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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百九話 疾風

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【10日目:朝 屋外東ブロック グラウンド】

 生徒葬会は最後の三人になるまで殺し合うことを強いられるようなルールではあるが、他の生徒と出会ったとき、必ずしも戦う必要があるわけではないし、戦うことが一概に正解ともいえない。
 例えば、手を組むという選択肢もあるだろうし、お互いに話し合ってその場での殺し合いを回避して立ち去る、という選択肢もあるだろう。
 そして、彼女――西寺汐音(にしでら・しおん)は、陸上部所属のその脚力と体力を活かして『逃げる』という選択肢を、積極的に取っていた。
 先ほど南第一校舎で、同級生の暁陽日輝たちの大所帯を見かけたが、あれだけの人数をまともに相手して生き残れると思うほど自惚れてはいないし、そもそも陽日輝たちと出会う前に自分を狙ってきたアイツも、明らかに危険だった。
 顔も名前も知らない男子生徒――つまり一年生か三年生。
 少し童顔に見えたので、一年生かもしれない。
 しかし、偶然出くわした自分を即座に殺そうとしてきたあたり、この生徒葬会にかなり慣れている。
 汐音は勘が鋭いほうだ。
 地頭はお世辞にも良くはなかったが、昔から動物的な直感が働き、面倒ごとや危機的な状況を回避することができた。
 友人たちと悪ふざけをしているときに、先生に見つかって怒られる前にそれとなく離脱したり、部活でランニングをしているときに曲がり角から自転車が飛び出してくることを『嫌な予感』という形で察知してかわしたり。
 第六感というものが自分にはあるのかもしれないと、そう思うほどに、汐音は自身の不利となる事象の予兆を察知する力に長けていた。
 だから、あの男子生徒相手には即座に逃走を選択したのだ。
 制服は動きにくい。
 そもそもスカートなんて運動には向いていないし、足が寒い。
 だから、生徒葬会が始まってすぐに部活で使用しているジャージに着替えたし、靴も部活用の運動靴に履き替えた。軽くて走りやすい、有名スポーツブランドの運動靴だ。
 そのおかげで、これまでの十日間、五体満足で生き延びている。
 自分は、積極的に他の生徒を殺すつもりはない。
 殺人なんて後味が悪そうだし、死に物狂いで抵抗されるのも怖い。
 ただ、逃げ回る中でどうしても相手を殺さなければならない状況に陥ったのならば、それは正当防衛というやつだ。
 それを繰り返している内に、ラスト3に残れたのなら、それで結果オーライ、バンザイってやつだろう。
 汐音の生徒葬会におけるスタンスはそのようなものだった。
 実際、手帳に表示された生存者は残り二十九人。
 あの男子生徒と暁陽日輝ご一行様がぶつかり、どちらかが死亡、あわよくば相討ちになってくれていたら助かったのだけれど、人数に変動が無いということは、そもそもあの後両者はエンカウントしなかったのかもしれない。
 残念だけど、まあ、こうして自分が逃げ延びられたのだからオーケイだ。
 陽日輝は同級生の、不良とまではいかないけどちょっと不真面目なグループに所属している生徒だけど、悪いヤツではなさそうだったし、顔もまあ悪くなくて密かに狙っている女子もいた。
 汐音も、別に陽日輝という個人が憎いなどということは断じてない。
 ただ、生徒葬会から生きて帰るためには、できたら自分の知らないところで死んでくれていたら助かるな、と思っているだけだ。
 そして――汐音は、東ブロックにあるグラウンドの脇で、一人の女子生徒に遭遇した。
「あ」
 思わず声が出る。
 向こうもこちらに気付いていて、静かにこちらを見据えたまま眉を上げた。
 自分とは違い、下半身だけスカートではなく学校指定のジャージに履き替えている、ショートカットで背の高い女子生徒。
 両性から人気のありそうな、麗しく端正な顔立ち。
 彼女――若駒ツボミのことを、汐音は知っていた。
「若駒――先輩」
「そういうお前は陸上部の西寺だな」
 凛としたよく通る声。
 それこそ男装の麗人のようで、耳に心地良く響く。
 しかし、それとは裏腹に、汐音の第六感は警告音を全開に鳴らしていた。
 体育委員長であるツボミとは、運動部の集会や体育祭関係の集まりなどで面識がある。とはいえ陸上部の部長でもなんでもない自分は、ツボミと直接会話を交わしたことはほとんどなかったが。
 いずれにせよ、自分の直感が、あの人は危険だと告げている。
 そしてそれを裏付けるかのように、彼女は腰に剣のようなものを提げていた。
「私を警戒しているな、西寺。この状況では無理もないか」
「――……別に、そんなことは――」
 言いながら、汐音は周囲の地形に気を配る。
 グラウンドは開けていて、すぐに逃げ込める建物はない。
 しかし、コンクリートやアスファルトの上よりは断然走りやすい。
 ツボミも走るのは速いほうだったと思うが、それでも自分のほうが速いはず。
 ツボミの『能力』が分からない以上、とにかくスピードで振り切って――
 そこまで考えていたとき、汐音の直感がこれ以上無くざわめいた。
「ッ!」
 汐音は、すかさず地面を蹴り、数メートルほど横に走った。
 そのほんの一瞬後に、先ほどまで自分が走っていた場所で、空気が動いた。
 まるで目には見えない刀が、その場に振り下ろされたかのように。
「ほお、よくかわしたな。随分と勘が鋭いようだ」
「若駒――先輩……!」
「そんな顔をするな、西寺。生徒葬会というのはこういうものだろう?」
 背筋が寒くなるほど落ち着き払ったその声音に、汐音は戦慄する。
 自分を南ブロックで追い掛け回したあの男子生徒以上に、この人は危険だ。
 『能力』は恐らく、目には見えない斬撃のようなもの。つまりはカマイタチ。
 だとしたら、次もその『起こり』を読めるとは限らない。
 だから、こちらに狙いを定められる前に――攪乱して、逃げ切ってやる!
「たあっ!」
 汐音は気合と共に地面を蹴り、駆け出した。
 そしてそれと同時に、自身に与えられた『能力』を発動する。
「! これは――」
 ツボミが驚いたように呟いたその間にも、汐音は弧を描くように走り続けた。
 異変の発生は、汐音が踏んでいた地面からだ。
 走る汐音を追いかけるように、つむじ風が作られ、グラウンドの砂が巻き上げられる。
 ――自身が踏んだ場所に旋風を起こすことができる能力『風雷(ウィンドマイン)』。
 それこそが、『議長』によって汐音に与えられた能力だった。
 地面が砂であるグラウンドにおいて、『風雷』はさらにその効果を増す!
「成程、砂で私の視界を妨げるか。いい洞察力と判断力だ。殺すのが惜しいな」
「だったら殺さないでくれます!?」
「――ふふ。あいにく、仲間は間に合っているのでな。それに」
 砂煙の向こう、ツボミが抜剣したのがシルエットで見えた。
 まだだ――まだ目くらましが足りない。
 ジグザグに走り回りながら、汐音は砂煙が薄まらないよう絶えず風を起こし続けた。
「お前のように器用なタイプは、仲間にしても隙があれば裏切るものだ」
 ツボミが地面を蹴り、こちらに向かってきた。
 つむじ風は発生してすぐに消える。発生中に直撃したら、人ひとり吹っ飛ぶくらいの威力はあるが、つむじ風が消えた後の砂煙は、ただの目くらましでしかない。
 ツボミは距離を詰めて、こちらを捉えるつもりだろう。
 もちろん、汐音はツボミがそう動くことは分かっていた。
 こちらの姿が視認できないのならば、視認できる距離にまで近付けばいい。
 しかし――『風雷』は、ただ踏んだ後で風を起こすだけの能力じゃない!
「なっ!?」
 ツボミが踏み込んだ何歩目かの地面から、つむじ風が発生した。
 ツボミの身体が回転に巻き込まれ、あさっての方向に投げ出される。
 それを見て、汐音は追撃を行うことなく、グラウンドの奥めがけて全力疾走を開始した。もちろん、『風雷』を使用して砂煙を焚くことを忘れずに。
 ――『風雷』は、二つのタイプを使い分けることができる能力だ。
 一つは、自分が踏んだ後、即座に発動するタイプ。
 そしてもう一つは、踏んだ後、次に誰かが踏んだときに発動する、地雷のようなタイプだ。
 汐音は先ほど駆け回った際に、地雷型をいくつか混ぜ込んで設置した。
 あの南第一校舎でも、追手対策で使用した能力だ――まあ、あっちは陽日輝と一緒にいた女子生徒が踏んでしまったが。
 誰も踏まないまま一定時間が経過すると段々と発動時の風力が弱まり、最終的には発動しなくなってしまうという欠点こそあるが、追手を嵌める罠としては上等だ。
 現にツボミは吹き飛ばされ、グラウンドを転がっている。
 せいぜい擦り傷くらいだろうが、自分が逃げるだけの隙は作れた。
 汐音はグラウンドを突っ切り、プレハブ小屋の後ろに回り、さらに走る。
 ツボミが追いかけてくる様子はなかったが、念のため十分に距離を取るつもりだった。
 ――しかし、今回は自分の『風雷』が自分が踏んだ直後にしか発動ではない能力だと思い込ませることができていたからこそ成功した不意打ち。
 地雷型の存在を知られてしまった以上、次は対策を練られる可能性は高いだろう。
 できることなら、もう二度と遭遇したくはない――それこそ、自分の窺い知らぬところで他の生徒と殺し合いに発展して、リタイヤしてくれたらありがたい。
 汐音はそんなことを考えながら、朝日を浴びて走り続けた。
 そして、部活柄なのだろうか。
こんな状況でも、走ることは心地よかった。



