Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第四十八話 死守

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【8日目:夕方 屋外北ブロック 北第一校舎前】

 若駒ツボミが腰から提げた剣を抜いたときには、立花百花はどっしりと腰を落とした空手の構えから、左の刻み突き――いわゆるジャブを放っていた。
 ジャブは最速の打撃技と言われ、多くの武道や格闘技で、ジャブに相当する動作はありとあらゆる攻撃の起点となっている。
 そのため、ツボミよりも百花のほうが先手を取ったのは至極当然のこと。
「!」
 立花繚は、ツボミの首が後ろにガクンと傾くのを見る。
 百花の『絶対必中(クリティカル)』は、目視している相手に繰り出した攻撃分の衝撃を、どれだけ距離があろうと絶対に命中させるというもの。
 百花自身の攻撃力の高さもあいまって、初撃を受けた際の動揺は大きい。
 月瀬愛巫子も滝藤唯人も、その現象に少なからず混乱を見せた。
 しかし――ツボミは、衝撃で傾いた首を戻しながら、すでに抜刀していた。
 想定外であろうダメージを受けながらも、当初の予定通りの動作を完遂したのだ。
 ――繚は、彼氏彼女の間柄だったとはいえ、ツボミのすべてを知っているわけではない。ツボミは恋人相手だろうと己のすべてを曝け出すタイプではないし、繚もそんなツボミの性格や価値観を理解していたから、必要以上に踏み込むことのない付き合いを心掛けていた。
 しかしそんな繚でも、分かっていたことはある。
 こと生徒葬会のような状況において、若駒ツボミの最大の強みとなるのは――十八歳の女子高生のそれとは到底思えない、鋼のような精神力。
「『斬次元(ディメンション・アムピュテイション)』」
 ツボミの右手に握られ、鞘からその姿を現した剣を見て、繚は驚く。
 それは、フェンシングで使用される剣のように細く鋭い刀身をしていたからだ。
 ツボミが流暢な動作で振るった剣の先に、すでに百花はいなかった。
 横に跳んで剣先の延長線上から退避していたからだ――そしてそれは、その後繚が目の当たりにした現象を鑑みるに、正解だった。
「なっ!?」
 先ほどまで百花が立っていた辺りの地面が、鋭く抉れていた。
 まるで、ツボミが振るった剣の斬撃のみが飛ばされたかのように。
 ――まさか――!
「姉ちゃん、気を付けろ! ツボミさんの『能力』――!」
「分かってるわよ、斬撃が飛ぶなんて面白いじゃない! でも、当たらないわね!」
 ツボミは、百花が避けることを予期していたように、返す手で放った二回目の振りで、百花が移動したその場所を正確に狙ってきていたが、百花もまた、卓越した反射神経と動体視力でそれをしゃがむようにしてかわす。
 しゃがみながら放った足払いにより、ツボミは不可視の衝撃を足に受けることとなり体勢を崩したが、転倒はしなかった。
 なんて体幹の強さだ、と、繚は感嘆すら覚えてしまう。
 しかも踏みとどまった上に、次の一撃を放ちにかかっている――が。
「エイヤッ!」
 百花が立ち上がりざまに左手で放った、中受け――肘から先にスナップを効かせながら、反時計回りに動かす防御技――により、ツボミの右手首は跳ね上げられ、その手から剣がこぼれ落ちた。
 すかさず繰り出した前蹴りにより、剣はツボミめがけて飛んでいく。
「ッ」
 さすがのツボミも僅かに表情を強張らせたが、彼女もまた、百花に匹敵する機敏さで以って横に跳び、剣をかわしていた。
「ひっ!?」
 藍実と呼ばれていたお団子ヘアの女子生徒のほうに剣は飛んで行ったので、藍実が短く悲鳴を上げた。
 といっても、至近距離で蹴り返されたツボミと違い、距離もある上にその間に速度も落ちている。そもそも藍実のほうといっても、藍実からは数メートル横にずれているので、藍実に当たる心配はない。
 まあ、だからといって平然としていられるほうがおかしいので、藍実の反応は正しいが。
 むしろ、自分の手からこぼれた剣をすぐに蹴り返されたにも関わらず、冷静に対応して回避に成功しているツボミが異常なのだ。
