Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百二十話 再戦

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【11日目:未明 北第一校舎一階 保健室】

 懐かしい。
 そこまで久し振りというわけでもないのに、そんな感覚に陥ってしまうくらいには、根岸藍実にとって、ここ――北第一校舎の保健室は、安寧の地だった。
 『議長』の放送によって、現在生き残っている二十三人が誰なのかを聞き届けた後、若駒ツボミの指示で、自分たちは北第一校舎に一時帰還を果たした。
 校舎内を巡回して先客がいないことを確認した上で、藍実の『通行禁止(ノー・ゴー)』を一階全体に使用しているため、一応の安全は確保されている。
 ここで夜を明かした上で、明るくなってから再び行動を再開する。
 ツボミが示した方針に、藍実も、最上環奈も異を唱えることはなかったのだが――
「藍実は、このままでいいの?」
「……っ」
 環奈の、迷いと怯え、そして微かな非難が込められた問いかけに、藍実はたじろいだ。
 このままでいいの?
 ――その言葉に込められた真意を、理解できない藍実ではない。
 それでも、藍実は訊き返さずにはいられなかった。
「……このままでいいって、どういうこと?」
「どっ……どうって。分かってる……くせに」
 環奈は、どもりながらそう言って、怯えた様子で後ろを見やった。
 その視線の先にあるのは、廊下への扉だ。
 環奈が気にしているのが何なのかは考えるまでもない。
 ――ツボミが戻ってきていないか、だ。
 ツボミは先ほどトイレに立ったところであり、足音がトイレの方向に遠ざかるのは藍実もしっかりと確認している。
 だから、この会話が聞かれていることはないはずだが、それでも恐れを感じずにはいられないくらいには、若駒ツボミという存在は油断ならない。
 しかしそれは裏を返せば、味方としては頼れるということ――そう、自分に言い聞かせて、これまで行動を共にしてきたが。
 どうやら環奈の中で、それが揺らいできているらしい。
 藍実もまた、扉のほうに視線を向けながら言った。
「……うん、わかってる。だけど、環奈。そういうこと、あまり言わないほうがいいよ。ツボミさんに、聞かれたら――」
「……そ、そうだけど、でも。ツボミさんに付いていけば、絶対に生き残れるなんて――そんな保障、ないじゃない」
「……。今さらだよ、そんなの。それを承知で、私たちは――あの人に付くことを選んだんだから」
「それでも――あの、西寺って人に、やられそうになった。ツボミさんは、わ、私たちが思っているほど――つ、強くないのかも」
 ――環奈の言わんとしていることは分かる。
 グラウンドでの戦いで、ツボミはつむじ風を起こす能力を持ったあの女子生徒(放送によると二年生で、フルネームは西寺汐音というらしい)に不覚を取った。
 相手も逃走を選択したので、戦いが続いていたらどうなっていたかは分からないが、自身は戦闘能力を持たない環奈からしたら、頼みの綱であるツボミが見せた隙は、不安を芽生えさせる要因となったのだろう。
 もしかしたらそれに加えて、ツボミが東城一派との戦いに自らは参加しなかったことも、今になって環奈の疑念を強めているかもしれない。
 しかし――それでも。
「……環奈。だとしても、私たちよりは全然強いし、それに、今さら私たちだけでやっていけないよ。――それに、ツボミさんが、許すはずないもの」
「……うん……だよね。ツボミさん、怒るよね……」
 怒るでは済まないだろう、と思いながらも、それは口にしない。
 環奈はどこまで分かっているのだろうか。
 分かっていないから、安易にこんなことを口にできるのだろうか。
 藍実は、自分が微かに苛立ちを感じていることに気付いた。
 それを押し殺すように、藍実は努めて優しい声音を作って言った。
