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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第三十九話 来客

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【8日目:夕方 東第二校舎三階 女子トイレ】

 生徒葬会が始まって八日目、今なお生き残っている生徒たちは、様々な問題に直面している。
 体力面および精神面の消耗、食料の不足――そして、特に女子生徒にとって死活問題なのは、お風呂とトイレだ。
 このような極限状況下においても、やはりシャワーは浴びたいし、トイレ以外で用を足すのには抵抗がある。
 その点、嶋田来海、久遠吐和子、御陵ミリアの三人は恵まれていた。
 早い段階で合流し、東第二校舎を拠点として確保したことにより、トイレで用は足せるし、体を洗うのも、トイレにある深めの洗面台に水を張った上でバケツで汲んで被るという方法で可能にしていた(もちろん洗面台とバケツは使う前に念入りに掃除したが)。
 秋なので肌寒いが、家庭科室からタオルとドライヤーも調達しており、最低限体を温めることもできる。
 御陵ミリアは、先にシャワーを浴びていた嶋田来海と入れ違いで女子トイレに入っていた。
「ミリア、待たせたね。水出しっぱなしにしてるよ」
「うん、ありがと」
 濡れた髪をバスタオルでガシガシと拭きながら、一糸纏わぬ姿で来海が廊下に出て行く。
 トイレに服を置くのも抵抗があるので、ミリアたちは教室で脱衣した上で女子トイレに向かうようにしていた。
 つまりミリアもすでに全裸だ。
 夕暮れの校舎の廊下を全裸で歩く女子高生二人、まるでエッチなビデオみたいなシチュエーションだなあとミリアは場違いな想像をした。
 トイレに行き、スリッパを履いて洗面台に向かう。
 壁に取り付けられた鏡には、相変わらず血色の悪い自分の顔と、不健康な肌色をした貧相な体躯が映っている。
 こんな体でも喜ぶ男がいるんだから分からないものだ。
 ……ミリアが、暁陽日輝と安藤凜々花に対してけしかけた二人の刺客、『意気揚々(ゴーゴーヨーヨー)』の八木と『複製置換(コピーアンドペースト)』の峠。
 その二人とは、ミリアが自らの肉体を提供することで協力関係を結んだ。
 ――つまり、性行為の見返りとして陽日輝たちを襲ってもらったのだ。
 二人とも同級生で、八木はミリアと同じ美術部に所属していたし、峠はバレーボール部なので吐和子を通じて面識があったので、まったく関わりのない生徒よりは警戒されなかったのは幸いだった。
 この極限状況下においては、日常において意識的・無意識的両方でかけられている自制心やモラルといった枷は容易に緩み、外れる。
 死への不安や恐怖を前にして、性という餌への食いつきはとても良かった。
 八木や峠からしても、来海の『偏執鏡(ストーキングミラー)』により居場所が分かっている相手にほぼ確実に奇襲ができるという条件は悪くなかったはずだ。
 もちろん、彼らだって馬鹿ではない。
 肉体まで提供されたということは、そこまでしてでも自分たちを利用したいという思惑があるということには気付いていたはずだ。
 あわよくば、陽日輝と凜々花を殺した後、彼らの手帳を奪ってそのまま逃走しようと考えていた可能性はある。
 もちろん、ミリアたちはその可能性を想定していた――結果的には八木と峠は共に返り討ちに遭い、その段階まで至らなかったものの、もし彼らが逃走や反抗を試みるようなら、そのときには吐和子とミリアが殺すつもりだった。
「……できちゃってたらやだな」
 ミリアは、バケツで掬った水を浴びながら呟く。
 生徒葬会から生きて帰ったとして、父親の無い子供を身籠ってしまっていたらと思うと憂鬱になる。
 とはいえ、性行為自体にはそこまで抵抗があるわけではなかった。
 別に好きではなかったが、自己肯定感が低いミリアにとっては、自分の肉体のような大した価値の無いもの、必要なら多少好きにさせたって構わないという程度の貞操観念だった。
 なので、生徒葬会以前にもそういう経験はある。
 来海と吐和子もそれを知っているから、複雑そうな顔こそしたものの、ミリアが体で釣った男を手駒にすることには強く反対はしなかった。
 それに、この方法を取れるのは三人の中では自分だけだ。
吐和子はバレーボール部の先輩と付き合っていたこともあり性経験はあるが、好きでもない相手と肉体関係を結ぶのは性格的にできないタイプだし、来海に至ってはそもそも未経験だ、頼むのはあまりにも酷だろう。
 ――自分の肉体に対しても無頓着なミリアが、今、唯一執着しているもの。
 それは来海であり、吐和子であり、そして二人と共に過ごす自分だ。
 こんな自分と親しくしてくれてきた二人との毎日は、楽しかった。
 そしてこの生徒葬会という状況においても、二人がいるから安心できる。
 なのでミリアは、三人で生きて帰るためなら、何だってするつもりだった。
 ――そう決意を新たにしながら、ミリアは冷たい水道水で全身を洗っていく。
 肌を切るような冷たさに、自然と身震いしてしまう。
 温かいシャワーは部室棟に行けばあるはずだが、そのような場所は高確率で他の生徒が確保しているだろうし、この東第二校舎という便利な拠点を捨てるわけにはいかない。
