【8日目:朝 屋外北ブロック】
暁陽日輝は、一瞬も目を離すことのできない緊迫した状況の中、ある光景が脳裏にフラッシュバックするのを感じていた。
それは親しい友人の一人であり、よく一緒に授業をサボったりしてつるんでいた仲間の一人・相川千紗が、何かの会話の流れで口にしていた言葉だ。
『私が思うに、一番大事なのは“見る”ことじゃないかな。それを怠らなければ、たいていの場合、初動の対応だけはできると思う』
千紗自身、特に重要な台詞として口にしたわけでもないであろう言葉。
ただの、ゲームだかスポーツだかについての雑談のさなかに、何の気無しに出ただけの台詞――しかしそれが、結果として陽日輝の意識を研ぎ澄ました。
その結果、陽日輝は気付くことができたのだ。
――焔と呼ばれた男の周囲に浮かぶように出現した真っ黒な杭。
その、二対四本の先端が、それぞれ僅かに向きを変えたことに。
それは、ほんの少しの傾きだった――しかし、明らかに意図のある動きだった。
焔が『死杭(デッドパイル)』と呼んでいたその能力の産物は、今、陽日輝の両手首両足首を直線で捉える角度に、その先端を微調整されていたのだ。
――それに気付いた直後、四本の黒杭が、同時に飛び出した。
ロケット花火のように勢い良く、陽日輝の両手両足めがけて。
「……!」
陽日輝はすかさず両手に『夜明光(サンライズ)』による橙色の光を纏った。
しかし、自分に対して襲い来る杭は四本、一度にすべてを打ち壊すことはできない。
最も迎撃しやすいのは上の二本だが、その直後に両足に残り二本を食らうだろう。そして両足に杭が突き刺さるような深手を負ってしまったなら、事実上敗北が確定すると考えるのは、決して悲観的ではないだろう。
かといって下の二本を優先して潰したなら、直後に両手に残りの二本を食らい、『夜明光』の使用に多大な支障をきたす。
焔と水夏を倒し、凜々花を守るためには、四本の杭の内一本の被弾すら許されない。
それならば――取るべき手は一つ。
陽日輝は、向かってくる杭に対して垂直に駆け出した。
「当然逃げるよな。でもな」
焔の嘲るような声を聞きながら、陽日輝は横目に杭を見続けていた。
――杭は空中で角度を大きく変え、陽日輝を追うように飛び続ける。
「『死杭』は一度向けられたら死ぬしかないから死の杭なんだよ。お前の手足をぶち抜くまで、いつまでも追い続けるぜ」
焔の『死杭』は、自動追尾機能付きの杭を相手の手足に向けて放つ能力だったというわけか。
――だとしたら、想定内だ。
「ただ杭を飛ばすだけじゃないとは思ってたさ――俺と凜々花ちゃんの『能力』を見た上で、仕掛けてきたんだろうからな……!」
陽日輝は、高校生になってから運動とは無縁になったとはいえ、中学まではそれなりに体を動かしていた。
そのおかげで、今でもそれなりの速さでそれなりの時間走ることはできる。
『死杭』の飛行速度は、全力疾走ならなんとか食らわずにいられるくらいではあった。とはいえ、ジョギング程度の速度ならすぐに追いつかれるくらいには速い。
ましてや相手は無機物、人間である自分と違って疲れ知らずだ。
なら、闇雲に逃げ回っていたら待っているのは四肢を貫かれるという結果だけ。
「陽日輝さん!」
凜々花が叫ぶ。
そのときには、その腕は振りかぶられ、振り下ろされた後だった。
風を切って飛んできた百人一首の札は陽日輝の顔の左横三十センチほどの位置を通り過ぎ、陽日輝を追尾していた『死杭』の内の、陽日輝から見て右上の杭に直撃した。
しかし、『死杭』は見た目通り鉄の硬度があるらしく、強化されたとはいえ紙程度では切り裂くことができなかった――札は弾かれ、クルクルと虚しく回りながら地面に落ちていく。
「くっ――!」
凜々花が二枚目の札を取り出したのを見ながら、陽日輝は叫んだ。
伝えたいことを頭の中で整理する余裕はなかったので、叫び散らす、というのが近かったが。
「凜々花ちゃんはあの二人を! 特に男のほうを狙え! アイツが死ねばこの杭は多分消える! それまでなんとか持ちこたえる! いいか、凜々花ちゃん! 『一人で無理なら、二人でやればいいんだ!』」
