Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第三十七話 因縁

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【8日目:夕方 屋外西ブロック テニスコート】

 立花姉弟が滝藤唯人の襲撃を受けていたのとほぼ同時刻、その立花姉弟の片割れと今朝戦ったばかりの彼女、月瀬愛巫子は、立花姉弟同様苦境に立たされていた。
 ――愛巫子が倉庫で目を覚まし、活動を再開してからの流れを振り返ると次の通りだ。
 ひとまず今自分がいる校舎をと考え、西第三校舎を一通り探索することにした愛巫子は、その過程で空き教室に隠れていた女子生徒を発見し、安心させて不意を突く形で殺し、彼女が持っていた分と合わせて二人分の表紙と能力説明ページを手に入れていた。
 彼女――一年生の上川(かみかわ)と名乗ったその女子生徒は、生徒葬会が始まってからずっと逃げ隠れしていたものの、錯乱した生徒と出会い揉み合う内に殺してしまったという話だったが、本当かどうかは分からない。
 いずれにせよ、正当防衛とはいえ人を殺めてしまったことに彼女は大層ショックを受けたらしく、食事もロクに取らずに空き教室に引き籠っていたそうだ。
 愛巫子は、その程度で崩れてしまう上川の精神の脆さを内心侮蔑していたが、『身代本(スケープブック)』のストックを立花百花によって相当減らされている以上、万全を期すことにした。
 要するに、上川に同情する振りをし、親身に話し相手になってやったのだ。
 最初はまだ愛巫子を警戒していて、言葉数も少なかった上川だったが、やがて気を許し、隙を見せるようになった。
この生徒葬会で弱り切った心は、元々寄り添える誰かを切に求めていたのだろう。
 ――その隙を突き、愛巫子は上川の首の頸動脈を、倉庫の棚の裏に落ちていた(そのため百花も見逃していたのだろう。気付いていたら、ハサミ同様回収していたはずだ)カッターナイフを使って切り裂いたのだ。
 信じられない、という目で愛巫子を凝視しながら崩れ落ちた上川を、愛巫子はほんの少しだけ哀れに思った。
 ただし、こんな簡単に騙されてしまうなんて馬鹿で可哀想、という意だが。
 ――そこまでは、順調だった。
 このまま確実に手帳を集め、第二の能力を手に入れて態勢を整えた上で、立花百花から自分の手帳を取り戻す。
 そういった再起への道筋が、愛巫子には見えていた。
 しかし、西第三校舎の探索を一通り終えて、再び一階に戻ってきたとき――愛巫子は、またしても別の生徒に遭遇したのだ。
 ただし、上川とは違い、最初から『やる気』になっている生徒に。
 その生徒の『能力』は、愛巫子にとって非常に厄介なもので。
 なんとか西第三校舎を脱出し、西第二校舎との間にあるテニスコートまで逃げてきたものの、そこで追い付かれて今に至る。
 ――愛巫子は、ゼエゼエと息を切らし、汗だくになりながら、『彼女』と対峙していた。
「あらヤダ月瀬せんぱーい、そんなに汗びっしょりだと美人が台無しですよぉ? あ、でもでもそれよりー、化粧とか落ちちゃったらマズかったりします? キャハハッ!」
 柄も無い全力疾走で疲れ切った頭に、キンキンと響く耳障りな甲高い声。
 彼女は一応敬語を使っているが、その声音や口調からは敬意のかけらも感じられない。
 明るい茶髪をボブカットにしたその少女を、愛巫子は知っている。
 二年生の楪萌(ゆずりは・もえ)だ。
「……うるさいわね。その下品な口を閉じなさい」
「ヤーダー、図星だからってピキってるんですかぁ? お肌に悪いですよぉ?」
 口に左手の指先を当て、性悪に笑う萌の、その仕草一つ一つが気に障る。
 自分が可愛いということを自覚し、その可愛さを最大限に活かせるように振る舞う――露骨にあざといにも関わらず、分かっていたとしても異性は惹かれてしまうだろう。
 しかしその本性は、清々しいほどの自己愛の塊だ。
 愛巫子も本性を周囲には隠し通して生きているという点では共通しているため、不本意ながらある種の同類として、そのことを初対面から見抜けていた。そして萌のほうも同様だったらしい。
 立花百花とはまた別ベクトルに、愛巫子にとって嫌いな相手だった。
 ――愛巫子と萌との因縁は、一年前に遡る。
 文化祭の一企画として毎年行われている校内美少女コンテスト――俗にミスコンと呼ばれる類のイベントで、愛巫子がグランプリを獲ったのだ。
 本来ならそんな低俗なイベントは出たくもなかったが、他薦でもエントリーできてしまうという厄介なシステムだったため、不本意ながら参加する羽目になっただけだ――それが萌に敵視される原因となった。
 萌は当時一年生ながら準グランプリになったが、グランプリは自分が受賞するものだと信じ切っていて、そうならなかったことにいたくプライドを傷つけられたらしい。
