Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第九十五話 天秤

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【9日目:夕方 屋外中央ブロック】

 水に濡れた服というのは、意外と重く、肌に不快に貼り付く。
しかし、火の手が迫っていたあの状況から助けてくれたことに、文句の付け所などない。
暁陽日輝は、四葉クロエに礼を言い、
「とりあえず、状況をお聞かせ願いたいですわ――陽日輝。これは一体全体、どういう有様ですの?」
 と、大きく肩をすくめながら尋ねてきた彼女に、手早く状況を説明した。
 クロエは時折相槌を打ちながら、静かに聞いていたが、一通り話し終えたときに、「若駒ツボミの加勢に期待しているのでしたら、それは無駄ですわよ」と切り出した。
「それは、どういう――」
「私は見ましたもの。若駒ツボミがこの中央ブロックから出て行くところを。藍実と環奈も一緒でしたわ」
「なっ……!」
 驚きながらも、すぐに納得はしてしまう。
 ツボミは、自分を利用して東城一派を壊滅させたように、そしてそれからも凜々花を人質に体よく利用し続けようとしていたように、強かな人物だ。
 『楽園』と戦い続けることのリスクとリターンを天秤にかけ、割に合わないと判断したなら、彼女はあっさりとこの戦いから手を引くだろう。
 そして、ツボミがそう決めたのなら、藍実と環奈は逆らえまい。
「先ほどの話の三年生三人組といい、若駒ツボミといい、裏切られてばかりですわね」
「まあな……こんな状況だから、そこに文句は無いけどよ――若駒さんの能力なら、今の霞ヶ丘天を簡単に倒せるのに」
 天を無敵たらしめていたカラクリは破っている。
 とはいえ、飛行能力を持つ天相手に攻撃を当てることは難しい。
 それが可能な能力を持つ凜々花と鳴人が戦闘不能になっている――千紗が持っていた改造エアガンを拾い上げて使うくらいしか攻撃手段が無いが、凜々花や鳴人の『能力』による攻撃と異なり、それ自体は致命傷となり得ない。
「クロエちゃんの『硬水化(ハードウォーター)』だっけ? アレで、空を飛んでる相手を攻撃できるか?」
「難しいですわね。私の手から離れてしばらくすると水は元の水に戻りますもの。『大波強波(ビッグウェーブ)』のほうも地に足付けた相手にしか意味はありませんわ」
「そうだよな――どうにか攻撃を当てるか、あちらを地上に下ろすかできればいいんだが」
「…………。仕方ないですわね」
 クロエは。
 しばし、逡巡するように押し黙ってから、そう言って足元に転がっていた木片を軽く蹴飛ばした。
「私があなたや凜々花にも見せていない切り札を、切って差し上げますわ」