「――ッ! ……――分かりました、お気を付けて!」
凜々花が叫び返す姿を見届ける余裕は、陽日輝にはもうなかった。
『死杭』にロックオンされている状況では、焔と水夏に近付くことは難しい。現に、すでに二人は自分から距離を大きく取っていた。接近されることを警戒しているのだ。『夜明光』の威力は、今もこの戦場の真ん中に、胸に大穴を開けて倒れ伏している、あの帯刀していた女子生徒の遺体が実証している。
そして距離を取ることは、対凜々花においても効果的だ。
凜々花に対しては間合いを詰めて、投擲する余裕も与えずに仕留めるのが基本的には最善手ではあるが、次善の策は、逆に大きく距離を取ること。
凜々花が投擲した札が自分たちのところに届くまでの時間を稼ぐことで、回避はかなり容易になる。凜々花の『一枚入魂(オーバードライブスロー)』には、『死杭』のような追尾機能はなく、その軌道は愚直なまでに直線的なのだから。
「迷いの無い判断と迷いの無い返答、君たちいいカップルだね。僕と焔ほどじゃないけど」
水夏という女子生徒はそう言って、凜々花と焔の間に割って入るように立ちふさがった。
――恐らく、焔を守るためだ。
焔の『死杭』、一度に二対四本のワンセットしか顕現させることができないのはほぼ間違いないだろう。もし出せるのなら、出さない理由がない。
一対一なら相手めがけて発射した時点でほぼ勝利が確定する能力だが、こちらには凜々花が自由に動ける状態でいる以上、水夏が凜々花を止める必要がある。
『死杭』がターゲットをいつまでも執拗に追い続ける能力なら、裏を返せばそれは、ターゲット以外に対しては、射線上に割って入りでもしない限り、無害な能力ということになるのだから。
「いつまで逃げ続けられるか見物だな。惨めに逃げ回って惨めに死ね」
焔の嘲りをどこか遠くに聞きながら、陽日輝は走り続けた。
――その間に、凜々花は水夏めがけて百人一首の札を投擲する。
しかし意外なことに、水夏はその一撃をかわそうとしなかった。
「!?」
凜々花が投げた札は、あっけなく水夏の細い首筋を掠めた。
首の半ばほどの位置が鋭く切り裂かれ、霧のように血が噴き出す。
しかし――それは、すぐに止まった。
水夏は切り裂かれた首を軽く押さえ、ニヤリと笑う。
「僕の運動神経だとかわし続けるのも難儀だからね。かわさなかったよ」
「なっ……!?」
凜々花が唖然としたのも無理もない。
『死杭』から命がけの鬼ごっこをしている真っ最中の陽日輝すら、思わず足を止めかけたくらいなのだから。
頸動脈の切断。
それは、本来ならば間違いなく致命傷。
にも関わらず、水夏は平然と立ち続けている。
「僕は君みたいな可愛い女の子が焔の次に大好きだよ。だから凜々花、君には僕の能力を教えてあげるよ。僕の能力は『生体標本(サンプリング)』っていって、僕の手で直接触れた無抵抗の対象を標本みたいに麻痺させることができるんだ。でもこの能力、麻痺は結果じゃなくて過程でね。対象の生物を『死ねなくする』ことが本質なんだよ」
「な……!? まさか、あなた――!」
「そうだよ」
水夏は、無垢な子供のように微笑んだ。
それは、見る者をゾッとさせるような、危うい表情だった。
「僕は僕自身を『生きた標本』に変えている。動脈を切られようと内臓を潰されようと、僕は死なない。僕の体そのものを徹底的に破壊してしまわない限りね」
「「……!」」
陽日輝と凜々花は、ともに戦慄していた。
致命傷を負ったはずの水夏が無事でいる原理は分かったが、しかし――だからといって、本来なら致命傷になる一撃を自ら受けに行き、平然としているのは、水夏の異常さを表しているとしか言えない。
体そのものを徹底的に破壊してしまわない限り死なない――それはもはや、ゾンビか何かと同じじゃないか――
「おい水夏、喋りすぎだ。その女で楽しみたいんだろ? さっさと終わらせるぞ」
「了解、焔。君はちょっと性急だよね。僕は前戯も大切にしたいタイプなんだけど、まあ、仕方ないか。あまり長居すると邪魔が入るしね」
焔に釘を刺され、水夏は渋々といった様子でそう答える。
