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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第九十三話 堕天

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【9日目:夕方 本校舎三階 教室】

 恩田綜の『暴火垂葬(バーニングレイン)』により、あちこちが黒く焼け焦げ、今なお各所で火が燻ぶっている本校舎の三階、そこに潜む男子生徒を暁陽日輝が見つけ出すのに、そう時間はかからなかった。
 三階の窓からなら、飛翔する霞ヶ丘天の姿がハッキリと視界に入る。
 窓際に佇む男子生徒は、陽日輝が扉を開けたとき、さして驚く様子もなくこちらを一瞥し、すぐに窓の外に視線を戻した。
 夕陽を浴びた横顔は、どこか憂いを帯びている。
 その顔は、嶋田来海の『偏執鏡(ストーキングミラー)』によって事前に見せられている――『楽園』の主要メンバーである時田時雨だ。
「暁陽日輝君。ここに誰か来るとしたら、それは君だろうと思っていましたよ」
 時雨は、窓の外、翼をはためかせる天の姿を眺めたまま、声だけを陽日輝に対して投げかける。
「君が助けた井坂と辻見から、東城を倒したと聞いたときからね。奴はこの生徒葬会で『王』になると踏んでいたし、実際、そうなっていたようですね。その東城相手に、君は番狂わせを起こしたわけです」
「そんな話をしにきたんじゃない。――あまり時間がないんだ。凜々花ちゃんたちがいつまで持ち堪えられるか分からない以上、おしゃべりに付き合ってはいられない」
「そう言わずに、少しくらい付き合ってもらえないですかね」
 時雨はそう言って、近くにあった机の中から『それ』を取り出してこちらに向けた。
「――!」
 陽日輝の背中に緊張が走る――時雨が取り出したのは、引き金を引くことで矢が放たれる、いわゆるボウガンだった。
「倉庫を漁っていたときに見つけたんですよ、なかなかの掘り出し物でしょう? ――心配しなくてもいいです、そこまで長い話にはなりません。ただ、僕は誰かに話したかったのかもしれません――僕が『楽園』を創った理由を」
 時雨と天が『楽園』の創始者であることは分かっている。
 そして陽日輝は、なんとなく、その理由というものにも察しが付いていた。
「……霞ヶ丘さんのためか」
「――そうですね。でも正確じゃありません。それだけのためだったらどんなに良かったか。あいにく僕はそこまで高尚な人間じゃありませんでした。僕はただ――天に、誰よりも認めてほしかっただけでした」
 この教室に足を踏み入れたとき、窓越しに天を見つめる時雨の横顔を見て。
 陽日輝は、すぐに理解した――時雨が天に向ける感情、その深さを。
「さっき、東城が『王』になると踏んでいたと話しましたね。正直な話、天は『王』になれるほどの器じゃありません。それを、誰よりも近くで見てきた僕だからこそ、ハッキリと断言することができる。ただ、『楽園』という理想と、僕の『能力』があれば、彼女を『王』たらしめることができました」
「……やっぱり、あんたがあの『不可侵結界(ホーリーゾーン)』のカラクリなんだな」
「そうです。僕の『救出救護(レスキューレスキュ―)』は、死の危険に瀕した人間を救い出すことができるというものです。ただし、対象を目視していなければ使うことができない――僕が陰ながらこの能力を天に使い続けることによって、ただ羽を生やして空を飛べるだけの彼女の能力を、実態以上のものに見せることができました。恩田や木附を支配下に置けたのもそのためです。『不可侵結界』なんて能力、そもそも存在しないんですよ」
「……なるほどな」
 『楽園』の創始者であり、カリスマ的な支持を受けている霞ヶ丘天。
 しかしそれは、時雨のサポートによって作り上げられた偶像というわけだ。
 『楽園』という途方もない理想を現実にするためには、それだけの無敵さを示す必要があったのは想像に難くない。
「何年も前から天を見てきた僕だからこそ、天が彼女自身が思い描く理想に届かないことが、悲しいくらいに分かっていました。だから僕は、この生徒葬会を、不謹慎ですがチャンスだと思ったんですよ。この環境と僕のこの能力があれば、天を天が望む天にできる。それはすなわち僕の願いでもあります。――ただ、やはり僕たちには過ぎた理想だったんでしょうね。僕たちはこうして、追い詰められている」
「……俺は、生きてここから出たい。また、外の世界に戻りたい。……大事な人と一緒に。だから『楽園』とも戦った。だけど、『楽園』の理念自体は理解できる。あれだけの人数を集めたあんたや霞ヶ丘さんは大したもんだと思う。ただ――俺は、あんたたちを殺して生き残る」
 敢えてハッキリそう言葉にすることで、陽日輝は改めて決意を固めた。
 愛する人を想う気持ち、愛する人の願いを叶えたいという気持ち。
 それは、陽日輝にも心底理解できるものだった。
 どちらが正しいとか間違っているとかいう話をするつもりはない。
 自分たちもここまで多くの生徒を殺してきた以上、『楽園』の暗部のことを責める資格はないし、そのつもりもない。
 陽日輝は右の拳を握り締め、『夜明光(サンライズ)』を発動させた。