 その後、廊下ですれ違うたびにバチバチと火花を散らしてくるようになったが、相手にするだけ無駄なので無視し続けてきた。
 ただそれだけの関係性――平和な学校生活が続いていたなら、別にどうということもない、くだらない因縁だ。
 しかし、生き抜くために殺し合うことが肯定され推奨されるこの生徒葬会という場においては、その取るに足らない因縁さえ、厄介な代物となる。
 萌は、自分をなんとしても殺すつもりらしかった。
「これでもわたし、月瀬せんぱいに会えて感動してるんですよぉ? その綺麗なお顔、見る影も無いくらいズタボロにできるなーって思って、ウヒヒヒ」
 異性の前では絶対に見せないだろう、粘着質な笑みを漏らしながら、萌は右手に持ったそれをクルクルと回す。
 夕陽に照らされた『それ』こそが、愛巫子が逃げの一手を打った原因だ。
「わたしの能力、『自縄自縛(ロープアクション)』って言うんですぅ。手の中にロープを出せる能力――ってだけじゃないコトは、もうせんぱい気付いちゃってますよね?」
「これだけ散々見せつけられて、気付かないのはただの阿呆よ――ロープを自由自在に操ることができる、それがあなたの能力ね」
「ピンポンピンポン大正解~! ロープなんてダサいしサイテーって思ってましたけど、これがなかなかどうして便利なんですよぉ」
 したり顔でそう言う萌の右手に握られたロープは、彼女の足元でとぐろを巻いている。
 彼女がひとたびその手を振るえば、ロープはまるで蛇のようにうねり、こちらに襲い掛かって来るのだ。
 そして、ロープというのは――かなり、まずい。
 ストックは残り少ないとはいえ、『身代本』があれば即死しない限りどんなダメージでも本に転嫁してしまうことができる――が。
 ひとたびロープによる拘束に嵌ってしまったのなら、縛られることによる苦痛自体は転嫁することはできても、縛られている状態そのものから逃れることはできない。
 無理やりロープを振りほどくような馬鹿力は自分にはないし、カッターナイフ程度ではロープを切るのは不可能、あるいは途方もない時間がかかるだろう。
 認めたくはないが、萌の『自縄自縛』は、自分の『身代本』にとって天敵だった。
 ここまで何度もロープに捕まりそうになりながらなんとか逃げてきたが、これ以上走るのは体力的にも厳しい。
 なら――天敵だろうが、攻略する他ないだろう。
「あなたのその『自縄自縛』、射程はそこまで長くないようね。少なくとも、この距離なら届かない」
「それがどうかしましたかぁ? せんぱいもう息上がってるじゃないですかぁ。やっぱり若い分わたしのほうが体力あるのかな? キャハハッ!」
「ひとつしか違わないのに若いも何もないわよ……それに、ロープの材質そのものは本当にただのロープのようね」
「ただのロープ、上等じゃないですかぁ。せんぱいを縛り上げて、全身の関節をネジ曲げて――その首ゴキャっとへし折ってあげるのには十分すぎますよぉ」
 萌は目を爛々と輝かせながら、にじり寄るように歩を進める。
 追い詰めた獲物を前にして悦に浸っているのもあるし、それに、萌自身も別に体育会系というわけではない、彼女もまた息が乱れていた。
 それを整えながら、じわりじわりと間合いを詰めているのだ。
 愛巫子はカッターナイフを握る手に力を込める。
 こんなものでは、ロープを切断することは敵わない。
 なら、これで一か八か萌に襲い掛かるか?
 ――カッターの刃が届く前に、ロープに捕まっておしまいだろう。
 投げてみるのはどうか?
 意表を突くという点では有効かもしれないが、外せば終わりだ。
 それに、愛巫子は正直なところ運動は不得手だった――体育の授業で行ったソフトボール投げの飛距離からすると、あまり現実的な攻撃手段ではない。
 『自縄自縛』の弱点は、せいぜい五、六メートルしかない射程距離と、ロープ自体はただのロープであるという点。
 しかし、だからなんだという話だ。
 萌に言われるまでもなく、その弱点を理解していたところで、愛巫子の身体能力や所持品ではそれを突破口にはできないことくらい、重々承知している。
 ただ、少しでも時間を稼ぎたかった。
 体力を、ほんの少しでも回復させるため。
 そして――これから取る起死回生の一手を実行するための、『覚悟』を決めるため。
 それは、『身代本』がなければできない一手ではあるが、『身代本』があるからといって、簡単にできる方法ではなかった。
 物理的には難しくない。
 心理的に非常に過酷な方法なのだ。
 それでも、今の自分に取れる手段はこれしかない。
 それに――萌のようなタイプに対しては、この手はきっと、有効だ。
 こちらの『覚悟』を見せつけて、内心『負けた』と思わせることができたなら――逃げるための隙は、より大きく生じるだろう。
 そこまで分かっていても、手が震える。
 脂汗が滲む――しかし、萌はもう間もなく『自縄自縛』の射程圏内に自分を入れる。
 なら――チャンスは、今しかない!
