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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百三十八話 決意

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【11日目:昼 西第一校舎一階 旧化学室】

 四葉クロエが去ってから、数時間が経過した。
 すでに日は高く昇り、時刻は正午を過ぎている。
 暁陽日輝は、安藤凜々花と共に旧化学室にいた。
 とはいえ、あれからこの部屋を出なかったわけではない。
 この西第一校舎を隈なく探索し、ここに戻ってきたのがつい先ほど。
 他の生徒に遭遇することはなかったが、やはり死体はいくつも見た。
 特に目を引いたのは、ちょうど真上にある旧音楽室にあった死体だ。
 そこには、恐らく二人分の死体があった。
 恐らくと言ったのは、死体のうち一つは原型を留めないほどに損壊しており、もしかしたらそれ自体が二人分の死体だったかもしれないからだ。
 凜々花と共にボイラー室に隠れていたとき、襲撃してきた男子生徒が自らの能力による自滅で爆散したが、死体の有様はそれに似ていた。
 体内で小型の爆弾を起爆されたかのように、肉も骨も内臓も大小様々な形になって床一面にぶちまけられていたのだ。
 凜々花は、今度は嘔吐こそしなかったものの、心底辛そうな表情を見せていた――クロエとの一件もあり、精神的な余裕が無いのだろう。
 陽日輝も、決して余裕があるわけではない。
 凜々花だけではなく自分も、どこかクロエに甘えている部分があったのだと自覚させられた。
 しかし、この重々しい空気をいつまでも引き摺るわけにはいかない。
 生き残っている生徒は、自分たちを含めて現在のところ十四人。
 生徒葬会の終わりは確実に近付いてきていて、それは自分たちが先送りにしてきた問題と向き合い、決着を付けなければならないときが迫っていることを意味している。
 例えばそれは、若駒ツボミとの対決。
 深手を負っていたところを助けられ、それ以来一応は協力関係にあったツボミだが、最終的には生還者三名の枠を争わなければならない相手だ。
 ツボミの『能力』は脅威だが、攻略できなければ、死あるのみ。
 そしてそれ以上に陰鬱な気分にさせられるのは、生還者三名の枠を巡って、友人や知人を切り捨てなければならないという事実だった。
 もちろんこれまでだって、少なからずそういう場面はあった。
 今となっては夢幻のようにすら感じられる平和なあの頃には、共にバカをやってきた友人たちを、自分は生徒葬会の中で手にかけている。
 正当防衛だからなんて言い訳はできない、殺されたくないから、死にたくないから、自分は彼らを殺して生き残る選択をしたのだから。
 しかし――これから先、自分を待ち受けているのは、より残酷な選択だ。
 友人である日宮誠と相川千紗だけではない。
 ツボミに付き従っている根岸藍実と最上環奈には、協力してもらったり治療をしてもらったりした恩がある。
 三嶋ハナと辻見一花は、東城一派に深い傷を負わされていて、これ以上酷い目に遭ってほしくない。
 死んでほしくない人間は、何人もいる。
 出来ることなら、『議長』の気まぐれでもなんでもいいから、全員生還させてほしい。
 だけど、生きて帰ることができるのは三人だけ。
 自分が凜々花と共に生還することを目指している以上、残る枠は一つ。
 ――クロエが懸念を抱くのも無理ない話だ。
 クロエには何度も助けられた。
 彼女がいなければ自分は確実に死んでいる。
 だけど、最後の最後に『選択』を迫られたときに――自分は本当に、約束通りクロエを三人目に選ぶことができるのだろうか。
 いっそのこと、他の生徒同士で知らぬ間に殺し合って、自分と凜々花ともう一人だけになってしまえばいいのに、なんて、最低な思考まで頭をよぎる。
 そういった不安や憂鬱が、きっと表情にも出ていたのだろう、凜々花が心配そうに尋ねてきた。
「……大丈夫ですか? 陽日輝さん」
「ああ……大丈夫。とは――言い切れないかな」
「……クロエのことですか?」