――そんな水夏の真後ろに、焔が立った。
「……何の真似ですか」
凜々花が、カードを構えた状態で低くそう訊ねた。
分かってはいるが、訊かずにはいられなかったというような感じだ。
水夏は愉快げに、
「君には分かっているはずだよ、凜々花」
と、微笑み。
焔はその後ろから、
「死なない奴がいるんだぜ? これほど便利な盾はないだろ?」
と、悪びれもせずに言ってのけた。
「……私もあまり、人のことを言えた立場じゃないですが。あなたたち――どうかしてますよ」
凜々花が、苦虫を噛み潰したようにそう吐き捨てた。
――水夏を殺すには、その肉体を徹底的に破壊する必要がある。
つまり、『夜明光』や、あるいはボイラー室を襲撃した男子生徒(手帳で確認したところ八木という名前だった)の『意気揚々(ゴーゴーヨーヨー)』のような高威力の能力で攻撃しなければならないということだ。
凜々花の『一枚入魂』では、人体を傷つけることはできても壊し尽くすことは不可能に近い。
そんな水夏を肉の壁にすれば、焔は凜々花によって殺されることはほぼなくなる。理屈としてはとてもよく分かる。
しかし――だからといって――それを、恐らくは恋人である相手に対してできること。そして、それを当たり前のように受け入れること。
そんなのは、ありていに言って、常軌を逸している。
「凜々花、君に分かってもらえなくて僕は悲しいよ。愛する人のためなら、死ぬことさえ――死の先さえ、恐れることはないものなのに」
水夏はそう言いながらも、ゆっくりと凜々花に近付いてくる。
その後ろにはぴったりと焔が付いてきている。
凜々花との間合いを詰め、制圧するつもりだろう。
あるいはそれまでに陽日輝が力尽きたものなら、『死杭』を放つか。
――その状況が時折視界に入りながらも、陽日輝は援護に向かうことができずにいた。
いや、向かおうとはしたが、そのために僅かに速度が落ちるたび、『死杭』との間隔が詰まってきてしまっており、このままでは直撃も時間の問題だったのだ。
陽日輝が思っていた以上に、『死杭』の追跡は隙が無い。
そして、生徒葬会八日目を迎えた自分の体力が、思った以上に消耗している。
そのため、あと数十秒もすれば『死杭』の餌食になりそうな状況だった。
そうなれば、焔は即座に凜々花めがけて『死杭』を放つだろう。
そして、自分よりも体力・走力共に大きく劣る凜々花では、十秒ともたないに違いない。
しかし――陽日輝はそれでも、勝利を確信していた。
……より厄介なほうを先に倒そうとして、自分に対して『死杭』を使ったのだろうが、ハッキリ言って、それが最大の判断ミスだ。
水夏の『生体標本』による疑似的な不死は誤算だったが、問題ない。
――すでに二人とも、『射程距離内』だ。
「……愛、ですか。それが愛だというのなら、私は愛なんていらないです。私は、大事な人のためなら死にたくないし――大事な人には、傷ついてほしくない」
凜々花は静かに、しかし強い意志を感じる声でそう言い切った。
親友の天代怜子を肉体的にも精神的にもこれ以上なく傷つけられた凜々花から出るその言葉は、あまりにも重い。
しかしその想いは、焔と水夏には伝わらなかった。
「あーあ……なんだか失望。でも、見た目は良いからちゃんと可愛がってあげるよ、凜々花」
「お前の大事なカレシはもうじき手足ぶち抜かれて死ぬ。お前も俺と水夏が飽きるまでヤってから後を追わせてやる。お前の願いは何一つ叶わない。惨たらしく惨めに死ぬだけだ」
水夏たちが、凜々花の眼前二メートルを切る位置にまで迫ったとき、凜々花は覚悟を決めるように、大きな音を立てて地面を踏みしめ――百人一首の読み札を、渾身の力を込めて投擲した。
水夏はそれをよけることもなく――そもそもよけられなかっただろうが――今度は左のこめかみを斜めに切り裂かれていた。
しかし、出血はまたもすぐに止まる。
『生体標本』による『生きた標本』という状態が肉体にどのような影響を及ぼすのか、陽日輝たちはまだ詳しく知らないが、ゾンビを連想したのはあながち間違いではなさそうだ。
