Neetel Inside 別冊少女きぼん
表紙

DDRとかの話。
3.11の話。

 ■ 東日本大震災の話。 ■

※当時僕が働いていた整体院は潰れ、彼女は働いていた会社を辞め、住んでいた場所も引っ越しました。
※地元民でピンときても、コメントなどで場所特定はしないでいただけるとありがたいです。


 3月11日 午後

 店長がお客様を施術している向こうで、僕は新人指導にあたっていた。
 同僚を練習台に寝かせ、新人の整体施術姿勢を一回一回正していく。
 今日はめずらしく暇だね。と僕。
 そうっすね、まぁ曇ってますし、ちょっと寒いっすよね。と同僚。
 あ、今の、ちょっと待って。ここはもっと手のひらを使って……そう、いいね、もう一回やってみようか。
 ぐらっと揺れた、大きめの地震だ。震度4ぐらいか。
 そういえば数日前もあったよなぁと思いつつ、退避経路の確保として、ガラス張りの入口まで走った。
「いちいちやんなくても良いんじゃないスか?」
 と同僚。
「いや、一応ね」
 そう答えて僕は自動ドアの開けるボタンを押した、パン。ガタガタしながら開くドア。
 とたんに、もっと大きな揺れがー…、
「――お客様!!」
 店長が叫ぶ。
「きゃぁっ!」
「ベッドの下に、早く! 早く!! ――ニハ氏! ガラスはダメだ、中に!」
「ハイ! 同僚、新人をベッドに!」
「ういっす!」
「お客様、こちらに!」
 船酔いするほどの揺れのなか、ベッドの下にお客様を押しこんだ直後、電気系統がショートする音、店内は暗くなり、天井ランプが落ちる音、遠くで何かが壊れる音、音、音。
「大丈夫か!?」
「こっちは大丈夫っす!」
 音が散乱する中、大声で無事を確認する。まだ揺れている、長い、おさまらない。隠れているベッドごと、ひきはがされそうだ。
 こんなことなら昨日の消防訓練に出ておくんだったと舌打ちをする。僕は休日だったので、面倒くさがり参加しなかったのだ。
「いやぁっ!!」
「お客様、大丈夫です、落ち着いてー…」
 お客様の手をにぎる、がくがくとふるえている。
「子供が…! 子供が……!」
 子供?!
「子供が近くの美容室にー…!!」
 なんてことだ。なすすべもない。揺れが少し収まる。物は散乱しきり、天井ランプが落ち、割れている。店内の観葉植物がねこそぎ倒れ、入口にあった陶器の傘立ては砕けてしまっている。
「ニハ氏、今のうちにお客様を安全な場所に、皆も連れてって」
「店長は! ……いや、ハイ、了解です。お客様!」
 肩を抱いて広い駐車場に走る。
 他の店からもぞくぞくと従業員やお客様が出てくる。
「大丈夫です、大丈夫です、」
 着ていた上着をお客様にかけ、背中をさする。皆、無言で座り込み、または立ちながらふるえている。
 それが。
 恐怖と同時に寒さだということに。
 気付いた。
 見上げると、劇的に美しく、雪がゆっくりおちてきた。
 ……僕の可愛いリリー。
 海のすぐそばの店で働いている。
 海辺の町で育った彼女は津波の恐ろしさをわかっているはずだ。
 きっと逃げた。
 けれど、もし、いや、やめよう、だめだ、やめようと思っていても思考してしまう。
 もし。
 波にのまれ死んだなら。僕は。
 店長が向こうから走ってくる。一応店の鍵をかけてきたと言う。なんだ。ほっとして腰がぬけた。余震だ、みんな上を見上げている。子供の安否が心配だというお客様と相談し、金額を払える状況でもないので、そのまま子供のもとへ行かせることにした。同僚のワンセグで震度を確認する。
「栗原7っ?!」
 同僚が声をあげた。店長がこたえる。
「えっ、マジで、7? ってことは、こっちも7とか?」
「いや、まだこっち震度出てないみたいッスね。うわ、やべー……俺カノジョ栗原なんスけど……」
「電話は?」
 店長が問いかけ、僕がこたえる。
「ムリだと思いますよ。たぶんNTTで通話の規制入りますから」
「店どうする? オーナーに連絡したいんだけど……」
「ムリでしょうね」
 と、ガタガタと縮こまっている研修生を見かねて、店長の命令が入った。
「ニハ氏、上着貸してやんな」
「……了解です」
 といっても、僕も寒い。上着の下は半そでの制服。雪はまだ降り続いている。
「寒いっ! ニハ氏を見てるだけで寒い!」
「いや、店長が貸せって言ったんじゃないですか!」
 近くのホームセンターの従業員が来て、売り物であろう紙箱からホッカイロを取り出し、皆に1枚ずつ配ってくれた。寒い……、けれど、電気の復旧を考えるとおそらくこのホッカイロは夜使った方がいいだろう。僕はホッカイロをズボンのポケットにつっこんだ。
 そうこうしているうちに、ようやくこの辺の震度が確定する。
 6強。
 あぁ、あれが。初体験だ。6強と呼ぶにふさわしい揺れだった。
 皆で余震に揺られながら30分ほど待った。
 もう大丈夫だろうと判断したところで、店内の僕らの荷物を取りに行く。サムソナイトの大きいリュック(愛用品だ、中には常時本が数冊入っている)から携帯電話を取り出すと、家族やいとこや友人たちからのメールが沢山届いていた。まっさきに彼女からのメールを探す。

