Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百三十一話 瓦解

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【11日目:朝 旧校舎跡地】

 鹿島鳴人が右腕を切り飛ばされ、絶叫と共に自らの血溜まりに倒れ込んだのを見て、立石茅人はすぐさま振り向いていた。
 そして、視界の先に立つ若駒ツボミの姿を捉える。
 迷う暇も必要も理由も無い。
 先ほどまで会話を交わしていた生徒が致命傷を負わされた。
 その事実に動きを止めてしまっている日宮誠や相川千紗を尻目に、『突貫航路(フルスロットル)』を発動させ、茅人はツボミとの間合い約五十メートルを数秒で詰める。
 茅人が幼い頃から励んできた空手は、元を辿れば殺し合いの技術であり心構えだ。
 実戦においては、コンマ一秒の反応の違いが生死を分ける。
 考えることと迷うことは違う。
 冷静であることと停滞することは違う。
 若駒ツボミについての情報は、誠と千紗から聞いている。
 であるならばなおさら、今動かなければならない。
 鳴人の右腕を吹っ飛ばすのに『能力』を使っているのなら、次の発動までのタイムラグの間こそ、彼女を追い詰めるチャンスなのだから。
「!」
 これにはさすがのツボミも驚きを隠せないようだった。
 加速に必要な時間を省いて自身の出せる最高速度で動ける茅人が繰り出した右の正拳が、ツボミの鼻柱を打ち抜こうとした――が。
「がっ!?」
 茅人の拳は、ツボミの左頬を掠めてそこに鋭い切り傷を作ったものの、同時に懐に飛び込んでいたツボミの右のショートアッパーが、茅人の顎ごと頭を跳ね上げていた。
 脳天を火花が散るような感覚。
 頭蓋骨の中がスパークしたような錯覚。
 カウンターのタイミングで決まった一撃は、常人ならそれだけで脳震盪を起こし、意識を飛ばされていてもおかしくない。
 だが、茅人が生まれつき持ち合わせた顎の強さ、日々の鍛錬で磨き上げられた首の強さは、彼の意識をすんでのところで繋ぎ止めた。
 茅人は繋ぎ止められた意識を強い意志で引き戻す。
 倒れかけた体を起こす勢いで、右脚に力を込めて地面を踏みしめ、左の前蹴りを繰り出した。
「! ほお……」
 ツボミは感心したように息を漏らす。
 茅人の蹴り自体は、ツボミが素早く後方にステップしたことでかわされていた。
 誠と千紗を通じて得た、元を辿れば暁陽日輝から聞いたというツボミの情報にはなかったが、どうやらボクシングの心得があるようだ。
 とはいえ――性別の違いもあり、体格はこちらが上。
 最初のパンチは直線的すぎて合わされてしまった。
 そして先ほどの蹴りは、脳震盪ギリギリになった直後に放ったため精彩を欠いたが、素の格闘能力なら負ける気はしない。
 茅人は構えを取り直した。
「お前は元空手部の立石だったな。百花に次ぐ素質の持ち主だったと聞いていたが――この程度とは期待外れだな」
「なにを……!」
 頭に血が上りかけ、すぐに律する。
 安易な怒りは油断や慢心と同義だ。
 そしてツボミには、体格差をひっくり返せる『能力』がある。
 茅人は、踵を返してツボミから距離を取った。
 当然、『突貫航路』を使用して全速力で、だ。
「日宮、相川! 手筈通りやるぞ!」
 その言葉よりも先に、すでに我に返っていた誠と千紗は動いていた。
 ツボミの、距離不問の不可視の斬撃は脅威だが、対策はある。
 どうやら発動するには、相手との距離を正確に測って座標を脳内で演算しなければならないらしいのだ。
 それならば――彼女の五感を、封じればいい。
 茅人がツボミから離れたのと入れ違いに、ブシュウウウウ、という音を立てて、何本もの筒がツボミの周囲めがけて投げられた。
 それは、誠と千紗が山小屋から持ってきていた、元々は彼らのグループが夏頃に遊ぶために持ち込んでいた花火だ。
 点火された噴出花火は、カラフルな火と煙を音と共に吐き出す。
「ふふ、とんだ子供騙しだな」
「そうかな!」
 ツボミに対し、誠が叫びながら掌を向ける。
 その瞬間、凄まじい閃光がツボミを包み込んだ。
「なっ!?」
 誠の能力『閃制光撃(フラッシュアウト)』。
 目くらましの効果しかない能力ではあるが、その目くらましが、殺し合いにおいては大きなアドバンテージになり得る。
 誠単独では、それでもそこまでの脅威とはならなかったかもしれない。
 だが、今はツボミに対してもダメージを通せる自分という存在がいる。
 茅人は、ツボミが怯んだ隙に再び動き出していた。
 今度はカウンターを合わされないよう、まず斜めに跳んでから、ツボミに側方から攻撃を仕掛ける。
 その間にも、千紗が次々に花火に点火していた。
 噴出花火だけではなく、打ち上げ花火にも点火し、それをツボミに対して放つ。
 そのうちの何発かがツボミに当たったようで、彼女の呻き声が聞こえた。
 とはいえ、市販の花火では人に対して撃ったところで威力には限界がある。
 それだけでは、ツボミに対し致命傷を与えることはできない。
 だがそれでいい。
 花火はあくまでも、ツボミに隙を生じさせるためのもの。
 誠の能力とあわせて、音と光と煙で彼女の視覚と聴覚を妨害するためのものだ。
 茅人は、全身全霊の一撃を放った。
「!」
 ツボミは直前に気付き、こちらを振り向いたが、もう遅い。
 茅人の渾身の右ストレートが、ツボミの鼻柱を打ち抜いていた。
「あがっ……!」
 拳に巻いたバンテージ越しに、表面は柔らかく、奥は硬いモノを打ち抜いた感触が伝わってくる。
 部活でも、そして路上の喧嘩でも、多くの人間を殴ってきた経験のある茅人にはわかる、絶好の手応えだ。
 案の定、ツボミは勢い良く吹っ飛び、背中から倒れる。
 そこに安易に追撃は仕掛けない――茅人は、すぐさま踵を返した。
 ……ツボミが起き上がって来る様子は無い。
 しかし、狸寝入りをしている可能性だってある。
 何十本もの花火が吐き出した煙に周囲は包み込まれ、まるで濃霧の中にいるようだったが、茅人はそんな中でも油断しなかった。
 まっすぐ突っ込むことはせず、再び斜めに駆けて、ツボミの反撃に備える。
「日宮、相川! まだ続けろ!」
 茅人は叫んだが――それが、間違いだった。
「――そこにいたか」
 ぞっとするような低い声。
 怒りや苛立ち、憎しみといった負の感情を冷やして固めると、こんな冷淡な声になるのだろうか。
 そんな奇妙な想像をしてしまうほど、その声には威圧感があった。
 これまで多くの血の気の多い連中とやり合ってきた茅人ですら、感じたことがないような感覚。
 ――やられる前に、やるしかない――
 茅人が『突貫航路』を再発動させて最高速度で始動するのより一瞬早く。
 茅人の首に鋭い痛みが走ったかと思うと、彼の視界は揺らぎ、そのまま彼の意識は急速にブラックアウトした。