「だから僕は死なないんだよ。無抵抗のままではいられなかったんだろうけど、意味はなかったね」
「……いいえ、水夏さん。意味ならありましたよ――私たちの、勝ちです」
「はあ? 君は何を言って――」
水夏の表情が、失笑を形作る途中で硬直した。
……水夏のすぐ後ろで、ドサッ、と、乾いた音がしたからだ。
水夏はすでに、背中に触れたその感触で、分かってはいることだろう――焔に何かが起きたということは。
「ほ――焔――……?」
「……陽日輝さんは言いました。『一人で無理なら、二人でやればいいんだ』と。ですが、どのタイミングでも上手く行くとは限りませんでした。だから待っていたんです。――確実に不意を突けるその状況を」
「な――何を言ってるのかな。ねえ、焔。ねえってば――」
現実を直視したくなかったからだろうか。
ようやく水夏は、ぎこちなく振り返った。
どこか泣き笑いのようなその歪な表情は、足元に崩れ落ちるように倒れている焔を見て、まず絶望に染まり上がって。
その後で、その焔にかかっている、あるはずのない影に気付いて顔を上げたことで、視界に入った『それ』により、驚愕に染まっていた。
「り――凜々花――!?」
水夏が見たのは、百人一首の札を投擲した後の、腕が振り下ろされた姿勢になっている凜々花の姿だった。
「……!?」
水夏はすぐに再び正面に向き直り、そこにも間違いなく凜々花がいることを確認する。交互に視線をめまぐるしく動かして、前方の凜々花と後方の凜々花とを見比べ、何かに気付いたようにハッと目を見開き――悲鳴のように、叫んでいた。
「だ――第二の能力……!?」
「――『複製置換(コピーアンドペースト)』。やっぱり強いですね、この能力は。――陽日輝さん、無事ですか?」
「なんとかな……使い手が死んでからも残る能力じゃなくて助かったぜ」
陽日輝は、乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりと凜々花のほうに歩いていく。
自分を執拗に追い掛け回していた鉄杭はすでに消失している。
その事実は、後頭部に百人一首の読み札が深々と突き刺さり、瞳孔が開いた状態で倒れている焔の姿と共に、彼の死をこれ以上なく証明していた。
「う――嘘だ。嘘だよ――焔! ねえ焔! なんで――なんで……!」
「凜々花ちゃんが、あの『議長』の放送の前から能力ページも集めてたからな。その後狙われたりして、俺たちには七枚の能力ページが集まった。最初は別の能力にするつもりだったけど、凜々花ちゃんの能力との相性も良くて、しかも強い――この『複製置換』は指パッチンと同時に半径三メートル以内に自分の分身を作り出して、自分と同じ動きをさせることができる能力だ。凜々花ちゃんが後ろ手に指パッチンしたのがバレないように地面を踏み鳴らしてたから、聞こえなかっただろうけど」
「焔! 起きてよ焔! こんな奴らに負けてないでしょ? 焔――」
陽日輝の言葉がまるで耳に入っていないのか、水夏は地面に膝をついて、焔の肩を繰り返し揺さぶっている。
……その姿に、胸が痛まなかったというと嘘になる。
しかし、自分はもう決めたのだ。
凜々花のため、そして自分が生き残るためにも――二度と迷わないと。
「……一つだけ、腑に落ちないことがあります。どうして水夏さんは、焔さんに『生体標本』を使っていなかったんでしょうか」
――確かにそれは、至極当然の疑問だろう。
死ななくなる能力なら、その死によってこうも取り乱すほどの相手に使っていてもおかしくないはずなのに。
自分に対して使うのと他人に対して使うのとでは勝手が違うのか、それとも人数か何かに制限があるのか――陽日輝が逡巡していたとき、意外なことに、足元から返事が返ってきた。
「当たり前だよ」
焔の両肩に手をついて、顔を落とした水夏が、痛々しく震える声で言う。
「この世の誰より大好きな人を、ゾンビ同然の標本になんてできない」
「…………。なるほどな」
陽日輝は、その言葉ですべてを理解した。
水夏は確かに、歪んでいて、狂っていたのかもしれない。
