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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第六十七話 手段

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【9日目:昼 屋外中央ブロック】

 白木恵弥は、すでに自分は一度ゲームに敗れた身だと考えている。
 立花百花との戦いで追い詰められた恵弥は、彼女に両目を潰されて殺される寸前だった。もはや自力での回避は不可能な状況だった。
 そこを、『楽園』の人間である時田時雨という男子生徒に助けられたのだ。
『僕の能力は『救出救護(レスキューレスキュー)』と言いまして、死の危険に晒されている人間を対象に発動させることができるんですよ』
『対象が直面した危機から、対象を絶対に救い出すことができるというものですが、どういう形での救出になるかは僕にも分かりません。今回は、君を僕の近くまで瞬間移動させるという形になりましたが』
『僕たちは『楽園』を作ろうと思っています。そのために、君の力が欲しいんですよ』
 そんな風に語っていた時雨は、柔和そうな顔立ちと表情をしていたが、それゆえに信用ならない男だった。
 彼が語る『楽園』という理想は恵弥にとって噴飯物だったし、それを本気で信じているのだとしても、いずれ他の生徒を出し抜くための方便なのだとしても、くだらないと思った。
 しかし、くだらないゆえに面白い――とも思った。
 講堂近くの用具倉庫の地下にある『楽園』には、すでに恵弥は案内され足を踏み入れている。
 そこにいた生徒たちは野菜を育て、魚や鶏を飼育し、衣服を編み、自給自足の体制は確かにほぼ確立されているように見えた。
 学園で一生を過ごすなんて馬鹿馬鹿しい理想にそこまで本気で打ち込めるなんておめでたい頭の持ち主ばかりだ――と思ったし、それゆえに命を救われた恩こそあるものの、時雨に協力するつもりはなかったのだが。
 しかし、時雨が自分に期待する役割を聞いて、気が変わった。
『僕たちの『楽園』は見ての通りスペースに限りがあります。より良い生活を送るためには、より広い空間が必要です』
『だから僕たちは、『楽園』の理念に賛同していただける生徒の勧誘と並行して――『楽園』の平和を脅かすような生徒の排除を行っています』
『生き残っている生徒のすべてが『楽園』支持者となったとき、この学校の敷地内すべてが僕たちの平和と安息の地に変わるんです。――僕は君に、その手伝いをしてほしいと考えています』
 ――そんなことを平然と語る時雨を、恵弥は内心嘲笑った。
 自分たちと同じ考えの者以外をすべて排除して作る平和、なんとまあおぞましいことか。
 しかし『楽園』がそういう方針なら、協力するメリットはあった。
 『楽園』に懐疑的な生徒を、『楽園』のために始末する。
 そうしているうちに、自分は『楽園』からの信頼を得ていくだろう。
 その間に、『楽園』のメンバーたちの持つ『能力』についても知るチャンスがあるかもしれない。
 ――自分は『楽園』を踏み台に、このゲームをクリアする。
 一度はゲームオーバ―を迎えた身だ、今はいわばコンティニュー後。
 自力だけでどこまでやれるか、なんてこだわりはもう捨てた。
 『楽園』の人間のことも利用できるだけ利用して、何が何でも生き抜いてやる。
 差し当たっては『楽園』の入口付近で『楽園』のメンバーの一人を斬殺した、滝藤唯人をどうにかしなければならないわけだが――
 彼が一年生にして剣道部の主力であり、中学時代から全国区の実績を持つ有段者であることは以前から知っていた。
