Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第百四十五話 饗宴

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【11日目:夕方 北第一校舎一階 廊下】

 三嶋ハナは夢を、否、現実を見ていた。
 じたばたと跳ねる手足。
 何かを訴えかけるような瞳。
 両の掌に伝わる温もりが、徐々に失せていく感覚。
 辻見一花に乞われ、彼女の首を絞めて殺したときの記憶だ。
 自ら望んだ死による逃避は、一花に救いをもたらしたのだろうか。
 あるいは、やはり死にたくないと後悔したのだろうか。
 答えは分からない。
 ただ、自分は彼女とは違った。
 こんな目に遭ってもなお、他の生徒を殺してきてもなお、生きていたいと浅ましく願った。
 そのために若駒ツボミの庇護下に入ったはいいが、浅木二三彦にあっけなく倒され今に至る。
 やがて混濁していた意識は少しずつ形を取り戻す。
 窓から差し込む濃いオレンジ色の夕陽が、まだ景色を写し出せていない瞳を刺激し、ハナは微かな呻きと共に覚醒した。
 両手首が痛い。
 見ると、刑事ドラマで手錠をかけられた犯人のように、ズボンのベルトを使って縛られていた。
 両手首を外向きに動かしてみるが、肌がベルトに食い込んだだけだ。
 足は縛られていないようなので、どこかで刃物を見つけられれば解けるだろうが、それまでに他の生徒に襲われたら一巻の終わりだ。
 ……ああ、あの人は自分を殺さなかったのか。
 意識を失っている間に殺されたのなら、それはそれでよかったのに――なんてことを、考えてしまう自分がいる。
 しかしこうして目覚めた以上は、自分は死ぬ勇気もなく彷徨うだけだ。
 自分を倒した二人は、すでに上の階に上がっただろう。
 そこでツボミと殺し合っている頃だろうか。
 あるいは、すでに終わったか。
 ……あっけなく倒された自分を、ツボミは用済みと切り捨てるだろうか。
 それとも、死ぬまで使い倒すだろうか。
 分からないが、あるいはこのままここを離れるのも手だろう。
 二三彦との戦いで改めて思い知らされた――自分の無力さを。
 心が壊れ、死すら恐れずこの身を血に染めていたときならともかく、生きていたい、死にたくないという思いに駆られた今の自分は、強い意志を持って生きている他の生徒たちに敵わない。
 そう分かっていても、ハナはよろよろと立ち上がった。
 すると、自分に乗せられていたワイシャツがずり、床に落ちる。
 恐らく二三彦のものだろう。
 彼の、『暴御壁(ファイアウォール)』を正面から突破したあの能力によって自分の上半身の衣服がボロボロになっているので、それを隠すために被せてくれていたのかもしれない。
 とはいえ、両手首が縛られているのでワイシャツを拾い上げるのも面倒だし、拾い上げたところで着ることもできないので、結局半裸になってしまうわけだが。
 ひとまず、このベルトを切る道具を探そう。
 このフロアには保健室があるので、そこに行けばハサミがあったはずだ。
 ハナは、両手首が縛られているのと気絶から目覚めたばかりなのとでおぼつかない足取りのまま、保健室へと向かって歩き出した――が。
 そのとき、廊下の突き当たりにある出入口の扉が、激しく開け放たれたのを見た。
「! ハナ!?」
 ほとんど扉に突進する勢いで進入してきたのは、銀髪の同級生。
 この生徒葬会でも顔を合わせている、四葉クロエだった。
「クロエ!?」
「話は後ですわ! 今はそれどころじゃありませんの!」
 その言葉通り、切迫した状況にあることはすぐに理解できた。
 クロエに続いて、二人の男女が同様に狼狽した様子で校舎に飛び込んできたのだ。
 しかしそれは暁陽日輝と安藤凜々花ではなかった。
ダークブラウンに染めた髪の女子生徒と、スポーツマン風の短髪の男子生徒。
 二人もまた同級生だ――花桃香凜と、瓦木始。
 三人はほとんど団子になりながら、こちらに駆けてきた。
 反射的に身構えたが、自分を害する意思はないらしい。
 自分の姿を見て目を見開いた二人に、クロエが「彼女は味方ですわ!」と叫んで聞かせた――実際にはそういうわけでもないのだが、ここで話をこじらせるわけにもいかないのだろう。
