Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第七十話 各地

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【9日目:昼 本校舎一階 放送室】

 本校舎は、東西南北に各三棟の校舎と付随施設があるような、やたら広大なこの学校における核であり基幹である。
 生徒の学校内におけるホームポジションである普通教室も、教職員の拠点たる職員室も、言うまでもなく校長室も、この本校舎に存在している。
 極端な話、マンモス校だった数十年前ならまだしも、生徒数が減少している近年なら、東西南北の十二棟がなくても本校舎さえあれば学校としての体裁は保たれるくらいに、一通りの機能が揃った場所なのだ。
 しかしそのためか、生徒葬会序盤において多くの生徒が本校舎を訪れ、結果、本校舎には多くの死体が転がっている有様だ。
 いくら肌寒い秋とはいえ、生徒葬会開始から九日目となる今、死体は腐臭を放ちつつある――その臭いにたえかねた誰かがあちこちの換気扇をオンにしていることと、殺し合いの結果か窓ガラスが割れている場所も多いことで、多少はマシになっているとはいえ、それでも気分の良いものではない。
 暁陽日輝が訪れた放送室にも、そういう物言わぬ先客が二人いた。
 男子生徒が一人、女子生徒が一人。
 男子生徒のほうは凜々花が、女子生徒のほうは来海・吐和子・ミリアの三人が見覚えのある顔のようで、つまり男子生徒は一年生、女子生徒は三年生だ。
 ――その二人は殺されたのではなく、カーテンレールにロープを巻き付けて首を吊っていた。
「一年と付き合ってるって噂は聞いてたけど……これは、そういうことなんやろね……」
 吐和子が、苦虫を噛み潰したような表情でそう呟く。
 ミリアは黙って目を閉じ、首吊り遺体に手を合わせていた。
「……二人で死ねたのは、この状況だと少しは幸せなのかな」
 千紗がそう呟いたのに対し、陽日輝は血が出そうなほど強く拳を握り締めた。
 ――思い出すのは、自ら死を選ぼうとした星川芽衣のことだ。
 そして、凜々花からの介錯を望んだという、凜々花の親友・天代怜子のこと。
 ふと凜々花を見ると、彼女も思うところがあるのか、悲痛げに呟いた。
「……死に方にマシかマシじゃないかはあるにせよ、幸せなんてことはありませんよ。間違っても……そんなことは」
「――そうね。ごめんなさい、凜々花」
 千紗も、凜々花の親友の件を思い出したのだろう。
 一瞬ハッとしたような表情を浮かべてから、申し訳なさそうに頭を垂れた。
「しかし実際、今ここにいる六人のうち少なくとも三人は死ぬか、一生この学校に留まるしか道はないわけだからねぇ……それにしたって、良くて、さ。私たち六人とも死ぬ可能性は低くない。むしろそれが順当かもしれないね」
 来海が、放送機器のツマミやスイッチを見比べながら言った。
 それはもちろん、ここにいる全員が承知していることだ。
 そして――そのリスクは、これから行う放送によって、格段と跳ね上がる。
「――一応確認しておくけれど、いいのかい? この放送によって、多くの生徒が『楽園』の存在を知ることになる。表紙集めが共通の目的である以上、『楽園』攻略に乗り出す生徒は少なくないはずだ。けれど彼らは『楽園』の敵でこそあれ、私たちの味方というわけではない――私たちは『楽園』と、放送によって集まる生徒たち、両方を相手にしなければならないかもしれない」
「何を言うかと思えば――そんなこと、百も承知なんよ」
 来海の言葉を一笑に付したのは、吐和子だった。
 来海、そしてミリアの肩にポンと手を乗せ(軽く乗せたのだろうが、体格差のためか来海とミリアは少しうめいた)、ニヤリと笑う。
「ウチらはそれ覚悟で、『三人で』生きて帰ろうと思ってつるんでるんと違った? ――暁たちの前でこんなこと言うのはアレやけど、ウチはアンタとミリアと一緒じゃなきゃ、生きて帰る意味が無いと思ってるんよ」
「吐和子……キミってやつは……」
「……でも……私も、同じ気持ち」
 来海とミリアがそう答えるのを見ながら、陽日輝は凜々花と千紗の顔を交互に見た。
 不安と緊張と、気まずさの入り混じった表情だ。
 まあ、一時的な同盟とはいえこうも堂々とあんなことを言われれば、気まずくなるのは当然ではあるが。
 しかし――それを言うなら、こちらだって同じことだ。
「凜々花ちゃん、相川。俺はお前らに死んでほしくないし、自分で言うのもおこがましいけど、お前らにもそう思ってもらえると思ってる。――『楽園』に行ったっていう切也と誠のことは気がかりだし、他にもこれまでの生徒葬会で出会った奴らもいるけど――目の前にいるお前ら二人を守ることに全力を尽くす。そう決めたよ」
「――ありがとうございます、陽日輝さん。私はこれから始まる戦いで、必ず怜子の仇を取りますが――そんなこと言われてみすみす自分の命を粗末にするほど、馬鹿な女じゃありませんよ」
「――ふふっ。暁が選ぶだけあるわね――私も凜々花のこと、好きよ。だから私もあなたたち二人を死なせない。あのバカ二人――犬飼と日宮は、とりあえずぶん殴ってやらないとね」
 凜々花と千紗の顔に、自信と決意が宿るのが分かる。
『あなた一人に背負える命は限られている』
 ――星川芽衣を救えなかったあのとき、若駒ツボミに言われた言葉は、あれからずっと、自分の胸にしこりとなって残り続けているが。
 ――だったら、俺一人に背負える命を全身全霊で背負い切ってやるだけだ。
「やれやれ――これは強敵になりそうだねえ。今のうちに消してしまうかい?」
「勘弁してくださいよ嶋田さん。そこはお互い様でしょうよ」
 吐和子とミリアのほうを見やりながら不敵に笑った来海に対し、陽日輝もまた、余裕を崩さず笑って応える。
 ――これから激戦に赴くことを考えれば、メンタルコントロールとしてはこれくらいがベストだろう。
 もちろん、いずれ敵対することになるとはいえ、今はそのときではない。
 来海も、その場にいる五人の顔を見回してから、「頃合いだね」と頷いた。
「それでは、始めようか。『楽園』へのご案内を」



