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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第五十一話 遊戯

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【9日目:未明 東第三校舎二階 旧美術室】

 生徒葬会の終わりが近付いている。
 そのことを嬉しく思う反面、少し寂しさも感じているのは、危機感が薄いと自分でも思う。そして何より不謹慎だ。
 しかし、頭ではそう理解していながらも、その気持ち自体を否定することはできない。なんといっても感じたままの本心なのだから。
 危機感が無かろうが不謹慎だろうが、自分はこの生徒葬会を――楽しんでいる一面がある。
 白木恵弥(しらき・めぐや)は、二度目の『放送』でそう再認識させられていた。
「うーん、さすがに今の俺は簡単には負けないな。それはそれで危機感が余計に薄れそうで、いざマジでヤバイ奴と当たったときが怖いんだけどな」
 恵弥は、美術室の作業用の大きな木製机の上に仁王立ちしてそう呟く。
 ――恵弥の視界の下、机と机の間の床には、二人の男女が倒れている。
 男のほうは首を半分ほどまで切り裂かれ、女のほうは左側頭部が潰されて、恐怖と絶望に見開かれた目で虚空を見つめたまま絶命していた。
 恋人同士だったのかもしれないし、ただの友人だったのかもしれない。あるいは、生徒葬会の中で協力関係を結んだだけの間柄だったのかもしれない。
 一応本人たちにも訊ねてみたのだが教えてくれなかったので、彼らが絶命した今では確かめようがないことだ。
「しかしこれじゃ経験値もロクに入らないな。レベルアップはできないか」
 恵弥はそう言って、ひょいと机から飛び降りた。
 恵弥は、左手にノコギリ、右手にトンカチを持っている。
 この旧美術室は今では使われていないが、古い工具はだいぶ残されていた。
 それを武器として拝借し、この二人を仕留めるのに使わせてもらったのだ。
 恵弥は、血塗れのノコギリとトンカチを無造作に投げ捨てた。
 トンカチが血溜まりに落ち、ビシャッと湿った音を立てる。
 恵弥はとうに、殺しにも死体にも慣れていた。
 最初はさすがに生理的嫌悪感があったが、人類が地球の覇者となったのも環境適応能力の高さが理由だと聞いたことがある――生徒葬会という異常な環境に、自分は適応したというわけだ。
 なので恵弥はためらうことなく、まだ死んでそう経ってない二人の死体の衣服を漁り、手帳を奪ったほか、使えそうなものがないか物色した。
 男の体を触る趣味はないが、それも慣れた。
 女の体を触るのはそりゃ男なので興奮しなくもないが、死んでしまったら人形と変わらない。何度も繰り返しているうちに大して何も感じなくなった。あーこの子案外胸大きいなとかは思ったりもするが。
「手帳は自分たちの分だけか。二人で逃げ隠れしながら生き延びてきたって感じなんだろうな。さっきも戦い慣れてなかったし。そんなんじゃゲームクリアなんてできないのにな」
 ――恵弥はこれですでに、自分の分と合わせて十四枚の手帳を手に入れていて、殺した人数もそれに準ずる。
 すでに能力説明ページは惜しげもなく使用し、元々与えられたものと合わせた三つの『能力』を使用できる状態になっていた。
 あと一枚手帳を手に入れれば、四つ目の『能力』も獲得できる。
 生徒葬会における唯一の生還方法である『投票』には、着実に近付いてきていた。
「そろそろザコじゃなくてボスが出てきてもおかしくないのになー」
 呑気にそんなことを言いながら、恵弥は旧美術室を後にした。
 廊下を歩きながら、ポケットから取り出したコインを器用にトスする。
 もう片方の手の甲と、コインをトスした手の指とでコインを止め、それから指をよけ、コインが表であることを確認する。
「じゃあ三階に行くか」
 裏なら一階に降りるつもりだったが、結果は表だ。
