Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第四十七話 憧憬

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【8日目:夕方 屋外北ブロック 北第一校舎前】

 立花繚は、あの剣道部員・滝藤唯人によって右手首に傷を負った姉・立花百花を、自身の能力『完全空間(プライベートルーム)』に保護した状態で、北第一校舎に辿り着いた。
 襲撃を受けた北第三校舎から最も近い保健室がある棟だったから――だが、そこで奇妙な現象に見舞われる。
 閉じられていた生徒昇降口の扉を開け、一歩踏み出そうとした瞬間、そこから先に進むことができなかったのだ。
 試しに手を差し伸べたり、爪先で蹴ってみたり、違う扉を開けてみたりしたが結果は同じ。
 まるで目には見えない壁が現れたかのように、校舎内には入れなくなっていた。
『きっと誰かの能力ね……この中、絶対誰かいるわよ……』
 ペンダントの中にいる百花がそう呟くのを聞いて、繚は二つの理由でハッとしたものだ。
 一つは、この校舎の中にいる誰かが『能力』により他者の侵入を防いでいるということ。
 そしてもう一つは、聞こえてきた姉の声が、明らかに苦しそうだったことだ。
 やはり、止血を施しているといっても、真剣の切れ味が手首を切られて平気なはずがない。
 しかし、ちゃんとした手当を施そうにも、校舎内に入れないのではどうしようもない。
 繚はひとまず能力を解除して百花をペンダントから出し、昇降口近くにある洗い場で傷口を洗うことにした。
 そのときようやく、繚は百花が額に脂汗を浮かべているのに気付いたのだ。
 繚は百花を洗い場の脇に座らせ、彼女の手を取って止血帯代わりにしていたネクタイとハンカチを解き、蛇口の水で傷口をそっと洗った。
 その際、自分のポケットからハンカチを出し、百花の額の汗を拭く。
 百花は微かに荒く呼吸し、肩を上下させながら、「助かるわ……」と呟いた。
「姉ちゃん……こんなに苦しそうにしてたなら、言ってくれよ」
「言ったらアンタ余計に焦るでしょ……大丈夫よ。ちょっと傷口が熱を持ってただけ……アンタのおかげで、だいぶ楽になったわ」
 百花はそう言ったが、あまり楽になっているようには見えない。
 血自体はほとんど止まっていたが、もしかしたら細菌か何かが入ってしまったのかもしれない。今さら消毒しても遅いかもしれないが、それでも、何もしないよりはいいだろう。やはり保健室にはどうにかして入りたいが――
「やっぱりペンダントの中じゃなくて、ベッドの上で休んだほうがいいよ」
「アタシもそうしたいところだけどね……まあ、もしかしたら、どこか入れる場所があるかもしれないわ。別の入口だったり、もしくは二階の窓とか。アンタも、走りっぱなしだったし、休みたいでしょ」
「姉ちゃんが先だよ……しっかり休んで回復してもらわなきゃ、俺一人じゃ、この生徒葬会で生き抜いていくなんてできそうにない」
 情けない話だが、それは心の底からの感想だった。
 運動神経は優れているという自負がある。
 それでも、自分はやはり、殺し合いを前提とするこの生徒葬会の中で、どうしても恐怖心を捨て切れずにいた。
 その恐れは迷いとなり、躊躇いとなり、動きや判断を一瞬、鈍らせる。
 その一瞬が積み重なる内に恐れは増幅し、焦りとなって致命的となる。
 今は百花がいるから、そこまで追い込まれていないだけだ。
 自分が幼い頃から、どれだけ姉に憧れ、頼りにし、結果依存してきたか。
 この生徒葬会という極限状況下において、気付かされてしまった。
「できそうになくても、やるしかないのよ。もちろんアタシに死ぬ気はないけど、今みたいにアンタが頑張らなきゃいけないときだってある。アタシだって……アンタを頼りにしてるのよ、繚」
「姉ちゃん……」
 百花のその言葉に、繚はぎゅっと唇を結んだ。
 ――百花は強い。
 肉体や技術だけではなく、その心が、だ。
 それは繚にとって誇らしいことでもあり、同時にプレッシャーでもあり続けた。
 しかしその姉が今、深手を負って弱っている。
 姉自身も言う通り、今は自分が頑張らなければならない状況だ。
 そう思っていた――そのときだった。
「繚、まさかこんなところで会うとはな」
「――……!?」
 凛としたその声に、繚は振り返る。
 周囲への警戒は怠っていなかったが、気配に気付くのが遅れてしまった。
 もう少し近付かれていたら気付いていたかもしれないが、確証はない。
 百花が気付けなかったのは弱っているからだろうが、自分が気付けなかったのは、警戒していたつもりでも焦りすぎていて、警戒が不十分だったからだろう。
