Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百十七話 鬼人

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【10日目:夜 南第三校舎一階 多目的室】

 水無瀬操が一ノ井雫による、天井ごとぶち抜くという常識外れの手段での強襲を受けて、『不可侵領域(ノータッチ)』で対応する間もなく瓦礫の下敷きとなった後。
 敬愛する先輩の死に慟哭し、それでもなお、世渡麻央斗は動いた。
 それは、悲しみが叫びと共に怒りへと、一時的に変換されたことによる行動。
 麻央斗は、雫が、そして暁陽日輝が動くよりも先に、掌を広げた右手を突き出すようにし、叫んだ。
「『吸襲球(アトラクトボール)』!」
 その直後、雫が瓦礫を足蹴にしてこちらに飛び掛かろうとしたが――その動きは、一歩半ほど踏み出したところでピタリと止まった。
「なっ!?」
 雫が目を見開き、首を後ろに向ける。
 ――彼女の肩越しに、陽日輝の目にも、「それ」は見えていた。
 雫の背後二メートル、高さも同じく二メートルほどの座標に突如出現していた、サッカーボールくらいの大きさの黒球。
 一見するとそれはただそこにあるだけのようだが、違う。
 周囲の瓦礫が少しずつ、その球体に引き寄せられているのだ。
 小さな欠片は瞬く間に、大きめの欠片はゆっくりと。
 引き寄せられた瓦礫は球体にピタリとくっつくようにして静止し、その上からまた別の瓦礫が覆い被さる。
 ――あの黒球が引力を発生させて、周囲のものを引き寄せているのだ。
「これが『吸襲球』ね……予想以上のパワーよ、ほんと……!」
 雫は、全身に力を込めて引力に抗い続けているが、その場から下がることはなくとも進むこともできないままでいた。
 麻央斗は、ギリッと歯を噛み締めて言う。
「会長を殺した報い、その命で払え……!」
「何事ですの!?」
 ちょうどそのとき、多目的室の扉が勢い良く開け放たれ、四葉クロエと安藤凜々花が到着した。
 二人は目の前に広がる光景に息を呑む。
 陽日輝は叫んだ。
「アイツが水無瀬さんを殺して、辻見さんを狙ってる!」
 さすがに二人とも聡い。
その一言で、凜々花とクロエは瞬時に状況を理解したようだ。
「分かりましたわ! ――凜々花!」
「うん――!」
 クロエと凜々花は、それぞれペットボトルと百人一首の札を取り出し、すかさず雫めがけてそれぞれ能力を用いて攻撃を行う。
 触れた液体を固めることで飛び道具にもできる『硬水化(ハードウォーター)』と、カード型のものを投擲する際に威力を強化する『一枚入魂(オーバードライブスロー)』。
 それらは、並の人間なら急所に命中すれば致命傷となるだけの殺傷力を秘めている。
 実際、クロエと凜々花の放った水弾とカードは、共に雫の首筋を深く切り裂いた。
 勢い良く噴き出す血もまた、背後の黒球に吸い寄せられていく。
 だが――それも、数秒のことだった。
「アハハ! ヌルい能力ねぇ! 私が自由に動けたら今頃二人とも死んでるよぉ!」
 雫の首筋の傷は、みるみるうちに塞がり、跡形も無く消え失せた。
 最上環奈の『超自然治癒(ネオヒーリング)』とは比べ物にならないほどの治癒速度。否――再生速度、といったほうが正しいほどの凄まじさだ。
 鋭い八重歯を覗かせて笑う彼女を見て、陽日輝は思わず呟いた。
「吸血鬼……!」
「あら、分かっちゃった? そうそう、私は『吸血鬼(ヴァンパイア)』なの。私が一花ちゃん欲しがる理由、分かってくれた?」
 雫はそう言いながら、周囲を見回していた。
 恐らく、一花を探しているのだろう。
 しかし、そんな雫に対して麻央斗が声を荒げる。
「余裕ぶるのも大概にしてもらえますかね……! アンタはこのまま身動き取れずに死ぬんだから!」
 麻央斗が言う通り、雫は黒球の引力によって進むことができずにいる。
 いくら再生能力が高くても、際限なく攻撃を浴びせ続ければ殺すことは可能だろう。
 凜々花とクロエもそう判断したのか、すでに次の攻撃の準備に入っている。
 しかし――雫は、「死ぬ? 私が? ここで?」と心底馬鹿にするように言った。
 そして。
「確かに、羽香音に教えてもらった説明文から想像したよりはパワフルだけどぉ――私の能力を甘く見すぎだからぁ!」
 次の瞬間、轟音と共に、雫の背が縮んだ――ように見えた。
 実際には、雫の周囲の床が抜けていた。
 雫がその人間離れした脚力で床をぶち抜いたのだということを理解するのに、そう時間はかからなかったが。
 理解したときには、すでに遅かった。
 ――一階の床と地面との間の、床下の僅かな空間に落ちただけだと思われた雫が、忽然と姿を消していたからだ。
「「「「!?」」」」
 残された四人全員が驚愕し、思わず辺りを見回す。
 高速移動? 瞬間移動? それとも透明化?
 あらゆる可能性が頭をよぎる。
「一体どこに――うぐあッ」
 ――それは、一瞬の出来事だった。
 麻央斗の短い悲鳴が聞こえたかと思うと、彼の左胸から手が生えていた。
 ……実際には、いつの間にか彼の背後に出現していた雫の右腕が、彼の背中から左胸までを貫通していたのだ。
「お、お前……!」
「吸血鬼は影に潜めるの。知らなかった?」
