Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百話 発表

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【9日目:深夜 屋外中央ブロック】

 午後十一時五十七分。
 もうすぐ日付が変わる。
 その時間に関しては、自主的に全員が起きていた。
 ……もちろん、辻見一花を除いて、だが。
 暁陽日輝は、多かれ少なかれ緊張した面持ちをした他の五人の顔を順番に見やる。
 安藤凜々花、四葉クロエ、相川千紗、日宮誠、鹿島鳴人。
 焚火を取り囲むように、大きめの円を描く形で座る五人は、しきりに腕時計に目線を落としている。
 ――生徒葬会の途中から始まった、諸悪の根源である『議長』による全校放送。
 最初は、第二・第三の能力の入手に関する新ルールが発表され、それによる影響はかなり大きかったと言えるだろう。
 次は、その時点での生存者の数の発表のみだったが、百人を切っていたという事実は、多くの生徒に動揺と焦燥を与えたはずだ。
 そして今回、三度目の放送。
 一体どのような内容なのか、それは分からない。
 分からないが、ロクでもないものであることは間違いないだろう。
 しかしそれでも、放送を聞かないというのはありえない。
 ロクでもなかろうが、そこに生徒葬会を生き抜くための情報が含まれていることも間違いないのだから。
「放送の内容。――どんなものになるのかしらね」
 千紗が、瞼を擦りながらそう言った。
 誠が、メガネの位置を指で直しながら言う。
「どうだろうね。また人数だけという可能性もあるよ」
「俺はそれでもいいけどな。クソみたいなルール追加されるくらいならよ」
 鳴人が硬球をお手玉のように放りながら、話に割って入った。
「ココでだいぶ死んでるんだ、残り人数が気になるのも事実だしな」
 ――そう、すでに生存している生徒の数は相当減っている。
 『楽園』での戦いで数十人が死亡しているし、ここではないどこかで勃発した殺し合いによる死者も少なからずいるだろう。
 前回の放送で明かされた生存者は九十七人。
 まさか、ここにいる七人しか残っていない、なんてことはないだろうが。
「……一応言っておきますが、仮にどんなルールが追加されたとしても、私たちは明日の朝、解散から三十分後までは、相互に不可侵という約束ですわよ。たとえ殺し合いを助長する内容のルールだとしても。よろしいですわね?」
 クロエがそう釘を刺す――そう、自分たちはそのような約束を取り交わしている。
 今夜くらいはゆっくりと心身を休め、明日に備えるためだ。
 それだけ、『楽園』における戦いには余裕というものがなかった。
「分かってるよ」
 鳴人が肩をすくめてみせる。
「ならいいですわ」
 クロエはそう言って、再び腕時計に目線を落とした。
 その直後に、
「――そろそろですわね」
 と呟いて、電信柱に取り付けられたスピーカーのほうを見上げた。
 ごくり、と誰かが唾を呑み込む音が聞こえる。
 やがて、焚火のパチパチという小気味良い乾いた音を遮るように、ジジジジジ……というノイズが聞こえ始め。
 その音に身構えたときには、あの忌まわしい合成音声のような声が、スピーカーから吐き出されていた。
『生徒の皆さんこんばんは。昨日はかなりの人数が犠牲になったようですね。心が痛みます』
「どの口が」
 凜々花が心底軽蔑した声で吐き捨てる。
 生徒葬会で親友を喪った凜々花にとって、『議長』は決して許すことのできない存在だろう。
 いや、凜々花だけではない。
 ここまで生き延びてきた生徒は、必ずや誰かしらの友人知人を喪っているはずだ。
 陽日輝だってそう――『議長』さえいなければ。
 生徒葬会さえ、起こらなければ。
 そんな夢のような、しかし本来当たり前の願いを、描かずにはいられない。
『ではまず現時点での生存者を発表しますが、皆さんの中には、自分の友人や恋人、先輩、後輩――そういった近しい方がまだ生きているか確認することがかなわず、心配されている方も多いでしょう。ですので、人数も少なくなったことですし、生存者の名前も合わせて発表することにします』
「「「「「「!」」」」」」
 『議長』の言葉に、陽日輝たちは思わず顔を見合わせていた。
 ――確かに、生徒葬会において他者の安否を知るためには、直接出会うか、遺体を発見するか――もしくは、他の生徒と情報を交換するか。
 そういった手段を用いるしかなく、広大な敷地内においてそのようにして得られた情報にはどうしても限界があった。
 生存者の名前を知ることができる――それは確かに、便利ではあるが。
『もちろん、それが君たちの望み通りとは限りません。今なお生きていると信じる愛する人が、すでに死んでいる。そんなことも考えられるのですから』
 そう――不本意だが『議長』の言う通り。
 知り合いの生存確認ができる――ということは、裏を返せば、知り合いの死亡が確定する――ということにもなり得る。
