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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第四十九話 支度

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【8日目:夜 北第一校舎三階 ゲーム部部室】

 暁陽日輝と安藤凜々花は、北第一校舎三階にあるゲーム部の部室にいた。
 東城要の支配下に置かれていた三階は、凜々花の生徒葬会スタート地点でもある。凜々花はここで百人一首の札を手に入れ出発したわけだが、もしこの場所に留まっていたら、彼女もまた、東城の毒牙にかかっていたかもしれなかったわけだ。
 生徒葬会ではそういう風に、運命を分けるニアミスが知らず知らずの内に起こり続けているのかもしれない。
 ……あの後。
星川芽衣が引き起こした騒動が終息し、芽衣の遺体を埋葬(外での作業は危険なので、一階の芽衣が死んだ空き部屋の床を『夜明光(サンライズ)』でぶち抜いて、そこに穴を掘った)し終えたときには、空は橙色から紫色へと色を変えていた。
 その後の数時間は、一応は平穏な時間だった。
 東城が三階に運び込んでいた浴槽を一階に運び、そこに水を張り、陽日輝の『夜明光』で熱することで温かい風呂を用意することもでき、途中で水の張り替えと温め直しを行いつつ、順番に入浴したりもした(女子が何組かに分かれて入浴し、最後に陽日輝が入った)。
 調理室の隣にある家庭科室には洗濯機もあったので、生徒葬会始まって以来ずっと着たままだった下着やワイシャツも洗濯することができたし、家庭科室のそのまた隣にある家庭科準備室にはとりあえず着ておけるジャージもあったので、洗濯物の乾燥が終わるまでの衣服にも困らなかった。
 ただ――芽衣の一件は、明らかに尾を引いてしまっている。
 特に、芽衣と共に囚われていた三人にとっては、ショックが大きかったようだ。
 同じ境遇に遭っていた芽衣が、自分たちを操り、皆殺しを図ったという事実。
 その事実は、彼女たちにも重くのしかかっている。
 そして、彼女たちは――自分たちや四葉クロエ同様、明日の朝にはこの北第一校舎を離れることを明言した。
 皮肉なことに、芽衣が死んでちょうど三人になったことも多少は関係あるのかもしれない――三人ならば、仲間割れのリスクは少なくなるからだ。
 そして、ただでさえ忌まわしい経験をしたこの北第一校舎に、またしても嫌な思い出が追加され、これ以上いたくない気持ちが大きくなったのだろう。
「家庭科準備室にあったこのバッグ、なかなか便利そうです。私の能力は、どれだけ多くのカードを持ち運べるかが重要ですし」
 そう言って凜々花は、左腰の横にある、右肩から提げたバッグをポンと叩いた。
 筒を横向きにしたような型の、黒地に白いラインの入ったシンプルなデザインのバッグのファスナーを開け、凜々花は百人一首の箱の中身、つまりは読み札と取り札200枚をまとめて流し込む。
 バッグの中に手を入れたら、すぐに札に手が触れるようにしているわけだ。
「若駒さんから水と食料も分けてもらえたし、他に必要なものがないか、明日の朝までに揃えておかないとな」
「そうですね、タオルとかティッシュも入れましたし……でも、陽日輝さんの『夜明光』は、私やクロエの能力と違って、何かを用意する必要が無いのは強みですよね」
「まあな。でも、東城と戦って痛感した。凜々花ちゃんの『一枚入魂(オーバードライブスロー)』みたいな飛距離のある攻撃はやっぱ強いよ。これからも頼りにしてる」
「私こそ。調理室での一件で改めて感じました……この能力、近付かれると厳しいですし、急所に当てないとなかなか倒し切れません。調理室では、みんなを死なせるわけにはいかなかったのでそれでよかったですが、これから先、今の私のように複数能力を持っている人と戦うことも増えると思います。……備えあれば憂いなしとは言いますが、備えあっても憂いは拭えませんね」
 凜々花はその顔を少し曇らせながらも、棚や机の引き出しを次々に開けては便利そうなものをバッグの中だったりポケットの中だったりにしまい込んでいく。
 さすがは勝手知ったる部室といったところだ。
 陽日輝は、前々から気になっていたことを聞いてみることにした。
 芽衣のことについては、芽衣を埋葬したことで、心に区切りは付けたつもりでいるが、それだけできれいさっぱり忘れることができるほど自分は図太くない。
 なので、凜々花と会話をすることで気持ちを紛らわせている部分はあった。
「それにしても、凜々花ちゃんがゲーム部ってなんか不思議だな。そりゃ体育会系には見えなかったけど」
「ゲームといってもテーブルゲームですからね。見ての通り、トランプやスゴロクで遊んでいただけの部です。大会に出たりもしますけどね。……ゲーム部の部員も、何人生き残っているのやらです」
「……生きてるといいな」
「ですね。……でも、考えてしまうんです。生きていたら、会ったときに殺し合いになってしまうんじゃないかって。それなら、会えないほうがいいかもしれない――そんな風に思ってしまう私がいるんです」
 凜々花は、壁に飾られていた集合写真を見つめ、寂しげにそう言った。
 そこには数名の生徒が写っていて、凜々花の姿もある。
 ……凜々花の気持ちは、陽日輝にもよく分かった。
