Neetel Inside ニートノベル
表紙

チャッカマン ~ミシュガルドの巨人~
第一話「燃える勇者、立つ」

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「混沌」が世界を包み、色鮮やかだった都市は光を失って、モノクロの風景が周囲に広がっている。
足元に咲いている花に触れようとすると、指が触れた瞬間に崩れ去ってしまった。
轟音と共に空を巨大な何かが横切り、天の彼方へと飛び去って行く。
最後の船だ、これでもうこの星には…。

「ここにいたんですね」

声が後ろからして振り返ると、フードで全身を覆った彼がいた。
横には体を混沌に侵されきり、真っ黒いマネキンの様になった彼女がいる。

「…他の連中は?」
「大部分がここに残るそうですよ。私も含めてね」

全てを失ったかのように見える世界だったが、フードの奥に見える彼の目は、しかしまだ死んでいない。
彼にはまだ、仲間が残っている、大切な仲間が。
だが自分には…もう何も残っていない。

「俺は旅に出るよ」

そう言って、フードに背を向け、自分は歩き出す。
混沌に包まれたこの世界だが、まだ、何かが残っているかもしれない。
世界のすべてを自分は知らない、自分の周りだけを見て、可能性を諦める事をしたくなかった。

「じゃあ」
「……ここに、残りませんか?」

去ろうとする自分を、彼が引き留める。

「私達にも…新しい世界が作れるはずです、今からでも…」

彼の言葉に、自分は振り返り、首を振ると、今度こそ歩みだした。
彼の横に立っていた彼女が、口を開けて何か言おうとしながら、頭を下げる。
混沌に侵されて声が出せず、全身を真っ黒にしながら、しかしそれでもずっとそうだった彼女の一連の動作は最後まで洗練されていて、その礼は美しい。

「……」

去って行く自分を、フードの彼はしばらくじっと見つめていたが、やがてフードをおろし、犬耳のついた姿をあらわにして叫んだ。

「バカヤロウ!」

それが、最後に聞いたニコラウスの声だった。




第一話「燃える勇者、立つ」




青い空、白い雲、どこまでも続く海原を、一隻の船が進んで行く。
その船の甲板で横になる青年が一人。
船が目指すのは未知の新大陸、ミシュガルド。
数年前、人類至上主義国家甲皇国と精霊国家アルフヘイムの戦争終結と共に突如出現したその新大陸は、溢れる資源と見た事も無い宝の数々で多くの人を魅了している。

「そろそろじゃねえか?」
「楽しみだなあ」

今日はこの船がミシュガルド大陸に到着する日、甲板には早く新大陸を見たい乗客達が集まってきていた。

「おい、あんたも起きろよ、そろそろ到着だぜ」

横になっていた青年に気づいた男がその背をゆすると、青年はううんと目を覚ます。
周囲の希望に満ちた雰囲気に比べ、この青年の表情は暗い。

「…ついた…か」

ぼそりとそう言ってじっと地平線を見つめる青年。
その視界の先に、やがて巨大な大陸、ミシュガルド大陸が現れた。






場面変わってミシュガルド大陸、三国合同調査報告所。
ここは甲皇国とアルフヘイム、そしてもう一つの大国スーパーハローワークと、その他の各国の代表達が集まる、各国が協調して作った大型施設だ。
ここでは調査隊や冒険者から上がってくる様々な報告を分析、精査し、各国がそれに対する対応を協議する等している。

「これで4回目だ」

テーブルに広げられた地図を見つめながら、甲皇国ミシュガルド調査団の幹部の一人、スカルチノフが言った。
地図には三国が合同で送り出し、壊滅させられた調査隊の位置が書き記されている。

「激しい戦闘の形跡がありました、が、今回もこちら側の人間の死体、しかも著しく破損した一部の者の死体しか見つけられませんでした」

行方不明の調査隊を捜索したアルフヘイムの調査隊の指揮を執ったエルフのメラルダが無念そうに報告した。
つまり調査隊は何かに一方的に壊滅させられたという事である。
調査隊にはメラルダの知人や友人もいた。
その悔しさに、彼女は歯噛みする。
横でそれを聞いていたスーパーハローワーク商業連合、通称SHWのデスク・ワークがふむと頷いた。

「恐ろしい何かがいるのは間違いありません、やはり一度本格的な討伐隊を出すべきでしょう」

デスクの発言に、スカルチノフとメラルダは同意する。
合同調査隊は三国がミシュガルド大陸から有用な物資や情報を新たに発見する為、各部門の専門家や技術者、そして優秀な護衛を有していた。
それを一方的に撃破する様な存在は、間違いなく三国共通の脅威になる。
甲皇国とアルフヘイムは未だに確執があるが、戦争で疲弊した本国に資源が必要なのは両国とも変わらない。
こうして、三者は合同討伐隊の編成について協議を開始した。







