Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第五十四話 提案

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【9日目:未明 東第二校舎 屋上】

「楽園? 今楽園って言った?」
 久遠吐和子は、飛沢翔真と名乗った来訪者に対しそう訊き返していた。
 もちろん、本当に聞き取れなかったわけではない。
 夜風はそう強くは吹いておらず、虫や鳥の鳴き声くらいしか邪魔するものはなかった。
 しかし――聞き間違いを疑いたくなるような単語だった。
「ええ、言いましたよ。僕たちは、仲間を集めてある場所に『楽園』を作っているんですよ。あなたたちが望むなら、その『楽園』に案内します。それが僕の『提案』ですよ」
 翔真は、暗くて見えにくいものの、得意げな表情をしていた。
 『楽園』というものを、心底誇らしく、素晴らしいものだと思っていなければ、浮かべることのできないような。
 ――吐和子は彼のその雰囲気に、薄気味悪さを感じた。
 ふと隣の御陵ミリアを見やる――彼女はいつも通りの何を考えているか読みにくい無表情で、ただただ翔真を見据えている。
 吐和子は、翔真の真意を探るべく質問を重ねてみることにした。
 もっとも、こちらから訊ねずとも説明してきそうな雰囲気ではあったが、会話のイニシアチブはこちらが握っていたい。
 突然現れて突然わけのわからない『提案』をしてくるような相手のペースで、話を進められたくはなかった。
「ウチにはその『楽園』っていうやつがピンと来ないんやけど。ミリアもでしょ?」
「うん」
 ミリアが素直にこくりと頷く。
 その声は小さく、翔真に聞こえたかどうかは分からないが、頷いたのは見えているはずだ。
 翔真は「ふむ」と呟いてから、「楽園は楽園ですよ」とうそぶいた。
「殺し合いをせず、平穏に過ごせる――そういう場所です。それを楽園と呼ばずして何と呼びましょう」
「……どういうこと?」
「『楽園』にいる限り、死の恐怖や殺しの重圧を抱えながら過ごす必要は皆無なんです。それだけの安全が保障された場所を、僕たちは築き上げたんです」
「……それって、要するにただの拠点でしょ? ウチらと同じような」
「いいえ、違いますね」
 穏やかだった翔真の声音が、少し険しくなったのを吐和子は感じていた。
 まるで、『一緒にするな』と言わんばかりに、だ。
 ――やはり、コイツは『楽園』に――いや恐らく正確には、『楽園』とやらを作ったという何者かに対し、心酔している。
 翔真に対して感じた薄気味悪さの正体はすぐに分かった。
 飛沢翔真のその濁りが無いのに濁って感じてしまう、目。
 その目は、狂信者のそれだ。
「現にあなたたちは僕の侵入を許している。しかし僕たちの『楽園』は違います。そんなことはありえない。そして、自給自足の体制も整えています。これがどういうことか分かりますか?」
「……生徒葬会が長引いても平気ってこと?」
「違いますよ。あなたは『議長』が身勝手に押し付けてきたルールに囚われてしまっている。生徒葬会なんて余興に乗る必要はないんですよ」
 翔真は。
 至極当然のことのように、この後、とんでもないことを口にした。
「一生この学校で暮らせばいいんですよ。そうすれば、殺し合いをしなくてもいい。死の恐怖に怯える必要も、殺しの重圧に苦しむ必要もない。その環境を半永久的に維持するための、自給自足です」
「なっ――……!?」
 理解を超えた発言に、吐和子は絶句していた。
 隣のミリアが息を呑んだのも気配で分かる――トランシーバー越しに翔真の発言を聞いた嶋田来海も、恐らく同様だろう。
 食料問題は、吐和子たちも抱えている切実な問題だ。
 しかし、あくまでもそれは、生徒葬会を生き抜くために必要な分の食料をどうするか、という話に過ぎず、ハナからそこまで長期的なプランは立てていない。
 だが、翔真は、いや、翔真『たち』は――この学校で一生を過ごす前提で動いている。そのことがにわかに信じがたく、吐和子はしばし言葉を返せずにいた。
「そんなこと――できるはずがないよ」
 そんな自分に代わってか、ミリアがか細い声でそう呟く。