 確かに、動作の難易度だけでいえば、運動神経に優れている人間なら可能だろう。しかし、それはあくまでもカタログスペック上の話。
 実際に、ボールなどではなく殺傷力のある剣を前にしてそれができるのは、相当肝が据わっている。
 ――繚は、ツボミが驚いたりするところを見た記憶がない。
 デート中に曲がり角からいきなり自転車が現れたときや、スズメバチが飛んできたとき、棚から皿が落ちてきたとき。
 そんな、普通なら少なからず動揺するような場面でも、ツボミは冷静に反応していた。
『可愛げのない女で悪いな、繚』
 そう言って微笑んでいたツボミに、繚は
『いえ、ツボミさんのそういうところ、俺は尊敬してますし、好きですよ』
 なんて答えていたものだが。
 こうして日常から離れ、生徒葬会という場で敵として対峙している今、その精神力は脅威であり恐怖だ。
 しかし、戦慄している自分とは違い、百花は不敵な笑みさえ見せていた。
「アンタなかなかやるじゃない。こんなことなら、大会前に組手の相手にでも呼んどけばよかったわ」
「この期に及んで余裕だな、百花。私が予備の武器を隠し持っていないとでも思うか?」
「思わないわね。慎重なアンタなら予備くらい用意してるでしょうよ。でもね、アンタやっぱ強いから、アタシも容赦するのやめた。――この生徒葬会で、この『絶対必中』がアタシの能力だって知ってすぐに思い浮かんだアタシの『必殺技』、使わせてもらうわ。ここまで誰にも使わなかった奥の手、切り札よ」
「ほお、面白いじゃないか」
 ツボミが眉を上げる。
 言葉とは裏腹に、そこに笑みはなかった。
 ただ、見定めるような眼差しを百花に対し向けている。
 その肩越しに、藍実が不安そうな表情を浮かべているのが見えた。
 ――しかしきっと、自分も藍実と同じような顔をしていることだろう。
 百花が言う『必殺技』は、繚も聞かされていないのだ。
 もしかしてブラフ――いや、だとしてもここまでの攻防を見るに、能力の性質差もあり百花が僅かに優勢だ。問題はないはず。
 自分は百花を信じている。
 そこに疑う余地はない。
 ただ――ツボミのスペックの高さも、よく分かっている。
 だから、どうしても一抹の不安は拭えないのだ。
 しかし、そんな繚の不安を吹っ飛ばしてしまうような衝撃的な内容が、百花の口から語られることとなる。
「アタシの『絶対必中』は、アタシが相手に向かって繰り出した突きや蹴りの衝撃は、どれだけ離れてようが命中するっていうものなんだけど、アンタみたいな飛び道具な能力使える相手だと油断はできないし、あくまでもアタシが直接殴る蹴るするのと同じ威力しか出ないから、東城とか岡部みたいなのは崩し切れない可能性があるの。でも、『コレ』なら違う」
 そう言って、百花は顔の前で構えていた左手を少し引きながら、その握り方を変えていた――人差し指と中指だけを伸ばし、後の指は畳んだまま。
 簡単に言うと、グーからチョキに形を変えたのだ。
 それを見て、繚は百花がやろうとしていることに気付き、ハッとする。
「姉ちゃん、それ、まさか――!?」
「そのまさかよ、繚。――ツボミ、アンタもよく聞きなさい。アタシは今から、アンタの両目をこの指で潰すわ。一度で即死するほど突き入れるのは無理でも、失明は免れないわよ。そうなれば勝負アリ、仮にアタシがアンタを殺さなくても、アンタが生き残るのはほぼほぼ不可能。運よく生き残れたとしても、一生何も見えないのは辛いわよ? でも、アタシは鬼じゃない。可愛い弟の元カノだもの、義理の妹になってたかもしれないワケでしょ? だから、アンタがその子連れて引き返すっていうなら、アタシは深追いしないわ。見ての通りアタシも怪我してる。欲を言えば保健室にあるガーゼとか消毒液とか取ってきてほしいけど、別の保健室をあたることにするわ。どう? 条件としてはなかなかいいと思わない?」
「……お前にその覚悟があるのか? なるべく殺しをしたくない、という口ぶりに聞こえるが」
「そりゃしたくないわよ。でも、アタシも武道家の端くれよ。『いざ』というときに何もできないようなヘタレじゃないのよ」