 チラリと凜々花のほうを見ると、やはり不安そうな表情を浮かべていた。
「……凜々花ちゃん、やっぱり不安か?」
「……はい、そうですね。藍実や環奈のことも気になりますし、ハナのことも」
 凜々花が挙げたのは、北第一校舎で出会った女子生徒たちの名前だ。
 『楽園』でも再会し、若駒ツボミと行動を共にしている藍実や環奈は大丈夫だと思いたいが、状況次第でツボミに切り捨てられるということも考えられる。
 それ以上に心配なのは、やはりハナ――三嶋ハナだろう。
 帆奈美が死に、一花の心が壊れている今、何故ハナが二人と行動を共にしていないのかは分からないが、彼女もまた心に大きな傷を負っている。
 無事に生きていてほしいものだが――
『前置きはこのくらいにして、発表といきましょうか。まずは生存者の人数――昨日はかなり頑張りましたね、三十人です。しかし生きて帰ることができるのは、この中の十分の一だけ。無常ですね』
 『議長』がまたもどの口がそんなことを、と殺意を抱かずにはいられない台詞を吐いていたが、そちらを気にしていられないほどの衝撃が走っていた――生存者が三十人。
 ここに七人の生徒が集まっているため、ここ以外だと二十三人。
 たったそれだけの生徒しか、生き残っていないというのか。
 ……確かに、『楽園』での戦いで数十人は死んでいる。
 埋葬を諦めるしかないほどに、あちこちに死体が転がっている状態だ。
 それでも、昨日の時点では九十七人が生存していたことを考えると、『楽園』絡みを除いても、同じく数十人は死んでいるということになる。
 ――やはり、生存者が百人を切ったという情報が、ある者には焦りを、ある者にはチャンスという意識を与え、積極的な殺し合いを助長させたのだろう。
「三十人――たった、それだけなんて……!」
 千紗が唇を噛む。
 そんな千紗を気遣うように、誠がそっと肩に手を置いた。
「人数もですけれど、大事なのはここからですわね……!」
 クロエが、スピーカーを睨み上げながら言う。
 そう――昨日までの放送と違い、生存者の名前も発表される。
 その中に、知り合いの名前があるか、ないか。
 それによって、生き残っている生徒たちの今後の動きも変わりかねない。
 陽日輝たちの緊迫感を知ってか知らずか、『議長』は淡々と続けた。
『分かりやすく学年順に発表しましょうか。まずは三年生。一ノ井雫(いちのい・しずく)さん。鹿島鳴人くん。鎖羽香音さん。鷹田征一郎(たかだ・せいいちろう)くん。立花百花さん。辻見一花さん。月瀬愛巫子さん。御陵ミリアさん。水無瀬操(みなせ・みさお)さん。若駒ツボミさん。以上男子二名女子八名の合計十名です。この学年は女子の生存者が多いですね』
「……! 御陵さん、だけなのか」
「――そのようね」
 陽日輝の言葉に、千紗が苦々しく首を横に振る。
 ……陽日輝、凜々花、千紗の三人が『楽園』と戦った当初、一時的に同盟を結んでいた三年生三人――嶋田来海、久遠吐和子、御陵ミリア。
 そのうち、吐和子が死んだことは聞かされていたが、あの後来海も何者かに殺された、ということになる。
 ――たった一人生き残ったミリアは、今この放送を聞いて、何を思っているのだろうか。
 しかし、そんな感傷に浸る間もなく、放送は続く。
『二年生。相川千紗さん。暁陽日輝くん。浅木二三彦(あさき・ふみひこ)くん。川北慧(かわきた・けい)くん。立石茅人(たていし・かやと)くん。西寺汐音(にしでら・しおん)さん。野々宮修二(ののみや・しゅうじ)くん。日宮誠くん。美祢明(みね・あきら)くん。夜久野摩耶(やくの・まや)さん。以上男子七名女子三名の合計十名です。こちらは男子のほうが多いですね』
「……同級生がこれだけしか残ってないって、分かってはいたつもりでも、堪えるな」
 同級生なので、名前を呼ばれた生徒全員の顔くらいは分かる。
 クラスが同じだった生徒や、そこそこに会話をしたことがある生徒もいる。
 しかし、この学校に入学してから一年半ほど、苦楽を共にした同級生が、千紗と誠を含めても九人しか残っていないというのは、こうして確かな数字として突き付けられてもなお、信じたくはなかった。
「まったくだよ……こんなに減っているなんてね」
「私たちが生きていることが不思議になってくるわね……」
 誠と千紗も、さすがに堪えたのだろう、やるせない表情をしている。
 そして『議長』は残る最後の学年――一年生の生存者名を発表した。
『一年生。赤辻煉弥(あかつじ・れんや)くん。安藤凜々花さん。瓦木始(かわらぎ・はじめ)くん。世渡麻央斗(せと・まおと)くん。根岸藍実さん。花桃香凛(はなもも・かりん)さん。三嶋ハナさん。向井羽月(むかい・はづき)さん。最上環奈さん。四葉クロエさん。以上男子三名女子七名の合計十名です。――つまり、全学年通して男子十二名女子十八名の合計三十名。女子のほうが少し多いですが、まあ誤差でしょう』
 誤差。
 コイツにとっては、今まさに殺し合いの渦中にいる自分たちの命すら、『誤差』でしかないのだろう。