 _________
 
 送信者:りりこ 件名:なし
 本文:ぶじよー。
 _________


「………」
 ぶじよー。
「………」
 ぶじよー。ぶじよー。………。
「あ、店長」
「もう店閉めるわ、自宅待機。りりさんは? 大丈夫なの?」
「はぁ、まぁ、無事ですとはメール来てます、ただ、メールの時間が地震直後ですから、津波だけが心配ですね」
「つうか、店の片づけ……」
「わかってますよ。明日」
 自転車で、家まで帰る。
 道路は陥没し、黒い水が溜まっている。歩道はというと土管があちこちでニョッキリ顔を出し、電線が切れて落ちているところもあった。
 外観はなんともなさそうな自宅。まず玄関先で足がとまる。
 キッチンの、床一面の白。
 流し台上部にある棚から皿や茶碗がすべて落ち、砕けて白いタイルのようになっていたのだ。仕方なく土足でトイレまで歩き、トイレのスリッパを履いて家の中を確認してまわる。
 窓が、全部開いている……?
 泥棒?
 まさか。こんなに早く?
 治安は悪いほうだけれど、ウソだろ……?
 しばらく考えるも、なかなか現実的な思考が追いつかない。一旦外に出ると、隣りの家に住んでいる大家さんとバッタリ会った。大丈夫でしたと軽く雑談し、もう一度家の中に入ると、それでも冷静になってきた。
 どこの窓も開いている。
 トイレも、洗面所の窓も、リビングの大きな窓はもちろんだけれど、なぜか上の小窓も開いている。
 ――揺れが大きすぎて勝手に鍵が開いてしまったのだ。
 という結論に達した。非現実的でバカバカしい。けっこうな力でフックを半回転させなければ開かないというのに??
 けれど、状況からしてそれしかない。
 陽が、暮れ始めている。ホウキとチリトリを持って、床の掃除にとりかかった。