 恵弥は次の目的地を決める際に、コイントスを行うようにしていた。
 どうせどこに誰が潜んでいるなんて分からないし、それなら行く場所を天に委ねたほうが、自分の頭で考えるよりかえって行動の幅も広がるし、スリリングだ。
 ――恵弥は、ゲーム部に所属する二年生部員だった。
 ゲーム部といっても恵弥が傾倒するコンピュータゲームではなく、テーブルゲームで遊ぶ部だが、テーブルゲームもやってみると案外面白く、それなりに居心地の良いクラブだった。
 コインもゲーム部に入ってから自分用に買ったもので、割と気に入っている。
 しかしやはり、恵弥が一番好きなのはコンピュータゲーム、とりわけロールプレイングゲームだった。
 ザコを倒して経験値を稼ぎ、レベルを上げ、アイテムを集め、新たな技を覚える。
 生徒葬会も、恵弥はロールプレイングゲームだと思えばいいと早い段階で気付き、そしてその割り切りは、恵弥の思いもよらぬ才能を開花させた。
 ゲームだと思えば殺し合いにもやりごたえを見出させたし、モンスターだと思えば見知った顔を殺すことへの抵抗感も薄れた。
 元々、運動神経は悪くない、むしろ良い部類である恵弥は、生徒葬会という状況にコミットしていったのだ。
「さて――と。……あらら」
 三階まで辿り着いた恵弥は、階段の近くに倒れている男子生徒を見つけて肩をすくめた。
 生きていればバトルを楽しめたかもしれないのに、と思いながら胸ポケットを探ったが、すでに手帳からは表紙と能力説明ページが破り取られていた。
 まあ、最初の『放送』から丸一日以上経っているので、それまでに死んでいた、つまり能力説明ページを回収されなかった遺体からもすでに能力説明ページはあらかた奪われていると考えていいだろうし、最初の『放送』以降に殺された生徒は、基本的に表紙も能力説明ページもその場で奪われているはずだ。
 なので期待はしていなかったが、あと一枚で四つ目の『能力』を獲得できるというところまで来ているので、残念だ。
 しかしそれもだが――
「すごいことになってるなー……目って潰されたらこうなるのか」
 その男子生徒の死体は、両目を無惨にも潰されていた。
 そこから流れ落ちた血は、まるで真っ赤な涙のようだ。
 加えて、彼は首もあらぬ方向に捻じ曲がっている。
 目を潰された上で首を折られて殺された、ということだろう。
 色々な死体を見てきたが、その中でも印象に残る死体の一つになった。
 恵弥は気を取り直して歩き出したが、すぐにその足を止める。
「――マジか」
 廊下の向こうに、こちらに背中を向けて立っている人物がいた。
 スカートを履いているので女子生徒だろう――非常口の緑のランプに照らされて、その姿が闇夜に浮かび上がっている。
彼女は、茶色い髪をツインテールにしているようだ。
 恵弥は、さり気なくポケットに右手を入れ、そこにあるナイフを掴んだ状態で話しかけた。
「こんばんは。多分、はじめまして、かな? さっき両目の潰れた死体があったけど、あれやったのもしかして君?」
 恵弥の言葉に、彼女は緩慢な動作で振り返った。
 とても気だるげに、とても鬱陶しげに。
 どこかやさぐれたような表情をした彼女は、それでもその目には強い意志の光を宿していた――それを見た瞬間に、恵弥は悟る。
 これは、ザコじゃない――ボス級だ、と。
「――うるさいわね――アンタも人、殺してきてるでしょ。雰囲気で分かるのよ」
「否定しないってことは、認めるんだ。あの死体、やったのは君だって」
「だから何? それがこの生徒葬会のルールなんでしょ? ……私はもう自分が生きて帰ることくらいしか目標がないの。だから、悪いけどアンタも殺すわよ」
 ツインテールの女子生徒が、ドスの効いた声でそう言った。
 脅しではない――この子は確実にやってくる。
 しかしそれでも、恵弥には余裕があった。それだけの『能力』があるからだ。
 ……とはいえ、気になることもある。
 ツインテールの女子生徒の指は、とても綺麗だ。
 血の一滴も付着していないその指――なら、目潰しはどんな手段を用いた?
