Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第十五話 屈辱

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【8日目:朝 屋外西ブロック】

 月瀬愛巫子は、立花百花という人間をよく知っている。
 彼女は同級生であり、なんとも因縁めいたことに三年間ずっとクラスが同じでもあった。
 休み時間は自分の席や図書室で本を読むのが日課だった愛巫子とは対照的に、百花は空手部に所属していて、時間があれば空手着に着替えて鍛錬に打ち込んでいた。
 当然、クラスメイトという以外に接点など生じようがない。
 しかし、愛巫子は内心、百花を暴力しか取り柄の無い馬鹿と見下していたし、百花のほうにも、愛巫子の心根を見抜いているかのような気配があった。
 空手馬鹿ならではの獣のような直感に違いないと、愛巫子は思っていたが。
 まあ、気付かれていたところで支障はない。
 愛巫子にとっては、百花に限らず、自分以外の人間は有象無象に過ぎなかったから。
 この生徒葬会という趣味の悪い催しは、迷惑千万でこそあるが、自分が優れた人間であるということを再認識できるという点に関しては悪くはなかった。
 生死がかかった極限状況においても冷静沈着な自分。
 殺人という行為にも一切の躊躇無く、すでに三人を屠っている自分。
 やはり私という人間は優秀で、であるからこそこの生徒葬会においても生き残るべきなのだ。間違っても、こんな脳味噌まで筋肉でできていそうな低俗な空手馬鹿女が生き残るべきではない。
 立花百花は自分の能力について語っていないが、すでに察しは付いている。
 遠隔で攻撃を当てることができる――という、シンプルなものだろう。
 ただし、あくまでもその威力および命中箇所は、百花が取った動きに依存する。
 相手のみぞおちを狙って中段突きを放てば相手のみぞおちに、相手を転倒させるつもりで足払いを放てば相手の足に攻撃が行く、それだけのものだ。
 そしてそれならば――『身代本(スケープブック)』を持つ自分の敵ではない。
 ひたすらに逃げる素振りを見せたのも、自分に対抗手段が無いと錯覚させるため。
 今、向かってくる自分に対し中段突きを放った立花百花は、逃走に失敗して一か八かの特攻を仕掛けてきたとでも思っているに違いない。
 本なんて空手の指導書か筋力トレーニングのマニュアルくらいしか読んだことがなさそうな野蛮な空手女の思考回路はたかが知れている。
「うぐッ――……!」
――百花が中段突きを繰り出した直後、みぞおちに衝撃と激痛が走り、息が止まった。拳が直接触れたわけではないのに、直に殴られたような威力。やはり百花の能力は、自分が思った通りのものだろう。
 分かっていても凄まじいその威力に、思わず胃の中のものをすべて吐き出してしまいそうになる。
 だが、そのような屈辱的な姿を百花の前で晒すことはなかった。
 『身代本』を発動させ、受けたダメージを、遥か離れた北第三校舎三階の図書室にある、この生徒葬会の間に読破した本のうちの一冊に転嫁させた。
 なので百花の想像とは裏腹に、愛巫子は走りを止めずさらに接近する。
 慌てて殴ってきてももう遅い、精神的に動揺しているその隙を突いて、予備のハサミを喉元に突き立ててやれば終わりだ。
 ――しかし。
「――アタシも随分と舐められたモンね」
 ――不意に聞こえた百花の声音は、動揺とは程遠く。
 彼女の左足が動いたかと思ったときには、愛巫子は吹っ飛ばされていた。
「!?」
 冷たいコンクリートの上を転がりながら、愛巫子は『身代本』を連続で発動させてその激痛と衝撃を即座に転嫁したが、受けた動揺はどこかにやることなどできない。
 地面に手をつき、起き上がった愛巫子の口を突いて出たのは、「なぜ……!?」という疑問だった。いや、疑問なんて生易しいものじゃない。不条理に対する憤りのような、そんな感情が呪詛のように込められていた。
「アンタが考え無しに突っ込んでくるほどのアホじゃないのは分かってるのよ。アンタの鼻血がすぐに止まっていたのにも、アタシが気付いてないと思った? アンタ、お勉強はできるのかもしれないけど、戦いには向いてないわね」
「なっ……!」
「空手は――武道とか格闘技っていうのは、アンタが思ってるような浅いものじゃないのよ。相手が何をしてくるか、自分は何をすべきか――相手の目、表情、呼吸、姿勢――そういったものを捉えて読み合うものなのよ。ま――アンタに何言っても無駄か。アンタ、頑固そうだもんね」
 百花は、そこで改めて構えを取っていた。
