Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第六十三話 入浴

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【9日目:朝 山小屋】

 安藤凜々花は、パーソナルスペースがどちらかというと広い。
 つまり、他人に距離感を詰められるのをあまり好ましく思わないタイプだ。
 親友の天代怜子や、この生徒葬会を通して強い信頼で結ばれた暁陽日輝のような例外を除けば、基本的に一定の距離感を保っていたいのが本音のところで、例えば修学旅行や臨海学校のような行事で、同級生と一緒に大浴場で入浴するのも正直あまり好きではなかった。
 そんな凜々花だから、相川千紗からの誘いには戸惑いを覚えた――が、今。
 凜々花と千紗は一糸纏わぬ姿で、電話ボックス二個分あるかないかの狭いシャワールームで向かい合っていた。
「……あの……相川さん」
「どうしたの? 凜々花」
「二人で入るには、少し狭い気がするんですが……」
「大丈夫大丈夫、私別にカラダ当たったりしても気にしないから」
 私が気にするんですが……と言いたいところだがやめておく。
 千紗の手帳は確認済で、『暗中模索(サーチライト)』以外の能力は無い。
 それならば、文字通り丸腰の今、いざとなれば『複製置換(コピーアンドペースト)』が使える自分のほうが有利なわけで、ここで殺し合いになる可能性は低いと思うが、だからといってこんな些細なことで争っても仕方なかった。
 凜々花は別に潔癖症というわけではない――このように会って間もない相手にグイグイ距離を詰められるのは苦手だったが、我慢できないほどではなかった。
 ……思えば怜子も最初は、こんな風に無遠慮に接してきてたような気がする。
 そんなことを思い出してしまい、少し表情が暗くなったらしい。
 それを誤解したのか、千紗が少し慌てて「あ、凜々花がこういうのダメなら私外に出てるけど――」と言ってきた。
「あ、いえ――それは大丈夫です。相川さんがいいなら、いいんです」
 さすがにそれは心苦しいので、凜々花はそう言って取り繕った。
 千紗は安堵の微笑みを浮かべ、「そう、それならよかったわ」と声を弾ませた。
 ――きっと、悪い人ではないのだろう。
 バスケットボール部所属ということだし、体育会系の距離感なのかもしれない。
 ……それにしても、こうして服を脱いだ状態で見ると、スポーツをしているだけあってとてもスレンダーだ。服の上からでも窺い知れるくらいだったが、程よい筋肉の付いたボディラインがとても綺麗で惚れ惚れする。
 凜々花の目線に気付いたのか、シャワーヘッドを手に取っていた千紗がきょとんとした目をしてから、ニヤッと笑ってみせた。
「もしかして、私のカラダに見惚れちゃった? 凜々花はスケベだなあ」
「な、何言ってるんですか……っ! いや、まあ、確かに綺麗だとは思いましたけど……」
「ふふ、正直ね。私はちょっと筋肉質なのがヤなんだけど、バスケ部の後輩も凜々花と同じようなこと言ってたわ。私からすれば、凜々花みたいにスマートなほうが羨ましいんだけど」
「そんなことないですよ……ただ運動不足で筋肉が無いから痩せて見えるだけです」
「そう? ウエストとか細いし、いいカラダしてると思うけど? それにほら、『ココ』はあるじゃない」