 3月11日 夜

 相当ひどいことになっていた室内の片付けも終わり、布団の中にもぐりこむ。
 ホッカイロが役立った。家中を探した結果カイロを4枚見つけ、1日1枚寝るとき使おうと決める。
 大きめの余震がくるごとに、退避経路として窓を少し開け、おさまるとガックリと腕をさげる、もう何度目だ、眠れない。
 ラジオではほんまちゃんが、寝ずに喋りつづけていた。宮城の、有名なタレントだ。今日もきっと朝から番組だったのに、疲れをおして地震からこちら、もうずっと喋り続けている。
 時々入るニュース速報では、今回の地震の、とくに津波について語っている。
 僕の店やこの家は、海からわりと離れていて、津波の心配はない。
 備蓄はある、電池も、簡易充電器も、ラジオも電灯もある。買うものなんてないくらいだ。そういうものを常備するように育てられたためで、ここだけは両親に感謝するしかない。
 ……死んでおけばよかった、今の状況は、津波の夢と同じだ。鮮やかに裏切られた。僕は普段死にたい死にたいと言っているにもかかわらず、いざとなったら生きてしまい、しかも。それは。守りたいと思ったからだという事に、気付いてしまった。そうだ。
 僕は守りたかったのだ。
 お客様を、同僚を、新人を、店長を。
 守りたければ生きなければならない。
 必然的に僕は生きた。
 生きたからには生き延びなければならない――彼女は帰ってきていないというのに?
 さみしくなって、ダメもとで電話をかけた。
 サックリ繋がる実家。
 おい、ドコモの携帯最強すぎるぞ。
「りりさん、帰ってきてない……」
「あはははは、大丈夫大丈夫!」
「岩手沿岸の義理実家からも連絡きてない……」
「あはははは、大丈夫大丈夫!」
 おい、そんな情報要らないだろうが、僕の母親はいつでもこんなんなんだぜ。
 ラジオはつけっぱなしだった。
 余震も続く。
 心が冷える夜だった。


 3月12日 朝

 昨日の片づけの時に、ペットボトルに溜めておいた水を使ってトイレを済ませる。
 もちろん、台所の蛇口からはもう何も出てこない。
 ライフラインは完全に断たれている。
 明るくなったので改めてダンボール箱を3つ用意して「水・食料・お菓子」を分けてリビングにそろえた。
 最低3日と思っても、まぁギリギリ足りるくらいはあるだろうが……。
 近所の学校に行けば配給か何かやっているかな、と思い学校へ行く。体育館前で先生と思しき数人が、巨大な円盤状の鍋にお湯をわかしていた。
 寒い。
 唐突に実感する。
 寒い。
 配給は長蛇の列だった。だいたい1時間半くらい待って、小さめのワカメおにぎり3個とペットボトルの水をもらう。
 帰りもまた同じ場所を通った。
 湯気の立つお湯……無理だ、ダメだ、常識で考えろ、わかっていながらも――寒い。
「あのー…、お湯、もらえませんか?」
「ごめんねぇー、これは赤ちゃんのミルクとかの分なのよぉー」
 お湯をかきまぜている女性が言った。
 当然だ。
 寒い。
 と、女性の隣の男性が、大きいペットボトルを投げてよこした。
「水ならまだ出っから、もっていきな」
 たしかに体育館の水飲み場からは水が――チョロチョロとだけれど――まだ出ている。
 一本満タンにして家に戻った。
 おにぎりを、1個だけ食べた。
 この2個は彼女のぶんなんだ。きっと帰ってくるから。きっと、きっと、すごくお腹空かせて帰って来るから。それでペロリと食べちゃうんだ。わたしのために? ありがとう、美味しい! って。笑顔で言ってくれるんだ。きっとだよ。きっと、それで、ワカメ味のキスをする。
 家が空洞のようだ。