『――この学校で一生を過ごす。それが、『楽園』の理念だそうです――』
 スピーカーというのは普段意識していないだけで、屋内外を問わず校内の様々な場所にある。
 とはいえ、まさか『議長』ではなく生徒がそれを活用するとは思っていなかった。
「……『楽園』ッスか……どう思います? 月瀬先輩」
 早宮瞬太郎が、指に顎を乗せて考え込んでいるのを、月瀬愛巫子は内心舌打ちしたい気分で見据えていた。
 『楽園』なんて馬鹿馬鹿しいものを本気で作ろうとしている愚かしい生徒がいることにも驚きだが、その『楽園』の場所に対して、コイツは何も思わなかったのだろうか?
 講堂のすぐ近くの倉庫の地下――それはこのゴミ捨て場からそう遠くない。
 少し前、何かが焦げるような臭いが風に乗って漂ってきた方向――ということを考えれば、アレはその『楽園』絡みの争いによるものだろうか。
 いずれにせよ、この場所に留まっていることはリスクが大きい。
 この与太話に乗せられて、『楽園』に攻め入らんとする連中が近くを通ることになるからだ。
 自分の『身代本(スケープブック)』が万能ではないことは、すでに身を以って思い知っている。
 そしてこの早宮瞬太郎も、ただの体力バカだ。
 だから、不要な殺し合いは回避し、殺せるときに殺すしかない。
 ――もっと攻撃面において強力な『能力』があれば、こんな奴と組む必要もなく、こんな悪臭漂う場所で身を縮こまらせて過ごす必要もないというのに。
 ……ああ、頭が痒い。
 朝方、雨が降っていたときに洗いはしたが、どうやら蚊に刺されたらしい。
 こんな、蚊やハエがウヨウヨいる不衛生な場所にいるせいだ。
 こんなことなら雨が降ったときに体もしっかり洗っておけば――いや、そんなことしたらコイツに覗かれる。私の裸はそんなに安くない。
 苛立ちがノイズとなって思考を邪魔する。
 ――落ち着け、コントロールしろ、月瀬愛巫子。
 私はこの学校で最も生き残るべき優秀な生徒なんだから――
「……早宮君。私に提案があるわ」
「? なんですか、先輩」
 さっさとここから逃げるのが次善の手。
 自分も最初はそうすべきだと考えたが、もっと良い手があった。
 これから先の生徒葬会における優位を得るためには、これが最善手。
「私たちはこんな危険な話に乗る必要がないわ。ただ、そんな危険な話に乗ってしまうような人は必ずいる。私たちが狙うのは、『楽園』ではなくそういった人たちよ」
「それは――つまり、どういうことッスか?」
 どれだけ察しが悪いんだこの馬鹿はここまで言えば分かるだろ普通――という言葉をグッと呑み込み、愛巫子は努めて穏やかに言った。
「待ち伏せして狙い撃つのよ。『楽園』を目指す人たちから、手帳を奪うの」