 ハナも、ここはクロエの味方として振る舞ったほうが賢明だと察していた。
 クロエたちの様子からして――三人は、誰かに追われている。
 ハナは、突然訪れた非常事態に混乱していた。
「ク、クロエ――なんで、スクール水着なの?」
「今最優先で気に掛けるべき事柄ですの、それは!?」
「ご、ごめん」
 そう、クロエはどういうわけか学校指定のスクール水着姿だったのだ。
 自分がそうであるように、何らかの事情で制服を損なったのかもしれない。
 クロエは気付いていないのか、それとも気付いた上で触れずにいてくれているのか、こちらが上半身裸であることはスルーしている。
「やっぱりアイツはヤバかった……!」
 香凜が振り返り、扉を睨み付けたまま歯噛みする。
 その『アイツ』から逃げてきたのだろうか。
 ハナが問いかけるよりも先に、半開きになったままの扉からさらにもう一人、男子生徒が姿を現していた。
 その生徒とも面識がある――彼もまた、自分と同じ一年生だ。
 赤辻煉弥。
 彼の右手には、大振りのナイフが握られている。
 それだけで、今クロエたちが置かれている状況は理解できた。
 そしてそれは、もはや彼女たちだけの問題ではない。
 こうして巻き込まれてしまった以上、自分にとっての問題でもある。
「……ハナ。若駒ツボミは上におりますの?」
 煉弥と対峙する香凜、それを庇うように前に出た始を尻目に、クロエがハナに耳打ちする。
 一瞬どきりとしたが、隠し立てしても仕方ないだろう。
 そもそもあの放送でここに生徒を集めにかかったのはツボミだ。
「……うん。私はあの人に協力しようとして、別の生徒に負けて、縛られた。その人たちが上に行ったから、今頃、もしかしたら」
「ありがとう。それだけ聞ければ十分ですわ」
 クロエはそう囁き返してから、他の二人同様に煉弥のほうを向いた。
 ――その状態で、さらに呟く。
「あまり時間をかけてはいられませんわね」
 クロエの言葉の意図は分かる。
 二階か三階か、どちらにせよ走れば数秒から十数秒で辿り着ける場所にツボミはいて、恐らく別の生徒と交戦中。
 しかしそれが片付けば、騒ぎを聞きつけて一階に降りて来るだろう。
 すでに物音や声で、一階に新たな侵入者がいることは気付いているはず。
 にも関わらず姿を現さないということは、様子を見ているか、あるいはまだ二三彦たちを仕留め切れていないということだ。
 クロエからしたら、煉弥を手早く片付けてツボミに備えたい状況。
 ここに飛び込んできたのも、煉弥に追われて不本意だったのかもしれない。
「ハナ。ここは協力してもらいますわよ」
「……うん、分かってる」
 そう答えながら、ハナは天井をチラリと見上げた。
 ――ツボミに付き続けるか、それとも離れるか。
 その答えはまだ出ていないが、少なくとも今は、クロエたちと共闘して煉弥をどうにかするしかなさそうだ。
 それに――こうしてまたクロエと再会できて、安堵したのも確かだった。
 ……聞きたいことはある。
 陽日輝と凜々花はどうしているのか。どうして一緒にいないのか。
 しかし、それは目の前の問題を解決してから訊ねるべきだろう。
 クロエたちは三人であるにも関わらず、煉弥から逃げてきた。
 それが意味するところくらい、ハナにも察しが付く。
「三嶋さん。どうしたのかな、そんな格好して」
 煉弥が、クロエたちの肩越しにこちらを見つめ、そう言った。
 こんな状況にも関わらず至極落ち着いた、それゆえに薄ら寒くなる声だ。
 何より彼の顔を見れば分かる――あれは、人殺しの瞳だ。
 生徒葬会において幾度も見てきた、そして自分もそうだった、他人の命を奪うことを厭わない者だけが宿す闇のような光。
 その輝きが、ハナを射すくめていた。
「答えてくれないか、寂しいね」
 煉弥はそう言いながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
 クロエたちに緊張が走り、それがハナにも伝播する。
「…………!」
 こうして。
 上階では、浅木二三彦・御陵ミリアVS若駒ツボミ。
 一階では、三嶋ハナ・四葉クロエ・花桃香凜・瓦木始VS赤辻煉弥。
 北第一校舎では、二つの殺し合いが同時に勃発した。

       

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