「それもあるし――色々考えてしまってた。ここから生きて帰れるのは三人だけだってこと――そんなの、最初から分かってたことなのにな」
 最初の頃は、ただ生き延びることで精一杯だった。
 皮肉なことに、残り人数が少なくなり、生還に近付いてきたことが、この悩みを大きくしている。
「……なんで三人なんでしょうね」
 ふと、凜々花が呟く。
 陽日輝は思わず、そのまま訊ね返していた。
「なんで三人なのか……って?」
「はい。……こういう閉鎖空間での殺し合いは、デスゲームと呼ばれていて、小説や映画などで一つのジャンルになっています。大抵、生きて帰ることができるのは一人だけです。複数人が勝利できるルールのものもありますが、そういったものは大抵、チーム戦です」
「……俺も、そういう漫画を読んだことはあるな。確かにそうかもしれない。――『議長』のことだから、大した意味はないんじゃないか?」
 途中で『能力』の追加取得や残り人数のリアルタイム表示などといったルールやシステムを追加してくるような奴だ。
 講堂で間引きした後の生徒数が三百人だったから、三人にしてみた。
 それだけでしかないようにも思う。
 しかし――そうでないとしたら。
「……ただ、理由があるとしたら、まさに今俺たちが直面しているような状況が見たかったんじゃないかな。一緒に生きて帰りたい人を最大二人までは選べる。それがかえって、俺たちを苦しめる要素になると考えて」
「そうですね。私は、そう思います。こんな悪趣味なゲームを強要するような外道です、『議長』は。私たちがもがくのが楽しんですよ、きっと」
 凜々花は、吐き捨てるようにそう言った。
 彼女は親友だった天代怜子を早い段階で喪っている。
 その復讐は『楽園』において果たしたが、元を辿ればこんな状況に自分たちを放り込んだ『議長』がすべての元凶だ。
 凜々花が憤るのは当然のことだった。
「楽しみたいだけで数百人の命を使うなんて、正気の沙汰じゃないよな」
「私たちが今使っている『能力』もすべて、あの『議長』由来のものだというんですから、私たちのことなんてひどく下等な生物に見えているんだと思います。猿に道具を渡して殺し合わせているような感覚なんですよ、きっと」
「……だとしても、常軌を逸してるぜ。たとえ猿だろうと、何百匹を殺し合わせて、いい気分にはなれない」
「そうですね――喩えが悪かったかもしれません。子供の頃、昆虫を殺して遊んでいたことがあります。今思えばとても残酷なことですが、子供の多くはやってしまうんですよね。『議長』にとっては、それとなんら変わりがないのかもしれません」
 凜々花は、どうして自分たちがこんな目に遭わないといけないのか、ずっと考えてきたのだろう。
 それで、凜々花なりに『議長』の動機について思案していたに違いない。
 しかし――それで気が晴れるわけでもない。
「……子供が虫をいじめるのは、命の重さが分からないからだ。だけど、『議長』はきっと、そうじゃない。命の重さを分かっていて、こんなことをさせてるんだと俺は思う。重い命を軽く消費させる。要するに――悪趣味極まりないクソ野郎ってわけだ」
 この会話もきっと、『議長』には把握されているのだろう。
 だとしても知ったことか。
 それで腹を立てて自分たちを私刑に処すようなら、とうにされていてもおかしくない。
 生徒葬会の枠組みだけは、今のところしっかりと守られている。
 そこに対する悪い意味での信頼はあった。
「……そうですね。そうでないと、こんなことできないかもしれませんね。――考えるだけ無駄なことだったかもしれません」
 凜々花は、自嘲ぎみに微笑んだ。
 その表情ひとつとっても、彼女が疲弊していることは分かる。
 ――陽日輝は、意を決して切り出した。
「なあ――凜々花ちゃん。やっぱり、クロエちゃんを探しに行かないか?」
「!」
 今の自分たちでは、クロエと一緒にいられない。
 そう思って納得するしかない。
 そう、凜々花にも言い聞かせたが――やっぱり、ダメだ。
 凜々花は自分の弱さのせいでクロエと決別することになったと気に病んでいる。
 最終的に自分たちがどんな決断を下すにせよ――ここでクロエと仲違いしたままでは、決して納得のいく未来などないだろう。