 左足が前、右足が後ろ。
 左手は顔の前、右手は腰。
 ずっしりと腰を落とした、重厚感に満ちた空手の構えだ。
 愛巫子は、そのとき理解した。
 頭で、というより、本能で。
 今の自分はまさに――蛇に睨まれた蛙なのだと。
「わ――私を殴っても無駄よ。分かるでしょう? 私はあなたの攻撃をなかったことにできる」
 愛巫子は、なんとも屈辱的なことに胸がバクバクと脈打ち、脂汗が滲むのを感じながらも、なおもこの状況を切り抜けるための策を弄した。
 先ほど百花の隙を突けなかった時点で、『身代本』のストックをすべて使ったとしても、もはや百花に再度接近することはできないだろう。少なくとも今この場において、彼女を殺す術は自分にはない。
 だけど――活路があるとしたら、自分の能力の全容が百花には割れていないということ。起きた現象だけ見れば、自分の能力は無制限の回復能力とも考えられるはずだ。実際にストックに限りはあるが――その認識のズレに、付け込んでやる。
「このままでは千日手よ。いえ、違うわね――私はあなたが疲れ果てるまで粘ることもできる。もっとも、体力馬鹿のあなたが疲れ果てるのはだいぶかかるでしょうけど。そうなると、漁夫の利を狙う誰かが割り込んでくるかもしれないわね。それは私としても望むところではないわ」
「……よく喋るわね、愛巫子。普段はアナタたちには興味ありませんーて顔で本ばっか読んでる癖に」
 百花は、警戒を一切緩めずにそう返してくる。
 ――野蛮人の分際で偉そうに、という怒りは、今は抑え込む。
 この場さえ切り抜けられたなら、手帳を集めて新たな能力を得ることもできるだろう。
 百花にここで自分相手に戦いを続けることのデメリット――誤った能力認識に基づく、偽りのデメリットを突き付けてやった。あとはさらに一押ししてから、全力で逃げるだけだ。その背中を何発か殴られたとしても『身代本』で転嫁できるし、こちらが無制限に回復できると誤解していたなら、追ってこない可能性も高いだろう。
 さあ思い知れ、誤解しろ。
「私もあなたの体力が尽きるまで、一瞬ずつとはいえ痛い思いをするのは御免被りたいのよ。あなたのような馬鹿にもよーく分かるように説明したつもりだけど? 私にもあなたにも、この場でこれ以上やり合うメリットが薄いの。だから、あなたを殺すのは諦めたわ。また会いましょう」
 ――これでいい。
 百花が自分を追うことのデメリット。
 自分が百花から逃げることの正当性。
 その両方が、百花の単細胞にも伝わったはずだ。
 それに実際、嘘も方便というべきか――夜ならともかく明るいこの時間帯に、屋外の同じ場所に留まり続けているのはリスキーだ。
 愛巫子は百花に背を向けて逃げようとして――百花の、思いもよらない一言にその足を止められた。
「やっぱりアンタ、戦いには向いてないわね。それにアタシを甘く見過ぎ。ベラベラベラベラ露骨なのよ――アタシを言いくるめるのを通り越して、あからさまに不自然だったわ」
「なっ――うぐぇっ!」
 百花の右手が突き出され、その衝撃だけが愛巫子のみぞおちに炸裂する。
 『身代本』で逃がすよりも先に、衝撃のあまり両膝をついてしまった。
「た――立花、百花……!」
「黙って逃げてればアタシもアンタを追わなかったわ。でも、アンタがやけにおしゃべりになったから、ふと思ったのよ。『もしかして、コイツの能力はアタシが思っているようなものじゃないんじゃないか』って。例えば――ダメージをなかったことにできる回数にでも、制限があるんじゃないかとか」
「…………!」
 愛巫子は、見下していた百花に看過されたという事実に、目を見開き。
 それが過ちであったことに気付いたときには、すでに遅かった。
「――やっぱりね。だからアタシがアンタを倒すことに執着しちゃうとまずいから、そうならないよう誘導しようとしてたってわけか。――ほんとアンタ、頭使ってるのは自分だけみたいな考え、やめたほうがいいわよ。ま――それがアンタって人間だもんね。今さらどうにもならないか」
「~~! あなた程度が――知ったようなことを言うなァァ!!」
 愛巫子は、ポケットから予備のハサミを抜き出し――その瞬間には、顎を下から上に跳ね上げられるような衝撃を受け、視界がぐにゃりと歪むのを感じていた。
 歪んだ視界に映る百花は、左の掌を突き出している――いわゆる掌底だ。
 愛巫子はそのまま意識が失われそうになるのを感じ、『身代本』を発動させたが、意識が明瞭になった矢先、今度は左脇腹にハンマーがぶつかったような衝撃が走る。
「かはっ……!」
 左脇腹への中段廻し蹴りが入ったらしい。
 間違いなく、肋骨にヒビが入っている……!