港に停泊した船から、人が次々と降りてくる。
彼等が降りたのはミシュガルド最大の都市「大交易所」の港である。
三大陸からの物資と、ミシュガルドからの物資が集まる、SHWが管理する世界で今もっとも熱を帯びた場所だ。

「ようこそ、ミシュガルドへ」

港と大交易所市街地の間に、市街地へ入って行く人々に丁寧にお辞儀して歓迎の言葉をかけるエルフの女性が一人。

「ミシュガルドへようこそ」

機械的に正確な動作で、しかし、決して業務的でなく、ミシュガルドへ入ってきた人々を歓迎する彼女は「ようこそミシュガルドへの人」と呼ばれるこの大交易所の名物だ。
大交易所完成の頃からここにいて、誰に指示されるでもなく毎日同じようにミシュガルドへ来る人達に挨拶し続ける、正体不明の謎の人である。
その日も彼女はミシュガルドへ訪れた人達に、いつものように歓迎の言葉を送り続けていた。

「ようこそ、ミシュガル……」

そんな彼女の動きが……止まる。
彼女の視線の先には、先ほど船で横になっていた青年の姿があった。
彼もまた、彼女を見て固まっている。

「驚いたな……まさか……」

青年の言葉が終わる前に、ようこそミシュガルドの人は駆け出して、青年に飛びつき、抱きしめた。
これまでほとんど交易所入り口の同じ場所から動かなかった彼女の突飛な行動に、周囲が一気にざわつく。
青年は周囲の視線を感じながら、それでも彼女をしっかりと抱きしめた。
じっくり、数秒、二人は抱き合った後、青年が彼女に何かを言おうとしたが、彼女は自分の喉を指さし、次いで首を振って見せる。
彼女は喋れないし、更に、何らかの理由で自分に情報を与える事ができない。
そう察した青年は、彼女から一歩離れた。

「…元気そうで……よかったよ」

彼女はこくりと頷き、満面の笑みと共に、いつもの言葉を言う。

「ミシュガルドへようこそ」

ざわつく周囲を後に、青年は交易所へと向かう。
彼女と青年は、別段親しかったわけでもない。
だから、自分からも話す事はない。
彼女が何も語りたくないというのであれば、それを尊重したい。
ただ、久しぶりに会えて嬉しかった、それだけだし、それだけだからいい。

(彼女が元気だったって事は、他の連中も大概元気なんだろうな)

別段親しかったわけではない彼女だからああいった反応…純粋に会えて嬉しいという反応だけですんだ。
だが、これから「親しかった」連中とも会わなければならない可能性が高い。

(どんな顔して会えって言うんだろうな)

最悪問答無用で殺しにかかってこられそうな輩の顔が何人か浮かぶ。
色々な意味でこの先に進みたくはない。
だが、彼は行かなければならない、それが彼の使命なのだから。

「ちょっとちょっと、そこの方」

横から女性の声がして振り向くと、オレンジ色の短髪で、モノクルをつけた探検隊員の様な服装の女性が、好奇心溢れる視線を自分に向けていた。

「今、今よう子さん…あ、ようこそミシュガルドの人に抱きつかれてましたよね!ね!」
「ああ、はい、そうですね」
「どうしてですか?貴方はようこそミシュガルドの人のなんなんですか?彼女の正体を知っているんですか?」

距離を詰めながらまくしたててくる彼女に押され、後ずさること数歩。
年のころは自分より少し下だろうか、目の前に元気のよい可愛い顔が近づいてきて、健康的な汗のにおいがした。

「ちょちょちょ…」

夢中な彼女を現実に引き戻そうと手を前に出すと、彼女ははっとして、少し照れくさそうに後ずさる。

「あ、すみません、初対面の人に…」

そう言って名刺を差し出してくる女性。
ルマニア動物園の園長、ズゥ・ルマニアと書かれていた。

「ご丁寧にありがとうございます、俺はコウラクエン、コウラクエン・ボクトアクシュ」
「ご職業は?」
「勇者」
「……あー」

無職か何かだと思われたのだろう、ズゥの顔に哀れみが浮かんだ。
まあ、実際間違ってないので仕方ない。

「それで、貴方はようこそミシュガルドの人のなんなんですか?」
「そんなに気になります?ちょっと女の子と親しくしただけで」
「気になりますよ、あの人はミシュガルドの開拓開始と同時にずっとここにいて、何かしらミシュガルドの謎を知ってるって言われてるんですから」
「ふうん…いや、そんな事は無いと思うけどなあ」