 立石茅人の首が切断され、地面に落ちるのを、日宮誠は煙の中、確かに見た。
 そしてその向こう、倒れた状態から上体だけを起こしているツボミのシルエットも。
 茅人はこちらに指示を出すため声を上げた。
 しかしその声によって、ツボミに距離感を把握されてしまったのだ。
 いくら能力を使い慣れているとはいえ、こうも追い詰められ、さらには音と煙が充満している中で、なんという冷静さだ……!
 誠は、鳴人と茅人が立て続けにやられた状況に焦燥しながらも、すぐに千紗のことを考えた。
 彼女だけは、死なせるわけにはいかない。
 誠はすぐさま『閃制光撃』を発動させた。
 激しい閃光がツボミのシルエットを周囲の煙ごと呑み込む。
 これで少しは時間を稼げるはずだ。
「相川、逃げよう!」
 茅人の死因から学んだ誠は、千紗にそっと駆け寄ると小声で伝えた。
 ――見ると、すでに辻見一花ともう一人の女子生徒の姿は無い。
 自分たちがツボミとやり合っている間に、まんまと逃げおおせたのだ。
「! でも、逃げたところで――」
「このままだと二人とも死ぬだけだ! 立石がいないと決め手が無いよ!」
 千紗が持っている改造エアガンは、せいぜいアザを作るくらいの威力しかない。普通のエアガンよりは遥かに危険だが、殺し合いの場では時間稼ぎがせいぜいだ。
 そして、鳴人の右腕を吹っ飛ばしてから茅人の首を切り落とすまでの時間を考えると、ツボミの能力のタイムラグはそこまで長いわけでもない。
 甘く見積もっても一分あれば再発動できる――そろそろ危険だ。
「……わかったわ」
 こちらの必死さが通じたのか、千紗は苦々しげに頷いた。
 ここでツボミを倒し切れないことはリスクだ。
 こちらの手札はすでに見せてしまっていて、次に会うときは茅人という戦力を欠いた状態。
 しかしそれでも、今この場を生き延びることのほうが大事だ。
 誠は、千紗と共に駆け出していた。