 百花の左手は、その気になれば目にも止まらぬ速さで放たれ、宣言通りツボミの両目を突き破るだろう。
 ――確かに、百花の『絶対必中』は必中であって必殺ではなかった。
 しかし、目潰しならば、どれだけ肉体を鍛え上げていようと通用する。
 それでいて攻撃に必要な動作は、通常の突きとなんら変わらない。
 百花が目潰しを『絶対必中』によって繰り出したなら――それは必殺技といっても、過言ではないだろう。
「必殺技らしく名前を付けるなら、『絶対必殺(クリティキル)』ってところかしらね。アタシだって眼球潰す感触なんて一生知りたくないけど、こんなところで殺されるのはもっとイヤだもの、アンタが意地を張るようなら、鬼にならせてもらうわよ」
 百花はそう言って、本気だと言わんばかりに左手の角度を僅かに変え、構え直してみせた。
 ――その額から、一筋の汗が滴り落ちるのを繚は見る。
 やはり、百花といえど知人の目を潰すというのは覚悟が必要なのだろう――繚自身、百花とツボミの戦いを避けられないものと諦め見守っていたが、いざ目潰しという生々しい手段が提示された今、胸のざわつきを抑えられずにいた。
 百花にそんなことをさせたくないし、ツボミが失明してもがきまわる姿だって見たくない。
 ――と、そこまで考えたところで、繚は思い至った。
 まさか――今回もまた、自分のためにこのような提案をしているのではないか、と。
 百花自身手負いだからというのも、目潰しをしなくていいならそのほうがいいと思っているのも、いずれも本心の理由ではあるだろう。
 しかし――もしかすると姉はまた、自分に配慮しているのかもしれない。
 ……とはいえ、だとしてもこれは良い案のように思えた。
 目潰しが成功したとしても、ツボミが死に物狂いで斬撃を放ってくることは十分に考えられ、その結果こちらが思わぬ深手を負う可能性は低くない。
 別の保健室に向かわなければならないのは痛いが、先ほど流水で傷口を洗ったおかげか、百花の顔色も少し良くなってきているように見える。
 やはりここは痛み分けという形に持って行くのが最善か――
 繚が、そんなことを考えていたときだ。
「百花。お前は何も言わず私の目を潰すべきだった。私に選択の余地を与えたのは――呆れるほどの悪手だ」
 ツボミがそう言った瞬間。
 繚は、半ば直感的に『それ』を予感し、駆け出していた。
 しかしそれよりも先に、百花のブレザーの左胸部分が切り裂かれ――
「私の『斬次元』は斬撃を飛ばす能力ではなく、空間を切り裂く能力だ。よって剣は必要無い。あったほうが座標の計算が楽というだけでな」
「姉ちゃ――」
「すでに『調整』は済んだ。終わりだ」
「――させるかぁぁぁぁ!!」
 繚は叫び、『完全空間(プライベートルーム)』を発動させた。
 ツボミに対し能力を明かしてしまうことになるが、そんなことを言っていられないし、それに――もう、隠しておく必要もない。
『繚、アンタ――……!』
 首に出現したアメジストのペンダントの中から、百花が叫ぶ。
 繚はすかさずペンダントを右手で掴み、チラリとアメジストの中を見る――百花の左胸のブレザーは、下着ごと切り裂かれていたが、薄皮一枚切る程度の傷で収まっていた。
 それを確認して、心底安堵する。
 ツボミは、剣無しでもあの遠隔攻撃が可能だったのだ。
 本人の台詞から推測するに、ノータイムで連発できるわけではなく、ある程度の位置の調整を、脳内で思い浮かべるか何かして自力で行う必要があるといったところだろう――しかし、ツボミが百花の左胸を切り裂くつもりで放った攻撃は、繚が百花をペンダントに避難させたことにより未遂に終わった。
「ツボミさん! たとえあなたでも――姉ちゃんには手出しさせない!」
「――驚いたよ繚。そのペンダントに対象を格納できるというのがお前の能力か。しかし――百花を救えたと思って安堵したな。行動と行動の間が長すぎる――お前は間髪入れずに次の手を打つべきだった。そのペンダントを私に投げ付けるなりな。お前が姉を守ったという感慨に浸っているその間に――私はすでに『次の手』を打っている」
