Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第三話 躊躇

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【7日目:深夜 屋外東ブロック】

 安藤凜々花が百人一首の読み札を鋭く放る。
 その僅かな指の動きを、暁陽日輝は見逃さなかった。
 跳ねるように横に避ける。
 しかし、凜々花はもう片方の手にあった読み札を、陽日輝が避けた先に向かって投げていた。
 左右どちらにかわすかは分からなかったはず。
 二分の一の賭けに、凜々花は勝ったのだ。
 しかし――賭けに勝ったことが、イコールで勝負に勝ったこととはならない。
 ――陽日輝には、凜々花が二枚目を、自分が避けた先を予想して投げることは想像できていた。そして、それならばかわすのは簡単だ。
 凜々花からすれば、陽日輝は投げられた札をかわすため必死に、最速かつ最適な回避行動を取ると思っていたことだろう。二枚目を投げる先は、左右どちらに投げるかは賭けでも、どのあたりに投げるかは決まっていたはずだ。
 高さは、陽日輝の身長からして、首の位置に来る位置。
 距離は、陽日輝が全力で駆け出した直後に達するであろう位置。
 この生徒葬会において、すでに何人かの生徒を手にかけていることを窺わせていた凜々花が、陽日輝を仕留めるのに最も適した投擲をすることは読めていた。
 だったら、自分は。
 その『最適』から、ズレた動きを取ればいい。
「!?」
 凜々花がハッと動揺したのが気配で分かる。
 ――陽日輝は、わざと膝を折り、体勢を崩すことで、二枚目の札の軌道から、自らの身体を外していた。
「カード型のものを投げる力を強化する、だったか? いい能力を引いたもんだ――でもな! 投げる力が強い分、こんなに風が吹いてるのに、直線にしか飛んでこないぜ!」
 ――そう。
 凜々花は、百人一首の読み札ですらナイフに変えるほどの投擲能力を得ているが、その結果、彼女が投げた札は風の影響も重力の影響もほとんど受けず、投げたままのまっすぐな軌道でしか飛んできていなかったのだ。
 陽日輝は、かわした先にある桜の木――凜々花が襲撃を仕掛けてきた際に投げた、最初の札が突き刺さっている、その幹に向けて、『夜明光(サンライズ)』を帯びた右の拳を叩き込んでいた。
 高熱を発する拳は、橙色の光によって、桜の木を焼き溶かす。
 熱によっていともたやすく焼き切られた桜の木は、ミシミシと音を立てながら、凜々花のいるほうに倒れていった。
「……っ! 思っていた以上に恐ろしい威力じゃないですか……! ホタルどころか炎ですね、それじゃ……! ですが!」
 倒れてきた桜の木を走ってかわしながら、凜々花は距離を詰めてくる。
 その両手はまたも、ブレザーのポケットに突っ込まれていた――が。
 そのときには、陽日輝はいったん『夜明光』を解除した右手で、ブレザーの下に隠していた奥の手――つい数時間前にこの手で殺めた友人の能力・『創刃(クリエイトナイフ)』によって創造されたナイフを抜き、凜々花めがけて投げつけていた。
 ――桜の木を焼き倒したのは、凜々花を動揺させるため。
 『夜明光』の威力が彼女の想像以上であることを示してみせることで、拳による殴打に対する警戒心を引き上げるためだった。
 ――まさかこちらがナイフを投げてくるなんて、思わせないために。
「なっ――!」
 凜々花は。
 目を見開きながらも、すんでのところでそのナイフをかわす。
 しかし、そのときにはもう、陽日輝は間合いを詰め切っていた。
「そらあっ!」
「うぶっ!?」
 陽日輝は、凜々花を半ば押し潰すようにタックルし、彼女をアスファルトの地面に背中から叩き付けていた。
 彼女の手からたまらず放り出された札たちが、辺りに散らばる。
 陽日輝は、自分の制服のベルトを引き抜くと、凜々花が背中を打った衝撃で動けないその隙に、彼女の両手首をベルトで縛っていた。
 さらに、彼女のポケットに詰め込まれた大量の札を、ポケットをひっくり返すようにして外に出し、『夜明光』によってまとめて焼いていった。
「なんてことするんですか!」
「人を殺そうとしといてよく言うぜ! この手で殴らなかっただけ感謝しろ!」
 ――そう。
 陽日輝には、『夜明光』で凜々花を殴る余裕がいくらでもあった。
 むしろ、押し倒してベルトで手を縛るまでの間に死に物狂いの抵抗をされ、再度間合いを取られてしまうリスクもあった以上、先ほどタックルではなくパンチを選んでいたほうがよかったともいえる。
