。

 商人街とは、この国の入り口側、南区域にあります。
イースに住まずとも、一時的に商売を展開することのできるブースの集まりのようなものです。
 この商人街に出店する人々は国外からきている商人で、厳しい審査が必要です。
出店で実績を積めば、移住してお店を構えることもできるため、
商人たちからは年単位でブースの空き待ちが発生するほど人気がありました。

 お城から傘を持って出て、東区域から最短ルートで南区域へ向かいます。
もちろん、やっぱり街の人々はゼルに話しかけてきてしまいますから、すんなりとは進めません。

「おお、ゼル今日はどこに行くんだ?」
「ああ、こんにちは…これから南区域へ行ってきます。」
「そうか!気を付けていけよ。」
「ありがとうございます。」
「あら、ねえゼル、帝国へは行かなくていいの?」
「え?」

突然、さも当たり前のように問うてくる街の女性に、首をかしげます

「帝国へ?」
「ええ。」

ゼルも、街の人数人も、首をかしげます。

「何故ですか?」
「何故って…そう聞いた気がするのだけど…」

どんどん、変な雰囲気になってきます。
ゼルも困って、なんと返事をしたら良いのかとうろたえてしまいます。

「ええと、誰から聞いたんですか?」
「昨日、南区域のパブで聞いたのだけど…」
「おい、なんかと勘違いしているんじゃねえか?」

 困ったゼルを見かねた近くにいた男性が声を掛けます。
女性はうんうん唸りながら、でも、とか、だって、とか続けています。
ゼルは、女性を安心させるように微笑みます。

「必要になったらきっと王から指示があると思いますし、大丈夫ですよ。
 その時はちゃんと行ってきますから安心してください。」
「そう、そうよね。私どうしちゃったのかしら…ごめんなさいね。」

 女性はそういって、恥ずかしそうに足早に去っていきました。
ゼルは不思議に思いながらその背中を見送って、商人街の検問所へ向かいます。
普段、外部の商人たちはここで持ち込むものを検査して、問題なければ国に入ることができます。
 新しい農薬はここに預かってもらっていて、
これをラボにもっていくと使用に問題が無いか調べてくれます。
 木の扉を開くと、10畳ほどの部屋の中に、申請に必要な書類が並べられている棚があったり、
持ち込み禁止の植物等を掲示したりしています。
カウンターには2人ほど座っており、後ろには何人もの人たちが書類を確認したり、
何か書いたりしています。
 カウンターに座っている小太りのおじさんと目が合うと、にこやかに迎えてくれました。

「エスト様こんにちは。」
「ジョージさんこんにちは。サライールからきている農薬は届いていますか。」
「ええ、届いておりますよ。少々お待ちください。」

後ろのほうのドアに入っていくと、やがて小さな袋をもって戻ってきました。
袋をカウンターに優しく置いて、下の引き出しから書類を取り出し、差し出します。

「こちらです。では、受取確認書2枚にサインをお願いしますね。」
「はい。」

ゼルは、自分の胸ポケットから万年筆を取り出して自分の名前を書きます。
おじさんは、書き終わったのを確認して、ポン、とハンコを押してくれました。
署名をした紙の1枚が差し出されます。

「では、こちらは控えです。」
「はい、ありがとうございます。」
「あ、エスト様」

立ち去ろうとしたゼルを、おじさんが引き止めます。

「帝国へは行かれなくて良いのですか?」
「え?」

本日二度目の問いに、固まります。
おじさんは、特に変なことを聞いた、という様子でもなく、
固まるゼルをキョトンとした顔で見ています。

「何故です?」
「なぜって…緑の瞳をお持ちだからでは…」

ゼルは思考を巡らせます。
どんなに考えても、帝国に行く理由ではありません。

「…緑の瞳だから…?」
「はて…ははは、いや、失礼いたしました。忘れてください。」

 おじさんは困った顔を照れ笑いに変えて、ゼルを見送ってくれました。
本日二度目の同じ質問に、不思議に思いながらも気にすまいと
首を振って農薬を手にお城へ戻ります。

 帰りは、雲で空がぐんぐんと暗くなり、いよいよ雨が降ってきました。
袋をぬらさないように、傘をさしてお城へ戻りますが、
10分もするとすっかり大雨になっていました。
 靴はびしょびしょで、風のせいで右肩も濡れ、歩くたびに気持ち悪くて仕方がありません。
小走り気味にラボへ向かって、分厚い木のドアを叩きます。
中からは研究員が出てきて、農薬を受け取ってくれました。

「では、お預かりします。」
「よろしくお願いします。」
「あ、ゼル様」
「はい?」

 ゼルはまた、あの質問が来るのではないかと不安になりましたが、
研究員の手には、チェック柄のふきんがかけられたカゴが握られていました。
ふきんをめくると、ぷりぷりとしたたくさんのキイチゴが入っていて、
つまみ食いしたくなるほどに真っ赤でおいしそうです。

「これ、オルガ様が朝、植物園で摘んでそのまま忘れて行ってしまって…
 お城へ行かれるついでに持って行っていただけませんか?。」
「もちろん大丈夫です。これは…明日の朝食はラズベリージャムが並びますね。」
「そうですね、ふふ、楽しみです。」

 ふきんをきちんとキイチゴにかぶせると、カゴを受け取ってお城へ向かいます。
エントランス前で傘を閉じて、くるくると回して水滴を飛ばし、
お城へ入って早く着替えたい気持ちを抑えてキッチンに向かいましたが、
オルガの姿が見当たりませんでした。

「どこにいるんだろう…」

あたりを見回しても居る様子がなかったので、
とりあえずキッチンのすぐそばのメイドたちの休憩室を尋ねることにしました。
ドアをノックすると、すぐに若いメイドが顔を出します。

「まあ、ゼル様!どうされましたか?」
「植物園から、オルガ様の忘れ物を届けに来たんです。」

 腕に掛けた、キイチゴたくさんのカゴをみせると、メイドはドアを大きく開けて、
嬉しそうな顔でカゴを受け取ってくれました。

「お預かりしますね。わざわざお持ちいただいてありがとうございます。」
「いえ、オルガ様に宜しく伝えてください。」
「はい、もちろんです!」

 くるりと背中を向けたとたん、メイドがぽつりと声を掛けてきます。

「そういえばゼル様、帝国へ行かなくて、大丈夫なのですか?」
「えっ?」

ゼルは固まります。
ゆっくり振り返ると、メイドは困ったような顔をしています。

「…何故です?」
「わ…わかりません、でも、伝えなければと思って…」

 どんな表情をしていたのか、メイドが怯えた顔でこたえましたが、
ゼルは思わず返事もせずに立ち去ってしまいました。
 1日に3度も不気味な質問をされて、これを偶然と言えましょうか。
まるで誰かが、自分を帝国に呼び寄せようとしているような、気持ち悪い感覚に襲われます。
どうしたらよいかわからず、濡れた靴のまま逃げるように辿りついた先は、
薄暗い、ローズウッドに木彫りの装飾が入った両開きのドアの前、お城の図書室でした。












表紙

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Neetsha