その後もズゥはしつこく食い下がったが、適当に誤魔化しておいた。
ズゥがようこそミシュガルドの人と呼ぶ彼女は間違いなくミシュガルドの謎とやらを全部知っているだろう。
が、それはようこそミシュガルドの人…彼女から人間に引き出させるべきではないだろう。

「ぐぬぬ、どうしても話してくれないんですか?」
「だーから、ただの古い友達で、久しぶりに会ったから嬉しくなっただけなんですって」
「嘘ですよね?絶対何か知ってますよね」
「知りません」

更に食い下がるズゥを無視してコウラクエンが歩き出すと、ズゥも一緒についてくる。

「ねえねえねえお願いしますよ」
「いやいやいや」

結構べったりくっついてくるズゥにちょっとドキドキしながら歩くコウラクエン、ついていくズゥ。

「ルマニア様」

そんな彼女に横から声がかかった。
二人がそちらに視線を向けると、長身で銀髪をポニーテールにした革のライトアーマー姿の女性が立っている。
ズゥがカワイイ系なら、彼女は美人系だなとコウラクエンは思った。

「あ、ラライラさん」
「例の件で新しい事がわかったんですけれども…そちらの方は?」

長身の女性、ラライラにコウラクエンの事を聞かれたズゥの顔に、一瞬悪い笑みが浮かぶ。

「新しい護衛の人です」
「ちょ!?」
「いいでしょ、貴方勇者なんだから」
「いやいやいや」



強引に仕事を斡旋しようとするズゥと拒否するコウラクエン。
二人のやりとりを見ていたラライラはふむと一瞬思案する。
このコウラクエンという男性はしつこいズゥを邪険にしていないし、見た所体格も整っていて、持っている剣もそれなりだ。
そこまで腕の立つ護衛を求めているわけでもないし、誘ってもいいかもしれない。

「貴方」
「え?はい」
「モンスターに興味はありまして?」
「はい、ありますとっても」

さも当然の様に即答するコウラクエン。
その回答に、ラライラの心を揺さぶる物があった。
今までいろいろな人に同じ質問をしてきたのだが、ここまで即答した人間は初めてだ。
モンスターは亜人も人間も関係なく、その性質に関わらず知的生命体が生理的に忌諱する存在で、普通は関わろう等と思わない。

「では、一緒に参りましょう。今ミシュガルドの冒険者の間で問題になっているモンスターの話があるんです」

それを聞いたコウラクエンの表情が引き締まり、目に真剣な光が宿ったのを、ラライラは見た。

「是非お願いします」

モンスターという単語が出た途端手のひらを反す様に仕事の依頼を受けたコウラクエン。
彼の真剣な顔には、女の子に誘われたからだとかそんな浮ついた理由で返答した様子は見られない。
今まで大勢の人間を見てきたラライラにはわかる、彼は何らかの信念を持った人間だ。
これは思わぬ拾い物をしたかもしれない。
ズゥが横で一瞬きょとんとなった後、笑みを浮かべる。
彼女も同じ物に好奇心を震わせる輩に出会えて、嬉しくないわけがない。
こうして三人はラライラの得たモンスターの情報を分析する為、合同調査報告所へと向かうのだった。






大交易所から離れたとある森林地帯。
武装した屈強な人間の男が3人、エルフの女魔法使いが1人、岸壁に開いた洞窟の前に立っていた。
4人は冒険者パーティーで、この洞窟で怪しい物を見つけたのである。

「もしこれが本当に遺跡だったら前人未到の新ダンジョンだぜ」
「何言ってんだ、こんなとこに遺跡があったんならとっくに他の冒険者が気づいてるだろ」

冒険者の男達が話しているのは、この洞窟の壁にある「扉」についてだ。
それは明らかに人工物で、ここが旧ミシュガルド文明の何らかの施設だった事を示している。
だが、そんな価値のある遺跡にしては荒らされた形跡がなく、まるで昨日今日できあがったかの様な様子なのだ。