「ですが――また同じ問答が繰り返されるだけかもしれません。クロエは、秘密を明かしてはくれないでしょうし、私も、そんなクロエに対する一抹の不安を拭いきれない。……頭では分かっているんですよ。クロエは私たちのために体を張って戦ってくれていました。私がこの不安を呑み込めば、それで済む話だと。ですが私は――クロエに裏切られるのが、怖いんです。クロエに心底感謝しているからこそ――怜子も、ゲーム部の仲間も、クラスメイトも、ほとんどが死んだ今――これ以上、傷つきたくないなんて、おこがましいことを考えてしまっているです」
 凜々花の瞳がじんわりと潤む。
 微かに逸らした顔は、小刻みに震えていた。
 彼女の葛藤が、痛いぐらいに伝わってくる。
 陽日輝は、凜々花の膝の上に置かれている手に、自分の掌を重ねた。
「!」
 凜々花は少し驚いたが、振り払われはしなかった。
 細く柔らかなその手の温もりを感じながら、陽日輝は言う。
「だとしても、このままクロエちゃんと会わないままだったら――きっと俺たちは後悔する。クロエちゃんがいつの間にか死んでしまっていたら、俺たちがいれば助けられたかもってきっと悔やむ。クロエちゃんがいつの間にか生還していて、後から俺たちが生還できたとしても、きっと俺たちの間の溝は埋まらない。それと――クロエちゃんと戦わなければならなくなった場合。クロエちゃんと一緒にいても、最後にはそうなってしまうかもしれない。だけど、このまま仲違いしたままで、クロエちゃんと再会したときにはもう敵同士なんて――そんなのは、辛すぎるよ。俺はきっと耐えられない」
「――陽日輝さん――」
「それにほら、クロエちゃんだって、案外意地になってるだけかもしれないだろ? 『あの時は言いすぎましたわ――ごめんなさい』なんて、そんなことをしおらしく言ってくるかもしれない。だろ?」
 凜々花を元気づけるために、陽日輝は努めて明るくそう言った。
 凜々花はぽかんとした後で、くすっと笑った。
「なんですか、それ。都合が良すぎますよ、その想像は」
「分からないだろ、会ってみなきゃ。あのときは俺も凜々花ちゃんも、クロエちゃんだってきっと、冷静じゃなかった。もう一回会ってみたら、案外すんなり片付く話かもしれないぜ」
「陽日輝さんのそういうところ、正直、甘いなって思います」
 凜々花はそう言いながらも、自分の手に重ねられた陽日輝の手に、もう片方の手をそっと重ねていた。
 そして、陽日輝の顔をまっすぐに見つめて、潤んだ瞳を細めて微笑んだ。
「ですが、そういう陽日輝さんだから、私が欲しい言葉をくれるのだと思います。――私も、クロエとこのままなんてまっぴらごめんです。私だってクロエに言いたいこと、もっともっとありますし――クロエだって、そうかもしれません」
「ああ、きっとそうだぜ。クロエちゃんも自分から戻ってくるのが気まずくて、案外近くでウロチョロしてるかもしれないぜ」
「あははっ。だったらいいですね」
 それは、半分は希望的観測だったが、それでも、凜々花がみるみる元気を取り戻しているのがわかった。
 自分だってそうだ。
 凜々花に対して向けた言葉に、少しずつ活力がこもってきたのを感じる。
 ――そう、言葉には力がある。
 こんな状況ならなおさらだ。
 このままクロエと話し合えないままなんて、絶対に嫌だ。
 そう確信し、陽日輝は凜々花の手を取ったまま立ち上がらせた。
 凜々花もそれを予期していたようで、すんなりと立ち上がる。
「行こう。クロエちゃんを探しに」
「はい。行きましょう」
 陽日輝と凜々花はお互いに頷き合い、旧化学室の出口に向かおうとして。
 ――その扉が、開け放たれたのを見た。
 廊下から足音は響いていなかったはず――いつの間に?
 そんな焦りを感じながらも、陽日輝と凜々花は手を離し、互いに距離を取ってお互いの邪魔にならないように戦闘態勢を整える。
 ――扉の向こうにいたのは、線の細い男子生徒だった。
「赤辻――」
 凜々花が呟く。
 生存者も残り少ないので、名前と学年は覚えている。
 赤辻といえば赤辻煉弥、凜々花と同じ一年生だ。
 そして――彼の右手には、刃先が血で染まったナイフが握られていた。

       

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