 こういうところが、自分の甘さだ――しかし。
 それよりも、そこに立っているのは。
 ショートカットに、中性的に整った顔立ち。
 スカートを履かずジャージを代わりに履いているその女子生徒は、三年生の若駒ツボミだ。
 腰には鞘のようなものを提げていて、帯剣していることが分かる。
 ツボミの斜め後ろには、見覚えのないお団子ヘアの女子生徒がいた。
 こちらは一年生だろうか? 不安げな眼差しでこちらを見ている。
 繚はひとまず、ツボミに対し会釈していた。
「――ツボミさん。……久しぶり、でいいのかな」
「そう改まることでもないだろう。――百花、お前がしおらしくしているのは珍しいな。お前にそんな怪我を負わせられる奴がいるとは驚いたよ」
「……ツボミ。アンタが簡単に死んでるわけないと思ってたけど――やっぱり生き残ってたわね……」
 百花は、右手首を左手で握り締めながらそう言った。
 ――ツボミと百花は学年が同じなので、面識があるのだろう。
 繚はツボミと面識があったが、百花とツボミの間柄については特に知らない。
 親しい友人だった――という風には、あまり見えないが。
「どうにか生きているよ。そちらは、姉弟で行動していたわけか」
「まあね……アンタは、この校舎にいたの? なんか中に入れなかったんだけど、アレはアンタの能力?」
 百花がそう尋ねるのを聞いて、繚は内心ハッとした。
 そうだ――ツボミたちは立ち位置からして、生徒昇降口のほうから来ている。
 だとしたら、元々校舎の中にいて、そこから出てきたと考えるほうが自然だ。
 そしてその問いには、ツボミが何か言うよりも先に、彼女の後ろにいる女子生徒が微かに身じろぎして反応した――ということは。
「ああ――もしかしてその子の能力ってワケ?」
「……そうだ。戸惑わせてしまったようだな」
「平気よ、そりゃそういう能力もあってもおかしくないもの――それよりツボミ。アンタ、わざわざ私たちの前に来たのは、どういう意図があんの? 匿ってくれるとか、そういう感じ?」
 百花はそう言いながら、さり気なく立ち上がっていた。
 繚は、百花がツボミに対し、まったく心を許していないことを悟る。
 繚自身は、知らない仲ではないのでできれば敵対はしたくないのだが、実際、ツボミに対して警戒するのはむしろ正しい。
 繚は知っている。
 ツボミが、恐らく校内の女子では唯一、男子を含めても片手の指で足りるほどしかいない――百花と徒手空拳で比肩し得るポテンシャルの持ち主であることを。
「そうだな、私としても匿いたいのはやまやまだが――そう殺気を出されると、素直に首を縦には振り難いな」
「……よく言うわよ。アンタのほうこそ、隠せてないわよ殺気。アタシは別にアンタとやり合う気はないんだけど、アンタはアタシをここで殺す気なんじゃない?」
「「!?」」
 百花の言葉に、繚と、ツボミの後ろにいる女子生徒が同時に目を見開く。
 ツボミだけは眉ひとつ動かさず、冷静すぎるほど冷静な表情で百花を見据えている。
 ――百花とツボミの間には、ビリビリとした緊張感が漂っていた。
「百花、私はお前が繚のことを誰より大事に想っていることを知っている。そして繚も、お前のことを誰より尊敬していると。――ゆえに私とお前たちとは相容れない。私の生存戦略に、お前たち姉弟は異物(ノイズ)になる」
「! ツボミ、さ――」
「藍実、立花百花は脅威だ。暁たちとは違う――見過ごすことはできない。手負いの今、ここで討つ」
 何か言いかけたお団子ヘアの少女を、ツボミが制する。
 繚は、知った名前がツボミの口から出たことに反応した。
「暁――陽日輝と、会ったのか」
「……ああ、同級生だものな。知っていて不思議はないか。暁は私に『協力』してくれたよ――繚。一応聞いておくが、百花ではなく私に付かないか? 私もお前を殺したくはない」
「……ツボミさん。どうしても、姉ちゃん――姉を殺す気なのか?」
 繚は、中学の頃からの友人である暁陽日輝の名前がツボミの口から出て、さらにこの生徒葬会において接触があったことに驚きつつも、そのことは頭の片隅に追いやった。
 今は、ツボミが姉を殺すのを止める――そのことだけを考えなければ。
 ……ツボミが本心ではどう思っているかは分からないが、繚のほうは、ツボミのことを傷つけたくはないと思っている。
 しかし、姉に危害を加えようというのなら、たとえツボミが――かつての恋人が相手でも、容赦をするわけにはいかない。
 この期に及んで尻込みする自分を、心の中で叱咤する。
 ――ツボミさんは姉ちゃんを殺すつもりなんだぞ?
