Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第五十八話 楪萌

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【9日目:朝 裏山】

「暁君こわーい、いきなりわたしのこと襲っちゃってー。隣にカノジョもいるのにねー、ま、仕方ないよねー。わたしのほうが可愛いしー」
 大木のてっぺん近く、一番高い位置にある太い枝の上に立ち、落ちないよう木の幹にロープを巻き付けた状態で、楪萌はそう言ってケラケラと笑った。
 暁陽日輝と安藤凜々花は、互いに目配せして怪我がないことを確認し合い、それから萌のいる場所を見上げる。
 厄介なのはこの木の太さだ。
『夜明光(サンライズ)』は凜々花と戦ったときに桜の木を焼き倒すほどの威力を発揮したが、この木の幹はその四、五倍は太い。
さすがに『夜明光』でも、この木をすぐに殴り倒すことはできないだろう。その間に萌に別の木に移られてしまう。
 そのため、あの位置にいる萌を倒す手段を持っているのは、凜々花だけだ。
「凜々花ちゃん――やれるか?」
「――はい。必ず当てます」
 凜々花が緊張した面持ちで頷き、バッグの中から百人一首の札を三枚取り出した。右手の人差し指から小指までの間に一枚ずつ札を挟む形だ。
 そして、左手はさりげなくバッグの底部に添えるような形で、萌の目線から隠す。
 ――凜々花が持つ第二の能力『複製置換(コピーアンドペースト)』の発動条件である、指パッチンをいつでも行えるように、だ。
 元々は峠練二が持つ能力だった『複製置換』は、指パッチンにより発動し、自身とまったく同じ服装をした分身を、半径三メートル以内に作り出せる能力。
 そして、分身は最大八体まで作り出せる――つまり凜々花は、三枚×九、二十七枚の札を『一枚入魂(オーバードライブスロー)』により強化した状態で投げることができるというわけだ。
 自分が凜々花なら、ここで狙うのは萌にここから直接札を当てることではない。いや、そうなればラッキーだが、萌のいる位置は明らかに凜々花の投擲を警戒してのものだ。
 陽日輝と凜々花の視界からはほぼ死角だが、あの幹の裏側にも今萌が立っているのと同じくらい太い枝がある。
 萌がロープを駆使してワイヤーアクションのごとく俊敏な動きを取れることはすぐにわかっている、そのため萌を狙って札を投げても、幹の裏に逃げられてしまうだけだろう。
 ならロープ自体を狙い、切断するという手はどうか。
 ロープを切られたところで萌はすぐにまたロープを展開することができる、それも先ほどまでの攻防で目の当たりにしているので、やはり期待は持てない。
 であるならば、凜々花が狙うべき場所はどこなのか。
 それは――
「……楪。俺だって同級生を殺したくない。話をしないか?」
「キャハハ、わたしと暁君今までそんな接点なかったでしょ? 話すことなんてないよ、わたしはそんなことより血祭りに上げたいヤツが二人いてさー、暁君と彼女ちゃんは見かけたから襲ってみただけ。眼中に無いの」
「だったらなおさら、ここで俺たちが殺し合う理由はないはずだ」
「いやーそれは大アリでしょ。アリアリのアリ。理由三つくらいあるから聞かせてあげる」
 萌が、マスクの上から鼻を抑えるようにした。
 マスクに隠れている部位を気にしているようだ。
 高低差のせいで分かりにくいが、そのときの萌の目元にはメラメラとした負の感情が滲み出ているように見えた。
 ――血祭りに上げたいヤツが二人いる、という先の発言。
 そして、校内美少女コンテストで準グランプリに選ばれるほどの美少女である萌がわざわざ顔を隠している理由。
 そこから推察するに――その二人によって、マスクの下には痕が残るほどの傷を負わされてしまったのではないだろうか。
 陽日輝がそんなことを考えていると、萌が人差し指を立てた右手を顔の横に掲げてみせた。
「ひとつ、わたしは生きて帰りたい。だからわたし以外みんなわたしが生き残るための手帳ノルマに過ぎないのー。ふたつめー」