「うん、だから、この話はやめよう。私たち、こうして今も生きてる。それでいいんだよ」
「……藍実は、暁さんのところに行きたくないの?」
「……。それを聞いちゃう? 環奈」
 暁陽日輝。
 東城を倒した、一つ上の男子生徒。
 その強さと優しさに、憧憬を感じたのは確かだ。
「……あの人は、凜々花と一緒だから。それに」
 陽日輝と凜々花の間にある強い絆に、自分は割って入れない。
 それに――あの人は、本当にいい人だけど。
 いや、いい人だからこそ――
「……暁さんは、ツボミさんには勝てないよ」
 能力の相性だけの話ではない。
 純粋な実力なら東城要や立花百花に及ばない若駒ツボミを、それでも藍実がこの生徒葬会において最強の生徒だと信じ、付き従う理由。
 それは、その精神面にある。
 百花の動揺を誘うためだけに、『完全空間(プライベートルーム)』を使用して百花の実弟である繚の死体を隠し持っていたツボミ。
 その策は見事に嵌り、百花を殺すことはできなかったものの、深手を負わせて退けることに成功したという。
 あの人は、元恋人の死体をそんな風に冒涜的に利用することさえ厭わない。
 陽日輝が陽日輝である以上、ツボミに勝てる道理は無いのだ。
「……そう、だよね。ツボミさんといれば、私たち、生きて、帰れるんだもんね……」
 そのことに対する疑問を口にしておきながら、環奈は自らに言い聞かせるようにそう呟き、何度も頷いた。
 環奈は、生徒葬会が佳境に入り、不安で仕方がないだけだ。
 その気持ちは理解できる。
 だから藍実は微笑んで、環奈の肩をそっと抱いた。
「大丈夫、私たちは生きて帰れる。だからこれからも――」
 ――そのとき、だった。
 藍実たちの頭上、二階のほうから、窓ガラスが割れる甲高い音が響いてきたのは。
「「!?」」
 藍実と環奈はほぼ同時に天井を見上げる。
 ――藍実の『通行禁止(ノー・ゴー)』は、校舎のワンフロアをカバーするのが限界だ。そのため、二階から上は無防備になる――とはいえ、そこから一階への侵入は不可。
 問題は、わざわざ二階の窓ガラスを割った何者かがいるということ。
 藍実は、保健室の壁に立てかけておいた鉄パイプを手に取った。
「藍実――」
「大丈夫、この階は安全だから。一応、護身用に」
 藍実はそう言って、先ほど手に取ったばかりの鉄パイプを環奈に差し出した。
 これは東城一派が保有していた物資に含まれていたもので、保健室には何本かの鉄パイプを運び入れている。
「う、うん……そうだよね。藍実の能力で、誰もここには来れないもんね」
 環奈がすがるような眼差しをこちらに向けながら、鉄パイプを受け取った。
 藍実は頷き、今度は自分用の鉄パイプを手に取る。
「一階に入れないことが分かれば、すぐにどこかに行くはず」
 そして、その背中をツボミが『斬次元(ディメンション・アムピュテイション)』によって切り裂く――それで終わりだ。
 そう分かっていても――一抹の不安がよぎるのは、環奈の弱気が移ったのだろうか。
 そう思った藍実だったが、すぐにその不安が間違いではなかったことを知る。
「――そこにいたのね」
「えっ――」
 背後から不意に聞こえた冷たい声は、窓ガラスの向こう、校舎の外。
 振り返った瞬間、藍実は首根っこを見えない手で掴まれたような感覚に襲われ、そのまま凄まじい力で引き寄せられ、窓枠に顔面を叩き付けられた。
「あぶっ……!?」
 鼻先が一瞬で熱を持ち、視界がぐらつく。
 顔の奥から火花が飛び散るようなその衝撃に、藍実は鉄パイプを取り落としていた。
 リノリウムの床を、鉄パイプがカランカランと音を立てて転がっていく。
「藍実!? ――ッ!」
 環奈の叫びは、すぐに恐怖で息を呑む音へと変わった。
 環奈にも見えているだろう――校舎の外に立つ、その生徒の姿が。
 左手首から先を失い、上半身はブラジャーだけの姿。
 ツインテールだった髪は下ろしていて、外灯が闇夜の中でもその茶色い髪を照らし、ぼおっと浮かび上がらせている。
 数日前にも、彼女はここを訪れた。
