Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第四十二話 二人

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【8日目:夕方 北第一校舎一階 小会議室】

 東城要の『王国』が崩壊した後、北第一校舎はまるで野戦病院のような様相を呈していた。
 全裸で氷漬けにされていたことにより激しく消耗していた星川芽衣たち四人を、最上環奈が『超自然治癒(ネオヒーリング)』により順番に治療していき、それを根岸藍実が手伝う、慌ただしい状況だ。
 その後、芽衣たちの治療が無事に終わってから、暁陽日輝と四葉クロエも治療を受けることができたが、そのときには夕方になってしまっていた。
 芽衣たちは肉体的には完治したものの、精神的な傷や疲労は深く、保健室のベッドやソファーに寝かされている。
 そのため保健室に全員がいたら狭苦しくなってしまうので、陽日輝は数部屋離れた小会議室で時間を過ごしていた。
 長机とパイプ椅子、ホワイトボードに、あとは冬場に使う旧式の暖房器具だけが設置された、横長で殺風景な部屋だ。
 そこには、安藤凜々花と四葉クロエの姿もあった。
「陽日輝、凜々花、お二人がどこに向かうつもりなのかは敢えて聞きませんわ。ただ、お気持ちは変わらないのですのね?」
「……ああ。悪い、クロエちゃん」
 陽日輝は、長机を挟んで反対側、ホワイトボードの前に立つ銀髪の美少女・クロエに対し、腕組みした状態で頷いた。
 その左斜め前の席には凜々花が座っていて、複雑な表情を浮かべている。
 ――陽日輝と凜々花は、クロエに、ある提案をされていた。
 若駒ツボミが、これまで東城一派がいたことで行くことができなかった二階と三階にある食料や物資を運び出すため、環奈を連れて移動したその隙に、だ(環奈より藍実のほうが作業には向いているだろうが、藍実は『通行禁止(ノー・ゴー)を一階に展開しておく必要があるため保健室で留守番をしていた)。
『陽日輝、それに凜々花。――私たち三人で、若駒ツボミを討ちませんこと?』
 ――クロエは、この生徒葬会の終盤で、環奈と藍実を擁することでほぼ無傷の状態が確定するツボミと相まみえることを懸念しているようだった。
 さらに、陽日輝が交渉のために、本来陽日輝が貰える約束だった東城たちの手帳をツボミに渡してしまったことも、クロエにとっては予想外かつ、不都合なことだったらしい。
 ――クロエの主張は理解できる。
 凜々花を解放するために対峙したとき、ツボミが見せた剣さばき、それに東城と同等以上の威圧感。
さらに彼女はまだ、自身の『能力』を陽日輝たちに明かしていない。
 ゆくゆくは生徒葬会からの生還に向けて本格的に動くであろうツボミを、自分たち三人が無傷で揃っている今、叩いてしまうというのは、作戦としては悪くないかもしれなかった。
 ――しかし、陽日輝はその提案を断った。
 理由としては色々ある。
 少なくとも今、自分たちとやり合うつもりはないツボミとわざわざやり合うリスク、今日はボイラー室での襲撃に始まり息つく間もない戦いの連続で、心理的に擦り減っているということ。
 それに――ようやく平穏を取り戻した芽衣たちがいる場所を、再び戦場に変えたくはないという思い。
 だから陽日輝の答えは、何度聞かれても変わることはなかった。
「……はあ。分かりましたわ。凜々花も、それでいいんですのね?」
「……うん。ごめんね、クロエ」
「そんな顔をしないでくださいませ。私はこの生徒葬会で生き残るための方法を複数考えておりますの。心配には及びませんわ」
 クロエはそう言って、その綺麗な銀髪を指先で払って笑った。
 ……それにしても、凜々花が敬語を使っていないのは新鮮に感じる。
 まあ、凜々花とクロエは同級生なので、別におかしなことではないのだが。
「ただ、お二人にはこれだけはハッキリ言っておきますわ」
 クロエが浮かべたばかりの笑みを消し、真剣な眼差しでこちらを見つめる。
 その澄んだ灰色の瞳が、陽日輝と凜々花を捉えていた。
「私個人の気持ちとしては、あなたたちを好いておりますの。でも、生還の枠が足りなくなったとき、もしくは、陽日輝と凜々花が私ではない誰かを三人目の生還者にしたいと願ったとき――そのときは、容赦しませんことよ」
「…………ああ、分かってる」
「ならいいんですの」
 ――クロエの言う通り、生徒葬会で生きて帰れるのが三人までである以上、場合によっては、自分たちはいつか戦わなければならなくなる。
 今、この北第一校舎には、合計十人の生徒がいる。