「……!」
 ツボミの台詞の意味を、繚は宙を舞う己の右腕を目の当たりにして理解した。
 正確には、何本かの指先と、アメジストのペンダントだけだったが。
 繚の右腕の肘から先は、指先の一部のみを残し消失し、結果、噴き出す血と共に、ペンダントが宙を舞うこととなったのだ。
「あ――あああ――」
 痛みすら追い付かない。
 ただ、至近距離で繰り広げられた光景を、現実感なく見ていた。
「やはり『斬次元』でも破壊できないか。さながら超小型のシェルターだな」
『繚、今行く!』
「ダメだ! 姉ちゃん、来るな!」
 繚は、百花の言葉によって一気に現実に引き戻された。
 そうだ、姉ちゃんは俺を助けるためにペンダントから出てくるだろう。
 しかし、そんなことをしては姉ちゃんまで殺されてしまう。
 ツボミの能力、恐らくは攻撃位置が大きく変わらないのなら、調整にそう時間はかからず、かなり短い間隔で連発できる。
 だから、この状況下では百花が出てきたとしても、良くて相討ちだ。
 そして何より、百花は自分を守ろうとするだろう。
 右腕を失い、勢い良く噴き出す血――すでに意識が霞みつつある。
 自分に急速に近付いてくる死の足音に、繚は気付いていた。
 まだ心の整理も、覚悟も、何ひとつできちゃいない。
 ただただ、恐怖や絶望を感じるような余裕すらないだけだ。
 しかし――そんな中でも、やらなければならないことがある。
 俺は――こんなところで姉ちゃんを、俺のために死なせたくない。
「姉ちゃん! 俺は大丈夫だ! だから――生きてくれ!」
『繚、何を言って――』
「俺はいつだって、姉ちゃんに憧れてた! 自慢の姉だった! いつも俺を守ってくれて――だから! 最期くらい、俺に格好付けさせてくれ!」
 繚は、無事な左手を伸ばし、落下していくペンタントを掴み取った。
 そして、ツボミが次の攻撃を繰り出す前に、全身全霊の力を込めて、ペンダントを遥か彼方に放り投げる。
 野球部のレギュラーにも見劣りしない投擲力により、ペンダントはあっという間に、何十メートルも向こうに飛んでいく。
 ……姉は逃げてくれるだろうか。
 それは分からない。
 激情のまま、再びこの場所に舞い戻り、殺されてしまう可能性もある。
 しかし――戻って来るとしても、一度距離が開いたなら、百花の勝ち筋は十分にある。
 まあ、できることなら、こんな強敵とは戦わず、どうにか逃げてまずは傷を癒してほしいところだが。
 いつも姉ちゃんは、俺の言うことなんて聞いてくれなかったからな――最期のお願いくらいは、聞いてくれたら嬉しいけどな。
「――繚。百花を逃がしたか」
「見たら分かるでしょうよ……どうせこの傷じゃ俺は死ぬ。実際もう立ってるのもやっとですよ……まさかあなたに殺されることになるとは、思ってもみませんでしたけど」
 繚はそう言いながら、手洗い場にもたれかかっていた。
 ああ――死にたくないな――でも、ちょっとは格好付けられたかな――意識が遠のいていってるおかげで、あまり怖さや痛みを感じずにいられるのはラッキーかもしれないな――
「お前といい暁といい、誰かのために命を賭せるというのは大したものだな。……繚、最期くらい元恋人らしく気の利いたことを言ってやれればいいんだろうが、あいにく私にそのような情緒はなくてな」
「知ってましたよ……でも、いいっすよ。あなたのそういうところ、別に、嫌いじゃなかったですから……」
 繚は、ズルズルと背中から滑るようにして尻餅をついた。
 ああクソ――もうもたれていてさえ立っていることができないか。
 ……姉ちゃん……どうか、無事で。
 繚は目を閉じ、後はただ、急速に訪れる暗闇を無抵抗に迎え入れた。
 今まで百花に守られ続けてきた自分が、最期だけは百花を守ることができたから――後はそれが報われること、つまり百花がこの生徒葬会から生きて帰ることを、ただ祈りながら。

       

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Neetsha