 そして、その際にツボミと戦い――最愛の弟を、失った。
「た、立花、先輩――!」
 藍実を、不可視の力で窓枠に押し付けているその女子生徒は。
 ツボミとも因縁のある人物、立花百花だった。
「五秒あげるからアンタの能力を解除しなさい。しないなら、このままアンタの首をへし折るわ。五、」
「――――っ」
 それがただの脅しではないことを、藍実は肌で感じていた。
 ツボミさんが駆けつけるまで時間を稼――いや、無理か。
 それをさせないための時間制限だ。
 ――このままだと、有言実行で首をへし折られるだろう。
 そうなれば、どちらにしても『通行禁止』は解ける。
 だったら――ここで『通行禁止』を解除しても、ツボミへの不義理にはならないはず。そう信じたい。この場を切り抜けても、ツボミに見限られてしまったのなら、結局は同じことだから――
「――三、二、――」
「と、解きました……!」
 藍実の言葉には答えず、百花はポケットから取り出したスマートフォンを投げた。自分のものか、適当な死体から拾ったものかは分からない。
 いずれにせよそのスマートフォンは、藍実の顔から三十センチ右の窓ガラスを割って、保健室に飛び込んできた。
「嘘は吐いてないみたいね。それじゃあ、死んで」
「なっ――」
「アンタを殺さないとは言ってないわ。ツボミが繚を殺したとき、アンタも一緒にいたでしょう? それで自分は無関係だとでも? アタシからしたら、ツボミの金魚のフンしてるアンタたちも同罪よ」
 言い返すことはできない。
 自分たちがツボミの庇護下にいるということは、ツボミが誰かを殺すことを容認しているということだ。自分たちが生きて帰るために。
 だけど――死にたくない。
 虫がいいのは分かっている。だけど、生きたい。
 すぐ近くにまで迫った死の実感に、焦燥が胸を埋め尽くしかけたとき。
 ――校舎の外で、何かが落ちてくるような音がした。
 いや、違う――それは、二階から誰かが飛び降りてきた音だ。
 百花よりは校舎よりの場所に、ツボミが飛び降りてきていた。
 その後ろ姿が、とても頼もしい――それと同時に思い知る。
 やはり自分たちは、ツボミの庇護下でなければ、この生徒葬会を生き抜くことなどできやしないと。
「武道家気取りだったお前が最早なりふり構わないな。どこかで死に損なっているだけなら、わざわざ探すつもりはなかったが――私の可愛い妹分たちに手を出した以上、ここで引導を渡してやろう」
 恐らく百花は二階で窓ガラスを割って陽動を起こし、ツボミをおびき寄せている間に一階に飛び降りて、『通行禁止』を解除させるためにこちらを狙ったのだ。
 しかし今、ツボミは屋外にいる。
 あるいは、これこそが真の狙いか。
 『通行禁止』を失わないために、ツボミは必ず校舎から出てくると。
 そこまで見越しての動きなのだとしたら?
 実際、百花からしたら相手に地の利があり、罠が用意されている可能性もある校舎内より、自由に動き回ることで『斬次元』を回避しやすい、開けた屋外での戦いのほうが都合が良いだろう。
 百花はそこまで考えていたのだろうか。
 それとも――百花に協力し、入れ知恵をした何者かがいるのか。
「なにが妹分よ、虫唾が走る……! アタシの弟を殺して、死体をあんな風に惨たらしく壊して、利用して――そのアンタがこうして平然と生きている、そのこと自体が許せない! ――アタシこそ、アンタに引導を渡してやるわよ。地獄行きの片道切符よ」
 百花からは、前にこの場所で会ったときとは比べ物にならないほどの気迫が感じられた。
 それこそ――ツボミにも匹敵するような。
「やってみろ、百花。ここがお前の死に場所だ――弟と同じ場所で死ねるのだから、安らかに眠れ」
 ――そして。
 立花百花と若駒ツボミ。
 生徒葬会における両者の因縁は、ここで決着する。

       

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