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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百四十二話 突入

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【11日目:夕方 屋外北ブロック】

 若駒ツボミの全校放送、それは全生存者に対する、事実上の宣戦布告だった。
 とはいえ、それを受けて他の生徒がすぐに行動に移ったわけではない。
 自身の場所まで明かすその行為に、罠を疑わない者などいないし、罠と分かっていても踏み込まなければならないとしても、そのための相応の準備は必要になるからだ。
 だから、実際に北第一校舎に他の生徒が訪れたのは、太陽が西に傾き、空がオレンジ色に染まり始めた頃だった。
 北第一校舎に最初に接近した生徒は二人。
 御陵ミリアと、浅木二三彦だ。
「…………」
 ミリアは、ここに来てもなお、自分の選択が正しかったのか分かりかねていた。
 ――あの放送を聞いて、二三彦が北第一校舎に向かうことを決めるまでに、そう時間はかからなかった。
 悪の根城に攻め入るなんていう格好のシチュエーション、ヒーローを標榜する二三彦が見逃さないわけがなかったが、それでも、ミリアが強く望めば諦めさせることはできただろう。
 なんせ自分は、二三彦にとっての『ヒロイン』だそうだから。
 しかし、結局のところミリアは彼と共に北第一校舎に乗り込むことにした。
 それがどうしてなのかは、未だに言語化できずにいる。
 あるいは――二三彦に愛想を尽かされるのが怖かったのかもしれない。
 ただそれは、両手首を負傷している状態では、生徒葬会を一人で生き抜くのが困難だからだ。決して、二三彦に愛着が湧いてきているわけではない。
 彼とは今日の朝に出会ったばかりで、半日程度の付き合いなのだから。
 その二三彦は、北第一校舎の昇降口前、扉の脇から中の様子を窺うようにしつつ、言った。
「中に入ったら、ミリアは俺の後ろに隠れていてくれ」
「……うん。この手じゃ、そうするしかないし」
「ミリアが戦う必要は無いさ。なんせミリアは――」
「ヒロイン、でしょ?」
「……ああ。そういうことだから、安心して俺に守られてくれたらいいさ」
 二三彦はそう言って、第一ボタンだけを留めて羽織っているブレザーをはためかせた。
 二三彦の『廃布(ロストローブ)』は、彼のブレザーに触れたものを腐食させる能力だが、人体には影響を及ばさない。
 西寺汐音との戦いで崩壊する校舎から身を守ることに成功したりと、便利な能力ではあるが、この先どこまで通用するか。
 しかしそれは、ミリアの能力だって同じだった。
 吐和子から受け継いだ『糸々累々(ワンダーネット)』によって生成した糸を手首と懐中電灯に巻き付けることで、なんとか『影遊び(シャドーロール)』を使えるようにはしているが、さすがに直接手で持つほど緻密かつ素早い操作は難しい。
 二三彦の言う通り、自身の能力はいざというときの護身用とでも割り切って、基本的には彼に守られていたほうが賢明かもしれなかった。
「――ミリア」
 二三彦は、昇降口の扉に手をかけたところでこちらを振り返った。
 その真剣な表情に、思わずどきりとさせられる。
 常にヒーローを演じている二三彦の、それは素顔に思えた。
「本当にいいのか? このまま俺に付いてきて」
「……。今さらじゃない? それ」
「いや、今なら間に合うから訊いてるんだ」
「……そうだね」
 二三彦の言う通り、今ならまだ引き返せる。
 実際、自分の中に未だに迷いがあるのは確かだ。
 だけど――脳裏に浮かぶのは、今は亡き親友二人。
 来海と吐和子のことを思えば――最後まで、自分を生かすために戦い抜いた彼女たちのことを思えば。
「――それでも私は、私のために死んでいった親友に、恥じるようなことはしたくない。だから、あなたを置いて逃げるなんてできない」
「……親友のため、か。俺にもそういうものがあればな。ヒーローに憧れてはいても、俺にはヒーローにあるべきものが何もなかった。守りたいものも、救いたい人も。……だから、形だけでも、俺のヒロインになってくれてありがとう、ミリア」
 二三彦はそう言って――そこで、またいつもの不敵な笑みを湛えた表情に戻った。
「らしくないのはここまでだ。ミリアがそのつもりなら、俺にはもう何も言うことはないさ」
 二三彦のその言葉に、ミリアは微かな笑みを返した。
 それから、自分が驚くほど自然に笑えたことに戸惑いを覚える。
 こんな状況だからだろうか、二三彦のブレなさに、どこか安心感を覚えるのは。
 そんなことを考えている間に、二三彦が扉を開き。
 二人は、北第一校舎に足を踏み入れる。



 北第一校舎に二三彦とミリアが入っていくのを、百メートル以上離れた場所にあるプレハブ小屋の窓越しに、西寺汐音は双眼鏡を使って覗いていた。
 この学校は敷地内が広く、老朽化している施設も多々あるので、たびたび工事が行われる。このプレハブ小屋は、建設会社が詰所として設置したものだった。
 普通に学校生活を送っていたときはさして気に留めなかった場所だが、なかなかどうして便利なものが揃っている。
 まずこの双眼鏡がそうだし、武器になるようなものもいくつか拝借した。
 物言わぬ『先客』が二人ほどいたが、すでに小屋の外に運び出している。
 生き残っている生徒は自分を除けば十三人で、その内最低でも三人はあの北第一校舎の中だ。
 この小屋を他の生徒が訪れる可能性は、生徒葬会の序盤と比べればかなり下がっているだろう。
 もちろん、警戒を怠るようなことはしないが。
「精々頑張ってくださいね、御陵センパイ、浅木。若駒先輩とまたやり合うのとか勘弁なんで」
 何が悲しくて相手のホームグラウンドに飛び込まなければならないのか。
 すでに一度、若駒ツボミと交戦している汐音に、そんな危険を冒すつもりは毛頭なかった。
 だからこうして、北第一校舎の動向が窺える場所に潜み、事態の推移を見守っている。
 ミリアと二三彦がツボミに勝てるとは思わないが、手傷のひとつやふたつ負わせてくれればありがたい。
 理想は相討ちだが、それはさすがに高望みが過ぎるというものだ。
 汐音は双眼鏡を左手で保持したまま、右手を近くにある机の上に伸ばし、そこに置いておいたペットボトルを手に取っていた。
 ――さてと、飲み食いでもしながら見物させてもらおうかな。
 アイツらの、命を懸けたヒーローショーを。

       

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