 雫はニヤリと笑い、べっとりと真新しい血に塗れた腕を引き抜く。
 それによって支えを失う形となった麻央斗の身体は、あっけなく倒れ込んだ。
 そして、『吸襲球』も消失し、吸い寄せられていた瓦礫たちはすべて重力のまま落下する。
 それは、麻央斗が致命的な傷を負ったことの証左だった。
「会……長……!」
「よかったねー、すぐに操ちゃんのとこ行けて」
「テメエッ!」
 陽日輝は、雫めがけて殴りかかる。
 『夜明光(サンライズ)』による橙色の光を纏った拳を、躊躇無く放った。
 しかし、その拳は虚しく宙を切る。
「遅いなぁ」
「くっ……!」
 雫が背後に回り込んだのを察し、すぐさま振り返りざまの裏拳を放つが、それもまた掠りもしない。
 そのときにはすでに、雫は多目的室の奥寄りにまで離れていた。
「本当は一花ちゃんのいる場所分かってるんだよねぇ。教室で寝てるでしょ? 先に操ちゃん殺さなきゃ『追放』されちゃうから、こっち来たけどさぁ」
 それもきっと、彼女と組んでいるらしい鎖羽香音の入れ知恵だろう。
 彼女の口振りや反応からして、こちらの『能力』はすべてタネが割れている。
 しかし――だとしても、今は羽香音ではなく目の前にいるこの吸血鬼を、一花のところに行かせないことが最優先事項だ。
「クロエちゃん!」
「分かっています! ――『死杭(デッドパイル)』!」
 クロエが叫ぶと共に、彼女を取り巻くように出現した四本の黒い杭が、雫めがけて一直線に射出される。
 しかし雫は、よけようともせずその杭を食らうがままに受け止めた。
 彼女の両手両足は杭によって貫かれ――だが、『死杭』の効果はそこまでだ。
 もちろん、大多数の生徒相手ではそれは致命傷となり得る。
 しかし、並外れた再生能力を持つ雫は、ものの数秒でその傷さえ塞いでしまった。
 そのときには、凜々花は指パッチンを立て続けに行って『複製置換(コピーアンドペースト)』を発動させ、分身を最大数である八体出現させていた。
 本体と合わせた九人が、一斉にカードを投げる。
 それらのカードは、まるでナイフが風に乗って飛んできたかのように、雫の全身を切り刻んだが、やはりあっという間に回復されてしまう。
「アハハ! アンタたちの能力じゃそれが火力の限界だよねぇ? ミリアちゃんのほうがよほど怖かったなー」
「! 御陵さんと戦ったのか!?」
 それは、思いもよらぬ名前だった。
 『楽園』に攻め込んだ際、一時的に共闘した三人組の一人。
 残る二人はすでに死亡してしまっているが、御陵ミリアだけは、零時に『議長』から告げられた、残り三十人の生存者の中に含まれていた。
 しかし――まさか、彼女はこの女に殺され――
「あ、心配しなくてもミリアちゃんは殺してないよ? 殺せなかったんだよねぇ残念ながら。ま、他人のことより自分たちのこと心配したらぁ?」
「辻見さんは渡さない……! お前なんかには、絶対に!」
「口だけは達者ねぇ。ま、私も無限に回復できるわけじゃないし? 先に一花ちゃんのとこ行くから、その間に逃げれば? 運が良ければ少しだけ長生きできるかもよ?」
 こちらを心底見下した、雫の台詞。
 凜々花とクロエでは火力が足りない。
 陽日輝では攻撃を当てられない。
 だが――勝ち目がないわけじゃない。
 あちらに攻撃させて、その瞬間にカウンターを放つ。
 骨が何本か持っていかれるかもしれないが、『夜明光』には当たれば殺せるだけの威力はある。
 チャンスはほんの一瞬だろう――しかし、やる価値はあるはずだ。
 陽日輝は内心そう考え、雫に近付こうとしたが――そのとき、不意に足を掴まれた。
「! 世渡……!」
 雫に左胸を貫かれ、致命傷を負った麻央斗が、うつ伏せのまま、息も絶え絶えにこちらの足首を掴んでいた。
 彼はもう顔を上げることもできず、呼吸のたびに血を吐いている。
 もはや、数分の命であることは明白で。
 そんな状態にも関わらず、こちらの足首を掴む手には、力が込められていた。
「俺が……隙を……作り、ます……だから……」
「――分かった。絶対に――仇は、取る」
 その言葉に、足首を掴む力が、ほんの少し緩んだ気がした。
 ――水無瀬操は、間違いなく善人だった。
 この生徒葬会において、誰も殺したくないという願いを持ち、それを貫いてきたこと。
 それは、彼女が麻央斗という盟友や、『不可侵領域』という能力に恵まれたからできたことかもしれない。
 だとしても、彼女が本心から、正しく在ろうとしたことは、短い交流でも十分に理解できたから。
 あんな風に、唐突かつ無惨に殺されていい人じゃなかった。
 ――そして、世渡麻央斗。
 彼が操に対し、尊敬だけではない感情を抱いていたことは確かで。
 だから、愛する人を失った痛みは、自分にも想像できる。
 自分が凜々花を失ったとき、彼のように戦う意志を持ち続けられるかは分からない。
 だからこそ――死の間際にありながら、なおも折れない彼の心に。
 自分は、報いなければならない。
「頼み、ましたよ――センパイ……っ!」
 麻央斗が絞り出すようにそう言ったのと、雫の背後に再び『吸襲球』が出現したのとはほぼ同時。
 雫がハッとして振り返ったその隙を逃さず、陽日輝は床を蹴っていた。

       

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