 陽日輝、凜々花、クロエ。
 ツボミ、藍実、環奈。
 そして芽衣たち四人。
 そのうちの少なくとも七人は、この生徒葬会で命を落とすことになるという残酷すぎる事実は、出来る事なら考えずにいたいくらいだ。
 陽日輝のその陰鬱とした心境が、顔に出てしまっていたのだろうか。
 クロエが、「何浮かない顔をしているんですの」と咎めるように言う。
「憂いても仕方のないことを憂いても仕方がありませんわ。なるようにしかなりませんもの――凜々花、陽日輝をよろしくお願いしますわね」
「うん――そうだね。……でも、クロエは本当に一人で行動するつもりなの?」
 凜々花の問いに、クロエは「ええ」となんとなしに答えた。
「三人もいたら目立ちますし、他の誰かと出会ったときに交渉もしづらいですわよ――なんせ三人ということは、『満員』なのですから。それに、私がいたらお邪魔虫でしょう?」
「なっ――……! 何言ってるの、クロエ……!」
 凜々花の顔がカアッ、と赤くなる。
 しかしクロエはそんな凜々花をニヤニヤと見つめたまま、
「それでは、お邪魔虫は退散いたしますわ」
 と言ってから、扉へと向かった。
「もう出てくのか?」
「いいえ、せっかくの安全地帯ですもの、もう少しいさせてもらうつもりですわ。ただ、私も『被害者』ということになってますので、あまり元気に歩き回っていたら不自然に思われますわ。疑われないためにも、そろそろ若駒ツボミの目の届くところにいようと思いますの」
「……なるほどな。でも、大丈夫か? 逆にクロエちゃんが東城の被害者じゃないことに、気付かれやすくなるかも」
「ふふふ。私、こう見えても演技は得意ですのよ」
 クロエのその言葉には、説得力があった。
 実際、ツボミと初めて引き合わせたときのクロエは、芽衣たちと同じように心に深い傷を負った哀れな少女にしか見えなかったからだ。
 本当のところはむしろ陽日輝と共闘して東城と戦った側なのだが、それを知っている陽日輝でさえ一瞬勘違いしそうになったほどの演技力だった。
 だから確かに、変にツボミを避けるよりはそのほうが安全なのかもしれない。
「お二人はしばらくここで休んでいるといいですわ。小耳に挟んだのですが、藍実たちが夕食を作るとか。そのときになったら呼びますわ」
「ああ、頼む」
「それでは、ごきげんよう」
 そう言って、今度こそ本当にクロエは小会議室から出て行った。
 廊下を進む足音が遠ざかっていくのを、凜々花が目で追っていく。
 やがて、その足音がほとんど聞こえなくなった頃、凜々花は、
「なんだか、こうして二人でいるのも久しぶりですね」
 ――と、呟いていた。
「……そうだな。半日も経ってないのに、すごく久しぶりに感じるよ」
 陽日輝がそう答えると、凜々花は何も言わず薄く微笑んだ。
 その顔を間近に見るのも、なんだかとても久しぶりに思える。
 そして、その顔を眺めていると、安心感を覚える自分にも気付いていた。
「私やみんなのために、ずいぶんと体を張ってくれたんですよね。この校舎でのこともですけど、ここに来るまでも、私を背負って運んでくれて――藍実から、そのときのことを聞きました」
「気にすることじゃないさ。俺だって、凜々花ちゃんがいなけりゃとうに死んでたんだ。ここでのこともそうだ。環奈ちゃんがいなければ傷を治せず死んでたし、クロエちゃんがいなかったら東城たちを倒せなかった。凜々花ちゃんを取り戻せたのも藍実ちゃんが協力してくれたからだしな――俺一人の力は限られてるって、つくづく痛感させられたよ」
 東城要や若駒ツボミのような図抜けた強さは自分にはない。
 体力や運動神経はそれなりにあるという自負はある――しかし、あくまでもそれなりだ。本当の怪物や天才には敵わない。
 それをこの北第一校舎で、嫌と言うほど思い知らされた。
「いいえ、陽日輝さん。陽日輝さんは、私に勇気をくれました。陽日輝さんはいつでも、私を守るために戦ってくれて――だから私は、こうしてここにいるんです。陽日輝さんには、感謝してもし足りません」
「……ははは。そんなにハッキリ言われると、照れるな」
 陽日輝は、思わず頭の後ろをボリボリと掻いていた。
 先ほどクロエにからかわれたときの凜々花のように、顔が赤くなっている気がする。
 ――今なら、普段は照れ臭くて言えないようなことも言えそうだ。
「――凜々花ちゃん。俺が凜々花ちゃんと一緒に行動するようになったのは、なりゆきみたいなもんだったけどさ――今は、心の底から凜々花ちゃんと一緒にいたいと思う。だから、凜々花ちゃんさえよければ――これからも一緒にいてくれたら、嬉しい」