焔との愛の在り方は、あまりにも逸脱していたと言わざるを得ない。
だけどそれでも、水夏は、焔のことを心の底から愛していた。
それだけは、揺るぎない事実だ。
――陽日輝は、右の拳に『夜明光』を纏った。
「陽日輝さん……」
凜々花がどこか心配するように、こちらを見つめている。
分身もまだ残っているので、二人分の視線だ。
まったく同じ瞳、同じ顔、同じ表情の凜々花たち。
それは、とても不思議な光景だった。
「……殺して」
水夏が、こちらを見もせずにそう呟いた。
焔の死体を抱き起し、その顔を自分の胸に埋めさせる。
やはりその童顔に似つかない大人びた雰囲気が、水夏という少女にはあった。
「僕が生きる意味はもう無いから」
「……お前の生きる意味は、そいつだけだったのか? 他には何も、無いのかよ」
「……まさか。僕の人生すべてが、焔だったわけじゃないよ。でも、焔がいないと、他のすべてが、無意味になるんだ」
「――それは結局、同じようなことだろ」
「――全然違うよ、坊や」
水夏は。
焔の肩を撫でながら、どこか憐れむように言った。
「君、凜々花と恋人同士だと思ってたけど、違うんだね」
「……俺は凜々花ちゃんとこの生徒葬会で知り合ったばかりだ。まだ凜々花ちゃんのことはよく知らない。だけど――死なせたくないと思ってる」
自分でも不思議なくらい、ハッキリとそう言い切れた。
凜々花が驚いたような焦ったような表情をこぼして、たじろいだ。
「……そう。だったら、一つだけ忠告してあげる」
――その瞬間。
水夏の声の温度が、変わった。
上がったようでもあり、下がったようでもある。
背筋に怖気が走るような、そんな露骨な声音の変化だ。
「――自分たちを殺そうとした相手の言うこと、なんでも素直に信じないほうがいいよ」
水夏がそう言った瞬間。
事切れていたはずの焔が、カッと目を見開いていた。
「「!?」」
陽日輝と凜々花は揃って動揺し、数瞬、反応が遅れてしまう。
その数瞬後には、陽日輝は拳を繰り出し、凜々花もまたカードを取り出したが――対応としては、遅すぎた。
陽日輝の拳が焔に触れる前に、彼の周囲には四本の杭が出現しており。
「うぐああッッ!」
――陽日輝の両手両足には、至近距離から放たれた鉄杭が突き刺さっていた。
その衝撃によって、弾かれたように背中から倒れる。
そんな陽日輝を見下ろすように、水夏は冷たい眼差しを向けていた。
「愛する人となら、お互いに肉が腐ろうがウジが湧こうが愛し愛されたい――そう思うものだよ、坊や」
「つ――使って――たのか」
「だからそう言ってるんだって」
両手両足が焼けるように痛む。
陽日輝は懸命に起き上がろうとしたが、少しでも力を込めると激痛がほとばしり、すぐには起き上がれずにいた。
それでも、歯を食い縛って顔を上げる。
そのときには、焔と水夏も立ち上がっていた。
「陽日輝さ――うぎゃあっ!?」
凜々花の両手両足にも『死杭』が炸裂し、その手から読み札が落ちるのを、陽日輝は目の当たりにした。
頭にカアッと血が上り、それでも立ち上がれない自分を殺したくさえなる。
凜々花ちゃん――!
死んではいないはず、しかし両手両足を杭で打ち抜かれて、手当も無しだと長くはもたない……!
それは自分も同じだというのに、陽日輝はひたすらに凜々花の身を案じた。
「やって……くれた……な……」
脳にカードが刺さったからか、それとも『生体標本』の副作用か、焔の目の焦点は合わず、そして呂律も回っていない。
それでも水夏は恍惚とした表情で、そんな焔に抱きついていた。
「愛してるよ、焔。焔が焔じゃなくなっても、僕は焔が大好きだ。焔以外のものに意味なんてないし価値もない。――あは、陽日輝君だっけ? そういうわけで、僕がさっき言ってたのは全部嘘。君、正直ちょっと感動してたでしょ? びっくりするくらいチョロくて可愛いね。あは、あはは……!」
「クソ、がぁ……ッ!」
ネジが外れたようにケラケラと笑う水夏を、渾身の力を込めて睨み付けながら、陽日輝は、この絶望的な状況を切り抜けて凜々花をも救う術を、激痛と憤怒で上手く働かない頭を必死に巡らせて考え続けていた。