「ツボミ、さん――」
 西寺汐音が逃げ切った後、物陰に隠れていた根岸藍実と最上環奈は、恐る恐るツボミへと近付いていった。
 ツボミはグラウンドに仰向けになったまま動かない。
 まさか、死――そう思いかけた藍実は、ツボミの声にびくっ、と足を止めた。
「まんまとやられたよ」
 そして、ツボミは上半身を起こした。
 髪や頬、制服が砂埃で汚れているが、それが気にならないくらい――ツボミの瞳には、明らかな怒りと苛立ちの色があった。
「東城や百花ならまだしも、あの程度の相手に一杯食わされるとはな。ふふ……私も案外大人げない。それがこれほどに腹立たしく感じるとは。ふふふ……面白いな。暁たちといい、この生徒葬会という状況は、私に新鮮な発見をさせてくれる」
「つ――ツボミさん。大丈、夫――です、か……?」
 環奈は怯えたように自分の陰に隠れている。
 なので藍実が、率先してそう訊ねたが、ツボミは愉快げに唇を歪めた。
「大丈夫だ。ただ、一つ目標は生まれたな。この生徒葬会における私の目標だ」
「目標、ですか……?」
「ああ」
 ツボミは頷き、完全に立ち上がる。
 そして、傍らに落としていたレイピアを拾い上げ、その切っ先を、汐音が走り去っていった方角に向け、言い放った。
「西寺汐音は私が殺す」

       

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