「これは入ったらいけねえもんだよ」
「そうさ、やめとこう」
「う…わかったよ、皆がそう言うなら…」

結局、冒険者達は怪しんで、その扉の向こうへ行く事をせず、その場から立ち去ろうとする。
それは最適な行動…のはずだった。

「待て、貴様等」

突然虚空から声が聞こえ、一同は武器を構えて周囲を警戒する。

「これを見て生かして返すわけにはいかん」

声と共に地面が揺れ、地面を割って巨大な金属の怪物が現れた。
怪物は金属質な外観だが、そのシルエットは人間の筋肉の様であり、両腕には重々しいドリルがついている。

「機械の魔物!」
「やっぱり罠か」

戦闘態勢をとるパーティー。
その背後で扉が開き、数体のキルが飛び出してきた。

「逃げろ!」

モンスターの数と質を見て、戦っても勝てないと判断したパーティーリーダーが叫び、散り散りになろうとする一同。
だがそれより早く、巨大な金属の怪物は想像を絶する速度で距離を詰めてきて、パーティーの戦士をその剛腕で一撃した。
昏倒した彼にキルが群がっていき、断末魔が響くが、他のメンバーはそれに構う余裕は無い。
残る戦士二人がバラバラの方向へ駆け出し、魔法使いは雷撃の呪文を巨大な怪物へと放つ。
雷撃呪文は機械の魔物にはとても有効だという定説を彼女は知っていたのだ。
だが、必殺の雷撃の魔物が目の前に現れた黒い壁に弾かれてしまう。

「え!?」

驚愕と共に、魔法使いの頭がドリルの一撃で砕け飛ぶ。
魔物が出現させた壁は、地面から浮き上がった大量の砂鉄だった。
魔物はそのまま砂鉄を勢いよく飛ばして、逃げる戦士の後頭部に叩きつける。
バランスを崩し、転倒した戦士に高速で追いすがり、ドリルを見舞う魔物。

「ひいい」

残る最後の一人はわき目もふらずに必死に走る。
だが、その前に無情にももう一体の怪物が空から現れた。
羽音もさせずに現れたその怪物は人間の男性に近い体系で、全身は金属質な灰色、マントの様な物を羽織り、杖の様な物を持っている。

「どけえ!!」

司祭の様な外見のその怪物になら、力で勝てると思い、叫びながら斬りかかる戦士。
だが、渾身の斬撃は鈍い金属音と共に弾かれ、思わず戦士はよろめいてしまった。
見ると、鋼鉄の剣の刃は刃こぼれし、ヒビまで入っている。
怪物の手が伸びて、男の首を掴んだ。

「人間よ」

先ほど聞こえてきた声が、怪物から聞こえてくる。
戦士は必死に怪物の手を振りほどこうと暴れるが、全くびくともしない。

「破金の意思の贄となれ」

そう言って、怪物は男の首を持ち上げ、扉へと運んでいく。
キル達が扉を開けると、そこには巨大な口が広がっていた。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおお」

もがき、暴れる男を、容赦なく口の中へ投げ込む怪物。
男が中へ投げ込まれると同時に扉がひとりでに閉まり、中から凄まじい断末魔と咀嚼音が聞こえてきた。
既に男の仲間達もこの扉の向こうにキルや巨大な怪物に投げ込まれており、その場には血痕した残されていない。

「機は間もなく熟す、有機知性体の都市を攻撃する時は近い」

男を扉へと投げ込んだ怪物は高らかにそう宣言し、それに応える様に巨大な怪物が低い唸り声をあげた。

     

大勢の冒険者や各国の職員が行き交う合同調査報告所の一般開放区の端のテーブル。
コウラクエンとズゥ、ラライラがそれを囲んで立ち、更に二人、ラライラが雇った護衛の姿があった。
まずは立派な口ひげをした壮年の人間男性、ダンディ・ハーシェル。
如何にもベテランといった風貌で、無駄のない筋肉と大人の余裕を感じさせる頼りになりそうな男性だ。
その横にちょこんと立つのが白兎人の小柄な少女マリー。
白兎人というのは兎の亜人で、女性は人間に似た容姿だが、兎に似た長い耳と、手足に白い毛皮を生やしている。
探査能力と瞬発力、跳躍力に優れていて、マリーは魔法も使えるらしい。
しかしダンディと比べると少し頼りない印象を受ける。
コウラクエンの視線に気が付くと、マリーは恥ずかしそうに顔を赤くし、そっとラライラの後ろに隠れてしまった。
ラライラはそれに気づくが、微笑むだけで何もしない。

「ではコウラクエンさんが新たに仲間に加わりましたので、我々の探索の目的と新たにわかった事を改めてお伝えしましょう」

そう言って、ラライラは大交易所の北の森の地図を出す。
そこにはいくつかの×印が刻まれていた。

「私とズゥさんはモンスターと動物の研究をしております、ここ数日北の森で新しく強力なモンスターの目撃情報があったのですわ」

ラライラの話では、比較的探索されているはずの大交易所北の森で、装備も練度も十分な冒険者パーティーが壊滅する事件が相次いでいるらしい。
それだけならば偶然の可能性もあるが、生存者の話には一貫して「赤い門」と「機械の怪物」が登場するのである。