 陽日輝自身、明日向かう予定の裏山で友人たちと戦わなければならない可能性は想定しているし、それにほんの数時間前、クラスメイトの芽衣と殺し合いに発展したばかりだ。
 こんな状況だ、出会えなければ二度と会えない可能性のほうが高い。
 それでも、出会うことに躊躇してしまう――そんな風に思わせるこの生徒葬会の悪辣さに、陽日輝は『議長』への怒りを燃やした。
「……無理もないよ。これから先、誰に会って、誰と戦って――そして、誰を殺すことになるかは分からない。だけど――星川の件で改めて思った。俺は絶対に生きて帰る。もちろん、凜々花ちゃんも一緒に」
「……ありがとうございます。私も、陽日輝さんと、生きて、ここを出て――ここで見て、聞いて、味わってきた嫌な光景や、辛い思い――そういったものに負けないくらい、楽しい思い出を作っていきたいです。――こんなときに何を言っているんだって感じですけどね」
 凜々花が、照れ臭さと後ろめたさの入り混じった微笑を浮かべる。
 ……自分たちは、多くの生徒が殺し合い、死んでいっているこの状況下で、想いを伝え合った。それは、捉えようによっては不謹慎なことなのかもしれない。
 しかし、凜々花を守りたいという気持ちは、自分に生きる意欲と気力を与えてくれているのは確かだ。
 ――芽衣は、それを半ば失ってしまっていた。
 生き残るための攻勢に打って出ながらも、どこか諦めていた。
 そんな芽衣の最期を見届けた自分だからこそ、ハッキリ言える。
 こんな状況だからこそ、心の中に強い光を持つことが大事なのだと。
「それにしても」
 凜々花は、ゲーム部の壁にかかっていた時計を見上げて言う。
「あと数時間で始まりますね――『議長』の言っていた、『放送』が」
「……ああ。そうだな――また厄介なルールが追加されなきゃいいけどな」
 日付が変わると同時に行われた、『議長』による校内放送。
 そこで追加された、第二・第三の能力に関するルールは、明らかに殺し合いを助長し、加速させるものだった。
 そして『議長』による放送は、これからは日付が変わるたびに行われるとも予告されていた――またしても妙なルールが追加されないとも限らない。
 しかし――それも気になるところだが。
「……一体、この二十四時間でどれだけの人が死んでるんでしょうね」
「……どうだろうな。ペースは上がってるかもしれないけど、一週間で二百人以上生き残ってたんだ、まだ百人以上は残ってると思うけどな」
「どうなんでしょうね……。でも、人の死を喜ばなきゃいけないなんて、本当に反吐が出るような気分ですよ」
 凜々花はそう言いながら、ブレザーの内ポケットにトランプを入れた。
 百人一首の札は大きく厚みがある分威力が出るそうだが、どうしてもかさばる。
 小回りが利くように、そしてバッグを落としても戦えるように、カードの種類や保管場所を分散させているわけだ。
 ――凜々花の言う通り、生徒が死ねば死ぬほど自分たちの生還に近付いていくというのは、とても嫌な気分だった。
「…………」
「…………」
 陽日輝と凜々花は、そこからは言葉少なになり、ゲーム部の部室から調達できるものはあらかた調達して支度を終えた上で、部室を出た。
 三階から二階に降りる。
 二階の窓には板が打ち付けられ、外部からは容易に侵入できなくなっている。
 夕方から夜にかけて、ツボミの指揮の下行われた作業の賜物だ。
 東城たちの死体は、芽衣のように埋葬されることはなく、ツボミの能力――『斬次元(ディメンション・アムピュテイション)』により消し去られており、天井に開いた穴や流血の痕が、ここで繰り広げられた激戦を静かに物語っているだけだった。
 二階での作業はすでに終わっており、他に誰もいない。
 一階へと続く廊下まで歩いていくと、階段の途中に座っていた根岸藍実がこちらに気付いて立ち上がった。
 一時的に『通行禁止(ノー・ゴー)』を解除してもらい、陽日輝と凜々花は一階に降りる。
「お疲れ様です、暁さん。それに凜々花も――大荷物だね」
「まあね。また取りに戻るわけにもいかないし、迷ったら持っていくの精神で詰め込んじゃった」
 藍実と凜々花が会話を交わすのを尻目に、陽日輝は、やっぱり凜々花ちゃんのタメ口は違和感があるなあなどと考えながら、一足先に階段を降り切った。
 ――するとすぐに、角から四葉クロエが姿を現した。
 階段を降りる音を耳にして、すでにこちらに向かってきていたのだろう。
 クロエは、こちらが呼びかけるよりも早く、その灰色の瞳を傾かせ、
「陽日輝、凜々花。お二人に伝言がありますの」
 と開口一番に告げた。
「伝言?」
 凜々花と顔を見合わせてから、藍実のほうを見やる。
 藍実は知っているのか察しているのか、別段驚いた様子はなかった。
 クロエは、そんな陽日輝たちの顔を一通り見回してから続ける。
「若駒ツボミからの伝言ですわ。――二十三時五十分に、調理室に集合とのことですわ」
「! それは、つまり――」
 思わず声を上げた陽日輝を、クロエは冷静に見据えていた。
 その表情はクールなようで、どこか苛立ちのようなものが見え隠れしている。
 それがツボミの『提案』に対する不満であることは、想像に難くなかった。
「ええ、多分今陽日輝たちが思い浮かべている内容で正解ですわ。私は、変に緊張感が生まれかねないので反対なのですが――『議長』からの忌々しい放送、全員一箇所に集まって聞こうという提案ですの」

       

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