 翔真はそれに対し、間髪入れずに「できますよ」と返していた。
「生徒葬会には生還するために必要な行為である『投票』の条件こそ設定されていますが、脱落の条件は定められていません。『投票』のために必然的に手帳の奪い合い、殺し合いに発展してしまうというだけで、死はその結果にすぎません。ルール上は、時間制限もなければペナルティもない――つまり、二つの問題さえクリアすれば、ずっと生きていけるんですよ」
「……二つの問題?」
「ええ。一つは先ほども申し上げました通り、食料の問題です。僕たちは『楽園』に田畑を作り、飼育部が育てていた魚の繁殖にも取り掛かっています。そしてもう一つは、精神的な問題です。『ここから出たい』という希望を捨てること。外の世界を諦め、この学校で生涯を終えるという決心をすること。それができない方は、『楽園』に入れませんからね」
 当たり前のことのように、翔真は流暢に語り続ける。
 それを吐和子は、唖然として聞いていた。
 ――確かに論理としては破綻していない。
 食料の問題を解決し、外に出ることを諦めたのなら――命が続く限り、生きていくことができる。
 だが――それにしたって。
「……病気したりしても、治せないんじゃないの?」
「確かにその点には限界がありますね。だから僕たちは、そういったことへの対処ができる『能力』の持ち主も探しているのですが――たとえ見つからなかったとしても、殺し合いを続けて数日でほとんどが死ぬより、一人でも多くの生徒がこの先も何年も何十年も生きていけるほうが、よほど理想的だと思いますよ」
 翔真の喋り口が、どんどんと滑らかに、そして高らかになっていく。
 自分たちの理想に、そしてそれを語り聞かせることに陶酔しているかのように。
 それを妨げたくて、吐和子はさらに反論した。
「家族や学校以外の知り合いとも一生会えないし、連絡すら取れない。どこにも行けないし、娯楽も限られてる。なりたいものにもなれない――それでも?」
「そのために多くの命を犠牲にする。あなたはそういうことを言っているんですよ、トワコさん」
「……! でもそれは、『議長』がウチらに――!」
「そう、諸悪の根源は『議長』です。ですから、そんな『議長』の作ったルールにまんまと乗せられて殺し合う必要なんてないんですよ」
 翔真は、仰々しく両手を広げ、星空を仰いだ。
 その頬は上気し、瞳は潤んでいる。
 恍惚とした面持ちで、彼はこう続けた。
「あなたたちは仲の良い友達同士なんでしょう? 見れば分かります。しかし、三人揃っての生還となると、一人での生還よりさらに困難になるでしょう。ましてやすでに生存者が百人を割った今、いつ『投票』が行われてもおかしくない。僅かな希望に縋って殺し殺されの地獄を往くより、『楽園』で平穏を享受しませんか? 僕たちはあなたたちを歓迎します」
「……地獄、ね」
 確かに、今この状況は地獄としか言いようがない。
 翔真は狂信的だが、それゆえに嘘は吐いていなさそうなのは分かる。
 もっとも、彼の認識自体が根本的に間違っているという可能性はあるが、少なくとも彼の中では、『楽園』は彼が語った通りの場所なのだろう。
 ――ふと視線を感じ、隣にいるミリアをチラリと見た。
 ミリアは、いつもと変わらぬ表情の乏しい顔のまま、しかしどこか不安がるような、縋るような眼差しを向けてきていた。
 ……ミリアが気にしているのは、自分が翔真の誘いにどう応えるか、だろう。
『――吐和子、ミリア』
 そのとき、トランシーバーから来海の声が聞こえてきた。
 トランシーバーは、発信ボタンを押している間、他のトランシーバーからは発信ができない――つまり、ミリアが発信ボタンから指を離したのだろう。
 翔真の誘いに対する、来海の考えを聞くために。
 そして、ノイズと共に機械から吐き出された来海の声がそれに応える。
『私は知っての通り友達が多くない。キミたちを除けばオカルト同好会のメンバーくらいとしか話すことがないくらいだ。でも、それでも存外悪くない学校生活だった。キミたちがいたからだ』
「来海……」
『だから、彼の言う『楽園』でも、キミたちさえいれば幸せなのかもしれないと、少しだけ考えた。私たちが三人揃って生還するのは簡単ではないことは確かだからね。でもね、吐和子、ミリア』