「まるで転移の門みたいですよね」
「転移の門?」
「かつて古代ミシュガルドで使われていたとされる、遠くへ一瞬で行ける魔法の門の事です」
「あー」

マリーが言っているのはアレの事で、アレは今の時代だとそんな風に呼ばれているのかとコウラクエンは思った。
だが、知っているからこそわかる、その赤い門は転移の門などではない、もっと恐ろしい何かだ。

「つまり、転移の門を使って怪物が現れているという事か」
「亜人に近い存在なのですかね」

ダンディとズゥもそれが転移の門だと思っているらしい。
しかし、迂闊にそれを否定すれば、何故そんな事を知っているんだと疑われてしまう。
ここは話を合わせてそういう物であるという事にしておこうとコウラクエンは思った。

「各国の合同調査隊も何度もやられてしまった為、近々合同討伐隊を出すそうですわ」
「合同討伐隊?」

嫌な予感がした。

「正体がなんであれ、これからの大陸の調査の障害になる事は明らかですから排除する為に三国から精鋭を集めて討伐隊を出すのです」
「……」

もし、これが自分の世代の脅威ならば、この世代の人達の科学力では精いっぱい一致協力して立ち向かわなければそれを退ける事は出来ないだろう。
生半可な討伐隊では犠牲者を増やすばかりだ。
早くも自分の出番が来たらしい。

「それでラライラさん、俺達はどうするんです?」

積極的なコウラクエンの様子に、ラライラの口元に笑みが浮かぶ。

「討伐される前に怪物を見つけ出してその生態を調べるのですわ」

ラライラの宣言に、ズゥが力強く頷き、コウラクエンも頷いた。
危険極まりない事だが、今は彼女達に便乗するしかない。






大交易所を見下ろす高地、そこに、あのパーティーを襲ったマントを羽織った金属の怪物と、巨体で筋肉質な金属の怪物の姿があった。

「いよいよ人間どもの都市を攻撃する時が来た」

マントの怪物の言葉を巨体の怪物が唸り声で称賛する。

「ゴビバクサ、モンスターダンジョンはどうした」
「既に、都市の近くに。ジルバエン様」

巨体の怪物、ゴビバクサの応答に、マントの怪物、ジルバエンはよしと頷いた。
人智を越えた恐るべき事態は、最早間近へと迫っている。
だが彼らの眼下にある大都市の人々は、誰一人、その危機を正しく認識してはいなかった。
ただ、一人を除いて。






「まさか…こんなに早くに出会うなんて……」

ラライラが狼狽えた声を出す横で、ズゥが目をキラキラとさせている。

「絶対こんな所に今まで門無かったですよね?ね?」
「は、はい、ここには私も来た事がありますが、こんな物は…」

ズゥの質問に律義に応答するマリー。
一同の前には、まさしく冒険者達の話に出ていた赤い門が岸壁にポツンと現れている。
女性陣が狼狽える横で、コウラクエンとダンディは油断なく赤い門に身構えていた。

「皆、迂闊にその門に近づくな!それから周りを警戒するんだ。マリー、何か聞こえないか?」

マリーは兎人だ、人間よりもはるかに優れた聴力を持っており、気配には特に敏感だ。
ダンディに聞かれたマリーは少し集中して耳を澄ませ、扉を指刺す。

「扉の中から何か機械音がします」
「やはり罠か…しかしこんな見え透いた怪しい罠に冒険者が次々とかかる物なのか?」

訝しがるダンディの横で、コウラクエンは冷や汗をかいている。

「皆さん!」

突然大きな声を出すコウラクエン。

「急に大きな声を出してはいけませんわ、モンスターが寄ってきますわよ」

ラライラの注意に、しかしそれどころではないコウラクエンは首を振る。

「すぐにここを離れましょう、明らかにあの扉は危険です」
「それはそうでしょうが…」

扉に好奇心がくすぐられているらしいズゥが抗議の声をあげるが、コウラクエンは無視した。

「一刻も早くこの場を離れるべきです、あの扉はここら辺に人が多いのを承知で現れています、人間を脅威だと思っていないんです!」

鬼気迫る調子でそういうコウラクエンに、ラライラとダンディは顔を見合わせ、マリーは怯え、ズゥは首をかしげる。

「何を根拠にそういうんですか?お腹を空かせた熊だって人里に出てくる事がありますよ」
「ぐ…いや…」
「怖いのはわかりますけれども我々は調査の為にこの扉を探していたんです、危険でも可能な限り調査しないと」

