Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第五十三話 星空

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【9日目:未明 東第二校舎 屋上】

 生徒葬会が始まって九日目、天気が変わりやすい秋には珍しく、一度として雨が降っていない。今夜も満天の星空が、一面に広がっていた。
 東第二校舎の屋上に寝転がった状態で、久遠吐和子はそれを見上げている。
 この空は、学校の外へと続いているはずなのに、自分たちはそこに行くことができない。
 そう思うと、煌びやかな星空はこんなにも綺麗なのに、どこか薄ら寒いもののように感じてしまう。
「イテテ……」
 少し姿勢を変えようと身じろぎした瞬間、背中や腰に痛みが走り、吐和子は思わず顔をしかめていた。
 昨日、岡部丈泰に投げ落とされたときのダメージが残っているのだ。
 来海とミリアに背中を見てもらったが、真っ赤になり所々アザになっているらしい。『糸々累々(ワンダーネット)』によって威力は抑えられていたにも関わらず、今なお尾を引くこの痛み――やはりマトモに投げられていたら死んでいただろう。
「まだ、痛い?」
 すぐ横で体育座りしている御陵ミリアが、そう訊ねてくる。
「ああ……ま、大丈夫。痛むってこと忘れてたから余計に痛かっただけ。逆に言えば忘れてた程度なんよ」
 吐和子は上体を起こし、こちらを見つめるミリアにそう答えた。
 ……結局自分は、一人では丈泰を倒すことはできなかった。
 ここにいるミリアの加勢がなければ、あのまま殺されていただろう。
 しかし、そうして生を拾った今、吐和子は、何が何でも自分が頑張らなければ、という考えは誤りだったことを悟っていた。
 あれだけ圧倒的に強かった丈泰も、『能力』に恵まれなかったこともあり敗れて死んだ。
 この生徒葬会では、個人の力には限界がある。
 自分たちはせっかく友達で、せっかく三人でいるのだから、これからも手を取り合って生き抜いていこう――というような結論に、吐和子は達したのだ。
 そしてそう思うようになった途端、不思議と気持ちが軽くなった。
 これまで自分は、来海やミリアよりも体力がある自分が頑張らなければと気負ってしまっていた。その自覚はあったが、思っていた以上にそうだったらしい。
 こうして星空を見上げる余裕も、今まではなかった。
「綺麗だね、空」
 ミリアが呟く。
 吐和子は頷きながらも、正直な感想を述べた。
「……まーね。でも、ウチは考えてまうんよ。この学校のすぐ外にある家とか会社とかから、同じ空を見上げてる人もきっといるのに、その人たちはウチらがこんなクソゲームに放り込まれてることには気付きもしてないし、ウチらはその人たちのいる場所に行くことはできない――それがとても虚しいんよ」
「吐和子の言うことも、分かる。でも」
 ミリアはおもむろに立ち上がり、空に向けて手を伸ばした。
 まるでその手に星を掴もうとするかのように。
「どんなときでも、星は綺麗。こんなときでも、変わらないものがあるって、私は少し、安心できる」
「……あはは。敵わないな、ミリアには。ウチなんかより、よっぽどしっかりしてるもの。そーね、そういう解釈のほうが、元気出るよね」
 吐和子も立ち上がり、ミリアを真似て手を伸ばしてみた。
 夜空にちりばめられた無数の星は、何億年も昔の光。
 その中には、今は滅びた星の光もあるのかもしれない。
 あの果てしない宇宙の中では、生徒葬会なんて、『議長』とかいう奴だって、とてもとてもちっぽけな存在なのだろう。
 そういう風に思うと、少しだけ溜飲が下がるような気もした。
 ミリアと違ってどうにも性格の悪い捉え方だと我ながら思ったが、こればかりは人間性の問題なので致し方ない。
 ――そう、ミリアは、そして来海は、自分なんかよりよっぽどいい子。
 自分はバレー部に所属していたから、自然と交友関係が広がっただけだ。
 吐和子とミリアはそのまましばらく、夜空に手をかざしたまま星を見上げていたが、腕が疲れてきたのか、やがてミリアがそっと腕を下ろした。
 それを見てから、吐和子も腕を下ろす。
 やはりあの星は掴めない。当たり前だ。
 しかし、不思議な満足感があった。
 吐和子はミリアの横顔を見やり、「戻ろっか」と言った。
「あんまりウチらがいないと、来海も寂しがるだろうし」
「うん」
 来海は『偏執鏡(ストーキングミラー)』を駆使して、全校生徒の動向を観察することができるとはいえ、不意打ちを防ぐのに使うには不向きだし、本人の戦闘能力は高校生女子の平均を下回る。
 バリケードおよび吐和子の『糸々累々(ワンダーネット)』の展開という対策はしているものの、あまり一人にしておくのも考え物だろう。
 元々この屋上では、ミリアと手分けして棟内の巡回を一通り終えた後、一休みしていただけなのだ。
 吐和子とミリアは棟内に降りるための階段に向かおうとし――そのとき。
『吐和子、ミリア! キミたちの上に、人がいる!』
 ミリアと懐中電灯同様、警備員室から拝借した道具の一つであるトランシーバーが、ノイズ混じりに来海の声を吐き出していた。
「「!?」」
 ハッとして、ポケットに入れていたトランシーバーに目を向けてから、吐和子とミリアはすぐに背中合わせになって上空に視線を向ける。
「あれ!」
 ミリアの声に、吐和子は振り返り、彼女が指差すほうを見る。
「なっ……!?」
 星空をバックに、屋上からさらに二十メートルほど高い位置に、一人の男子生徒がいた。
 もちろん、そこは空中で、普通ならその場に留まることなどできやしない。