 実際、陽日輝も最初はそのつもりだった。
 だが――間合いを詰めたその瞬間の、『夜明光』によって照らされた彼女の顔を。
 恐怖と絶望に染まった、その表情を間近に、目の当たりにしてしまったその一瞬で――陽日輝は、『夜明光』を解除し、しかし駆ける勢いはそのままに、彼女にタックルをしていたのだった。
 一言で表すのなら――躊躇った。
 怖気付いた、と言ってもいい。
 ここまで陽日輝が手にかけた三人は、すべて男性だったが、それはただの偶然。女性が相手でも、生きるか死ぬかのこの状況では、迷いなど無いと思っていた。
 しかし、実際に、あと僅かで女性の――凜々花の命を奪うといった段階に至り、陽日輝はほとんど本能的に、一瞬後の未来を忌避していたのだ。
「わ、……私を犯すつもりですかだからすぐに殺さなかったんですか、い、いいですよ、や、やってみればいいですよ! そそその前に舌を噛んで死んでやりますから、どうぞ私の死体を犯して楽しめばいいですよ、この下種!」
 当初の、余裕綽々としていた凜々花は、その落ち着きはどこにやら、身をよじらせて陽日輝を押しのけようともがきつつ、恐慌状態でまくしたてる。しかし、両者の体格差は大きく、凜々花が多少暴れたくらいでは、陽日輝が跳ね除けられるようなことはまずなかった。
 その事実が、凜々花をますます焦燥させ、そして絶望させていく。
 彼女の目にはじんわりと涙が浮かび、小刻みに震える身体は、彼女を実際以上に小さく感じさせた。
 ――同情の余地などないことは明白だ。
 彼女が生徒葬会の中で、すでに誰かの命を奪っていることは、まず間違いない。そして自分も、殺されかけている。
 『投票』に必要なのはあくまでも彼女の命ではなく彼女が持つ手帳の表紙であるため、彼女を殺す必要はないが、彼女を野放しにしたならば、いつまた自分の命を狙いに来るか分かったもんじゃない。
 そんなことは、頭では分かっている。
 なのに、凜々花の怯え切った姿を見ると、覚悟を決められない自分がいて。
 陽日輝は、そんな自分に苛立ちを覚えた。
 ――襲われたからとはいえ、友人の命さえ奪っておいて、今さら相手が女の子だからなんて理由で迷うのか。
 そんな甘さで、『投票』までこぎつけることなどできるものか。
 自分は、自分が奪ってきた命を、無駄にしないため――なんて高尚なものではないにせよ、この悪趣味な催し物を自分たちに強いてきた忌々しい『議長』の顔に、せめて一発食らわせてやるためにも、この生徒葬会の途中で命を落とすわけにはいかないのだ。
 ――陽日輝は、そう自分の心に言い聞かせ、意を決して、凜々花の胸を左手で押さえつけた。分厚いブレザー越しでも、微かに彼女の胸の柔らかな弾力も伝わってくる。
 そして右手は、凜々花を縛るベルトごと彼女の両手首を掴み、万に一つの抵抗もできなくした。
「――俺が少し頭の中でイメージするだけで、俺の左手はすぐ光る。そうすれば、お前の心臓も肺も焼け溶ける」
「ひっ――――」
 桜の木を焼き切り、倒してしまうほどの威力を目の当たりにしている以上、凜々花は陽日輝の脅し文句が事実であることを理解してしまっている。
 見開かれたその目からは、大粒の涙がこぼれ出た。
「お、お願いです――殺さないで――なんでもします――」
 恐怖に掠れたか細い声。
 ――駄目だ、迷うな。
 こいつの言葉に耳を傾けてはいけない。
 早くひと思いにトドメを刺せ。
 桜の木が倒れる音は、少なからず夜の学校内に響いたはずだ。
 少なくとも、東ブロックにいる生徒には聞こえているだろう。
 それで逃げてくれる生徒だけならいいが、逆に表紙を集めるチャンスだとばかりにやって来る生徒がいてもおかしくはない。
 だから自分がすべきは、『夜明光』で手帳まで焼いてしまわないように注意しつつ、凜々花の胸を焼き溶かしてすぐにこの場を離れること。
 ――陽日輝が何も答えないのを、凜々花はどう解釈したのか、堰を切ったように、激しく命乞いの言葉を吐き始めた。
「死にたくない死にたくない死にたくないお願いです許してください見逃してください! なんでもします、本当に本当になんでもします! そ――そうだ、て、手帳もあげます――ろ、六枚あります――だ、だからい、命だけは助けてください、殺さないでください!」
「……五人殺したのか」
「いっ――いえ! こ、殺したのはさ……二人だけです、あとは、そ、その、拾ったんです――死体から取っただけなんです――本当です――!」
 陽日輝は聞き逃さなかった。
 凜々花が三人と言いかけて、二人と言い直したこと。
 それに、『拾った』なんて、そんなことがあるのか?