 まあ、道具を使ったか、すぐに手を拭いたかだろう。
 恵弥は深く考えず、彼女との会話を続けた。
「自分が生きて帰る以外に、目標なんかあるの?」
「――っ。……あるわよ。いや、あったわよ。――アタシは、弟を守りたかった。『投票』の権利が一人分しか残らなかったなら、アタシの代わりに弟を生かしてやりたいくらい――だけど、死んだのよ。アタシのせいで。アタシが甘かったせいで。――だから、もういいのよ」
 言葉とは裏腹に、彼女はもういいとは思ってなさそうだ。
 未練があり、後悔があり、それは捨て切れていない。
 ――どうやら、これまで弟と行動を共にしていたが、その弟が死んだので、少し自棄になっている、というところのようだった。
 大切な人との死別。
 それもまた、この生徒葬会では珍しくもない。
 しかし――この女子生徒の発する漆黒の殺意。
 自分の『能力』を理解していても、それでも背筋が寒くなるほどの圧を感じる。
 これはやはり――お待ちかねのボス戦だ。
 BGMだって通常時とは変わるタイプのヤツ。
 恵弥は胸の内から湧き上がる興奮に思わず笑みをこぼしながら、ポケットからナイフを取り出した。
 親指の爪を引っかけて鞘を一センチほど開けてから、ナイフを振ることで鞘を床に捨てる。
 ツインテールの女子生徒の心臓の高さにナイフの先端を向けて、恵弥は言った。
「俺は白木恵弥。君の名前は?」
「立花百花」
「立花……ああ」
 クラスは違うし交友があるわけではないが、立花という姓の男子生徒は同級生に確かにいる。バスケットボール部の立花繚だ。
 するとこの人は、立花繚の姉ということになる。
 言われてみれば、なんとなく面影がある顔立ちだ。
「……弟のこと、知ってんの?」
「まあ、同級生だから。それとも、弟さんの親友でしたって言ったら、手加減してくれてた?」
「……そんなわけないでしょ。アンタと弟の関係がどうであろうが、弟はもういないんだから」
「だよねー。じゃあ……俺のレベルアップの糧になってもらおうか、な!」
 恵弥は、すぐさま『能力』を発動させた。
 その『能力』の名前は、『伸縮自在(フリーサイズ)』。
 自身が手にした物体の大きさを、自由に変えられるというものだ。
 ただし、一度に変えられるのは一つのみで、対象が自身の体から完全に離れたとき、『伸縮自在』は解除されてしまう。
 また、大きくすればするだけ重さも増すので、際限なく大きくすればいいというわけでもない。
 先ほどの旧美術室では、この『伸縮自在』によりノコギリを巨大化させて首を切断しかかるほどの威力を与え、トンカチを巨大化させることで側頭部を叩き潰した。
 どんなつまらないモノでも、自分の手にかかれば立派な武器と化すのだ。
 大きさが増すということは質量が増すということ、質量が増すということは威力が増すということ。
 そして今、巨大化させたナイフの先端が、立花の心臓に刺――
「――くだらないわよ!」
 百花は。
 急に巨大化したナイフにうろたえることなく、横に跳んでかわすと同時に、チョキの形にした右手をこちらの顔めがけて突き出してきた。
 もっとも、二人の間には六、七メートルの距離がある。
 本来なら当たるはずがない――が、彼女がそのような動作を取るということは。
「離れていても攻撃を当てることができる『能力』か。さっきの死体の謎が解けたよ」
「!?」
 百花が目を見開く――無理もない。
 恵弥の両目は――なんともない状態だったのだから。
「『異能不通(フィルタリング)』――他人の『能力』による効果を一切受けない。これが俺の、生徒葬会が始まったときから持ってた『能力』だよ」
「アンタ、能力を二つ――!」
「コツコツとアイテム集めてきたからね。俺を殺したいなら、『能力』を使わず直接殺るしかないよ」
 恵弥は、ナイフを元の大きさに戻して言った。
 自分には『伸縮自在』という異能の攻撃手段がある。
 しかし相手は、『能力』に頼らず自力で『伸縮自在』を掻い潜った上で、自分を殺さなければならないのだ。
 だからこそ、恵弥は余裕を持って生徒葬会を進めている。
 『能力』で殺されることはない。
 『能力』抜きで自分を殺しに来る相手に対しては、『伸縮自在』を使えばいい。
 百花との距離も十分開いている――これなら、近付けさせなければいいだけだ。
 『伸縮自在』の効果はすでに見せている――だからこそ、百花も容易には踏み込んでこれないだろう。
 恵弥はそう分析していたが――そのとき。
 百花が、スッと腰を落とし、両足を前後に開いた構えを取りながら、言った。
「バカにしないでほしいわね。アンタ程度にどうこうできるアタシじゃないのよ。正直、弟が生きてたときに比べたら生きて帰りたい気持ちも強くはないけど――それでも、アンタのような舐め腐った三下にやられるわけにはいかないわ」