 遠ざかる誠と千紗の背中。
 しかしその背中は、すでにツボミに捕捉されていた。
 茅人の渾身の一撃の影響でくらくらと目まいが続けているが、さしたる問題ではない。
 あの二人なら――消しておくべきは男のほうか。
 閃光による目くらましはなかなかに面倒だ。
 ツボミはすでに座標の計算を終えていたが――結果として、誠を殺すことはできなかった。
 能力を発動させる直前に、自分の頭めがけて石が飛んできたからだ。
「!」
 その石をかわしたが、すぐにありえない軌道を描いて追撃してくる。
 ツボミは舌打ちし、『斬次元(ディメンション・アムピュテイション)』を発動させてその石を破壊した。
 基本的に座標計算は自分から近ければ近いほど容易だ。
「――まだそんな余力があったとはな、鹿島」
「……野球部舐めんな。体力には自信、あんだよ」
 右腕を肩口から失い、すでに大量の血液を失った状態にも関わらず、鹿島鳴人は立ち上がっていた。
 先ほどの石は、彼が左手で投擲したものだ。
 『楽園』で霞ヶ丘天相手に一時的に共闘したときに、鳴人の能力は目の当たりにしていたのですぐさま対応できたが、初見だと食らってしまっていた可能性もあった。
 とはいえ、鳴人にはもう二投目を放つ体力も気力も残されていないようだ。
 彼はこちらが手をかけるまでもなく、力無く両膝をついていた。
「寝たままでいたほうが楽だったろうに。何故立ち上がった? 私にせめて一矢報いたかったか?」
「……はっ。それがわかんねえようじゃ、お前はいつか、痛い目見るぜ。……いいだろ、ちょっとくらい。最期くらい、カッコつけて死にたかっただけだよ」
「大して親しくも無いあの二人のためにか?」
「大して親しくも無い、ほうが……なんか、格好、良いだろ」
「見事に死のうが無様に死のうが、死ねば終わりだ。同じことだよ」
 ツボミは、茅人に殴られた際に出た鼻血を手の甲で拭いながら言った。
 そうしている間に、鳴人は地面にうつ伏せに倒れてしまっている。
 だが――その顔には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
「……よくそんな顔ができたものだ。お前がどういうわけかハナと一花を連れていたのも疑問だが、お前はその二人に見捨てられたというのに」
「……はっ。そんなことは、考え方、しだい……だぜ。俺は、三嶋ちゃんたちも、日宮たちも、逃がせた。そういう風に思えば……少しは、気が晴れる」
「死の間際の現実逃避ということか。哀れなものだな」
「そんな風にしか、思えない……お前のほうが、よほど……哀れ、だぜ――若駒」
 鳴人は、そこまで言ったところでさらに口元を歪めると。
 そのままの表情で、事切れていた。
「……負け惜しみを」
 ツボミは呟き、ブレザーの胸ポケットから手帳を取り出した。
 残り人数は、今ここで自分が殺した二人分減って『17』になっている。
 生徒葬会の終わりは、着実に近付いていた。

       

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