 すかさず『身代本』で転嫁――しかしその直後には、廻し蹴りの勢いをそのまま利用し、こちらに背中を向けての後ろ蹴り。
「うぐぇ!」
 腹に砲丸を撃ち込まれたような鈍痛に、愛巫子は涙が浮かぶのを感じながら背中から倒れていた。
 起き上がろうとしたときには、また別の衝撃によって鼻を潰され、後頭部を地面に打ち付けてしまう。百花が下段突きを放ったのだということは、愛巫子には分からなかったが、半ば恐慌しながら地面を転がり、今度こそ起き上がろうとしたそのときには、再び百花の姿を捉えることができた――愛巫子が起き上がるのを待ち構えるようにどっしりと構えた姿勢からの、右の正拳突き。
 いずれも愛巫子に直接当てられることはない。
 百花の拳は、足は、演舞のように空を切るのみ。
 にも関わらず彼女が持つ何かしらの『能力』により、愛巫子は打ちのめされている。
「ダメージをなくせる数に限りがあるなら、その数が尽きるまで付き合ってあげるわよ――愛巫子!」
「……!」
 愛巫子は、次々に我が身を襲う衝撃により、上下左右に揺さぶられ、時に転がされながら、なおもこの状況を切り抜ける術を模索し続けていた。
 私がこんなところで死んでたまるものか。
 私はこんなところで敗れる有象無象ではない。
 私は、私こそが、生き残るべき人間だ。
 ――そんな自負と裏腹に、状況は最悪だった。
 『身代本』のストックが切れれば、自分は終わりだ。
 しかし、『身代本』を使わなければ、より早く打ちのめされるだけ。
 どう足掻いても自分は死――――
 ――いや、待て。
 ……何度目かも分からない転倒のさなか、愛巫子はふと思い出していた。
 ほんの数分前、百花が言っていた言葉。
『あっそ。アタシは、アンタのこと殺さないわよ。アンタと同レベルになりたくないから』
 ……その言葉に、愛巫子は活路を見出した。
 百花のその言葉が真実であるとは限らない。あるいは、この戦いを経て考えが変わっている可能性だってある。
 それでも、今の愛巫子には、その可能性に賭けるしかなかった。
 百花が自分を殺さないことを信じ、憎たらしい百花に生殺与奪の権利を握らせるしかなかった。
 それは愛巫子にとって、耐え難い屈辱。
 しかし、いや、だからこそ愛巫子は誓う。
 その屈辱を乗り越えて――必ずあなたに復讐する、と。
 殺されないとしても、私の手帳は奪われるだろう。私の能力も知られるだろう。石倉悟に始まり合計三人を殺して集めた表紙と能力ページも奪われるだろう。縛られるかもしれないし、身ぐるみ剥がされるかもしれない。あるいはその両方か。
 だとしても――死にさえしなければ、絶対に這い上がって見せる。
 愛巫子は密かな決意を胸に、『身代本』によるダメージ転嫁を止めた。
 まだストックは残っているが、ここで本当に使い果たすわけにはいかない。
 愛巫子は、自身の肉を圧し骨を揺らす重く鋭い打撃の数々を浴び続けた。
 『身代本』を使わなくなった途端に、その痛みと衝撃はあっという間に愛巫子にとっての閾値を超え、顎を揺らした一撃により意識が急速に遠のいていく。
 ――さあ、私のストック切れによる敗北だと、誤解しろ。
 この意識が戻るまでに、あなたか、あるいはあなたが去った後に通りかかる他の誰かかによって、私の命が奪われてしまう可能性は低くはないけれど。
 それでも――私は、私が生き残ることに賭ける。
 なぜなら私は、私こそが、生き残るべき人間だから。
 ――そこまで思考したところで、愛巫子の視界は暗闇に呑み込まれ。
 意識を失ったその身体は、コンクリートの地面に吸い込まれるように、倒れていった。

       

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