 教室に差し込む夕陽にも負けない橙色の光が、陽日輝の掌から溢れていく。
 窓ガラスに映る時雨の目が、眩しそうに少しだけ細められた。
「……実を言うと、僕も最初は天と一緒に生きてここから出ようとする道を――つまり、君たちと同じ道を選びたいとも思いました。もっとも、天がそれを望まなかった以上、今ここにいる僕が――『楽園』幹部時田時雨が、理想の僕であり、理想の道です」
「……後悔は、ないんだな」
「ありませんよ。もしあったとしても、それは誰にも言いません――君にも、もちろん天にもね。天の願いのために生きて、天の理想のために死ぬ。僕のようなつまらない人間には、これがきっと、最高なんでしょうから――」
 直後、時雨がこちらに半身で振り向き、ボウガンの引き金を引いた。
 陽日輝は近くにあった椅子を掴み、その板面で矢を防ぐ。
 そのまま椅子を時雨めがけて放り投げつつ、床を蹴った。
 ボウガンは、毎回矢をつがえなければ射つことができない道具だ。
 時雨はボウガンを投げ捨てつつ、飛んできた椅子をかわした。
 椅子は窓ガラスの少し下の壁に激突し、床に転がる。
 時雨はポケットから今度はナイフを取り出し、飛び掛かってきた。
 しかしその動きは、陽日輝からしてみれば決して俊敏なものではない。
 振り下ろされたナイフをかわしつつ、カウンターで繰り出した右の拳は、時雨の鳩尾に綺麗に命中した。
「う……ぐ」
 橙色の光が、時雨の左胸を焼け溶かし、血と肉が焦げる悪臭が漂う。
 これまでにも何度も味わってきた、不快な感触だ。
 時雨は力無くナイフを取り落とし、そのまま背中から床に倒れ込む。
 それでも彼の視線は、どうにか窓の外にいる天を捉えようとしていた。
「そ……ら……」
「…………」
 陽日輝は拳を引き、窓の外を見やる。
 時雨の能力による加護を失った天の側頭部に、鳴人が投げたのであろう石が命中したのが見えた。
 驚愕に見開かれたその目に、今度は千紗が放ったであろう弾が当たる。
 天があまりの痛みに飛行することすら忘れ、落ちていくのを、陽日輝は見た。
 窓際に近付いて下を見れば、地面に墜落した天の姿が見えるのだろう。
 振り返ると、時雨はすでに事切れていた。
「……『楽園』も、これで終わりか」
 霞ヶ丘天のために時田時雨が創り上げた平和の王国。
 それは、時雨が言ったように、分不相応な理想だったのかもしれない。
 しかし、きっとこの『楽園』は、彼らにしか創り得なかったものだ。
 陽日輝が、時雨の遺体に軽く礼をして、教室から出ようとした――そのとき。
「!?」
 陽日輝は、校舎の三階にいても分かるほどの強風が吹いたのを感じた。
 窓ガラスがガタガタと揺れ、それどころか、校舎そのものが微かに震えたほどの暴風。
 踵を返した陽日輝は、窓を開け放ち、眼下に広がる景色に目を見開いた。
 ――右目と左側頭部から血を流しながら、霞ヶ丘天が立っている。
 その背の翼は、これまで以上に大きく開かれている。
 天使であることを、『楽園』のシンボルであることを――すなわち、彼女自身の理想の姿であることを捨てた、ただただ暴力的なシルエット。
 忠臣である時雨を失ったことを悟った天の剥き出しの憎悪が、離れたこの場所からでもひしひしと伝わるかのようだ。
「凜々花ちゃん、相川!」
 凜々花、千紗、鳴人の三人は、それぞれ吹き飛ばされたのだろう。
 別々の方向の壁や瓦礫にぶつかり、力無く倒れているのが、上からだとよく分かった。
 生きているか死んでいるかも分からない――ただ、三人とも動かない。
 陽日輝はすぐに本校舎から出ようとしたが、それよりも、天が飛翔するほうが先だった。
 一気に三階の高さにまで飛んできた天が、憎悪の眼差しをこちらに向ける。
「…………!」
 それは、これまで多くの生徒と戦い、殺し合ってきた陽日輝ですら一瞬息を呑むほどの、とてつもなく強い念だった。
 しかし、それより――速い!
 霞ヶ丘天は、時雨のサポートを受けることにより、無敵さと引き換えに決定力に欠けた状態だったが、時雨を失った今、天は時雨が能力を発動できるよう彼が視認できる位置に留まらなければならないという縛りから解放されている。
 戦闘能力に関していえば、今の天のほうが格段と上だろう。
「時雨を殺したのね」
 教室に倒れている時雨の死体を左目で見、天は低い声で呟いた。
 右目からは、とめどなく血が流れ出ている――改造エアガンから放たれたシェル弾が直撃したことで、眼球が潰れているようだった。
「……ああ。俺が、殺した」
 陽日輝は、そんな天から目を逸らさず、そう言い切った。
 ――凜々花たちの安否は気になるが、こうして自分のところに来てくれたことは好都合だ。あのまま凜々花たちにトドメを刺しにかかられていたら、三階にいる自分はまず間に合わなかった。
 ……とはいえ、危機的な状況であることには変わりはない。
 今の天には攻撃が当たるとはいえ、だ。
「そう。じゃあ『楽園』はこれで終わりね。時雨がいないのなら、もう全部どうでもいい。みんな殺すだけよ」
 天のその言葉を聞きながら、陽日輝は拳を握り締める。
 ――直後、教室内を暴風が蹂躙した。

       

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