 萌が人差し指はそのままに中指も立てる。
「わたしの能力、『自縄自縛(ロープアクション)』のタネも見ちゃった暁君たちを生かして帰すメリットないよねー? みっつめー」
 薬指も立てて、そして萌は言う。
「わたし、人がイチャイチャしてるの見るのキライなのー。だから暁君たちが庇い合ってるのすっっっっごく不愉快。だから死んで?」
 可愛らしい声なのが、逆に恐怖を誘う。
 続いて、萌の近くからバキッ、という何かが折れる音が響いた。
 見ると、萌が操るロープによって、陽日輝の腕ほどの太さの枝が折られている。
 それをロープをゆらめかせることで示しながら、萌は言った。
「暁君は直接殴らないといけないタイプの能力、彼女ちゃんもカード投げるだけでしょ? すごいパワーで投げることができるみたいだけど、この距離とこの位置条件じゃわたしには何十枚投げても当たらないよ?」
「……ええ、そうかもしれませんね。でも、やってみないと分かりませんよ」
 凜々花は、苦々しげに萌を見上げながら言う。
 そんな凜々花の姿が、悔しそうに見えたのだろう。
 萌はケラケラと笑いながら言った。
「わたしはこのまま手頃な枝を負って投げるだけー、岩だらけで土も滑る、すごく足場の悪いこの場所でいつまでもかわせるかなー? キャハハ! わたしアウトドアとか大嫌いなんだけど、『自縄自縛』とこの山との相性はバッチリだなあ、ウヒヒ」
 陽日輝が知る萌とはまったく違う、愉悦と悪意を隠そうともしない姿。
 生徒葬会の過酷な環境が萌を歪めてしまったのか、それともこれこそが、楪萌という人間の本性なのか。
 それは分からない。分からないが――
 いずれにしても、自分たちは萌を殺してでも進まなければならない。
 生きて帰ると誓うということは、そういうことだ。
「――楪さん、と言いましたね。私は安藤凜々花といいます」
 凜々花は、萌に対して凛としたよく通る声でそう言った。
 ――その横顔を見つめ、陽日輝は確信する。
 凜々花もまた、覚悟を決めていると。
「安藤凜々花ちゃんね、把握把握。それでその安藤ちゃんは、わたしをどう倒すつもりなのかな?」
「簡単な話ですよ。当てればいいんです。投げたカードを、あなたに」
「――? ……ウヒヒ、ウヒャヒャヒャ! そりゃそうでしょ! それができたら苦労しないから、安藤ちゃんと暁君はそこでバカみたいに突っ立ってるんでしょおお? あーウケるウケる! 笑いすぎて木から落ちそー」
 実際に身をよじらせて、心底愉快げに萌は笑った。
 目に涙すら浮かべて、本当に面白そうに。
 ――それから、スッとその目に冷徹な光が宿った。
「――わたしはそういう冗談嫌いなの、安藤ちゃん。だから殺すね?」
 萌が、丸太のように太い枝をロープを用いて投げ落としてきたのと、凜々花が指パッチンをしたのとはほぼ同時。
 そして、パチッ、という乾いた音は、一回では終わらない。
 二回、三回と鳴り響くたび、凜々花の分身が出現する。
 ただしそれは――凜々花の頭上に、だ。
「ハアッ!?」
「言ったはずです――投げたカードをあなたに当てると!」
 かつてこの『複製置換』を使っていた峠練二は、天井と床を挟んだ真上の階から自分たちを襲ってきた。そこに着想を得た戦術だ。
 ――北第一校舎の小会議室で、陽日輝と凜々花は、これからの生徒葬会において起こり得る様々なシチュエーションについて論議していた。
 そこで思い付いた、自分たちより高い位置を確保している相手に対する攻撃手段が、これだ。
 半径三メートル以内に自身の分身を作り出せる能力。
 そして、分身と自分の位置を自在に入れ替えることができる能力。
 『複製置換』は一つの能力に複数の効果がある、実に強力な能力だが、それを組み合わせれば、高低差は簡単に埋めることができるのだ。
 凜々花はまず、頭上三メートルの位置に分身を作った。
 そしてすぐに分身と入れ替わる。
 そこからさらに三メートル上に分身を作る。
 もちろんすぐさま入れ替わる。
 それらを断続的に繰り返すことで、自由落下するよりも早く――萌が立っている枝と同じ高度にまで達することができる!