「楪さん――その目に焼き付けなさい!」
 愛巫子は。
 半ばヤケクソのように叫び、カッターナイフのプラスチック部分が割れそうなほどの力を込めて(愛巫子の握力ではそこまでのエネルギーにはならないが)――自分の左手首を、切り裂いていた。
「はあああっ!?」
 萌が素っ頓狂な叫び声を上げる。
 動脈を切断したことで、勢い良く噴き出す鮮血が、テニスコートに吸い込まれていく。
 ――萌の前ではまだ、『身代本』を使用していない。
 だから、萌からすれば、突然致命的な自傷を行ったようにしか見えないだろう。
 少なからず混乱しているであろう萌から目線を切り、愛巫子は残された力を振り絞って駆け出した。
 しかし――
「いっっったぁぁぁぁぁぁ!! 痛い痛い痛い痛いふざけるんじゃないわよぉぉ!!」
 百花にサンドバッグにされていたときとは、また違った種類の激痛。
 絶叫することで気を紛らわせても、自然と涙が浮かんでくる。
 そのこと自体に腹が立ち、こんなことをさせた萌にも殺意を覚えた。
 それでも、今はせっかくスタートダッシュに成功して開いた距離を詰められてしまわぬよう、全力疾走で萌を撒くことに専念しなければならない。
 テニスコートを出た愛巫子は、チラリと萌のほうを振り返った。
 萌はまだテニスコートの中で立ち尽くしている。
 これなら、撒ける―――!
 そう確信した直後、愛巫子は先ほど見た光景に違和感を覚えた。
 ……何かが、おかしい。
 動揺して立ち尽くしているにしては、立ち姿が綺麗で。
 それに、右手に持っていたロープが――どこに伸びていた?
 愛巫子はもう一度振り返り――そして見た。
 テニスコートに設置された巨大な照明器具、その支柱に、ロープを巻き付けている萌の姿を。
「……!」
 キャハ――と、萌が性悪に笑い。
 直後、彼女は能力名通り、派手なロープアクションを行っていた。
 ロープを巻き付けた支柱を中心として、ロープを掴んだ状態で空中を何回転もしてみせたのだ――メリーゴーラウンドのように、と言うには、あまりにも速く、そして遠心力が加わりすぎている。
 そう、同系統の喩えをするなら――その回転はもはや、絶叫マシンの類だ。
 そして、ちょうど勢いが付いたところで、萌は支柱からロープを解き。
 弾丸のように真っ直ぐ、愛巫子めがけて飛んできていた。
「はあっ!?」
「今度はわたしが驚かせる番です――せんぱいっ!」
 愛巫子は咄嗟に伏せてかわそうとしたが、その視界にロープが映った。
 ――避けられることを想定して、萌がロープを射出したのだ。
 伏せたことで萌の突貫はかわしたが、その代わりにロープを首に巻き付けられる。
 そして――萌の推進力がロープに加えられ、愛巫子は背中から地面に叩き付けられると共に、その首をへし折られた。
 ――その直後に『身代本』を発動させ、死は免れたが。
 あと一瞬でも遅れていたら、間に合わずに死んでいただろう。
 ただ首を絞めるのと比較して、首折りは死への速度が違いすぎる。
「~~~~!」
 愛巫子は、直前まで迫っていた『死』に戦慄しながら、夕焼け空を見上げていた。
 萌は勢いが付きすぎたのか、十数メートル向こうで着地したらしいのが音で分かる。
 ――萌はまだ、自分が死んでいないことに気付いていない。
 ロープはすでに解け、萌と共に向こうに行っている――逃げるなら今だ。
 しかし、先ほどのような方法を取られた場合、今度は『身代本』の発動が間に合わずに死んでしまうかもしれない。それに『身代本』のタネが割れてしまう。
 なら、このまま死んだふりをして、萌が手帳を回収するために近付いてきたときに不意を突くか?
 それも危険な賭けだ、不意打ちに失敗したらロープをかわせない。
 ――逃げるにしても不意打ちをするにしても、リスクは大きく、成功率は高いとは言えない。
 それでも、他に方法は無い。
 バクバクと高鳴る心臓をやかましく感じながら、愛巫子は必死に思考を巡らせた。
 考えろ――私は生き残るべき人間だ。
 生き残るためにすべきことを、しなければならないことを考えろ。
 それに――よりにもよってこの糞生意気な餓鬼に殺されるのは我慢ならない。
「あーあ、逃げるからつい殺しちゃった。もっといたぶりたかったのに……」
 萌の声が遠くから聞こえる。
 その声にビクッ、と怯えてしまう自分が腹立たしい。
 ――そう自覚した瞬間、愛巫子の中で選択肢は一つに絞られた。
 逃げずに、不意を突く。
 この汚物のような味の屈辱感と敗北感は、萌に同様の屈辱感と敗北感を与えて殺すことによってしか晴らされない。
 そう確信したことで、愛巫子の頭は途端に明瞭になり、回転を増す。
 その頭脳のすべてが今、萌を殺すためだけに使われ始めていた。

       

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