「三下かあ。随分言ってくれるなあー……俺、これでもだいぶ経験値稼――」
 恵弥の台詞の途中で、百花の、顔の前で構えられていた左手が消えた。
 正確には、消えたように見えるほどの速さで動かされた。
 再び恵弥の目が百花の左手を捉えたときには、ガシャアアン、というけたたましい音が真上から響き。
 恵弥は、ハッとして駆け出していた。
 駆けながら、後ろを見やる――先ほどまで自分が立っていた場所に、大小さまざまな破片が降り注いでいる。
 それが、百花のあの直接触れずに攻撃できる能力によって砕かれた蛍光灯であることを、恵弥はすぐに理解した。
「アンタを『絶対必中(クリティカル)』で殴れないなら、直接殴る以外にもこういう方法もあるわよね? アンタの周りにあるモノはぶっ壊せるわけだもの。そして――アンタ、破片かわすために走ったわよね? よりにもよってアタシのほうに」
「……!?」
 恵弥が自分の過ちに気付いたときにはすでに、百花は床を蹴り、恵弥の想像を凌駕する速度で間合いを詰めていた。
 ほぼ反射的にナイフを振るったが、巨大化させたそのナイフを百花は頭を下げるだけの最低限の動きでかわしてしまう。
 ――その反応速度、瞬発力。
 なんてことだ――確かにボスはボスでも、これじゃ。
 俺一人じゃ絶対に倒せない、レイドボスじゃないか――――
「こ、こんなところでゲームオーバーなんて――ゴメンだ!」
 恵弥は、咄嗟にナイフを捨て、ポケットの中にあったハンカチを突き出す。
 『伸縮自在』により視界全体を覆うほどに巨大化させたハンカチを百花に押し付けたが、百花は構わず、ハンカチごと恵弥を殴り飛ばしていた。
「エイヤァッ!!」
「うぐぁァ!?」
 顔面に強烈な衝撃を感じるとともに、恵弥は宙を舞っていた。
 嘘だろ――人間一人ぶっ飛ぶほどのパンチなんて、尋常じゃないぞ――
 そんなことを感じながら、恵弥は受け身も取れずに廊下に墜落する。
 視界がぐるぐる回るのを感じながら、それでも立ち上がろうとした恵弥の頭を、百花の靴底が踏みつけていた。
「うぎっ……!」
「なんでもゲームに喩えるのが好きみたいだけど、アタシはゲームって苦手なのよね。でも――格闘ゲームは、嫌いじゃないわよ。コンボとか決まると、楽しいわよね」
 百花は。
 そう言って、恵弥の後頭部から足を浮かせた。
 しかし次の瞬間には、返す足で恵弥の顎を蹴り上げ、その体を無理やりに蹴り起こしていた。
「がっ!?」
 次の瞬間には、股間を蹴り上げられていた。
 下腹部から込み上げる独特の強烈な不快感。
 だが、それに浸る暇すら無い。
 首に叩き込まれた肘打ち。
 喉が潰されたような感覚と共に、掠れたうめき声が漏れる。
 喉の奥で血の味がするので、本当に潰れてしまったのかもしれない。
 そして、涙が滲む目が次に捉えたのは、迫る二本の指だった。
「や、やめ――」
 命乞いの言葉を吐きながらも、恵弥は僅かな活路を見出していた。
 蹴られた下腹部を押さえる振りをして、さり気なく掴んだ、ブレザーのネクタイに付けたネクタイピン。
 これを『伸縮自在』で――百花の、目潰しを繰り出してきている手に下から突き刺せば、深手を負わせることができるはず――!
 恵弥はそう確信し、ネクタイピンを『伸縮自在』で巨大化させた。
 が。
 それによってネクタイピンの先端が突き刺さるはずだった百花の手首は――引かれていた。
「はっ――?」
「相手の反撃を予想せずに独りよがりな連打を仕掛けるのは素人のやることよ。自分が優勢の時でも、いや、自分が優勢の時こそ、相手の反撃を想定し続ける。――アンタがネクタイピンをネクタイから外したの、見てないと思った?」
「ま――まだだ!」
 ネクタイピンを一瞬元の大きさに戻してから、百花の顔めがけて再度巨大化させながら突き出す。
 しかしそれさえも、百花は首を斜め下に逸らすことでかわしていた。
「な――なんなんだよ、オマエェッ!」
 こんなのクソゲーだ。
 ゲームバランスがおかしい。
 あまりにも強すぎる。
 あまりにも隙が無さすぎる。
 『伸縮自在』が通じず、『異能不通』も無意味。
 三つ目の『能力』は、戦闘に使える能力ではない。
 しかしこんなことなら――戦闘向きの能力を選んでおくべきだった。
 プレイングを――間違えた――ゲーマー失格だ――
「アタシは立花百花よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。……弟を守れなかった、馬鹿な姉よ」
 百花は、寂しげにそう言ってから。
 改めて、恵弥の両目に指を突き入れていた。

       

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Neetsha