Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第四話 決断

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【7日目:深夜 屋外東ブロック】


 暁陽日輝が、勢い良く振り下ろした左の拳。
 その拳は、安藤凜々花の胸を焼き溶かす――ことは、なかった。
 陽日輝の拳は、凜々花の胸から十センチほど上でぴたりと止まり。
 それとほぼ同時に、『夜明光(サンライズ)』を解除していたからだ。
「…………っ」
 陽日輝は、状況を理解できず、目を見開いたままでいる凜々花を見下ろしながら、視界の隅に映る自らの左の拳――寸止めされたその拳に、苦々しい思いがこみ上げるのを感じていた。
 迷いを捨て、覚悟を決め、振り下ろしたはずの拳。
 しかし、あとほんの一瞬で実を結んでいたはずのその覚悟を、陽日輝はまたも、自ら無駄にしてしまっていた。
「……畜生」
 陽日輝は、小さく呟いて――それから、凜々花の両手首を縛るベルトを解いた。
「えっ――……」
 呆気に取られたように、自由になった自らの両手を見つめている凜々花。
 そんな彼女を見下ろしながら、陽日輝は深く息を吐いた。
 ――ここで安藤凜々花を殺すことができていたなら、自分がこの生徒葬会において、生き抜く可能性は、今よりずっと高くなっていたことだろう。これから先、どんな弱い相手だろうと、どんな可愛い相手だろうと、どんな親しい相手だろうと、生き残るために容赦なく殺せる心が持てていたはずだ。
 しかし、現実はこのザマだ。
 女の子一人殺せない、この期に及んで甘い自分。
 ならば、自分のこれからの生徒葬会におけるスタンスは――やはり、これしかない。
「……俺はお前を殺さない。その代わり、俺と組んでもらう」
「!?」
 凜々花に襲撃される直前に考えていたこと。
 それは、食料と睡眠の不足により、誰もが過酷な条件下で殺し合いを続けている――が、違う条件下にある者が、もしいるとしたら、という仮定だ。
 その答えは、すでに陽日輝の中にある。
 そう――誰かと組んで行動している者にとっては、それらの問題は、単独で行動している者に比べれば格段に少ないのだ。
 食料がありそうな場所に一人で行くのは、他の生徒と遭遇するリスクが高まるが、誰かと組んでいるのなら、一人が見張りあるいは囮をすることもできる。
 睡眠に関してはもっとメリットがある。ただ順番に寝ればいいのだ。もし誰か他の生徒が近づいてきたとしても、相方に起こしてもらえるのだから。
 ――陽日輝は、自分が独りで戦い続けられる人間ではないことを思い知った。
 ならば、そんな自分が少しでも生き残る可能性を上げるためには――誰かと組むほかない。
 そしてその最有力候補は、今、自分に馬乗りにされて震えている。
「少し考えれば分かることだった。この生徒葬会、最後の一人になるまで殺し合うなきゃいけないようなルールじゃない。百枚の表紙を集めるゲームで、表紙は三百枚あるはずなんだ。だから、三人までなら、安心して組める」
 ――実際は、三人で組むのはリスクも大きいことに陽日輝は気付いている。
 自分だけではなく、自分の親しい友人や恋人も生還させたいと思う生徒は多いだろう。そんな生徒がチームの中に混じっていたら、土壇場で裏切る可能性があるのだ。
 二人なら、そのリスクも無いとは言えないが、少なくはなる。なんせ、一人分は枠が空いているのだから。
「俺の能力、『夜明光』は相手に触れることができればそれだけでケリが付くけど、近づけないような相手とは相性が悪い」
 例えば、陽日輝が二人目に殺した倉条の『停止命令(ストップオーダー)』は、まさに天敵だった。
 こちらの接近と接触を許してくれないような能力相手に、陽日輝はなすすべがない。
 しかし。
「でも、凜々花ちゃんと組めば、その弱点はある程度補える。凜々花ちゃんからしても同じだ。――だから、俺と組んでほしい」
 懸念事項はある。
 表紙が百枚に届いたところで、抜け駆けされるのではないか、とか。
 しかし、そんなことよりも、凜々花を殺さずに済むというメリットのほうが、今の陽日輝にとっては大きかった。
 怯え、震え、泣き叫んだ彼女の姿を見て――今も、鼻水をすすりながら、潤んだ瞳に不安の色を溢れさせている彼女を見て。
 陽日輝にはもう、彼女に対し、非情な決断を下すことなどできるはずがなかった。
「……どう、して、ですか……?」