「この距離なら当たりますよね――楪さん!」
「こ……このクスブスがァァァァ!!」
 萌が叫び、ロープの力で別の木へと移ろうとしたときには、すでに凜々花は、指と指の間に百人一首の札を挟んだその右手を、振り下ろしていた。
 同時に、左手はなおも指パッチンを行い、今度は自分の両隣に分身を作り出す。
 それにより、総勢三人の凜々花が、萌めがけて百人一首の札を投げ付ける形となり、合計十二枚の札が萌めがけて飛んでいく。
 この距離なら――逃げるのも木の陰に隠れるのも間に合わない!
 十二枚の札は、萌の全身をズタズタに切り裂く――はずだった。
「キャハハ! 安藤ちゃんがいっぱい、気持ち悪―い!」
 萌は、一瞬にして凜々花の投げた札の放射線上から消えていた。
 ――萌が両手に持っていたロープが、なくなっている!
「能力を解除したのか――!」
「ピンポンピンポン大正解! 賞品は首吊りが良い? それとも首折り?」
 ――萌が凜々花の投擲をかわしたのは、なんてことない。
 ロープを駆使してかわす余裕はなかった。だから彼女は、ロープを消した。
 木の幹から離れた直後にロープを消したことで、萌はそのまま自由落下する。
 そうすることで、自ら動くよりも早く動けたというわけだ。
 凜々花が移動のために使用した分身たちは、萌より先に自由落下し始めているため、彼女たちが投げた札が萌に当たることももちろんなく。
 萌は回避が成功したことを確認してすぐ、再度ロープを展開した。
「あの大っっ嫌いな先輩を殺せる一歩手前だったわたしの切り札、見せてあげる!」
 木の幹にロープを巻き付け、そのままグルグルと回転を行う萌。
 異常に速い地球儀型の公園遊具のように、遠心力も加わり速度を増していく。
「凜々花ちゃん、分身使って木の陰まで逃げろ!」
「――はい、やってます!」
 凜々花もすでに、萌が行おうとしている攻撃の危険度を察知したのだろう。
 指パッチンを鳴らして分身を背後に作ることで、落下しながらも萌との距離を開いていっていた。
 それを見て、陽日輝は逆に地面を蹴って、萌めがけて駆けて行った。
「!? 陽日輝さんっ!」
 凜々花が叫ぶ声が聞こえるが、自分はこうするしかないのだ。
 『複製置換』で移動できる凜々花と違い、足場の悪いこの場所で、地に足付けている自分が今から逃げるのも隠れるのも不可能。
 だったらやるべきは――こちらから迎え撃つことだ。
 萌は回転がピークに達したところでロープを解き、その勢いでこちらに突っ込んでくる――のは、恐らく本命ではない。
 こちらが、触れたロープを瞬時に焼き溶かすほどの能力をすでに見せている以上、馬鹿正直に突進してはこないだろう。
 萌は高速で突っ込みながら、ロープをこちらに飛ばしてくるはずだ。
 首にかけて骨をへし折るなり、足にかけて転倒させたところに畳み掛けるなり、攻撃のパターンはいくつか考えられるが、いずれにせよ萌は、射程距離のアドバンテージを生かした攻撃をしてくるはずだ。
「キャハハハハハハハハハハ!!」
 萌の哄笑が響く中、陽日輝はそこに自ら突っ込んでいく。
 ――そして、次の瞬間。
 裏山全体に轟くほどの、轟音が響き渡っていた。

       

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