『――『楽園』の場所は中央ブロック、講堂近くの倉庫の地下です――』
 滝藤唯人は、剣道部の部室で竹刀を物色しながら、その放送を聞いていた。
「……なるほどな。この地獄の中で『楽園』とはよく言ったものだ」
 剣道部員の練習に使われている竹刀は、それぞれ傷み具合に差がある。
 『均刀(オールソード)』によって真剣の切れ味を付与できるとはいえ、重量や強度は元の物に依存する以上、より良いものを選ぶべきだ。
 ――先ほど、降り注ぐ火の玉を掻い潜り、あの場から離脱することには成功したものの、逃れるのではなく倒すのを目的としていた場合、自分にあの状況を切り抜けることはできなかったというのが正直なところだった。
 自分が使うのは剣であり、弓や銃ではない。
あの手の『能力』に対しては、どうにかして距離を詰める必要がある。
 それが厳しそうな状況であったため、仕切り直しをしたわけだが――次は、あのような一方的な優位は取らせない。
 距離を詰めてさえしまえば、自分は大多数の生徒を文字通り瞬殺できるのだから。
「面白い提案をするじゃないか――この放送の主は。乱戦になるのは俺にとって都合が良い。より実戦的な場で己を試すこともできるわけだしな」
 唯人は、これから始まる戦いへの期待感から、自然と口元が愉悦に歪むのを自覚しながら、竹刀を掴みかけていた手を止めた。
 ――軽さを重視して竹刀を選んでいたが。
 強度を重視するのならば――こちらも、アリか。
「立花百花は果たして来るかな――楽しみだ」
 唯人は、竹刀とは離れた場所に掛けられている、練習ではまず使用することのない『それ』を――真新しい木刀を、手に取っていた。



『――『楽園』はとても大きな勢力です――私たちはひとまず力を合わせ――』
 北第一校舎一階、保健室。
 そこでスピーカーを見上げている、凛とした雰囲気の彼女。
 若駒ツボミは、「どうやら動くときが来たようだな」と呟いていた。
 ベッドに座る最上環奈と根岸藍実は、お互いに顔を見合わせる。
 ――これまでずっと北第一校舎に留まっていたツボミから出た、その言葉。
 それは、二人にとって待望の言葉でもあると同時に、この穏やかな時間の終焉を告げる言葉でもあった。
 ――頭では分かっている。
 ここから出て表紙を集めなければ、生きて帰ることはできないこと。
 しかし、『通行禁止(ノー・ゴー)』によってほぼ完全に守られたこの校舎を出るということは、少なからず死の危険に晒されるということを意味する。
 そんな環奈と藍実の不安を見透かすように、ツボミは言った。
「案ずるな、環奈、藍実。お前たちは死なない。私が傍にいる限り」
 ――それは心強い言葉のようで、自分たちに釘を刺してきているということに、藍実は気付いていた。
 『私が傍にいる限り』――裏を返せばそれは、ツボミから離れれば、命の保証はできないということ。
 ……分かっている。
 自分たちが生きるも死ぬも、ツボミにかかっている以上。
 自分たちは、ただただ彼女に従い続けるしかないのだから。
「準備が済み次第出発する。――この生徒葬会の勝者は私たちだ」
 本当にそれは、本心から私『たち』と言っているんですか――?
 そんな疑問が浮かびながらも、藍実はそれをぐっと飲み込んだ。
 ――この人は強く、賢く、冷静で、与えられた『能力』も強い。
 東城要が死に、立花百花が最愛の弟を失って精神の均衡を失っているであろう今、生徒葬会参加者中最強の生徒と言ってもいいかもしれない。
 しかし――藍実が今、心の中で頼りに思ったのは。
この場所に確かにいて、そして今はここにいない、あの男子生徒――暁陽日輝だった。



 『楽園』に関する放送は、校内全域に響き渡り、現在生存しているすべての生徒にその内容が余すところなく伝わった。
 無視する者、興味を持ったがリスクとリターンを秤にかけて見過ごすことに決めた者、『楽園』に向かうことを決めた者、まだ迷っている者――それぞれだが。
 いずれにせよ、生徒葬会における最大規模の殺し合いが始まろうとしていることだけは、間違いがなかった。

       

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