 『楽園』のある地下へと続く、講堂近くの倉庫にある隠し階段。
 その前で、須々木創介(すずき・そうすけ)は缶コーヒーを啜っていた。
 校内にある自動販売機は大多数が破壊され、中身を奪われているが、その半分ほどは『楽園』にある。
 自給自足の生活を送るにしても、野菜や果物が収穫できるようになるには数か月の時間が必要であり、それまで食い繋ぐための物資は大いに越したことはないからだ。
 そして、そういった食料を始めとする物資の調達にあたっていたのが、創介を含む戦闘要員である。
 その中でも創介は、いわゆる四天王には含まれないものの、実力・立場共にそれに次ぐ。
 彼の持つ能力は『必来針(ニードニードル)』。
 針を対象に突き刺すことで、その針をまっすぐ貫通させる能力。
 相手に針を当てるだけではなく、ほんのわずかにでも刺す必要があるものの、それさえできれば後は一切の力を加えることなく、そのまま針は相手の肉体の反対側まで貫通する。
 額、喉、心臓といった急所がある位置に使うことができれば、筋肉や骨といった鎧を無視して中身を貫ける殺傷力の高い能力だ。
 しかし、どちらかというと相手に密かに針を刺して発動する、といったシチュエーションでこそ真価を発揮する、暗殺向きの能力。
 真正面からの戦闘にはあまり向いていない――が、それをカバーするのが創介が持つ二つ目の能力、『透化掌(クリアハンド)』だ。
 この能力により、自分が手にしたものは見えなくなる。
 限定的な透明化能力――これまた暗殺向きの能力と言えるだろう。
 創介は、片方の手に透明化させた針を隠し持ち、もう片方の手には鉄パイプを持った状態で戦い続けていた。
 そうすれば、相手は自然と鉄パイプに意識を集中させる。
 こちらが鉄パイプを使用した白兵戦を仕掛けるつもりだと誤認する。
 そうなってしまえば、透明化した針を避けることは極めて困難。
 欲を言えば、あのゲーム部副部長・白木恵弥が持っていた『伸縮自在(フリーサイズ)』も手に入れることができれば、針自体を大きくしてさらに必殺性を高めることができたのだが、彼の手帳はすでに回収されており、霞ヶ丘天か時田時雨、あるいは四天王の誰かが所持している――まあ、そこは諦めるしかない。
 創介は『楽園』に対してはフラットな立場だった。
 まあ実現できるのならそれもいいだろう、くらいの。
 もっとも、創介だってチャンスがあれば生き残り、外の世界に生還したい。
 そのための隙は、窺い続けるつもりでいた。
 しかし、『楽園』は思いのほかあっさりと崩壊に近付いている。
 霞ヶ丘天は強い。
 彼女一人いれば、今この中央ブロックにいる『楽園』の敵は壊滅できるだろう。しかし、それから先、『楽園』を維持するのは困難なはずだ。
 何も知らない無知な生徒たちは、『楽園』を盲信して引き籠っているが、安全が担保されなくなれば、すぐに恐れをなして逃げ出すだろう。
 ――まあ、そのときはそのときだ。
 一緒に逃げてしまってもいいし、どさくさに紛れて天の首を狙うのもいい。
 今はとりあえず、『楽園』の敵を片付ける――創介はそういったスタンスで。
 実際、倉庫に踏み込んできた生徒たちを、すべて返り討ちにすることに成功した。
 もっともそれは、創介一人の手柄ではなく、他の生徒と共闘しながらではあるが、今、この倉庫内で生き残っているのは創介だけである。
 見知った顔もなくはないので、さすがに少しは気落ちした。
 空になったコーヒー缶を床に放り捨て、創介は溜息をつく。
 外では天が暴れている――そちらはもう、彼女に任せてしまおう。
 後は、天が敵を殲滅するまで、一応の見張りを続けておくだけ。
 『楽園』がこれほどの痛手を被ったのは予想外だったが、とりあえず一段落は付いた。
 ……『楽園』は利用できるだけ利用するだけのつもりだったが。
 どこか名残惜しさを感じるあたり、自分もこの生徒葬会に疲弊しているのかもしれない。
 そんなことを考えていたとき――半開きになった倉庫の扉付近に近付く人影があった。
「――少しは休ませてくれよな」
 そう呟きながらも、左手に針を、右手に鉄パイプを持った状態で、創介は扉に近付く。
 ――このとき、創介はどこか油断していた。
 『楽園』に攻め込んできた生徒たちを返り討ちにしたという事実、そこからもたらされた自信が、慢心となっていたのかもしれない。
 あるいは単純に、心身の疲れか。
 倉庫に訪れた生徒が誰か分からない以上、少なくとも彼は油断するべきではなかった。
 もっとも――油断していなかったところで、状況は変わらなかったかもしれないが。
「! お、おま――」
「悪いけど、死んで」
 ぼそりと、短く低い声。
 創介が鉄パイプを振り上げ――そのときには、創介の両目に激痛が走っていた。
「うぎぃああああっ!?」
 両目に強い圧迫感があったと思ったら、すぐに焼けるような痛みが走りだす。
 そして、創介の視界は血の赤に染まり――それもほどなく黒い闇へと変わった。
 鉄パイプと針を取り落とす――そのまま、脚がもつれて転んでしまう。
 そして、地面に倒れ込んだ直後には、首に凄まじい力が加わり。
 それが、創介の最後、否、最期の知覚となった。
 後に残されたのは、両目を潰され、首があらぬ方向に捻じ曲がった創介の死体だけ。
 それを一瞥し、創介を殺した生徒は倉庫の奥へと足を踏み入れる。
 その足音に、もう一つの足音が続いていく。
 どうやら、他にももう一人、行動を共にしている生徒がいたらしい。
 ――そして。
 『楽園』は程なくして、終焉を迎える。

       

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