Neetel Inside ニートノベル
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小説になろう
『彼ら』と『彼女』へ 1

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彼らに出会ったのは大学一年の夏、彼女に出会ったのは二年の春だった。

僕の大学時代の出だしは散々なもので、入学と同時に色々と僕は頑張ったが結局一人の友達も出来なかった。今でも思い出すと何でもっと上手くやれなかったのだろうと考え始めてしまう。皆、本当にうまく生きている。僕はどうやったら仲良くなれるだろうと考えて結局は誰とも仲良くなることができなかった。

入学して初めの頃はまだグループも固定化していないから新入生歓迎コンパで少し話した人とも挨拶をしたりしていたが、数か月も経つ頃には僕が独りでいる事は当たり前になっていた。どこか大学に合格すれば明るい未来と考えていた所があって、少しの絶望はあったが、それでも高校時代よりも大分マシだった。マシというのは大学では学生には一人でいる事が許されていた。一人で不自由な高校までの学生時代と違い、一人で自由な大学時代に僕は自由とは何かを十分すぎる程に考えたように思う。

その頃の僕が出した結論は自由とは金だという事だった。そして僕は金を得る為にアルバイトを始めた。今思うとそれは間違いだったと思うが、その時の自分はそれを正しいと思っていた。季節は夏で大学は長期休暇に入り、自慰行為の限りを尽くした僕は暇を持て余して欝へと移行し始めていた。僕は食費を浮かす為とコンビニスイーツが好きだったのでコンビニで廃棄を貰おうとコンビニの面接を何件も受けたが全て落ちてしまった。三件目のコンビニには今後の面接対策の為と思い、店に電話をかけて落ちた理由を聞いた。理由は顔が怖いという理由だった。近所のコンビニを軒並み受けて全て落ちた為、しばらくコンビニには行かなかった。顔が怖い方が防犯上いいのではないかと今は言い返せるだけの知性を得たが、その頃の僕はただただ傷つくだけだった。まだ時代は平成であった。

そして僕は一番したくないと思っていた飲食店、その中でも特に嫌だった居酒屋でアルバイトをする事になった。僕の大学時代の思い出の殆どがこのアルバイトになっている。夕方から深夜までホールに厨房にと働いていた。時給は950円(10時からは2割増し)だったと思う。あの頃はいい店長だと思っていたが今思うと若者のやりがいを搾取するずる賢い大人であった。

彼らの前に彼女の話をしよう。彼女がその居酒屋にアルバイトとして入ってきたのは僕が大学2年の春だった。春と言えば合格発表の日に僕は大学の五階にあるパソコン室から合格して喜んでいる学生や落ちたのだろう落ち込んでいる学生を見ていた。そしてそれぞれに不幸が訪れますようにと願うほどには腐っていた。すまない、彼女の話に戻そう。

僕は居酒屋に半年以上勤めていて、友人がいるわけでもないので社員のように働いていた。いつものように大学での講義を終えてアルバイト先に行くと店長から彼女を紹介された。歳は18歳との事でラストまで出来るらしいと聞いて僕はラストまで残ってやれる人が増えた事を素直に喜んだ。ただ僕の表情筋は百年の孤独で殆ど死んでいたから半年のアルバイトというリハビリを経ても初対面の他人に喜びを表に出す事は出来ず、彼女の宜しくお願いしますという挨拶に無表情で挨拶を返すだけであった。

僕にとってアルバイトは人と関われる数少ない機会だった。仕事では皆、話しかけづらいという理由で僕を避ける事は出来ない。自然に僕は職場へと馴染んでいった。週末の八時九時になると団体客の対応でホールも厨房も戦場のようになる。相手に気を使っている暇は無くなり、毎週末にはお互いを呼び捨てでやり取りをし、アルバイトを始めて二週目の週末には僕は店長を顎で使っていた。「こっちはいいから皿を片付けてこい」と。

彼女が入る前、ホールを担当するアルバイトは僕を含めて四人いた。僕はその四人の中で最後にこの居酒屋にアルバイトとして入ってきていた。しかし一番シフトに入っていた。僕の他は女子高生が二人と容姿の整った大学生の男、そして僕だった。アルバイトを始めた初めの頃、僕は女子高生を恐れていた。容姿のいい男を恐れていた。同年代の男女を全て恐れていた。だから僕は最初の頃はただ黙々と仕事をしていた。今思えば、僕を利用して楽をしても良かっただろうに、同僚は皆いい人であった。

