第三幕:洋館地下の禁断の『秘密絵』
二時間後、寛幻の姿は上野にあるとある洋館にありました。普段は博物館で観覧が可能なこの館。今は改修工事が進み、立ち入りが禁じられているはずのこの邸宅にあのお方が姿を消したためです。そう、勤務時間を終えた小暮小夜子が男たちに、強引に拉致された…。わけではありませんが意に添わぬ様子で抗う事もままならず、観念した様子で黒塗りのクラウンに乗せられる姿を目撃した寛幻は、いてもたっても言われずタクシーで追跡したわけなのです。広大な敷地に佇む瀟洒な洋館も、小雨降りしきる夕暮れ時では不気味さも倍増します。それでも、この遊園地の幽霊屋敷すら一人で入らない臆病な美少年は、古びた真鍮製の扉のノブに手を掛けます…。
改修工事の行われている途中の御屋敷ですが、既に本日の作業は引けた様子で誰の姿もありません。寛幻の脚は自然と、黴臭さの充満する地下室へと向かいます。普段は非公開の地下室ですが、改修期間中は逆に、侵入者を阻むものがありません。戦後間もなく、進駐軍に占拠されたこの館の地下でプロレタリア作家が拷問にかけられた噂もあり、寛幻は正直なところ、かなり心臓を高鳴らせています。
「これは現実の世界だぞ、誘拐だとか拷問だとか、そんなことあるもんか」
小声で呟くと、寛幻は名門校指定の革靴で、ぎゅうっと軋む床を踏みしめます。地下へと通じる階段は小さな電球が灯っているだけですが、視界は良好です。
「小窓があるぞ…」
やがて、地下室にたどり着いた美少年は、木製扉に真鍮製の丸窓が設けられていることに気が付きます。
「小夜子さんは、ここにいるのかな?」
小窓の蓋をそっと押し上げた寛幻は、ゆっくりとした所作で中を覗き込みます。すると…。
「ま、マジかよ…?」
それはある意味、寛幻がずっと夢想した禁断の光景でした。世にも淫靡な秘密絵ともいえましょう。
「あぁ――—ッ…ああぁぁ―――――—ッ…」
そこには、四肢を鎖で繋がれ、黒装束の男から鞭打たれる全裸の美女の姿が…。そう、それは小暮小夜子そのひとだったのです。