コウラクエンはかつてこの扉を倒すのに、強力な火器を搭載した戦車や戦闘ヘリが必要だったのを知っていた。
だから、こんな少人数では活性化したこの扉が相手では一たまりも無いのもわかる。
しかし、それらはこの時代の人間が知りえない事で、自分の正体が知られる事を避けねばならない現状で彼等にそれを伝えるのはコウラクエンには難しすぎた。
大変長らく他者と関わってこなかった弊害である。

「よし、まずは呪詛を警戒しよう、マリー」
「は、はい」

ダンディとマリーが前に出て、魔力の調査を始めた。

「ダメだ…ダメなんだ…」

強く止める事が出来ない自分の未熟さに、コウラクエンはイライラする。
何が勇者だと思った。
目の前に明らかな危険に晒されようとしている人がいるのに、何もできない、しようとしない。



コウラクエンの様子は明らかにおかしかった。
悔し気に門を調査するダンディとマリーを見つめ、わなわなと小刻みに震えている。
具合が悪いわけでも、怖いわけでもない、彼はやはり、何かを知っているのだ。

「コウラクエンさん、何か知ってるんですか?あの扉について」
「え?」

ズゥの問いかけに、思案にふけっていたらしいコウラクエンは驚いた。
しかしすぐにバツが悪そうな顔になり、視線をそらしてしまう。

「いや……なんというか…明らかに人智を越えた物ーだし……」

大変歯切れが悪い回答をしながら、意味も無く数歩歩くコウラクエン。

「扉の周辺に呪いは無いようです」
「罠らしい物も見当たらん」

そこに、マリーとダンディから報告が上がってきた。
それを聞いたコウラクエンは扉の前まで走ってきて、扉に手をかける。

「俺が開けます」

そう言うコウラクエンの顔に、恐怖やヤケクソ感は見られない、逆に、強い決意の色が見て取れた。
ズゥが頷き、ラライラ、ダンディ、そしてマリーも恐る恐る頷く。
それを見届けたコウラクエンは、ゆっくりと扉を引いた。
何の抵抗も無く扉は開く。
扉の向こうは石づくりの様な壁と天井で、その先は真っ暗く、何も見えない。

「何かいます!」

マリーが奥を指さし、叫ぶ。
それに応える様に暗闇の中から数体の機械人形、キルが駆け出してきた。

「機械音の正体はこいつらか!」

剣を手にそれを迎え撃つダンディ。
ラライラもマリーとズゥを後ろに下がらせ、大きなライフルを構えて発砲する。
キルの装甲は鋼鉄よりも固い金属でできていたが、ラライラのライフルは特別なつくりをしているのだろう、弾丸はキルの装甲を貫き、撃たれたキルは崩れ落ちた。
ダンディの持つ剣は普通の鉄の剣らしかったが、ダンディはキルの装甲の隙間や関節を巧みに狙い、流れる様にキルを沈黙させていく。




「すごい、やはり今の人達は…」

コウラクエンは何か言いかけたが、後ろから迫るキルに気が付き、回し蹴りを見舞って扉の向こうへと蹴とばした。
そこでふと、コウラクエンは気が付く、ここで己を犠牲にすれば、皆に自然にこの驚異を伝える事ができると。

「この野郎!!」

コウラクエンは叫んで周囲の注意を自分に向けると、扉の向こうのキル目掛けて斬りかかった。

「待て!コウラクエン!」

ダンディの制止する声が後ろから響く。
戦いながら周囲の状況を把握しているその手腕に驚くと共に、本来ならば無視してはならない警告を無視する事に罪悪感が湧き上がった。
だが、行かねばならない、何故ならそれが勇者だからだ。
コウラクエンが扉の中に踏み込むと扉が勢いよく閉まる。

「コウラクエンさん!」
「やっぱり罠が、でもどうやって…」

マリーとズゥの声が扉の向こうから聞こえ、ラライラが扉を破壊しようとしているのだろう、銃声と扉が何かを弾き返す音が聞こえた。
それと共に天井と床が急激に狭まり、更に棘が生えてきてコウラクエンを咀嚼して潰そうとしてくる。
コウラクエンが剣で天井を力いっぱい突き刺して抵抗すると、そこから血が噴き出して天井と床の動きは止まった。