 凜々花は。
 ぐずぐずに震えた声を、喉の奥から絞り出す。
 それでもその声は、とてもか細い。
 しかし、その瞳は、陽日輝の目をまっすぐに捉えていた。
「どうして……考えを、変えたんですか……?」
「――。言っただろ。ここでお前を殺すより、お前と組んだほうがメリットが大きいって気付いたんだ」
「……嘘、ですよね、それ……。だって、私のこと、本気で殺す――つもりだったじゃ、ないですか。私と組むとか、そんなことは、たとえ思いついたとしても……それでも構わず、殺すつもりの顔を、してましたよ……」
 凜々花が、微かに微笑んだように見えたのは、気のせいだろうか。
「…………」
 陽日輝は、平静を装いながらも、凜々花の洞察力に舌を巻いていた。
 あれほどの恐怖に駆られていたのに――いや、だからこそ、なのか?
 凜々花は、陽日輝の心境が大きく変わったことに、気付いているようだった。
 だとしたら――取り繕っても、仕方がない。
「――その通りだよ。俺はお前を殺すつもりだった。そうすることで、この最低最悪な状況でも生き抜けるような俺になれるはずだったんだ。でも、それはできなかった」
「そう、ですか――」
 凜々花は、天を仰ぐように視線を動かし。
 それから、肺の底にある空気までも出し切るかのように、深く深く息を吐いて。
 その後で、今度は見間違いなどではなく、確かに、微笑んでいた。
「――私は、あなたを殺そうとしましたよ? そんな女と、安心して組めるんですか?」
「……凜々花ちゃんこそ。そんなこと言って、俺の気が変わったらどうするつもりなんだ? また泣いてみるつもりなのか?」
「……あはは。それも、いいかもしれませんね」
 ――自分も、凜々花も、それぞれがすでに誰かの命を奪っていて、これから、さらに多くの命を奪うために手を結ぼうとしている。
 だというのに、そもそも、先ほど出会ったばかりで、おまけに殺し合いをしていたというのに――陽日輝は、凜々花に対し、どこか心が通じ合ったような感覚を覚えていた。
 自分の迷いと、それを断ち切れなかったことを、口に出して伝えたからか。
 それとも、凜々花が浮かべた微笑みが、思った以上に可憐だったからか。
 陽日輝がそんなことを思っていたら、凜々花が、出会った当初の落ち着きを取り戻したような様子で言った。
「あなたの考えはわかりました。私も、あなたにこうして追い詰められて、私の能力の限界を感じましたので――あなたの誘いに、乗ってみたいと思います」
 ほんの数分前まで、臆面もなく泣き叫んでいたとは思えないほどに流暢な台詞。しかし、その端々で微かに鼻をすする音が、あの姿が現実であったことを物語っていた。
 陽日輝は立ち上がり、凜々花のほうも、手を引いて立ち上がらせる。
 女の子らしい小さく柔らかな手の感触に、やっぱり殺さなくて――殺せなくてよかったのかもしれない、と思わされる。
 と――そのとき、凜々花を立ち上がらせた後になってようやく、陽日輝は、凜々花が失禁していたことに気付いていた。
 彼女のお尻が触れていた辺りのアスファルトだけが、外灯の微かな明かりだけでも、周囲と比べて色が濃くなっている――つまり濡れていることが分かる。
 そしてそれ以上に確かな証拠として、立ち上がらせた凜々花の股や太ももから、ぽたぽたと水滴が落ちていたのが見えた。彼女のスカートの内側から垂れた液体は、彼女の太ももを伝い、靴下まで濡らしているようだ。
 拳を寸止めした辺りで、死を確信して恐怖がピークに達したのだろうか。
 映画や漫画ではよく見るが、人は本当に恐怖で失禁するのだということを、陽日輝は初めて知った。
 ――凜々花は、陽日輝の視線に気付いたのか、一瞬ハッと目を見開き――それから、陽日輝の手を振り払うように放していた。
 そのとき少し強めの夜風が、凜々花のいる方角から吹いてきて、陽日輝の鼻先に、微かに尿の臭いが触れたが、さすがにそれを面と向かって指摘するほど、陽日輝はデリカシーの無い男ではなかった。
「……陽日輝さん。私からも、あなたにひとつお願いがあります」
 凜々花は。
 今は恐怖ではなく、羞恥に肩を震わせながら、そう言った。
 その姿が少し可笑しくて、陽日輝は口元が緩むのを感じる。
 それに目敏く気付いたのか、凜々花がキッと睨んできた。
「私が漏らしたこと、絶っ対に誰にも言わないでください」

       

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