 3月12日 昼

 店長とともに店の片づけに追われ、とりあえず追加の食糧いくつかと思ったら存外並び、ようやく落ち着いた時間になった。
 家に彼女は帰っておらず、いてもたってもいられず、もしかしたら避難所にいるかも知れないと思いまた体育館まで行った。
 と、知らないおじさんが「ここは水ないですか?」と聞いてきた。
「朝はそこの水飲み場から出てましたけど……」
 もう出ていないらしい。体育館の入口には
『水の配給は@@学校まで行ってください』
 と書かれている。
「@@学校ってどこですかね……?」
「たぶん、あそこのあの辺りに学校があったような……あそこかなぁ?」
 通りかかったお姉さんをつかまえて、三人で考えた。
「とりあえずそっちの方向に行ってみます」
「そうですか。あ、すみません何か、ひきとめてしまって」
「いえ。向こうにお豆腐屋さん来てましたよ」
「豆腐屋?」
「ええ、裏門のほうに」
 縁と幸運。
 お姉さんの情報を信じて裏門のほうに回ると、豆腐屋の配送トラックが一台停まっていた。
 豆腐と、厚揚げもあるらしい。どちらも100円。ありがたい。
 ワカメおにぎりと豆腐と厚揚げ! 凛々子さんが喜ぶ顔をニヤニヤ妄想して家に帰った。
 ただいまー! おかえりー! 帰ってたの?! うん、そう、生きてたの! で、それなあに? これ? これは豆腐だよ、厚揚げもある。りりさん、厚揚げ好きだったよね。食べよう! わーっ、やだなんかこれ地震なのに超豪華! ありがとう、大好き! ………。………。
 誰も居ない。
 そうか。
 誰も居ない。
 書斎の、壁一面におかれた低い本棚は全くの無傷で、普段からギチギチに詰め込んでいるためだった。床に落ちていた数冊を置きなおし、暇だし、せっかくだから優雅にラジオ聴きながら読書としけこもうと思う。
 選んだ本をリビングに持ち込み、ラジオを小音量でたれ流す。
 おお、優雅優雅。
 ははは、なんか皆大変そうだったのに、こんな優雅でまいっちゃうなぁ僕。
 これも普段からの備えととっさの判断のおかげだけどね。
 う~ん、優雅優雅。
「あー、はははは、ははは……、はは…、………」
 目を、乱暴に服のそででぬぐう。
 感傷にひたるのはアリだ。が、感情を昂ぶらせて泣きそうになるとは。まったく、僕らしくもない。
 と、その時。
 玄関の扉が開く音がした。
 すぐさまリビングの扉もバン! と開く。
 そこには。
 泥だらけの上着で、ぐしゃぐしゃの髪で、なぜか両手をバンザイの形にして仁王のように地に足を付けた、彼女が、
「――たんりり、奇跡の生還(キリッ」
「あ、うん……おかえり…」
「もっと感動してよッ!!」
 涙をこらえてもはや変な笑顔になってしまっている僕は、なにも言えずに抱きしめた。

 ____

 一番に守りたい人が、生きて帰ってきてくれて、僕はそれだけでも他の被災者より幸せです。
 今朝、水没した車の場所を確かめに彼女の職場までサイクリングしてきましたが、言い表せないほど酷い状況です。
 見つけた車は荒らされていました。これほどの状況であれば、仕方のない事です。そして、
「あった!」
 と彼女が叫んで取り出したのは、結婚指輪でした。
「……このため?」
「そうよ」
 ときめく乙女のように惚れなおしました。最後の最後でのろけです。守っていきたい。生きていくと思います。