 トランシーバー越しでは、来海の顔は当然見ることができない。
 それでも吐和子は、来海が微笑んだのが目に浮かぶようだった。
『私は、キミたちと一緒に帰りに寄り道をしたり、休日に遊びに行ったり、買い物をしたり――そういう日常こそかけがえのないものだと思っているし、それを諦めたくはないということに気付いてしまったんだよ。だから、私の望む幸せは彼の提案する『楽園』では手に入らない。――キミたちが『楽園』に行きたいというのなら、話は聞くよ。しかし私はそう考えている。それだけは、伝えておくよ』
 ――来海からの通信が終わり、翔真がハア、と嘆息した。
 大げさに肩をすくめ、首を横に振る。
「理解していただけませんか。僕には、理解していただけないことが理解できません。僅かな希望のために地獄を選ぶとは。――あなたたちも同じ考えなのですか?」
「――ウチは、正直アンタの『楽園』も悪くはないかもって思ったけど、来海がああいう以上、やっぱりそこにウチらの幸せは無いわ。それに」
 吐和子が思い出したのは、昨日戦った岡部丈泰のこと。
 彼と交わした会話、そして彼が持ち歩いていた遺書。
 それは間違いなく、彼が生と死と向き合いながら生きてきた証。
「――ウチも背負ったものがあるから、生きて帰ることを諦めるわけにはいかないんよ」
 そんなことをしたら――何のためにアイツが死んだのかわからない。
 吐和子の決意に満ちた言葉に、ミリアも頷いた。
 そして、これまでとは違い、一際大きな声で断言する。
「私も同じ。絶対に生きて帰りたい」
 ――これで、来海、吐和子、ミリア、三人全員の意見が揃った。
 その結果を突き付けられた翔真は――「わかりました」と渋い顔で呟く。
「『楽園』に行く意思が無いのでしたら、無理にとは言いません。あなたたちの考えは僕には理解しかねますが、尊重しましょう」
「それは助か――」
 そのとき。
 吐和子は見た。
 翔真の背中から生えたプロペラが、視界から消えるのを。
 否、視界から消えたと見紛うほどの速さで、回転を開始したのを。
 ――このプロペラ、一瞬でここまで駆動させることができたのか――!
 もしかしたら先ほどプロペラを止めたときは、あえて遅く止めて、『動かすのにも時間がかかるだろう』と誤認させる狙いだったのかもしれない……!
「!」
 吐和子は、一瞬の風の動きの変化を半ば直感で察知し、ミリアに抱きつくようにして彼女を突き飛ばし、二人して伏せていた。
 直後、先ほどまでミリアがいた場所を、翔真が滑空して通り過ぎる。
 その際彼は体を傾け、プロペラを斜めに突き出すような姿勢を取っていた――もし自分が飛びつかなければ、ミリアはプロペラによって肉体を切断されていただろう。
「アンタ、何を――!」
 すぐさま立ち上がり、ミリアを庇うように前に出た吐和子の見ている中、翔真は上昇して屋上から高度五、六メートルほどにまで移動していた。
 そこでホバリングしながら滞空し、吐和子とミリアを先ほどまでとはうってかわった冷徹な眼差しで見下ろす。
「『楽園』の存在を知ったあなたたちを生かしたまま帰るわけにはいかないんですよ。『楽園』は理想を共有する者だけが知り、住まう場所でなければならない。地獄の住人であることを選ぶようなあなたたちには、望み通りの殺し合いを提供しますよ。もっとも、結果はあなたたちの死ですが」
「――楽園だの平穏だの言っておきながら、気に入らない奴は殺す、ね。やっぱアンタの誘い断って正解だったわ」
 吐和子は。
 翔真を睨み上げながら、言い放った。
「オーケイ、アンタがそのつもりならウチも容赦しない。アンタの言う『楽園』ってヤツには二度と戻れない――その代わり、本物の楽園送りにしてあげる。――あ、いや、ウチらをいきなり殺そうとしてきたし、アンタもきっと地獄行きになるんよ。ウチと一緒でね」
「……不愉快ですね。『楽園』の素晴らしさも理解できない獣の分際で」
 翔真が敵意を剥き出しにしてくるのを受け流しながら、吐和子はどうやって彼を倒すか、思考を巡らせていた。

       

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