Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第六十九話 方法

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【9日目:昼 本校舎一階 校長室】

 本校舎は、講堂と同じ中央ブロックに属する施設である。
 そのため、『楽園』からはかなり近く、安全圏とは言えなかったが、だからといってあまり離れすぎるとそれはそれで別の生徒に襲撃される危険性も高まるし、単純に体力の消耗にも繋がる。
 そういった理由で、暁陽日輝たち六人は、最寄りの大きな建物である本校舎に駆け込んだのだった。
 ――滝藤唯人と、『楽園』のメンバーたちによる戦いの巻き添えから逃れるために。
「しかし参ったね。私はこの『偏執鏡(ストーキングミラ―)』のおかげでたくさんの『能力』を覗き見ることができているわけだけど、あの『暴火垂葬(バーニングレイン)』ほど広範囲を殲滅できる能力は他になかったよ」
 嶋田来海が、生徒葬会以前は校長が来客時に使用していたと思われる、厚いガラス製のテーブルに置いた鏡を見下ろして、こめかみの横まで垂れた癖毛を指でいじりながらぼやいた。
 その鏡には、空から降り注ぐ火の玉を浴びたことで燃え続けている木や看板が映し出されている。
 恩田綜が能力を発動させた後、陽日輝たちが隠れている自転車置き場の屋根にも火の玉は降り注ぎ、このままでは自分たちも巻き込まれて火だるまになってしまうという判断から一時撤退を選んだわけだが、この赤々とした光景を見るにそれは誤った判断というわけではないだろう。
 鏡面に映る倒壊した橙色の塊は、自転車置き場のなれの果てだ。
 滝藤唯人はどうやらあの場から離脱したようだが――
「安全圏から下にいる奴を一方的に攻撃して、地獄絵図を作って悦に浸る――あのクズらしい能力なんよ」
 出入口近くの壁にもたれかかっている久遠吐和子が、吐き捨てるようにそう言った。
「違いない――ただあの能力は厄介だねえ。中距離を攻撃できるミリアや安藤さんなら対応できるかもしれないけれど、ただ――」
「――アイツに止められるでしょうね」
 床に分解した改造エアガンの部品を並べながら、相川千紗が言った。
 千紗が持っている改造エアガンは二丁あり、一つはオートマチック式で一つはリボルバー式だ。今分解して手入れしているのはオートマチック式のほうである。
 几帳面に種類分けされて並べられた部品たちを、千紗は油を含ませたウエスで拭いていく。
 ――千紗は女子としては珍しく、いわゆるミリタリーに興味があるタイプだ。
 まあそれはさておき、千紗が言ったのは――
「……滝藤が投げたナイフを防いだアイツのことか。確か名前は――」
「彼は木附祥人(きづき・ひろひと)だね。暁君や相川さんと同じ二年生だ」
 来海が言ったのを聞いて、陽日輝はそういえばそんな名前だった、と思い出す。
 同級生とはいえクラスが一緒になったこともないし、恐らく会話をしたこともないはずだ。
 千紗のほうをチラリと見たが、千紗も特に何の反応も示していないので、彼女も別に関わりがあったわけではなさそうだ。
 ――ただ。
 自分の隣に座っている凜々花が、少し唇を噛んだのを、陽日輝は見逃さなかった。
 しかしそのことに言及する前に、話題は進んでいってしまう。
「……多分、どんな攻撃でも防げるわけではないと思う」
 ミリアが懐中電灯の電池を入れ替えながらぼそりと呟いた。
 ――それに関しては陽日輝も同意見だった。
 攻撃を防ぐという点では、根岸藍実の『通行禁止(ノー・ゴー)』と似通った能力だと感じたが、あの能力も屋内でしか使えなかったり、一部分だけ解除することはできなかったりと、細かな弱点はあった。
「――これは仮説だけど。多分、自分に対して飛んできたものを落とすとか。そういう限定的な能力だと思う」
 ミリアは、その血色の悪い無表情な顔で、この場にいる五人全員を見回しながら言った。
「うーん、あの能力を私たちはまだ一度しか見れていないからねえ。断定はできないけれど、可能性としてはありそうだね」
 来海がうんうんと頷くのを見て、凜々花が「でも」と切り出した。
 ――やはり、少し様子がおかしい。
 その声が心なしか震えているようにも聞こえる。
「だとしたら、木附さんと恩田さんが一緒にいるところを叩くのは難しいですよね。恩田さんへの攻撃は木附さんに防がれてしまう」
「そう、そこなのさ安藤さん。しかしさらに厄介なのが、あの泥棒猫ちゃん――八井田寧々の存在だ。彼女が能力をコピーできる以上、相手方の能力はどれも使い手が二人いるのと同義だからねえ」
「そちらも、コピーするのに何かしらの制限はありそうですけどね――そうじゃないと、強すぎる」
 陽日輝はそんな風に会話に参加しながらも、凜々花の横顔をチラリと窺った。
 ――凜々花は、そんな陽日輝の視線に気付き、何かを訴えかけるような目になって――それから、意を決したように切り出した。
「――あの木附さんという人は、私にやらせてもらえませんか」
「――それは、どうしてだい? 能力的な相性が悪いことは分かっているはずなのに?」
 来海はそう訊ねながらも、特別驚いた素振りは見せていない。