 ■ 余談 彼女の3月11日。 ■

 巨大な揺れが収まると同時に「津波!」と直感した彼女はすぐさま店長と一緒に、お客様の避難誘導をはじめた。
 高台の神社組とそこそこ高台の市役所組に分かれ、店にいたお客様は、完璧に、全員が避難を完了した。
 彼女の部下で亡くなったのは、その日休日だった従業員、ひとりだけだった。
 そうそう。
 避難途中、車椅子に乗ったお客様を押して道路を走っていた彼女に自転車で通りかかった外国人が、英語で「何かあるのか?」と話しかけてきたらしい。
 そこは英語が素晴らしく得意な彼女。
 しっかり英語で「津波だ、高台に逃げろ!」と叫び、たぶんあの外国人も助かっただろう。そう思いたい。
 彼女はあそこの、海と塩の神社が苦手だ。
 彼女をあえてオカルトチックに分類すると、背中の何かの影響で確実に火属性となってしまうからだ。
 そんなわけで彼女は役所組だったが、それこそ最悪だった。
 狭いスペースで一夜を過ごす。
 というか、スペースというかパイプイス1脚がそれぞれの避難者のスペースだった。
 トイレは詰まってしまいまるで使えない。
 あげくのはてに夜の配給は、うまい棒一本。
 慈悲なのかなんなのか、味が2種類あり、好きなのを1本選べたらしい。
 彼女はあれ以降、うまい棒を(何味だろうと)一切口にしなくなってしまった。
 翌日、2時間ほど歩いて系列店に行った彼女は、そこの店の従業員とともに、被災したみなさんのために青空市を開催した。
 まぁ、つまり、昼までそこの系列店の品物を売っていたわけだ。
 そして売り場を締め、系列店従業員の車に乗せてもらって、ようやく家に着いたのです。

 ***

 ぼくらは宮城県沖地震を想定して、ふたつの約束をしていました。
 1:僕が仕事場で地震に遭ったら必ず家で待機していること
 2:家と仕事場以外の外出先で地震に遭ったら、二人の思い出の場所で待機していること
 だから迷わず、まっさきに家に、帰ってきてくれたらしい。
 今でも約束は続いています。
 あぁ、もう、あんな地震はごめんだなぁ。


 ■ 余談2 忘れない、けれど。 ■

「いらっしゃいま、せ、」
 すぐに気づいた。
 3月11日に、店にいた、唯一のお客様だ。
 レジ下の棚から、当日返せなかった会員証と落ちていた小物を取り出す。
 ことさら丁寧に、同僚と頷き合ってのご案内。
 僕は受付で、その様子をちらりと見る。
 同僚が施術ベッドに寝かせ、タオルをかけた瞬間すぐにお客様は起き上がった。
「……思い出しますね、こわいですね、」
 目には、うっすら涙。
 その時、店にいた全員が思ったこと。
 あぁ、のりこえにきたんだ、と。
 忘れないけれど。
 それでも。


 ■ 余談3 名取談話。 ■


 名取の支店は津波で再起不能らしく、暇をもてあました社員らがこちらまで手伝いに来てくれた。
 休憩時間に社員の一人が、津波にかかわる小話をしてくれた――。

 その地区では有名な、偏屈ばあさんが居たそうだ。
 人々の動向に逐一目を光らせ、うわさ話に余念がない。ばあさんはいつも、自宅と隣家の塀の隙間にある細い空間に身をひそめ、道路を観察し、井戸端会議に耳を傾け、ちょっとの変化も大げさに吹聴した。
 そして起こった地震と津波。
 ばあさんは見つからなかった。
 避難所などにも来ていない。
 地区の人々は、おそらく逃げ遅れたのだろうと一応悲しんだ。
 残ったがれきの中、捜索作業が始まった。しかし、家の中からも、少し綺麗になった道路からも、遺体は見つからなかった。
 と。
 地区の住人の一人が、もしかしてあそこじゃないかと言った。
 人々もそうかも知れないと、いつもばあさんが身をひそめていた、ばあさんの自宅と塀の隙間を見てみることにした。
 そして見つけたのだ。
 ぐちゃぐちゃの姿勢で、瓦礫とともに隙間に詰め込まれているばあさんを――。


「……え、ちょっと怖くないですか」
「え!!? チョー面白くない?! 因果応報ってことでしょ?!!」
 価値観の相違を感じた休憩時間でした。



■ 補足 ■

話中「津波の夢と同じだ」と言っている津波の夢は、下記夢日記6番。
https://so3ro.web.fc2.com/8/myume/2.htm




表紙

28 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha