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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百四十三話 突撃

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【11日目:夕方 北第一校舎一階 廊下】

 北第一校舎に足を踏み入れた御陵ミリアと浅木二三彦は、まず一階の廊下を見回した。夕陽に照らされて橙色に染まり上がった、人の気配が無い廊下。
 その光景に、来海や吐和子と共に過ごした放課後を思い出し、胸が締め付けるような思いに駆られたが、すぐにその感傷を意識の端に追いやる。
 ミリアと二三彦は頷き合い、足音を殺して廊下を進んだ。
 いつどこから襲われるか分からない以上、最大限に警戒し続けるしかない。
 自然と、二三彦が前方、ミリアが後方を警戒しながら進む形となった。
 ――思えば、男性に頼るのは初めてかもしれない。
 ミリアにとって男性とは、金と引き換えに肉体を許す相手でしかなかったから。
 だけど――そんな風にしたのは、自分か。
 こんな状況だからだろうか、自分の半生を振り返り、ミリアは内心自嘲する。
「ミリア、止まって。誰か来る」
 どうやら物思いに浸っている余裕はないらしい。
 前を行く二三彦が呟き、足を止める。
 ミリアは無言で頷き、同じように足を止めた。
 耳を澄ます。
 廊下の突き当たりにある階段から、誰かが降りて来る足音がした。
 大きな足音ではないが、隠そうとしているわけでもない。
 こちらに気付かれることは承知の上で、迎え撃つつもりなのだろう。
 あんな放送をするくらいだから分かってはいたが――大層な自信だ。
 ミリアは緊張の中、その人物が廊下に降り立つのを待ったが――姿を現したのは、若駒ツボミではなかった。
「君は誰だ?」
 二三彦の問いかけに、彼女は短く返答する。
「三嶋ハナ」
「一年生か。若駒ツボミの仲間なのか?」
「そう」
「俺たちを殺すつもりなのか?」
「あなたたちもそうでしょう」
 ハナは、小さな溜息を漏らした。
 その短い所作に、彼女が生徒葬会を通じて辿り着いた心境が滲み出ている。
 色々なものを諦めた者の所作であると同時に、それでも諦められない生への渇望が垣間見える。
 二三彦は、そんなハナになおも問いかけた。
「俺は君のような罪の無い女の子を殺したくはない。俺たちの仲間にならないか?」
「罪の……無い、なんて。決めつけないで。何も……知らない癖に」
 ハナを取り巻く温度が上がった――あるいは下がったように感じる。
 二三彦のいつものヒーロー然とした台詞が、彼女の地雷を踏んだのは明らかだった。
 それでも二三彦は、焦ることなく言葉を重ねる。
「生徒葬会で生きるために人を殺すこと自体を、俺は罪だとは思わない」
「……はは。生きるために殺すことは、か。それなら――死にたいと願った人をその望み通りに殺したことは、罪にならないのかな。私が生きるために、あの人を殺す必要なんてなかった。それでも、罪にはならないの?」
 ハナが、泣き笑いのような表情を見せたのは、ほんの一瞬。
 すぐに、敵意に満ちた眼差しをこちらに向け、叫んだ。
「誰がどう思おうと誰になんと言われようと! 私には関係ない!」
 ハナは、右の掌を突き出すような動きをした。
 ミリアには、それが何を意味するか分からなかったが――
「危ない!」
 二三彦が叫び、振り返りざまにミリアを廊下の右側に突き飛ばした。
 それから自身は後ろ跳びで、廊下の左側に身をかわす。
 そのとき、二三彦のポケットから一本の十徳ナイフがこぼれおちた。
 ――先ほどまで自分たちが立っていた廊下の中央に落ちかけていた十徳ナイフは、突如空中で弾かれる。
 まるで、目には見えない何かに当たったかのように。
「なっ――!?」
 咄嗟に両手首を床に付けないよう庇いながら、お尻から壁にぶつかったミリアは、その一連の光景に唖然とする。
 二三彦は、向かいの壁に背中を預けた姿勢で、こちらの無事を確認し、それからハナのほうに視線を向けていた。
「見えない壁か何かを打ち出す能力か」
「初見で分かるなんてすごいね。だけど」
 ハナは、再び右手を突き出す――今度は、こちらに向けて。
「ミリア、こっちだ!」
 二三彦が叫ぶよりも早く、ミリアは二三彦のいる側に駆けていた。
 振り向いてよく目を凝らしたら今度は分かる――夕陽に照らされているおかげで、廊下の床にある埃や砂粒が浮かび上がっているが、それらがひとりでに廊下の奥へと滑っていっていた。
 二三彦の言うように――見えない壁が、廊下を滑ってきているのだろう。
 それに押されて、床にあったゴミが運ばれていったのだ。
「そっちがバテるまで打ち出し続けるから」
 ハナは、すでに三発目の『壁』をこちらに放ったようだ。
 横幅の狭い廊下ではかわすのが精一杯で、かわしたときには次が来る。
 そのため、ハナとの間合いを詰めるのも困難だ。
 ハナの言う通り、このままではこちらの体力が尽きてしまう。
 だが、二三彦の判断は早かった。
「ここで待っててくれ!」
 とミリアに叫ぶやいなや、床を蹴って駆け出していたのだ。
 ハナめがけて、全力疾走で。
 それでは自ら『壁』にぶつかりにいくようなもの――と思ったところで、
遅ればせながらミリアも二三彦の思惑に気付いていた。
 二三彦は、第一ボタンを外してブレザーのジャケットを自身の前に突き出し、さながらスペインの闘牛士のように構えた。
 そしてそのまま、ハナに対し突貫する。
「うぇ!?」
 あるはずの『壁』との激突が生じなかったためだろう、ハナは素っ頓狂な声を上げる。
 二三彦の『廃布(ロストローブ)』は触れた物体を腐食させ溶かしてしまう強力な能力だ――人体にこそ影響しないものの、逆に言えば自分や仲間を誤って傷つけてしまうことなく、相手の持つ武器や防具を喪失させることができる。
 そういう風に考えると、ヒーローらしい能力かもしれなかった。
「うおおおおお!」
「や、やめ――!」
 ハナは咄嗟に階段に逃れようとしたが、もう遅い。
 二三彦のタックルを受けて、ハナは廊下に転がった。
 二三彦も勢い余ってその場にうつ伏せに倒れたが、すぐに手をついて立ち上がる。
 ハナは四、五メートルほど先で、大の字になって伸びていた。
 『廃布』ごとぶちあたられたせいで、ブレザーとその下のシャツが溶け落ち、ブラジャーもグズグズになって乳房の大部分が露出している。
 ……やっぱり、ヒーローらしい能力っていうのは撤回しようかな、とミリアは思った。
 とはいえ、ここまで速効性の腐食作用があるのに人体にはまったく影響を及ぼさないのは、議長に与えられた『能力』がいかに現実離れしたものかを物語っている。
 そして――衣服がそんなになっても、無傷のまま残っている手帳も。
「ミリア、怪我はないか?」
「私は平気。むしろそっちは大丈夫なの? えっと……アーサー」
「ヒーローたるもの、鍛えてるからな」
 二三彦は少し照れ臭そうに笑い、ブレザーの下に来ていたワイシャツを脱いで、ハナの首から下の上半身、つまり衣服が溶けて素肌が露出している部分を隠すように乗せた。
 それから、自身のジャケットとハナの手帳とを拾い上げる。
 肌シャツ一枚の状態の二三彦を見ると、確かに言うだけのことはある筋肉質な体つきだった。
 『ヒーローになりたい』なんて荒唐無稽な動機のためによくそこまで身体を仕上げられるものだと呆れ半分感心半分の感想を抱きながら、ミリアは二三彦が開いたハナの手帳に一緒になって目を通した。
「『暴御壁(ファイアウォール)』か。他の能力は持ってないみたいだ」
「……アーサー、この子をどうするの?」
「仲間にはなってくれそうにないしな。かといって気絶しているところを殺すのもヒーローにあるまじき行為だ――縛っておこう」
 それもそれでヒーローとしてはどうなのか?
 という疑問は、敢えて口に出さずにおく。
 二三彦がズボンのベルトを使ってハナの両手首を縛るのを、ミリアはしばらく見下ろしていた。
 ……やはり、二三彦は強い。
 ここでハナにトドメを刺さないのは生徒葬会においては明確な甘さだが、しかし、今なら分かる。
 二三彦は、だからこそ強いのだ。
 ヒーローとして在るべき自分をイメージし、ヒーローとして取るべき行動を取る――だから迷いが生じないし、焦りを抱くこともない。
 なら、彼の選択は出来る限り尊重するべきだろう。
 それが、自分が生き残ることにも繋がるのだから。
「待たせたな。この階には誰もいない気はするが、念のため見て回ろうか」
「放送室は確か三階だから、いるとしたら三階だと思うけど」
「放送室に留まっているとは限らないぜ、ミリア。あそこは狭いし、襲われたときに戦いにくいからな」
 言われてみればそうかもしれない。
 二三彦と話していると、自分の視野がそこまで広くないことに気付かされる。
 自分たちのグループでは、こういうのはもっぱら来海の担当だった。
 ミリアは二三彦と共に一階の部屋を順番に見て回った。
 北第一校舎一階には調理室や保健室があり、それらには確かについ最近まで人が使用していた痕跡があったが、隠れ潜んでいる者はいなかった。
 最後の一部屋を確かめて廊下に出たあと、もう一度ハナに近付き、意識が戻っていないことを確認する。
 ミリアは、二三彦に訊ねた。
「次は二階?」
「ああ」
 ミリアと二三彦は、ハナをその場に残したまま二階へと上がる。
 ――しかし、若駒ツボミはどうして姿を現さないのだろう。
 ハナが来ているので、こちらの侵入に気付いていないわけではないはずだが。
 そんなことを考えながら、二階に辿り着いた。
 廊下には誰もいない。
 だが――どこか違和感があった。
 上手く言えないが、このフロアに辿り着いた瞬間から、嫌な感覚がある。
 背筋がぞわぞわするような、不穏な気配の正体は一体なんなのか。
 二三彦も同じことを感じていたのだろう、今一度周囲を見回し――そして、呟いた。
「カメラ……」
 言われてみると、天井のスピーカーの横に、黒く無骨なカメラが付いている。
 接着剤か両面テープでも使用して固定しているのだろうか。
 嫌な感覚の正体は、あのカメラがこちらを向いていたからか。
「……ミリア、逃げろ!」
 二三彦は、ミリアがカメラが設置されているのはなぜかという答えを出すよりも早く、ミリアを階段側に突き飛ばすようにした。
「うわっ!?」
 思わず間抜けな声を出してしまいながら、階段から転げ落ちないよう踏み止まる。片足を階段の上から二、三段目くらいに着いた状態で、ミリアはなんとか留まることができたが――そのとき、ミリアは見た。
 自身を突き飛ばした二三彦の左手首が、切り飛ばされて宙を舞っているのを。

       

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