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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百十三話 会長

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【10日目:夕方 南第三校舎一階 多目的室】

 優しそうな人だ。
 油断ならない相手だ。
 その、ともすれば矛盾しているような感想を、暁陽日輝は、目の前で椅子に腰かけて微笑む女子生徒――水無瀬操(みなせ・いさお)に対して抱いた。
 柔和そうな印象を与える垂れ目の内右目の下には泣きボクロがある。
 生徒会長である操が、全校集会等の学校行事で登壇して喋る姿は何度も目にしたことがあるが、真面目な学生ではなかった自分はその話に真剣に耳を傾けたことはなかったように思う。
 その操と、こうして向かい合わせに座る日が来るとは、考えたこともなかった。
「疲れているところを長々と喋らせて、申し訳なかったわね」
「……いえ」
 床全面にマットが敷かれた多目的室のど真ん中にぽつんと置かれた二つの椅子に、陽日輝と操は腰掛けている。
 そこで、操の質問に答える形で、陽日輝は生徒葬会を回顧した。
 数十分の時間を費やしたそのやり取りが、先ほどようやく終わったのだが、すでにカーテンの隙間から差し込む陽はオレンジ色に変わっている。
 それもそうだ。
 このやり取りは、自分が最後。
 安藤凜々花も四葉クロエも、すでに操との問答を終えている。
 辻見一花は、あの状態なので省かれているが。
「四葉さんがあなたたちを連れてきたときには何事かと思ったけれど、事情は分かったわ。辻見さんを保護してほしいのね」
「……さすが生徒会長ですね。理解が早くて助かります」
「ふふ。私は別に頭が切れるわけでも回るわけでもないわ。月瀬さんや鎖さんとは違ってね。あなたたちの話が上手だったのよ。私でもすんなり事の経緯が理解できるくらいにね」
 操はそう言いながら、柔らかな微笑を浮かべる。
 ――陽日輝が一花を連れて、南第三校舎前に潜伏していた凜々花とクロエと合流してから今現在までの数時間に、彼女の能力――『不可侵領域(ノータッチ)』については説明を受けた。
 根岸藍実の『通行禁止(ノー・ゴー)』や、夜久野摩耶の『迷鏡死酔(ミラージュ)』と同系統の能力であり、同様に屋内でしか使用ができない。
 その能力は、操と同じ建物内にいる生徒に対し、操が『拒否』をすることができるというものだ。
 『拒否』を出された生徒は、即座に屋外にワープさせられ、それ以降は操が『拒否』を取り消さない限り再侵入できない、というもの。
 ありとあらゆるものを不可視の結界によって阻む『通行禁止』に比べれば、一旦は侵入されなければ能力の対象にできないという明確な弱点があるものの、一旦侵入されてしまった場合に侵入者から身を守る術の無い『通行禁止』と違い、即座に追放が可能でそれ以降は『通行禁止』同様の効果を発揮できるという点は強みになる。
 そしてもう一つ、『許可』『拒否』の決定こそ操が行う必要があるものの、『通行禁止』と異なり、操が就寝や失神等で意識を失っているときでも、『不可侵領域』自体の効果は維持されるという強みもある。
 クロエが、一花を預けることを提案するのも納得だ。
 ――ツボミと一緒でなければ、藍実に預けたのかもしれないが。
「可愛い下級生たちの頼みですもの、辻見さんはここで預かるわ。ただ、これだけは心しておいて。私の能力は完璧じゃない。辻見さんを死なせてしまう可能性はゼロじゃない。そのとき、私を恨むのはお門違いよ」
「……もちろん、分かってます。――ただ、俺からも一つ質問してもいいですか」
 陽日輝は。
 この多目的ホールに足を踏み入れたときから気付いていたあることを指摘した。
「――本棚の裏に隠れてるのは誰ですか?」
 そう――陽日輝は気付いていた。
 この多目的ホールに、自分たち以外の生徒が潜んでいることに。
 それを指摘された操は、驚くでも慌てるでもなく、口元を歪めた。
「……ふふ。今気づいた――というわけでもなさそうね。まあ、四葉さんにも安藤さんにも気付かれたんだけど。刑事や探偵の才能は無さそうよね、彼。――出てきていいわ」
 操が振り返り、本棚に向かって呼びかけると、その人物は静かに姿を現した。
 パーマをあてた髪が目を引く、少し背の低い男子生徒だ。
「世渡君、自己紹介を」
「世渡麻央斗(せと・まおと)っす。学級委員してたんで、生徒会の仕事の手伝いで前々から会長とは関わりがあって、で、こうしてご一緒させてもらってるっす」
「よろしく。――水無瀬さんのボディガードってところか?」
「まあ、そうっすね。俺の能力については、申し訳ないっすけど伏せとくっす。俺も死にたくないですし、会長のことも死なせたくないんで、切り札は取っとかせてください」
 麻央斗は頭をボリボリと掻きながらそう言った。
 ダウナーな雰囲気を漂わせているが、こちらを見る目と操を見る目は明らかに違う。
 彼が操に対し、友愛以上の感情を抱いていることは明らかだった。
「ああ――別にいいさ。俺たちは辻見さんの保護を頼む側だしな。ここにも長居はしない」
 ――それは、南第三校舎に足を踏み入れる前に、凜々花やクロエとも話し合ってあらかじめ決めていたことだった。
 すでに生徒数は残り二十七人、佳境を迎えている状況であり、いくら善人であろうと正義の人であろうと、生存のために他の生徒に手をかける可能性はある。
 自分たちはそれなりの数の表紙を所持しているのだからなおさらだ。
 今はそんなこと考えていなくても、ふとしたときに『魔が差す』可能性もある。
 だから、一花の保護を承諾された今、ここに留まる理由は無い。
 クロエの傷は凜々花が手当してくれているし、水や食料も『楽園』を出るときに補充しているので、いつでも出発できる状態なのだ。
「長居はしたくない、というのが正直なところかしら?」
 操が、こちらを見透かすような目をして、しかし笑顔は柔和なままそう言った。
 ……そこに敵意や悪意はない。
 しかしだからこそ、警戒心を感じさせる。
 ――クロエは以前、操に関してこう言った。
『私たちに対して必ずしも友好的なスタンスを取ってくるかは分かりませんの。あの方は間違いなく善人で、間違いなく正義感が強い方ですが――だからこそ、『私たちは』警戒が必要ですの』
 ――と。
 その言葉の意味は、こうして向き合った今、なんとなく理解できる。
 この人は、生徒葬会という状況下においてもなお、殺人という行為およびその行為に手を染めた人間に対する嫌悪を抱いている――それをほとんど表に出さないようにしているが、クロエの前振りがあったおかげで、微かに読み取ることができた。
 そしてそれは、決して悪いことではない。
 むしろ、本来ならばその潔癖さは美徳だろう。
 しかし、自分たちはここに来るまでに、いくつもの殺し合いを経験し、何人もの生徒を死に至らしめている。
 だからやはり、ここに長居するわけにはいかなかった。
 価値観の相違はいずれ、大きな歪みへと成長する。
 それはお互いにとって不幸なことだ。
「……俺たちは俺たちのやり方で、この生徒葬会を生き抜いていきます。だから、長居はできません。それだけです」
「――そう。そこまでハッキリ言い切るのなら、私もあなたたちを引き留めはしないわ」
「……分かっていただけて幸いです」
 陽日輝と操のやり取りを、黙って聞いていた麻央斗は。
 ここで、「よくわかんねーっすけど」と、気だるげに、しかし鋭い眼差しでこちらを捉えながら、切り込んできた。
「要するに、その『やり方』の邪魔になる辻見さんを、ココに捨てていくってことっすよね? センパイ」
「! 世渡君、言葉に気を付けなさい」
「――いや、いいですよ。彼の言う通りです。凜々花ちゃんやクロエちゃんがどう考えてるかは知らないですけど、俺はそう思ってます。辻見さんを守り切る自信も覚悟は無い、だけど目の前で死なれたくはない――そう考えているのは確かですから」
 陽日輝は、敢えて取り繕わずにそう言い切った。
 ただ、さり気なく、これは自分個人の意見であり、凜々花とクロエを含めた総意では無い、ということを匂わせる。
 ――そんな小賢しいことをしている自分に、内心嫌気が差したが。
「……ハッキリ言うっすね、センパイ。ま――変に美化するより全然いいっすけど」
 麻央斗はそう言ってから、再び頭をボリボリと掻き、陽日輝から視線を外した。
 ――この話は終わり、ということだろう。
 操もそれを汲み取って、再び柔和な笑みを浮かべて頷いた。
「長居はしないといっても、休憩くらいはしていきなさいな」
「……ええ、お言葉に甘えさせてもらいます」
 軽く頭を下げながら、凜々花やクロエもこんな会話をしたのだろうか、と考える。
 ……麻央斗の言う通り、自分たちが体よく一花を押し付けようとしていることは事実だ。たとえそれが、一花のためでもあるとはいってもだ。
 遠からず訪れる一花との別れ。
 ……南第二校舎で、僅かに正気を取り戻したかのような一花と交わした会話を思い出す。
 一花の心は壊れたが、失われたわけではない。
 何より彼女はまだ、生きている。
 彼女をおぶっていたときに伝わってきた温かさが、今もまだ背中に残っているような気さえする。
 ――自分にもっと力があれば。
 そして、生徒葬会のルールが四人以上の生還の余地があるものだったなら。
 それならば、これからも一花を守ってやりたかった。
 彼女が再び笑顔を取り戻す、そのときまで。
 なんて――できもしないことを、考えてしまう。
「……確かに俺は、ずるい奴だな」
 多目的ホールを退室してから、陽日輝はぼそりと呟いた。
 そんな自分を嘲笑うかのように、夕陽が差し込む窓の外からは、カラスの鳴き声が聞こえてきていた。

       

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