「……っ。――あはは。陽日輝さん、それ、なんだか告白みたいですね」
 凜々花は、一瞬驚いてから、微笑み交じりにそう言ってきた。
 それを聞いて、陽日輝は思わず慌ててしまう。
「! あ、いや、そういうつもりじゃ――」
「いいですよ」
 凜々花は。
 陽日輝の弁明を遮るように、よく通る声でそう言った。
 陽日輝は、思わず凜々花の顔を改めて凝視する。
 凜々花は、微笑こそ浮かべているが、そこに冗談の色は見受けられなかった。
「私のほうからもお願いします。これからも、私と一緒にいてください。それと――陽日輝さんには、そんなつもりはなかったのかもしれないですけど。……告白としても、同じお返事をさせてください」
「えっ――あの、それって」
 陽日輝は、胸の動悸が高まるのを感じていた。
 同時に、喉がカラカラに渇いてくる。
 東城と相対したときとはまた別ベクトルの緊張感――こんな喩えをしていることがバレたら、凜々花ちゃんに怒られるだろうなと、頭の片隅の余裕ある箇所が場違いな想像をしていた。
 そして、目の前にいる凜々花の唇が動く。
 潤んだ瞳に映る自分の顔は、情けないほど動揺していた。
「私は陽日輝さんのことが好きです。過ごした時間なんて関係ありませんし、こんな状況だからというのも、私は思いません。むしろ、こんな状況だからこそです。……陽日輝さんがこの校舎で戦っていたとき、陽日輝さんが死んでしまうんじゃないかと思うと、胸が苦しくて――想像するだけで、涙が出てきました。……唐突ですいません。でも、この気持ちに気付いたからには、もう、言わずにはいられませんでした」
 凜々花は。
 そこまで一気に言い終えると、紅潮した顔のまま俯いた。
 肩を縮こまらせ、両手を太腿の上に乗せて、きゅっと握り締めている。
 ――凜々花が本気であることは、その姿を見れば瞭然だった。
 だから陽日輝も――その想いに、真剣に応える。
 むしろ、凜々花のその言葉が、最後の一押しになっていた。
「……ありがとう、凜々花ちゃん。正直、告白のつもりじゃなかったけど――でも、凜々花ちゃんにそんなに想ってもらえてるって分かって、嬉しかった。――だから後出しで格好悪いんだけどさ。さっきのやつ、凜々花ちゃんの言うように、告白ってことにさせてもらっていいかな」
 陽日輝のその言葉を聞いて。
 凜々花は、先ほどまでとは異なる、どこかいたずらっぽい笑みを漏らした。
 天使のようでもありながら、小悪魔のようでもある表情。
 そしてその唇が、短い言葉を紡いだ。
「だめです」
 ――――え。
 ……と、いう言葉が、思わず口を突いて出そうになった。
 面食らった、という言葉がぴったりな心境だ。
 しかし、続く凜々花の言葉に、陽日輝はさらに『面食らう』こととなる。
 だけどそれは、嬉しい驚きだった。
「ハッキリ言ってくれないと、イヤです」
「……はは。敵わないな――凜々花ちゃんには」
 凜々花にはこれまでも、何度もそう思わされてきた。
 しかし、凜々花が『こんな状況だからこそ』と想いを伝えてくれたのだから。
 自分も、凜々花に押されっぱなしにならず、自分の気持ちに正直になろう。
「……!? ちょっ、陽日輝、さ――」
 陽日輝は。
 凜々花の動揺した顔に、そっと顔を近付けて。
 その柔らかな唇に、自分の唇を重ねていた。
「~~~~!」
 唇を重ねる直前に閉じた目を、そっと開けてみると、凜々花が思わず上げた手が宙に浮いたまま、行き場をなくしていた。
 陽日輝は、凜々花のその細い肩に腕を回し、彼女の背中をそっと抱き寄せる。
 それから、陽日輝は再び目を閉じた。
 ほどなくして、凜々花の手が恐る恐る、自分の背中に回される。
 それを感じてから、陽日輝は凜々花を抱きしめる腕の力を少しだけ強めた。
 凜々花は一瞬怯んでから、今度は恐る恐るではなくしっかりと、こちらを抱き締め返してきた。
その柔らかく、心地よい熱を帯びた感触をしばし享受してから、陽日輝は凜々花の唇を解放し、目を開けた。
 凜々花も遅れて瞼を上げる。
 耳まで真っ赤にした彼女は、目線を斜め下に逸らし、小さく呟いた。
「……キスするならそう言ってください……」
「ははは……ごめん。これが告白ってことで、いいかな?」
「……もう。私は初めてなんですから……いきなりされたら、心臓に悪いですよ」
 凜々花が恥ずかしさのあまりか、それとも嬉しさのあまりか、瞳を潤ませている。
 その顔を見つめながら、陽日輝は改めて、凜々花をこれからも守り続けることを誓った。

       

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