 凜々花の決意、そして押し殺したような怒りに満ちた表情から、何かを察したのだろう。
 そして遅ればせながら、陽日輝もまた、凜々花の様子がおかしかった理由に気付いていた。
 ――そうだ。
 木附が使ったあの能力、飛んできたものを落とした能力――それは。
 凜々花から聞いた、とある話に出てくるそれと、酷似している。
「……確定ではありません。ただ、暗闇の中で見たシルエットと、私の投げた札を防いだ能力――そこからほぼ間違いないと思っています。――木附さんは、私の親友を惨たらしく殺した男です。――理由としては十分だと思いますが、お願いできませんか?」
 凜々花のその言葉に、机から離れた場所にいる千紗や吐和子も、思わず顔を上げて凜々花を凝視していた。
 凜々花のその声に込められた、復讐を遂げようという強いエネルギーに圧倒されたのもあるだろう。
 ――陽日輝は、凜々花が親友・天代怜子をどれだけ大切に想っていたか知っている。
 凜々花が多くを語らなくても、会話の端々から伝わってきていた。
 怜子との思い出を語るときの凜々花は、こんな絶望的な状況の中でも、心底楽しそうで、嬉しそうで。
 その一方で、そんな彼女を永遠に失ってしまったという痛みもまた、その声や表情に滲み出ているのが分かり、居た堪れない気持ちになったものだ。
 だから、できることなら、彼女の本懐を遂げさせたい。
 遂げさせたいが――
「――凜々花ちゃん。凜々花ちゃんの能力だと分が悪いよ」
「――! 陽日輝さん、っ……でも、私はあの男だけは――!」
「分かってる。――トドメは、凜々花ちゃんが刺せばいい。ただ、あの能力を破るのは凜々花ちゃん一人じゃ厳しいはずだ。だから、もし木附と戦うことになったとしたら、俺か――そうでなくても、ここにいる誰かと一緒に戦ってほしい。俺は凜々花ちゃんが敵討ちをするのを止めないけど、いや、だからこそ――凜々花ちゃんを犬死にさせるわけにはいかない」
 陽日輝は、凜々花の瞳をまっすぐに見つめてそう言った。
 凜々花は、ハッと目を見開いてその言葉を黙って聞き――それから、噴き出しかけていた激情が影を潜め、「……分かりました」という声が漏れた。
「……ごめんなさい。少し、頭に血が上っていました」
「親友が殺されてるんだから無理もないし、だから謝る必要はないぜ。ただ、これまでだって協力しながら生き抜いてきたんだから、敵討ちだからって一人で抱え込む必要はないってだけの話だ」
「はい――ありがとうございます」
 凜々花はそう言って一礼した――落ち着きを取り戻してくれたようだ。
 ――しかし、分かっている。
 彼女が木附に対して抱いている怒り、憎しみ、そして殺意は、決して薄れてなどいないことくらい。
 今は冷静になったつもりでいても、いざ本人を目の当たりにしたとき、凜々花が平常心を失わずにいられるかは分からない。
 しかし、我を忘れた状態で『楽園』との総力戦を生き抜くことは難しいだろう――そうならないように、自分が傍にいてやらなければならない。
 陽日輝は密かにそう決心していた。
「――それじゃあ話を戻そうか。私たちは六人、しかし『楽園』にはあの四人を含め二十人近くの生徒がいる。『能力』について調べようにも、私の『偏執鏡』はリアルタイム再生しかできないからね――平和な『楽園』にいる彼らが能力を使用することは稀さ」
 来海は、鏡面を指でなぞりながら、「だから」と続ける。
「私たちは数的不利を埋める必要がある。しかし今から協力者を探して回るのは時間的にも労力的にも負担が大きい。そこで、協力者になるかどうかは二の次にして、手っ取り早く人を集めるしかないと考えた。そしてそのための手段は、この場所にも備わっているのさ」
「「!」」
 すぐさま反応したのは、凜々花とミリアだ。
 吐和子と千紗はまだピンと来ていないようで、そんな凜々花とミリアの反応に戸惑いを見せている。
 ――そして陽日輝はというと、両者の中間。
 凜々花とミリアには遅れたものの、来海の言葉を脳内で反芻し、その『答え』に辿り着いていた。
「まさか――アレをする気ですか――? ――地獄になりますよ」
「もとより私たち三人も君たち三人も、自分たち以外には全滅してもらわなければ生還の目が無いからねえ。厳密には表紙があればいいわけだから、『楽園』に関しては表紙だけ譲り受けることができれば殺し合わなくても済むかもしれないけれど、そう上手く行くとは思えない。『楽園』の裏側を思うとね。私は鏡を通してそれを見ている」
 来海の言葉に、吐和子が頭を抱え、
「あー……ダメだ。ウチにはサッパリ分からんよ、来海。もったいぶらずにどういう方法なのか教えてくれん?」
 と、言ってくる。
 それを受けて、『よくぞ聞いてくれたね』とでも言わんばかりの不敵な笑みを浮かべ、来海は答えた。
 それは、陽日輝が思い至った通りの答えだった。
「あの『議長』よろしく校内放送を使うのさ。今現在生き残っているすべての生徒に対し、『楽園』の場所と概要を伝える――つまりは、総力戦ということになるねえ」

       

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