 生徒葬会すら無事に三人で生還できたら、みんなで温泉にでも行くのも悪くないなと、ミリアはふと思った。
 自分の次は吐和子が体を洗う番なので、あまり待たせないよう手短に済ませ、タオルで全身を拭いて廊下へと出る。
 全裸で廊下を歩いているとやっぱりヘンな感じがする。
 羞恥心と背徳感に、ちょっぴり爽快感。
なんだか露出狂になった気分だ。
そんなことを考えながら、ミリアは教室へと戻った。
「おまたせ」
「ああ、ミリア。ちょうど良かった」
 来海が顔を上げて言う。
机の上に置いた手鏡を、吐和子が真剣な面持ちで眺めていた。
 ミリアは「どうしたの?」と訊きながら、二人の傍に行き、同じように鏡面を覗き込む。
 そこに映っていたのは、見覚えのある同級生だった。
「岡部君だね」
「ああ、その通り。柔道部の岡部丈泰だ。ミリアは知っているのかい?」
「来海はウチが教えるまで知らなかったんよ。あんなバカデカイ奴覚えてないほうがおかしいって……クラス同じだったこともあるし」
 吐和子が呆れたように言いながら、悪びれもしない来海を横目に見やる。
 吐和子の言う通り、柔道部の岡部丈泰といえば校内屈指のビッグネームだ。
 二メートルの長身に百キロ超えの大男で、柔道で黒帯を持ち大会でも活躍する実力者。
 空手部の立花百花とバスケットボール部の立花繚と同じく、全国区のプレイヤーだ。
 ちなみに吐和子もバレーボール部のエースでこそあるが、チームがそこまで強豪ではないこともあり、あくまでも県内の強豪レベルである。
 その丈泰が映し出されている場所――それは、この東第二校舎の前だった。
「入ってきちゃうかもね」
「そうなんだよ。そこで吐和子と対策を考えていたのさ」
「岡部のことは何度か鏡で見てたけど、『能力』使ってるとこは見れなかったからね。このまま通り過ぎてくれたらそれはそれでいいんだけど」
 そんな吐和子の願い虚しく、丈泰は東第二校舎に足を踏み入れた。
 来海がやれやれとばかりに首を横に振り、吐和子がはあ、とため息をつく。
「『交渉』してこようか?」
 ミリアはそう申し出た。
 『交渉』とは言うまでもなく、八木や峠に対して行ったように、自分の肉体を提供しての協力を要請するということだ。
 来海と吐和子は複雑そうに顔を見合わせ、それから吐和子が言った。
「ウチらとしてはあまりミリアにそういうことさせたくないってのもあるけど――アイツ、堅物だから。そういうの通用しないと思う」
「やってみないとわからないよ」
「いや、文化系のミリアや来海は分からないかもしれないけど、ウチも運動部だからなんとなく分かるんよ、どういうヤツかっていうのは。それに、岡部はあの東城より強いって言われてたくらいのヤツだからね。『能力』次第ではかなり危険な相手」
 東城――悪名高い不良グループの絶対的リーダー、東城要。
 彼がここではない別の校舎で、舎弟たちと共に暴政を敷いているのは、『偏執鏡』によって見ている。
 出来ることなら相まみえたくない存在だが、今もあの校舎にいるのだろうか。
 しかし今はそれより、岡部丈泰だ。
 懐柔するのが難しいというのなら――殺すしかない。
「それなら私と吐和子で」
「ミリアは体洗ったとこっしょ? それに来海の護衛も必要だし、いざとなったら呼ぶからさ。ウチが一人で行く」
 吐和子はそう言って、座っていた机から腰を浮かせた。
 拳をパキポキと鳴らして、臨戦態勢だ。
 背が高くワイルドな雰囲気の彼女は、その仕草もサマになっている。
「キミだけで大丈夫なのかい?」
「それを確かめるために、まずウチだけで行くんよ。それに、ウチの『糸々累々(ワンダーネット)』は一人のほうが戦いやすい能力だしね」
 吐和子はそう言って、ニヤリと笑った。
 自信に溢れたその言葉に、ミリアは説得は無意味だと悟る。
 実際、『糸々累々』を最大限活かすには、ミリアと組むより単独のほうがやりやすいこともまた事実だ。
 なのでミリアとこくりと頷き、「気を付けて」とだけ伝えた。
 自分だって、八木や峠との『交渉』を押し通した。
 今度は吐和子の判断を信じ、尊重すべき場面だろう。
 その吐和子は、ミリアのエールにニカッとはにかんだ。
「うん、サンキュ。来海も、ミリアに迷惑かけんなよ」
「失礼だねえ、私を何だと思ってるのやら」
「ははは、冗談冗談。ま――どのみちいつかはこの校舎で誰かと本格的にバトる必要出てきたワケだしさ。相手に取って不足ナシ、岡部に通用するならウチらの今後は安泰よ」
 吐和子はひらひらと後ろ手に手を振りながら、教室から出て行った。
 遠ざかる足音を聞きながら、ミリアと来海は改めて鏡面を覗き込む。
 丈泰は一階の廊下を歩いているようだった。
 このまま行けば、数分以内に二人の戦いは始まるだろう。
「しかし心配だねえ」
「吐和子が大丈夫って言うなら、もう信じるしかないよ」
「違いないね」
 来海とミリアはそう言い合って、それから無言になって鏡面に視線を戻した。
 ――吐和子の言う通り、いつかはこの東第二校舎が戦場になるのは避けられないことだった。そのための『準備』だってしてきた――つまり、侵入者を返り討ちにするための作戦の立案と、仕込みを。
 来海が、洗ったばかりの湿った髪先に、指を巻き付けながら言う。
「吐和子の『糸々累々』、果たしてどこまでのものか。しかと見届けようじゃないか」

       

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