 千紗がそう言って、シャワーヘッドを持っていないほうの手――右手で、凜々花の左の乳房に触れていた。
「ひゃっ!?」
 思わず裏返った声を出してしまう。
 あまりにもナチュラルに触れてこられたので、かわすことができなかった。
 千紗は、手慣れた様子で凜々花の乳房をふにふにと揉んでいる。
 指の一本一本がそれぞれ別の意思を持った生き物のようだ。
 ……正直、気持ちいい。
「や……やめてくださいっ……!」
「ふふふ、可愛い。新鮮なリアクションで嬉しいわ、バスケ部の後輩とかはもう慣れちゃって」
「常習犯なんですか……」
「ああ、怖がらないで。別に女の子が好きなわけじゃなくて、ただのスキンシップだから」
「スキンシップの域を超えてましたよ……」
 千紗はすでに凜々花の胸から指を離しているが、触られた感触はまだ鮮明に残っている。
 千紗は「ごめんね、ちょっとからかいすぎたわ」と言ってから、シャワーヘッドをこちらに渡してきた。
「凜々花はびしょ濡れで寒いでしょ? 先にどうぞ」
「はい、ありがとうございます……」
 シャワーヘッドを受け取り、指でお湯の温度を確かめてから体にかける。
 長い間雨に打たれていたので、お湯の熱さが肌に沁みた。
 しかし、痛いと感じたのは僅かな間で、すぐに心地よくなってくる。
 今朝も北第一校舎を出発する前にシャワーを浴びたので、あれからあまり時間は経っていないが、雨に加え山登りで汗をかいていたこともあり、爽快だ。
 千紗の『暗中模索』のおかげで、この小屋に近付いてきている生徒がいないことが分かるので、完全に気は抜けないまでもある程度リラックスしてシャワーを浴びることができるのもありがたい。
 もっとも、千紗が嘘を吐いていて実は協力者がおり、その協力者が強襲してくる――という可能性自体は排除できないのだが。
 生徒葬会では、どれだけ信用できる場合でも常に一抹の疑問は持っておくべきだ。
「それにしても、暁もこんな可愛い子捕まえといて遅れて合流なんて、バチが当たっちゃうわね」
 ――その後、先にシャワーを浴び終えた凜々花が、数センチの段差と薄手のカーテンで区切られた脱衣所でバスタオルを使って体を拭いているとき、シャワーを浴びている最中の千紗が、水音がある分大きな声でそう言った。
「あはは……そうですね」
「まあそれは冗談だけど、実際、暁とはそういう関係?」
「!」
 カーテン越しでよかった、と凜々花は思った。
 それほどあからさまな反応をしてしまったからだ。
 ……いや、別に千紗は陽日輝の友人ではあっても恋人であったわけではないようだし、関係が知られたところで気恥ずかしさはあれど問題はないのだが……。
 しかしその『気恥ずかしさ』は案外バカにできない。
 変に隠し事をするのはこの極限状況でよろしくないとは頭で理解しつつも、口ごもってしまう。
「私は……その……陽日輝さんには何度も助けられて、とても感謝していて……信頼もしています」
「ふーん……さっきシャワーのとき見えちゃったけど? 凜々花と暁がそういう関係だっていう証拠。それが何かまで言っちゃうと、生々しいから言わないけど。それとも、暁のじゃないのかな?」
「!? えっ、それは、どういう――……!」
 今朝しっかりシャワーを浴びたはずなのに――!
「――ふふ、嘘よ。でも、やっぱりそういう関係なのね」
 ~~~~!
