【8日目:昼 屋外南ブロック】
平和な時代の平和な国に生まれ、裕福とは言わないがさしたる不自由もない暮らしをしてきた。
そんな滝藤唯人(たきふじ・ゆいと)にとって、生徒葬会は他の多くの生徒と同じように、日常の終焉と非日常の始まりを意味するもので。
しかし、他の多くの生徒とは異なり、唯人はその変化を、内心歓迎した。
「や、やめてくれ……頼む……!」
か細い声で懇願する男子生徒を、唯人は油断なく見据える。
すでにその男子生徒は、肘から下の右腕と、左手首とを切断され、彼自身の血で出来た池の中、ミミズのようにのたうつ回るばかりだ。
失血量からしても長くはもたないだろう。
それでも、唯人は一切の油断をしない。
それこそが、剣士としてあるべき姿だから。
「たす……け…………」
ほどなくして、彼は血溜まりの中で動かなくなった。
その目から光が失われていく。
それを見届けてから、唯人は構えを解いていた。
――右手を上、左手を下にして柄を掴む、剣道の基本の構えを。
唯人が構えていた『それ』は、剣道部の部室から調達した竹刀だ。
剣道の有段者である唯人が持てば、竹刀であろうと十分な脅威となる。
とはいえ、唯人がどれだけの達人だったとしても、竹刀で人間の手を切断することなど不可能。
それは、唯人に与えられた『能力』によるものだった。
「やはり試合と違って相手の動きに定石が通じにくいな。素人なのに加えて死の恐怖と動揺が影響を与えているのか――」
唯人はそう呟きながら、たった今仕留めたばかりの死体へと近付く。
もちろん、周囲への警戒は怠らずに。
――唯人に与えられた『能力』は、『均刀(オールソード)』。
唯人が手にした棒状の物はすべて、真剣の切れ味を得るというものだ。
ただしそれは唯人が手にしている間のみであり、また物体の耐久度は元の物体に依存する。
しかしそれは唯人にとって、むしろ好都合だった。
使い慣れた竹刀の軽さと扱いやすさで、真剣の切れ味を発揮できる。
要するに、普通では考えられないほど軽い剣を持っているのと同義。
唯人はこの『均刀』によって、たった今殺した生徒を含め十一人をすでに葬っている。
もっとも、『議長』によるルール追加の放送を聞いてから殺した人数はまだ三人なので、第二の能力を得るためにはあと二人分のページが必要だが。
「……。大した『能力』ではないな」
唯人は、殺した男子生徒の手帳に目を通し、表紙と能力説明ページを破り取る。
良心の呵責、あるいは罪悪感といった感慨は唯人にはなかった。
ただ、殺人という行為に感じるのは、微かな嫌悪感だけだ。
むしろ、唯人はこのような状況――とまでは言わずとも、自由に剣を振るえる状況を内心渇望していたのだ。
平和な時代の平和な国、平凡な家庭に生まれた唯人が、ただひとつ持っていた非凡なもの、それこそが剣士としての才だった。
教育熱心だった親の意向もあり、幼い頃から複数の習い事をさせられた中で、唯人にとって運命的な出会いだったのが、剣道という武道。
唯人には、相手の太刀筋が良く見えたし、良く読めた。
それに対応するための動きも、頭で考えるよりも早く出来た。
そして何より、狙いを定めて竹刀を振り下ろすその動作。
唯人は、まるで生まれながらに魂に刻み込まれていたかのように、それらを成して見せたのだ。
――しかし、いくら腕を磨き、昇段し、試合で成果を挙げてもなお、いや――だからこそ、か――唯人の心は満たされることがなかった。
この剣技を、『実戦』で試してみたい――。
その渇望は渇くことなく、生徒葬会が始まるその直前、生徒総会のために講堂に集まったそのときまでずっと、唯人の胸中に存在していた。
例えば剣道ではない、ルール無用の戦いならどうなんだろう。
例えば戦国の世なら、自分の剣技はどこまで通用するのだろう。
例えば――殺し合いの状況で、自分はどこまでやれるのだろう。
「……答えはまだ出せない」
唯人は呟く。
この生徒葬会において与えられた、一人一つの異能の力。
そのいくつかを、唯人は実際に目の当たりにしている。
例えば、同級生の安藤凜々花は、恐らく投擲力を強化するといった類の能力を持っていた――投げ付けられたカードのようなものをかわすことはできたが、それは女子の細腕で投げたとは思えない速度だった。
あのときは距離が遠かったのもあり、深追いはしなかったが、やはりこの『均刀』、というより剣術の弱点となるのは、より射程の長い攻撃だ。
歴史上においても、剣は槍に敗れ、槍は弓に敗れ、弓は銃に敗れてきた。
自分は自分がどこまでやれるのかを知りたい――常識を超えた異能の数々に、この剣技でどこまで対抗することができるのかを。
――あとは、自分と同じく『戦闘術』『殺人術』において非凡な才を持つ生徒と、この格好の舞台で巡り合い、やり合ってみたい。
唯人は、日頃から自身の好敵手となり得る生徒を密かに調べ上げていた。
まず、空手部の立花百花。
女子でありながら男子部員に力負けしないフィジカルと、全国大会ベスト8の実力。さらに唯人の見立てでは、組手形式ではない実戦ならばその成績以上に強い。
柔道部の岡部丈泰(おかべ・たけやす)も、純粋な肉体の強度なら校内トップだろう。俊敏さは立花百花に劣るものの、あのパワーは恐ろしい。もし掴まれてしまったなら、その時点で勝敗は決するだろう。
その二人のように公式戦の実績があるわけではないが、若駒ツボミも油断ならない存在だ。唯人は体育祭の実行委員で顔を合わせたことがあるが、間違いなく強い。何らかの武道か格闘技の経験者だ。もう引退した、というようには見えない。部活でやっていないだけで、絶対に現役で何かをやっている。それを明らかにしていないのは、注目されたくないのか、能ある鷹は爪を隠すというものなのか。
それに、なんといっても東城要だ。
いわゆる不良のリーダー格だが、なんといっても体格が良い。
唯人も遠目に見たことがあるが、フィジカルは岡部丈泰に次ぐレベルだ。
それに、喧嘩の経験も相当多いと聞く。
その手の武勇伝は誇張や脚色が入っていることが多分にしてあるので、話半分に受け止めるにしても、それがあながちフカシというわけでもないと思えるほどの強者のオーラは感じ取れた。
――もっとも、今挙げた四人が現在も生存しているとは限らない。
この生徒葬会においては、与えられた『能力』の種類とその使い方が大きく生死を分ける。
弱者によって強者が狩られることも多々あるだろう。
しかし、真の強者なら、必ずやいつか自分と相対することになると、唯人はそう確信していた。というより、そうでないと困る。
この生徒葬会から生還した後は、もう、思う存分に実戦で剣技を試し、人間を斬ることなどできないのだから。
この生徒葬会は唯人にとって、人生における最初で最後の夢の舞台なのだ。
――しかし唯人は知る由も無い。
戦いを望む四人の内二人がいる場所が、唯人の現在地である南ブロックとは正反対の位置にある北第一校舎であること。
そして今まさに、その内の一人が討ち取られようとしていることなど。