 しかし――彼の背中からは、二対四本のブレードのようなもの――闇夜に溶ける無機質なデザインの、プロペラが生えていた。
 そのプロペラが、音も立てずに回っている。
 プロペラの形が分かるくらいなので、そこまで速い回転ではないが、しかしそれにしたって、普通ならかなりの音が響くはずだ。
 にも関わらず、無音なのは『能力』によるプロペラだからか。
 ――もしくは、プロペラの能力と音を消す能力、二つを持っているのか。
「バレましたかー……探知できる系の『能力』持ちが仲間にいるんですね。いやはや、それは予想外でした」
 丁寧な口調から滲み出る小馬鹿にした声音に、眉をぴくりとさせながらも、吐和子は滞空するその男子生徒に呼びかけた。
「アンタ、覗き見とは感心しないんやけど。ウチらの見物料は高くいただくんよ?」
「ははは、これは失礼。そうは言っても今は生徒葬会で、僕も自分が生き残るための手を尽くしているだけですから。えっと――トランシーバーの声が、『トワコ』と『ミリア』と呼んでいましたっけ、あなたたちのこと」
「人に名前を聞くなら、まずは自分からだと思うけど?」
 もっとも、この男がいつの間にか接近してきていたことは来海から教えてもらったのだ、それはすなわち来海が『偏執鏡』でこの男を指定したということであり、来海に聞けばすぐに分かる。
 しかし、こちらの『能力』について必要以上に明かす義理はないだろう。
 ――今の会話を聞いて、来海も察してくれたはずだ。
吐和子は、ミリアがさり気なくポケットに手を入れ、トランシーバーの発信ボタンを押し続けていることを確認していた。
 だから来海にも、この男との会話内容は伝わり続けている。
 『偏執鏡』ではこの光景は映っても、音声は一切拾えないので、そこをトランシーバーで補う必要があるというわけだ。
「いいですよ。僕の名前なんてどうでもいい情報ですし。僕は飛沢翔真(とびさわ・しょうま)といいます。飛ぶだの翔だの名前に入ってる僕がこんな『能力』を持っているなんて笑えるでしょう? 『議長』は本当に能力をランダムで配ったんですかね?」
「ごちゃごちゃうるさいんよ――話し合う気があるなら降りてきな。そうでないならとっとと帰りな」
 ――今の状況、自分たちにとってかなり不利だ。
 飛行能力を持つ翔真は、東第二校舎周辺に張り巡らされた『糸々累々』にかかっていないということであり、丈泰に対してそうしたように、糸の力で拘束することはできない。今から糸を吐きかけるにしても、空を飛んでいる相手に糸を浴びせるのは不可能に近い――糸の一本一本はか細く、微風ですらまっすぐ伸びずにヘナヘナになってしまうし、上方向に吐けばすぐに重力に負けてしまう。至近距離ならまだ話は別なのだが。
 そうなると頼みの綱はミリアだが――困ったことに、屋上には灯りが無い。
 せめて満月の夜ならば、飛んでいる翔真の『影』が伸びていただろうが、この程度の星空では影は生まれようがなかった。
 ああもう――せっかく好意的に捉えかけていた星空がまた嫌いになりそうだ。
 ミリアの『影遊ぶ(シャドーロール)』は、対象の影を照らすことで対象自身を焼くことができる――が、裏を返せば、影が無ければ無力なのだ。
 もっとも、対策はあるにはあるが、あくまでも次善の策。
 相手が空中、そしてここが影も出来ないほどの夜の暗闇の中という条件は、自分たち二人の『能力』にとって相性が悪いのは事実だった。
 話し合いをするなら降りろ、そうでないなら帰れとは言ったが、恐らくこのまま戦闘になるだろう。空中にいる相手との戦いは、さすがに想定していなかったが――やるしかない。
 吐和子がそう考えていた、そのとき。
「いいですよ。話し合いをしましょう」
 ――と。
 翔真はそう言って、そのまま真下に降下してきた。
 プロペラの回転が生み出す風が吐和子とミリアの髪や服を揺らす。
 秋の夜の風は少し冷たく、思わず顔をしかめてしまった。
 しかし、それ以上に翔真の行動が理解できなかった。
 空中にいるというアドバンテージを捨ててまで降りてきた。
 ということは、本当に話し合いがしたいのだろうか?
 自分はあまり頭の回転が良くないので判断しかねる――ミリアはどう考えているだろう。そして来海は。
 吐和子はそう思い、ミリアに目配せをしたが、ミリアは僅かに頷くだけだった。
 ――その目が、『気を付けて』と言っているような気がする。
 吐和子もアイコンタクトで応え、そして翔真のほうに向き直った。
 翔真はすでに屋上に着地しており、プロペラの回転もそれに伴って減速している。本物のヘリコプターのように、少しずつ、だ。
 ということは、あのプロペラを再び始動させる場合は、それと同程度以上の時間が必要になるはず。
 それは一安心だったが、にも関わらずここに降りてきてプロペラの回転も止めたということは、本当に話し合いをしたいのか、あるいは他にも『手札』があるかのどちらかだろう。
 そして、この状況下では後者を想定していたほうが賢明そうだ。
 吐和子は翔真の一挙手一投足に注意を払いながら、聞いた。
「ウチはまどろっこしいのは好きやない。ウチらに要求があるならそれを先に言ってみな」
「要求、要求ですか。はは、そんな殺伐としたものはありませんよ。ただ、僕は『提案』をしたいだけです」
 翔真は。
 薄く細めた目の奥で、笑いながら言った。
「トワコさんにミリアさん、それにここにいないもう一人の方も。こんなところで殺し合いをするのはやめて、僕たちの『楽園』に来ませんか?」

       

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