「……そうです。でも、……そういうカマのかけ方はどうかと思います」
 頬が真っ赤になっているのが自分でも分かる。
 この火照りは、シャワーの熱のせいだけではないだろう。
 ――凜々花はこれまで異性と交際したことがない。
だから、陽日輝との関係を第三者に看過されたことに過剰に動揺してしまっていた。
 ……まあ、四葉クロエや若駒ツボミは勘付いていてもおかしくはなかったが、彼女たちにはわざわざ指摘はされていない。
「ごめんね、暁から聞いてると思うけど、私たちあまりお利口なグループじゃなくてね。私は他人の惚れた腫れただのくっついただの離れただのが大好きなの。それが仲間内ともなると余計に楽しくて。ついからかいすぎちゃった」
「……いえ……私のほうこそ、無意味に隠し事をしてすいませんでした」
「いいのいいの。私がオープンなだけで、普通は恥ずかしいもの。友達同士ならともかく、私たち会ったばかりだしね。――でも、気を悪くしたかもしれないけど、少しだけ大目に見てもらえたら嬉しいわ。『普段通り』でいることで、なんとか心の安定を保ってるの。割とね」
「――っ。……はい」
 気丈そうに見えた千紗の意外な台詞に驚きつつも、ファーストコンタクトを思い出したら得心いった。
 千紗の強い警戒心と緊張感――あれは極限状況への恐怖の裏返しとも取れる。
「『暗中模索』という他人に遭遇するリスクが低くなる能力を引けて、この小屋に辿り着けて――それでやっと少しは余裕があるってくらい。元々、バスケの試合前にはすごく緊張するタイプだったし、そんなに心が強くないのよ、私」
「相川さん……」
「だから、凜々花と会えて、最初は怖かったけど――今はホッとしてるの。暁も来てくれるのならさらに嬉しいわ。ここに元々いた仲間は、私を置いて出て行ってしまったから」
「……やっぱり、そういうことなんですね」
 この小屋に招き入れてもらった直後の、千紗の意味深な口ぶり。
 凜々花はそこから、この小屋には元々千紗以外の誰かがいて、死以外の理由により千紗一人になったという推察をしていたが、どうやら正解だったらしい。
 千紗はシャワーを止め、カーテンを開けた。
 寂しそうな微笑みを浮かべながら、千紗は言う。
「服を着たらゆっくり話しましょう、凜々花の話も聞きたいし。――凜々花、ここに来る前にもここと同じか、それ以上に設備の整った場所にいたんじゃない?」
「――はい。……ですが、どうしてそう思われたんでしょうか?」
 どうせこの後話す予定なのだから、北第一校舎のことを隠す必要はないだろう。
 しかし、千紗が今度はカマをかけているというわけでもなく、確信を持って尋ねてきているようだったのが気になった。
 千紗はニヤリと笑って言う。
「理由としては二つあるわ。一つは、生徒葬会が始まって一週間以上経つのに、凜々花の髪もカラダもすごく綺麗だったこと。その辺の水道水とタオルだけじゃどうにもならないくらいにね。まさか日頃から私物としてシャンプーとか持ち歩いてるわけじゃないでしょうし。私は正直腋とかVIOとかの処理できなくて嫌になっちゃってるんだけど、凜々花はそこもバッチリだし。そういうことができる道具が揃ってて、かつそういうことができるくらい安全が確保された場所。そういう場所にいたんじゃないかって思ったのよ」
「……バッチリかどうかは、分からないですけど……」
 同性にでも、そういうデリケートな話をされるのは恥ずかしい。
 もちろん、相手が怜子のような気心の知れた親友なら話は別だが。
 ――確かに、北第一校舎には様々な道具や物資があった。
 温水のシャワーがある点に関してはこの小屋のほうが上だが、他はすべてあちらが上回っているといっても過言ではない。
「あともう一つは、うーん……一つ目の理由と被るし、また凜々花に怒られちゃいそうだし別に言わなくていいかもしれないわ。さっきカマをかけた内容に関係するんだけれど」
「……そういうことなら察しは付きました」
「凜々花は頭が良いのね。ま、そういう理由よ」
 千紗はそう言って、段差をまたいで脱衣所に入ってきた。
 凜々花はすでに体を拭き終わっていたので、バスタオルを手すりに引っかけて廊下に出ようとした。
「待って。――一つだけ、先に伝えておくことがあるわ」
 千紗が、これまでとはうってかわって、真剣なトーンでそう言ったので、凜々花は足を止める。
 千紗は、思い出したくないことを思い出すような苦い表情を浮かべていた。
「ここには私以外に二人いたのよ。でも、二人とも出て行った。――それは、ある生徒がやってきて、私たちを誘ったからよ。私は断って、二人は受け入れた。――もし凜々花が何か知っていたら、聞いておきたいのよ」
「何か――というのは?」
「私たちに、『殺し合いをせずにこの学校で一生過ごす』って馬鹿げた提案をしてきたヤツがいるのよ。私の仲間二人はまんまとそれに乗せられて出て行った。――この学校に『楽園』を作ったって、確かそう言っていたわ」

       

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