「皆さん逃げて!これはダンジョンじゃない!巨大なモンスターです!!」

コウラクエンの叫びと共に地面が揺れてになり、ダンジョンがゆっくりとせりあがり始める。

「やむおえん!逃げろ!」
「そんな、コウラクエンさんが…」
「もう助からん」
「行きましょう」

ダンディの呼びかけでパーティーのメンバーが逃げる気配がした。
ズゥが躊躇っている様子だったが、ダンディとラライラが何とか説得した様子である。

(ようし、それでいいんだ)

この巨大なモンスターは間違いなくコウラクエンの時代のモンスター…怪獣だ。
だとしたら多くの場合直立して二足歩行する。
その方が設計上都合がいいからだ。
怪獣が完全に地上に現れ、頭が地面から遠く離れたその時がチャンスだと、コウラクエンはタイミングは計る。
変身は周囲に多大な危険を及ぼす、なるべく離れた方がいい。
やがて床の持ち上がる感覚は落ち着き、怪獣が完全に直立したらしい状態になった。
今だ!
コウラクエンは懐から拳銃に似たアイテム、ボルトチャッカ―を取り出し、天にかざす。

「チャッカアアアアアアアアアアアアアアアアア」

叫び、引き金を引くコウラクエン。
青い炎がボルトチャッカ―の先端から溢れ、それがコウラクエンを包み込む。
更に炎は一気に大きくなって、ダンジョンの外まで溢れだした。






ダンジョンに化けていた巨大な土色の怪物から走って逃げていたダンディは、背後で何かが眩い光を放ったのを感じて振り返る。
見れば、怪物の口、扉だった部分から青い炎が溢れだしていた。

「伏せろ!物陰に隠れろ!!」

火を吹くのかと思ったダンディは叫ぶ。
ドラゴンのプレス攻撃をダンディは知っているが、それは伏せたり木に身を隠した程度では防げない。
あの怪物の体の大きさから割り出されるプレス攻撃の前にそれは気休め以下だったが、ダンディの中の闘志が諦めるという選択肢を許さなかった。
ズゥが、マリーが、ラライラがその場に伏せて目を伏せた時、爆発音と共に巨大な影が差し、怪物が大きく移動する気配がする。
驚き、見上げた一同は驚愕した。

そこに、巨大な人が…巨人がいた。
青い巨人は自分達に背を向け、守る様に怪物に構えを取っている。
不思議な事に一同は疑いなく巨人が自分達の味方であると感じた。

     


     

燃え盛る青い炎の頭をして「安全」と胸に描かれた防火服の様な服を着け短いマントを羽織り、金属の様な腕をした巨人は、ダンジョンに化けていた怪物を迎え撃たんと構えを取る。
全身が土色で、角ばった体と頭を持ち、三本爪の細長い腕を持った二足歩行の怪獣は、胸の桃色に光る発光体をちかちかとさせながら唸り声をあげた。

「すごい…」

50m近い巨体同士が対峙するその様に圧倒されながら、ズゥがぼそりと呟いた。
マリーやラライラ、ダンディまでもが目の前の信じがたい光景をただただ茫然と見上げている。




地中から現れた土色の怪獣、モンスターダンジョンの様子を近くの高台から見ていたジルバエンは、青い巨人がその前に立ち塞がるのを見て驚愕していた。

「アレは…何故奴がこの時代にいるんだ!一人残らず宇宙へ行ったのではなかったのか?」

隣ではゴビバクサも巨体をゆすって狼狽えている。
ジルバエンは忌々し気に拳を握ると、手にしたモンスターダンジョンをコントロールする無線機に叫ぶ。

「怯むなモンスターダンジョン!そいつは数千年前の遺物だ、経年劣化しているに違いない!破壊しろ!」

ジルバエンの命令を受け、モンスターダンジョンが青い巨人へと向かって行った。
だが、巨人はそれを真っ向から受け止め、押し返し、自分の後ろにある大交易所から引きはがしていく。
そのパワーからは経年劣化した骨董品の様な感じは全くしない。

「おのれ……チャッカマンめ!!」

悔し気に呟くジルバエンの前で青い巨人、チャッカマンの拳がモンスターダンジョンの頭部にさく裂した。



「ギュオオオオオオオオオオ」

怒り狂った雄たけびを上げながら、モンスターダンジョンは細い腕を振るい、先端の爪でチャッカマンに切り付けてくる。
しかし、産まれたばかりの怪獣の攻撃等、百戦錬磨、幾多の大怪獣を打ち倒したチャッカマンには脅威にならない。

「ヤーー!」

チャッカマンはそれを腕で受け止め、膝蹴りを見舞い、モンスターダンジョンを怯ませ、更に拳を見舞って叩きのめした。
巨大化しての戦いは長い長い間してこなかったが、この日に備えて訓練はずっと怠っていない。
身体の動かし方を忘れない様に意識下にリアルな仮想現実を作ってその中で徹底的に鍛えていたのだ。