 そして殺しへのこの躊躇いの無さ、生徒葬会においてすでに少なからず人を殺していると見ていいだろう――それは自分も同じだが。
 何より厄介なのは、木刀で首を刎ねてみせたことだ。
 恐らく彼は、自分が手にしている武器を刀のように扱える『能力』を持っている。
 剣道の有段者である彼にとっては、まさに鬼に金棒な能力だろう。
 まともにやり合えばまず勝つ見込みは無い――だから。
 まともにやり合わずに、勝つ。
「そらッ!」
 恵弥は駆け出し、左横にある講堂の壁を蹴った。
 そのまま三角跳びの要領で、唯人の上方に跳ぶ。
 そのまま、まるで某特撮ヒーローの必殺技のように、派手に蹴りを繰り出した。
「くだらない――、!?」
 唯人が木刀を振り上げようとし――驚愕に息を呑んだ。
 無理もない――恵弥の姿が唯人からは見えなくなるほど、巨大な円形の物体が、彼の頭上に現れていたからだ。
 ――恵弥が持つ三つの『能力』の一つ、『伸縮自在(フリーサイズ)』。
 自分が触れている間だけ、物の大きさを自由に変えることができるというものだが、重さも大きさに比例して変化し、自分から離れた瞬間に即座に元の大きさに戻るため、際限なく大きくすることはできない――が。
 手ではなく足で触れていれば。
 足の裏で触れているだけならば。
 どれだけ大きかろうと重かろうと、負荷などかかりようがない。
 恵弥は靴の裏に小さな穴を開け、素足に十円玉を貼り付けていた。
 唯人の頭上に跳んだところで十円玉を一気に巨大化させることで、唯人を潰そうという作戦だ。
 ガチッ――という鈍い感触。
 唯人が木刀で十円玉を受け止めようとしたのだろう。
 しかしすぐに木刀は、巨大化した十円玉の重さに耐え切れずにへし折れていくのが音で分かる――そして程なくして、十円玉は地面に接地した。
 要するに、木刀を圧し潰した。
 しかし――共に潰されるはずだった唯人はそこにいなかった。
「チッ――!」
 木刀を十円玉と地面の間に差し込んで、ほんの一瞬だけつっかえ棒の役目を果たさせることで、唯人はその場から逃れていたのだろう。
 十円玉を巨大化させていたため、唯人の姿がこちらからは見えなかったため、そのことに気付けなかった。
 だが――唯人は木刀を失っている。
 仮に彼が、木刀以外も真剣のように扱える『能力』の持ち主だとしても、見たところ長物を隠し持ってはいない。あってもせいぜいナイフくらいのものだろう。それならば、『伸縮自在』を持つこちらが圧倒的有利。
「まともにやれば強かったんだろうな――だけど俺は目的(クリア)のためなら手段を選ばないぜ!」
 恵弥は制服のベルトから引き抜いたナイフを『伸縮自在』で巨大化させる。
 唯人がどれだけ優れた剣士でも、一瞬で伸びる刃には対応できないだろう。
 その切っ先が唯人の胸を貫――
「奇遇だな。俺も目的のためには手段を選ばない。――強さとはそういうものだ」
 唯人が取り出し、こちらに向けた『それ』は――次の瞬間、飛んでいた。
「はっ――」
 喉笛に一瞬重い感覚。
遅れて、焼けるような熱さがほとばしる。
 ――唯人が投げたナイフが、恵弥の喉笛に突き刺さったのだ。
「剣術は手段に過ぎない。殺すための、死なないための、生きるための手段だ。俺が求めている強さは、剣の強さだと思っていた。――しかしあの姉弟に不覚を取って気付かされた――俺が求めていたのは、いかなる状況をも切り抜ける強さだ」
 姉弟?
 それは一体誰のことだ――なんて、考えなくてもいいことを考えてしまう。
 奇しくも唯人が言う『姉弟』が、恵弥とも生徒葬会で因縁のある立花姉弟のことを指していることには、ついぞ気付けないまま。
 恵弥は、二度目のゲームオーバーを迎えた。