初日から僕に声をかけてくれたのは容姿の整った大学生の男だった。彼は僕が行っている大学とは違う大学の工学部学生だった。彼と話していて僕は自分が新入生歓迎コンパで隣になった同学年の男を思い出していた。人間と普段関わっていなかったからだろう。容姿がいい男は全て同じ顔に見えてしまっていた。新入生歓迎コンパで隣になった男とはそこそこ話したが結局は友達になるには至らず、最初の頃は見かけたら手を挙げてお互いに「おお」とか言っていた。しかし次第に「おお」の回数は減っていき、最終的には見かけてもお互いに「おお」とは言わなくなった。何も言わず、すれ違うだけであった。思い出して憂鬱になってくる位には悲しい思い出として残っているのだと今気付いて傷ついている。

「おお」と言って別れて、そして次第に関係が薄くなっていくあの現象はきっとこれまでの人類史にあっただろうし、これからもあるのだろう。神話の時代にも神々の中で僕のような男が「おお」と言い、これから何千年か後に人類が滅びた後に反映した知性体の中にも「おお」と最初だけ言い合い、消滅していく淡い関係はあるのだと思う。きっと道は続いているのだろう。

話を戻そう。アルバイトのうち女子高生二人組はいつも一緒にシフトに入っていた。彼女らは学校は違うが昔からの友人で変える方向が同じだと言っていた。彼女たちは最初の頃、僕を警戒していた。しかし多忙の中で彼女たちとも一定の人間関係を気づくことが出来ていた。

そんな所に入ってきたのが彼女だった。最初の頃、彼女は仕事以外では僕に話しかけなかった。容姿のいい男にも話しかけなかった。仕事の話や気まずさからの雑談など、話しかければ最小限の回答が返ってきたが、壁に向かって話しているような拒否を強く感じた。女子高生二人組は最初の頃、彼女に話しかける様子はなかった。彼女の働き方を見るまで僕は彼女はやる気がないのだと思っていた。

しかし違っていた。彼女は恐ろしい程に仕事が出来たし、仕事をした。週末の忙しい中でも笑顔でこなしてしまう彼女を僕はすごいと素直に思った。そう、彼女は僕らといる時にはあまり笑わないが客の相手をする時や仕事中に僕らが話しかける時にはずっと笑顔だった。本当に忙しい時、僕は時々笑顔を忘れる事があった。容姿のいい男は客の前では無かったが僕らの前では疲れを見せる事もあった。女子高生二人は8時前には帰っていたが、それでも疲れたり、客の迷惑行為で嫌な思いをすると顔が曇る事があった。

僕の勤めていた居酒屋では8時半ごろに団体客が帰った後に次の予約が入り、その予約をこなした後に店長が売り上げを気にして無理な予約をねじ込むという事が時々に合った。僕らは予約の直後に予約が入っている時、それをダッシュと呼んで片付けとセッティングを同時並行的にしていた。当然に時間にはいくらかの余裕を持たせて入るが酔っ払いには人語が通じない下等も多かった。帰れと言われてその場で寝始める人の亜種が発見される事も多々あり僕は良く閉口したものだ。一方で女のおっぱいを何とか合法的にもみたいと新入生歓迎コンパに参加した田舎出の新入学生が女の子と話しすら出来ずに帰る後姿を僕は何度か見たが、その諦めの良さが居酒屋で働く自分たちにはどんなにかっこよく見えるかを語りたかったものだ。

女子高生は最初の予約の枠が終わるか終わる前には仕事を上がり、まかないを食べて帰るのが常だった。あまりに忙しい時には女子高生二人は見かねてドリンク作りを手伝ってくれていた。そんな大変な職場だった。分かっている、もっと大変な労働はあるだろう。だけど若かりし頃の僕らには酒で濡れた座布団を交換したり、ゲロまみれのトイレを掃除したり、酔っ払いのケンカの仲裁をしたり、女子高生の連絡先を得ようとする犯罪者の対応をしながら、次の予約団体の対応をしつつ会計を間違えずに行い、オーダーを取り、料理を運び、時にはヤクザだろうこの人という客に恫喝される日々を大変だと思っていたんだ。

しかし彼女は僕が見ている限り、仕事中は誰に対しても笑顔で通していた。僕には彼女が仕事中だけ生きているように見えた。忙しくなればなるほど彼女は楽しそうに見えた。そして不思議に彼女がそう働くのを見て僕らも彼女に引きずられていくのを感じた。しかし彼女は仕事が終わるとあまり僕らと関わらなかった。

そして3か月ほどそんな日々が続いた。

       

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