 この悪夢から生きて逃れる唯一の方法は、百人分の表紙を集めること。
 なのに、その表紙を奪われないままの死体が、そうも都合よく何体も転がっているものか?
 まあ、相討ちだったり、この状況を悲観しての自殺だったりした場合は、手帳の表紙が奪われず残ったままである可能性も確かにある、が――
「う、ううっ……私だって、人殺しなんてしたくなかったんですぅ……で、でも、生徒葬会が始まってすぐ、ゲーム部の部室に飛ばされて、そこで百人一首の札が手に入って……これならやれるかもって、生きて家に帰れるかもって、そう思って……だから、だから――私だって、死にたくないんですよぉ! みんな同じじゃないですか、あなただって同じじゃないですか! 殺すか殺されるか、そのどっちかしかないじゃないですかぁ!」
「……っ」
 凜々花は、涙だけではなく鼻水までだらだらと流しながら泣き叫ぶ。
 それは、間近に迫った死に対する恐怖ゆえのものであり、彼女自身、自分で何を言っているのか、半分は分かっていないのかもしれなかったが。
 それでも、凜々花の言葉は、陽日輝の胸にドスンと鈍い衝撃を与えていた。
 ――あなたも同じじゃないですか。
 ――殺すか殺されるか、そのどちらかしかないじゃないですか。
 それは、自分でも分かっていた、いや、分かったつもりになっていたことだったが。自分ではない誰かの口から聞かされることで、こんなにも苦く心にのしかかるとは。
「――もういい、黙れ――それでいいさ。お前の言う通りだ、俺ももう三人殺してる。お前で四人目だ。俺もお前と同じ、自分が生き残りたいだけの、そのために何十人でも殺すつもりでいるクズだ。――これで十分かよ、凜々花ちゃん」
「え――あ――」
 悪あがきの叫びが通じなかったことを悟り、先ほどまで興奮して紅潮していた凜々花の顔から、サアッと血の気が引いていき、外灯の明かりだけでもはっきり分かるほど、蒼白になっていく。
 ……陽日輝は、自分が意識しないようにしている何かを、凜々花にさらに言われることを恐れ、先回りして開き直りのような言葉を吐き出すことで、彼女の口を封じた。そんな自分の卑劣さを内心憎らしく思いながらも、もうこれで後戻りはできない、ということを悟る。
 凜々花を殺し――そしてこれからも、他の生徒を殺し続ける。
 最初からそのつもりだった。
 しかし、自分には思いのほか覚悟が足りず。
 その覚悟を、真に持つためにも――自分はここで、凜々花を殺さなければならない。
「――お前はここで死ね。俺は、お前を殺して生きる」
 陽日輝は、あえてはっきりとそう口にして。
 凜々花の胸を押さえていた左手を離し、拳を握り締めた。
 今なお残る迷いを振り切るべく、全力で拳を振り下ろさんと、『夜明光』を発動させ、目いっぱいに拳を振り上げる。
 それが数秒後には自分の胸に振り下ろされることを悟り、凜々花はその綺麗な顔立ちを見る影もないほどに歪めた。
「ひやぁ……ぁ……ぁぁ……――」
 もはや抵抗の意思すら失い、嗚咽を漏らすばかりの凜々花から、目をそらさずに。
 陽日輝は、拳を振り下ろした。

       

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