 陽日輝は拳を握り締めながらも、藍実や環奈、それにハナが生きていたことには安堵していた。
「……藍実ちゃんたちは生きてるな」
「はい……良かったです。……良かったって言っていいのか、わからなくなりますけど」
 凜々花が、辛そうに唇を結ぶ。
 ――生きて帰るためには友人の死を望まなければならない、この生徒葬会というシステム自体が最悪なのだ。
 陽日輝は、『議長』への怒りを新たにしつつ、ふと考えた。
 クロエが、一花を預けたいと言っていた人物。
 それが誰なのかはまだ聞かせてもらっていない(『明日の朝、ここから離れてから話しますわ』とのことだった)――クロエの反応すらして、今の放送で名前を呼ばれなかった、ということはなさそうだが、今はまだポーカーフェイスを貫いているだけ、という可能性がないわけではない。
 クロエはその人物を『彼』ではなく『彼女』と言った――だから女子生徒であることは間違いない。
 しかし、自分も知っているとなると誰だろうか。
 立花百花――は、『楽園』での様子を見るにツボミと対立しており、自分もその巻き添えを食った。あのときの怒りに満ち満ちたただならぬ様子を思うに、協力してくれるとは考えにくい。
 御陵ミリア――は、友人の死により『楽園』から手を引いたくらいだ。ましてやもう一人の友人も死亡している今、再び協力してくれる可能性は低いだろう。
 ……いや待て、クロエは自分の交友関係を詳しく知っているわけではない。
 そのクロエが『知っている人物』と断言するくらいだから、二年生か?
 そうなると、西寺汐音か夜久野摩耶ということになるが、自分に協力してくれるほど親しかったかというと疑問だ。
 陽日輝はそんなことを考えていたが、『議長』はさらに放送を続けた。
『それでは最後になりますが、今後は君たちの手帳の表紙裏に、一時間更新で生存者の人数を表示することにします。リアルタイムにすると死んだ振りなどの奇策が使えなくなってしまいますからね。毎時ゼロ分ゼロ秒の時点で表示が更新されますが、誰が死んだのかは表示しません。それはまあ、二十四時間後も生徒葬会が続いていれば、放送でお伝えしますが、それまでに決着が付くことを願っていますよ。では、よい殺し合いを』
 気分の悪くなる〆の台詞と共に、プツッという音を吐いてスピーカーは静かになった。
 後に残されたのは、先ほどまでと同じく焚火の音のみ。
 しかし、空気は明らかに、放送前よりも重くなったように感じる。
「……クソみたいな放送だったな」
 と、鳴人はそう呟いてから、
「じゃあ寝るぜ。こっちの班の睡眠時間だしな」
 と、寝袋を敷いて、中には入らずその上に仰向けになった。
 いざというときにすぐ身動きが取れるように、だろう。
 なんにせよ、放送は終わった。
 であるならば、鳴人がそうしているように、さっさと元通りの行動に戻るのが吉だ。
 陽日輝はそう考え、睡眠の番であるクロエに声をかけたが。
「クロエちゃんも、今のうちに寝――」
「その前に、陽日輝。今生き残っている三十人の内、二年生を中心に、陽日輝が知る全員の容姿や体格、性格、交友関係、部活、特技など――すべて話してくださいませ。私は一年生の情報を伝えますわ」
「――っ。ああ――分かった」
 クロエの提案はもっともだった。
 生き残っている生徒の名前がハッキリしている以上、知っている生徒がいれば、仲間内でその情報は共有しておくべきだろう。
 それを傍らから聞いていた千紗は、少し寂しそうな顔をして、
「それなら、私は聞かないほうがいいわね」
 と、距離を取ろうとしたが。
「いえ、千紗と日宮――あなたたちにも協力していただきますわ。――それと鹿島。まだ起きていますわよね? 一花が話せない以上、三年生の情報はあなたが頼りですの。協力してくださいますわよね?」
 クロエが呼びかけてから、二秒ほど経って。
「……仕方ねぇな……」
 と、鳴人が寝袋から体を起こした。
「感謝しますわ」
 クロエは、その場にいる全員の顔を見回し、続ける。
「私たちは明日の朝になれば三つに分かれることになりますが、だからこそ他の二十三人の情報は共有しておくべきですわ。最終的に生き残るためにも、それぞれがそれぞれの場所で善戦できるようにしたほうが賢明ですもの。今この瞬間まで生き残っている他の二十三人、一筋縄にはいかない生徒がほとんどのはずですし。異論はありまして?」
 クロエの言葉に、反論する者はいなかった。
 ――当然だ。
 陽日輝もまた、同様に考えていた。
 ……こうして、陽日輝たちは放送終了からしばらくの間、放送で名前を呼ばれた二十三人について、それぞれが知る情報を共有した。
 ――『楽園』の崩壊により、生徒葬会は再び群雄割拠の状態に戻り。
 ここまで生き残ってきた三十人の生徒たちによる終盤戦の幕が、切って落とされる。

       

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