 滝藤唯人は、図書室で立花姉弟と戦い、立花百花に浅くない傷を負わせることに成功したものの、立花繚の思わぬ『能力』により逃走を許してしまった。
 何よりの屈辱は、立花繚が立花百花の治療を優先したためか、自分にトドメを刺そうとせずすぐさまその場から走り去っていったことだ。
 生殺与奪の権利を握られながら、それを行使されることなく捨て置かれた。
 生きるか死ぬかの時代を生き抜けるだけの強さを求め続けてきた唯人にとって、それ以上の屈辱はない。
 とはいえ、立花姉弟に不覚を取ったのは自分の不手際だ。
 この屈辱は甘んじて受けなければならない――そしてそこから得た教訓は生かさなければならない。もう二度と敗れることのないように。
 ――本来ならば自分はすでに死んでいてもおかしくない身。
 だからこそ、もう二度と誰かに対して不覚を取ることは許されない。
 そのためには、時には剣技以外のものに頼ることも厭わない――唯人はそう考え、恵弥に対してナイフを投擲するという方法で勝利を収めた。
 もちろん、剣技のみを頼りに戦っても勝てない相手ではなかった――相応の苦戦を強いられる可能性はあったが、それでも自分のほうが上であるという確信はあった。
 しかし、それでは駄目なのだ。
 自分は競技化した剣道に辟易していたにも関わらず、ルール無用の殺し合いの場で一度不覚を取った。それはひとえに、自分が剣技にのみ頼っていたからに他ならない。
 ゆえに、勝ち筋があれば躊躇いなくそれを辿る。
 それが、生徒葬会における今現在の滝藤唯人のスタンスだった。
「『伸縮自在』、『異能不通(フィルタリング)』、『有限実行(リミッティング)』――三つ能力を持っていたのか。やはり手早く仕留めて正解だったな」
 唯人は恵弥の遺体から奪った手帳を読みながら呟いた。
 ――結局、『楽園』とやらのことは聞けなかったが、まあいい。
 わざわざあちらから出てきてくれたくらいだ――恐らく『楽園』はこの近くにある。
 それがどういうものかは分からないが、この極限状況において生き延びるためのコミュニティのようなものだろう。
 唯人がそうアタリを付け、歩き出そうとした、そのときだ。
「――驚いたぜ。仲間が二人も殺されるなんてよ」
 その声が聞こえたのは、講堂の屋根から。
 唯人が見上げたその場所には――いつの間にか、四人の生徒がいた。
 男子生徒が二人、女子生徒が二人。
 声の主は、赤みがかった髪をした、ホストとチンピラを足して二で割ったような雰囲気の男子生徒。
「ほんとほんと。恵弥君がこんなにあっさり不覚を取るなんてさ。部活の先輩としてはびっくりだよ。もっとも恵弥君も持ち味を生かし切れてなかったかな。一度死にかけちゃうと、人間どこか守りに入っちゃうのかも」
 『部活の先輩』を名乗りながらも、恵弥の死を悲しむ様子もなく飄々と語っているのは、黒髪のロングヘアと首に付けたチョーカーが目を引く女子生徒。
「野郎が野郎殺しただけっしょ……やる気出ねえなあ」
 特徴の薄い顔をした痩せ気味の男子生徒が、頭を掻きながら呟く。
「そんなこと言ってると時田先輩に怒られちゃいますよー? 近々『楽園』に脅威が迫るから全力で止めろって指示だったじゃないですかぁ。野郎だろうが女郎だろうが変わらずやる気出してくださーい」
 最後の一人、少し舌っ足らずの間延びした口調をした、小柄な女子生徒には見覚えがある。クラスメイトの八井田寧々(やいだ・ねね)だ。
 ――会話の内容からして、この四人すべてが恵弥と同じ側――すなわち『楽園』の人間であることは明白。
 つまりこれは――一対四、という状況になる。
「――人を見下ろしながら好き放題に言ってくれるな。正直なところ不愉快だ。『楽園』とやらは俺にとっては楽園ではないようだ」
 唯人は四人を見上げてそう返しながら、内心良くない状況だ、と考えていた。
 木刀は恵弥の攻撃から逃れるために失ってしまった。
 せめて近くに長物があればいいのだが見当たらない――ナイフはまだ何本か持っているので、それでどうにか凌ぐしかなかった。
 剣術の一種として短刀術も嗜んでいる唯人ではあるが、あくまでも嗜んでいるだけだ。一対一ならまだしも、四人を同時に相手取るのは厳しいだろう。
 ――しかし、このような絶体絶命の危機こそ、自分が望んでいたもの。
 劣勢を切り抜ける力、絶望を跳ね除ける強さこそ、自分が剣を通して追い求めてきたものだ。
「滝藤君おひさー、私のこと分かる? 同じクラスの八井田だよー? ま、おひさだけどすぐさよならかもね、この状況じゃあさすがに……ねぇ?」
 寧々が、ねっとりとした微笑みを浮かべて見下ろしてくる。
 嘲りと憐れみ、そして優越感に満ちた不愉快な笑みだ。
 唯人は寧々の言葉には応えず、ベルトに差していたナイフを取り出しながら、彼女たちをじっと見据える。
 立花百花のあの『能力』ならこの状況からでも難なく逃れられるのだろうなと、そんな考えが脳裏に浮かんだ。
 ――立花百花は強かった。
 しかし自分が目指すのは、それ以上だ。
 そのためには、この程度の状況、切り抜けられなければ話にならない。
 唯人は体を震わせた――しかしそれは恐怖によるものではない。
こんな絶望的な状況にも関わらず、唯人はこれ以上なく、武者震いしていた。

       

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