 それなのにお前は――日和ってるのかよ、立花繚!
「――ああ、チャンスだからな。……繚、私とお前は長続きしなかったが、それはお前の中で百花の存在が大きかったからだ。お前が思っている以上にな。だから私ではなく百花を選ぶ――今もな」
「……繚、アンタツボミと付き合ってたの?」
「姉ちゃん、それ今大事なことか? ――まあ、そういう時期もあったよ。でも、大丈夫だ。もう別れてだいぶ経つし、それに――姉ちゃんに手を出すつもりなら、ツボミさんだろうと許さない」
 繚は、自分の中に今なお残る迷いを振り払うように、ハッキリとそう口にした。
 言葉にすることで、それは強い決意へと形を変えていく。
 吐いた唾は呑み込めない――というヤツだ。
 ツボミのほうは、そんな繚の覚悟など意に介していないかのように、ただ目線だけを動かして、百花と繚とを交互に見やった。
 その後ろで、藍実と呼ばれた女子生徒は緊迫した表情を見せている。
 ――あの子には、戦意や殺意は無いように見えるが、かといってツボミが殺されそうになるのを黙って見過ごすとは考えにくい。
 となると、二対二――ということに、なってしまうのだろうか。
 互いに身体を重ねる間柄だったツボミを相手にするのも気が引けるが、このような人畜無害そうな女の子を相手にするのも気が引ける。
 しかし――そうも言っていられないだろう。
 ツボミが百花を殺すつもりだというのなら――自分も全力を尽くさなければならないことを、繚は理解していた。
「……はあ。繚、お前が私に限らず付き合う相手すべてと長続きしない理由はそれだよ。端的に言ってシスコンなんだ、お前は」
「――強くて頼りになる姉ちゃんを、憧れて大事に想うのは当然だろ」
「……繚。嬉しいこと言ってくれるじゃないの」
 ツボミ相手に一歩も引かない繚を見て、百花が破顔する。
 それから、ネクタイを左手と口を器用に使って右手首に結び直し、繚の斜め前に進み出た。
「でも、弟を守るのは姉の責務なのよ。ツボミ――アンタ、弟の元カノだからって容赦しないわよ」
「結構。別れた男に執着する趣味は無い――それに百花、お前は手負いで、弟を守りながらだ。そんな状況で私に勝てるか?」
「勝てるわよ」
 百花は。
 スウッと流暢に空手の構えに移行しながら、毅然と言い切った。
「守るものがあると人は強くなんのよ。アンタが強いことは前々から知ってたけど、アンタは他人を原動力にしないしできないタイプでしょ? それはそれで隙が無くて結構だけど、アタシは守るものがあると燃えるのよ。手負い? 上等じゃない。ちょうどいいハンデでしょ、アタシとアンタじゃね」
「――言ってくれる」
 ここまで終始冷静だったツボミが、ほんの僅かに苛立ったように見えた。
 しかしそれも一瞬のこと。
 彼女はまた冷静沈着な表情を取り戻し、そして――次の瞬間。
 戦いは、始まった。

       

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