「ファイッ!!」

モンスターダンジョンが口を開き、毒液を吐こうとするのをアッパーを見舞って阻止し、怯んだ所にフロントキックを叩き込む。
身体の整備も怠っていない。
各地で変身態の維持に必要な魔力や魔法を集め、いつでもフル稼働できるようにしていた。
全てはこの日の為に。
再び世界が自分の力を必要とするこの時の為に。
何千年も準備し続けたのだ。
今、その真価が発揮される。
チャッカマンの金属の両手指がガチャリと縮まり、指先にある発射口が開く。

「ウォータージェット・ブレェェェェェエエエエエエド」

チャッカマンの指先から強力な水の魔法エネルギーが超々音速で発射された。
ウォーターカッターとは比べ物にならない切断力を持ったその水魔法の刃はモンスターダンジョンの身体を容易く両断し、怪獣の身体に回った水の魔力はその体を直ちに分解していく。

「ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

断末魔を上げ、黒い霧となって霧散するモンスターダンジョン。
チャッカマンの圧勝だ。
勝利を確認したチャッカマンは頷くと、青い炎と共に消滅する。
後には2体の巨体が戦った破壊の後だけが残った。



ズゥ達は結局目の前の信じがたい光景にただただ圧倒され、あっけにとられる事しかできなかった。

「皆、大丈夫か」

やがて我に返ったダンディが仲間達の安全を確認したその時。

「おーーーーーい」

ありえない声が聞こえて一同がそちらを向くと、そこには手を振りながら走ってくる無傷のコウラクエンの姿があった。

「コウラクエンさん!?」
「ほ…本物か」

間違いなく死んだはずの男の登場に驚くズゥとダンディ。
はっとしたマリーが鑑定魔法を放つと、それは目の前の男が間違いなくコウラクエンである事を示した。

「コウラクエンさんです、本物です!」

パッと笑顔になったマリーに、安心すると同時に、驚愕で茫然となる一同。
そこに走ってきたコウラクエンが到着した。

「皆さんも無事でよかった」
「無事…どうやって助かったんですか?コウラクエンさん」

恐る恐る尋ねるズゥに、コウラクエンは嬉しそうな顔を向ける。

「チャッカマンが助けてくれたんです」
「チャッカマン?」
「あの巨人か」
「そう名乗ったんです」

曰く、青い炎となって現れた巨人が自分を助けた後具現化し、その際に自分はチャッカマンと名乗ったらしい。

「やっぱり味方…ですの?」
「少なくとも敵意は無かったですね」

コウラクエンの言葉に、ざわつく一同。

「それよりも……コウラクエンさんが無事でよかったですよ」

そう言って、コウラクエンの手を握るズゥ。
思わず照れて鼻をこするコウラクエン。

「もし死んでたら何も聞けませんから」

ずっこけるコウラクエン。
そこからズゥの質問攻めが始まり、緊張の糸が切れた一同は思わず笑いだしてしまうのだった。



モンスターダンジョンとチャッカマンの戦いの場からほど近い森の中。
フードを被った中肉中背の人物が虚空に手を伸ばすと、そこにモンスターダンジョンが消えた時に現れた黒い粒子が集まり、その手に凝縮された。
それはモンスターダンジョンが描かれた一枚の札の形に固まる。

「いよいよ始まったな」

後ろからかかった声に、フードが振り返ると、そこには犬耳をした白と黒のツートンカラーの髪の獣人、ニコラウスが3体の獣人を引き連れて立っていた。
三人はそれぞれ大柄な馬の獣人、長い髪の女の鳥人、小柄で青い髪をしたメガネのネズミの獣人であり、ニコラウスの仲間である。
フードはニコラウスに跪き、頷く。

「機械導者どもは想定通り、次々と怪獣を蘇らせていくでしょう。問題は…」
「チャッカマン…」

そう呟き、俯くニコラウス。
その様子に、ネズミの獣人、ペペムムが心配げにその顔を覗き込んだ。

「……まだくだらない使命に縛られているのか」

そう呟くと、ニコラウスは憎悪の唸り声をあげる。
そこから溢れる重く恐ろしい殺気に、ペペムム達周囲の獣人たちは思わず数歩後ずさった。

「すべてはこれからだ…もう賽は投げられている」

そう言って顔を上げるニコラウスの目には、恐るべき野心と殺意、そして憎悪が色濃く浮かんでいる。

惑星ニーテリアを揺るがす巨大な戦いが、今、幕を開けた。

       

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