Neetel Inside ニートノベル
表紙

生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百四十一話 勝算

見開き   最大化       ×コントローラを閉じる

【11日目:昼 屋外中央ブロック】

 中央ブロックは、あまり積極的に立ち寄りたい場所でもない。
手帳の表紙を百枚集めたときにここにある講堂を訪れる必要はあるが、『楽園』を巡る数十人規模の殺し合いが勃発したこの場所には、今なお消えない血と死肉と炭の臭いがこびりついているからだ。
 しかし、西ブロックから北第一校舎に向かうためには、この場所を突っ切るのが一番早かった。
 そう――少し前、若駒ツボミが行った『放送』を受けて、四葉クロエ、花桃香凛、瓦木始の三人は、北第一校舎への移動を開始していたのだ。
 クロエは、プールでの川北慧との戦いを制した直後に二人と遭遇し、そのまま行動を共にする形となったのだが、幸運なのか不運なのか、その後は他の生徒と遭遇していない。
 手帳に表示されている生存者の数が『14』になっていたので、どこかで誰かが誰かと出会い、そして死んだことは間違いないが。
 香凛および始とはある程度情報の共有を行った(当然、伏せるべきと判断した情報に関しては伏せている)ものの、まだお互いに信頼関係がある、とは言い難い。
 暁陽日輝および安藤凜々花と行動を共にしていたことは二人には伏せているし、最終的にはその二人を生かすつもりでいるクロエにとって、この二人はいずれ対峙することになる相手であるとはいえ、一時的にでも共闘する以上は最低限の信頼は勝ち得ておく必要がある。
 とはいえ――それよりも、だ。
 クロエには、ここ数時間ずっと思っていることがあった。
 それは――
「――香凛。私の服はまだ乾きませんの?」
 名前を呼ばれ、前を歩いていた香凛が振り返る。
「干してるわけでもないし、そんなに気温も高くないからねえ……。いいんじゃない? そのままの格好でも。可愛いよ」
 香凛がこらえきれなくなったようにクスッと笑う。
 クロエは少しだけムッとして言い返した。
「それなら香凛も着てみませんこと?」
「んー、遠慮しとく。それはそれ、これはこれだよクロエさん。ね、始君」
 突然会話を振られ、周囲の警戒にあたっていた始が不意を突かれたように「え?」と戸惑いの声を漏らす。
「あー……俺は、まあ、正直目のやり場には困るけどな……」
 始はクロエをチラリと見て、すぐに視線を逸らした。
 ――クロエは今、学校指定の紺のスクール水着にサンダルという姿だった。
「ほら、始君にも好評だし」
「それならなおさら香凛もこの格好をすべきですわね」
「えー、やだよ。寒いし恥ずいもん」
「ケンカ売ってますの?」
「あはは、冗談だってー」
 香凛はケラケラと笑って手を振ったが、クロエにとっては笑えない話だった。
 川北慧との戦いにおいてプールに飛び込むことにより、『硬水化(ハードウォーター)』を最大限に活かせる状況を作り出すことで勝利を掴んだものの、その代償として制服どころか下着も靴もたっぷりと水を吸ってしまった。
 そのままでは体温も下がるし重くて動きにくいので、プールに併設されている更衣室から拝借した、誰かの忘れ物とおぼしきスクール水着とサンダルに着替えたわけだが――濡れた服のままよりはマシとはいえ、秋にこの格好は普通に寒いし、水泳の授業でもないのにこの格好で歩き回るのも露出狂のようで気が滅入る。
 今、自分のびしょ濡れになった衣類は、ビニール袋に入れた状態でバッグに突っ込んであるが、この保管状態では乾かないのも当然だろう。
 かといって、わざわざ火を起こして乾かすのは手間だし、自分たちの位置を他の生徒に教えることになる。
 ――そう、自分たちの位置を他の生徒に教えるのは、愚策なのだ。
 にも関わらず、若駒ツボミは自分が北第一校舎にいることを明らかにした。
 クロエは、北第一校舎での東城一派との戦いに一枚噛んでいるため、ツボミがあの場所を根城にしていることは知っていたが、ここにいる香凛や始はもちろんとして、多くの生存者にとってそれは未知の情報だったはずだ。
 それをツボミは全校放送で明かした――そのことが意味するもの。
 ツボミが、自分の居場所を知られるデメリットをメリットが上回ると判断したということだ。
「しかし、若駒ツボミさんは相当自信があるんだな。あんな放送するなんてさ」
 始が話題を変える。
 水着云々で女子二人が言い合っているのが気まずいのだろう。
 なんとなく女慣れしてる感のある陽日輝とは違う初心な印象を受ける始だが、悪い人間ではないのは伝わってくる。
 香凛のほうは、普段教室から受けていた印象とは少し異なるが、逆境や窮地において真価を発揮するタイプの人間は一定数いる。
 ……いずれ切り捨てなければならない二人だが、あるいは陽日輝や凜々花と出会う前にこの二人と出会っていたら、自分はこの二人を生かすために奔走していたかもしれない。
「あるいはヤケになったか、だけど」
 香凛がそう言ってから、クロエのほうを向いて言った。
「若駒さんはそういう人じゃないんだよね、クロエさん」
「ええ。あの人には絶対の自信があるのだと思いますわよ。そうでなければあんな大それたことはしませんわ」
「ふーん……私は文化系だから、あの人のことはよく知らないけど。クロエさんが言うならそうなんだろうね」
 香凛は演劇部所属なので、体育委員長であるツボミとはあまり関わりが無いようだ。もっとも、それでいえばクロエは帰宅部なので、生徒葬会以前にツボミと接点はなかったが。
「俺は一応体育会系だけど、学年と性別違ったらあんまり話すこともないしな」
 始が口を挟む。
 そういう始はバドミントン部だ。
 ……ツボミの傍らには、同じくバドミントン部の根岸藍実がいるが、そのことは伏せている。
「ま、どのみち避けては通れないしな。俺たち全員、生きて帰るには。もともと一度死んだ立場なんだし、俺はやってやるぜ、北第一校舎攻略」
 始はそう言って、白い歯を見せて笑った。
 そう――二人から聞いた話によると、始は一度死んでいる。
 『死書(デッドハンティング)』という能力によって蘇生されたことで今こうして生存し、会話を交わすことができているが、鷹田征一郎と向井羽月の襲撃を受けた際に爆死し、見るも無残な肉片と化したそうだ。
 香凛が『大怪盗(ファントムシーフ)』によって『死書』を盗んで使用したことで、始は今ここにいる。
「正直、復活させてもらったっていっても、俺は本当にそれまで生きてきた俺なのかな、みたいなコト考えちゃったりもするけどさ。こうして生きてるんだから、やっぱり、生きていたいよな」
「……ごめんね、始君。私がもう少し注意深ければ、爆発に巻き込まれなかった」
「謝らないでくれって。――で、四葉さん。俺たちに勝ち目はあるかな?」
 始に尋ねられ、クロエは大きく頷いた。
「勿論ですわ」
 それはあながち嘘でもなかった。
 むしろ、陽日輝と凜々花――特に陽日輝は、ツボミの『斬次元(ディメンション・アムピュテイション)』との相性が悪い。
 クロエは、この二人と協力し――展開によっては利用し、切り捨てることになってでも、ツボミを討つつもりでいた。
 そのことに少し痛む心を表に出さないように、力強く言う。
「私たちで若駒ツボミを倒して、彼女が持つ表紙を奪うんですの。そうすれば、生徒葬会からの生還に大きく近付けますわ」



 放送機具が所狭しと置かれたその部屋に、若駒ツボミはいた。
 カーテンは閉め切られていて、明度の低い照明と、モニターやスイッチの光によってのみ照らされた、薄暗い部屋。
 北第一校舎の中にあるその部屋からは、敷地内全体に対して放送を行うことができる。実際、ツボミはこの場所から放送を行い、自分たちがここにいることを全生存者に対し伝えた。
 東城要と立花百花がいなくなった今こそ、生徒葬会を終わらせるときだ。
 あの放送を聞きつけた生徒は、迷い、戸惑いながらも、手帳の表紙を得るためにこの場所を訪れるだろう。
 その誰一人として、ツボミは生きて帰すつもりはなかった。
 すでに必勝の準備は整っている。
「藍実、私たちが生きて帰ることができるようになるまであとわずかだ。活躍に期待しているぞ」
「……はい、ツボミさん」
 声をかけられた藍実が、目を伏せて呟いた。
 彼女が、最上環奈の件で――それ以前にも、暁陽日輝らとの交流を経て、自分に対し少なからず畏れや不満を抱いていることはわかっている。
 それでも、自分に付き従うことでしか生きて帰れないということを藍実は理解している――ツボミは、藍実のそういった賢さと弱さが好きだった。
 だから、できるだけ生かしてやりたいとは考えている。
「私たちはさらに、心強い協力者を得た――勝ち残るのは私たちだ。君にも期待しているよ」
「……私はただ、生きたいだけだから。あなたに付くのが一番良いと思っただけです」
 ツボミの言葉に、『彼女』は落ち着いた口調でそう答えた。
 数日前、この北第一校舎にいた頃とはまるで別人だ。
 吹っ切れて強さを得たようでもあり、大切な何かが壊れてしまったようでもある。
 いずれにせよ、彼女は戦力になる。
 環奈が抜けた穴は、十二分に埋めてくれるだろう。
「ふふ、それは見る目がある。作戦はすでに伝えた通りだ。それ以外では、好きに動いてもらって構わない」
「そのつもりです。私が生き延びることが難しいと感じたら、あなたたちから離れるつもりですが、それでいいんですよね?」
「構わない。もっとも、そんなことはありえないがな。私たちの勝ちは揺るがない」
 ツボミはそう言って、目の前に立つ女子生徒――三嶋ハナの肩に、手を置いた。
「私に付くと決めたこと、決して後悔はさせないさ」

       

表紙

紗灯れずく 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha