Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第七十六話 親友

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【9日目:夕方 屋外中央ブロック】

 安藤凜々花・相川千紗VS木附祥人。
 暁陽日輝VS犬飼切也。
 その二つの戦いが始まったことを、嶋田来海は『偏執鏡(ストーキングミラ―)』によって把握していた。
 また、時折凜々花や陽日輝がこちらに呼びかける声がイヤホンから聞こえてきていたものの、今はそれに対して応えることができずにいる。
 それは、陽日輝が危惧したように、来海の身に危機が訪れたからではない。
 むしろ、危機が訪れないようにするために、来海はあえて通信を無視していた。
 微かにでも声を出してしまうと――誰かに気付かれてしまう可能性があるからだ。
「…………」
 来海は、今、戦場の真っ只中にいる。
 にも関わらず、来海に対して襲い掛かろうとする者はいない。
 それは、来海が他の生徒に存在を気付かれていないからだ。
 とはいえ、来海が持つ『能力』は『偏執鏡』のみ。
 透明人間になったり他人の視覚に干渉したりする能力はない。
 来海が周囲に存在を気付かれていないのは、もっと現実的かつ、古典的な理由だった。
 ――来海は、死体を背中に乗せた状態で地面にうつ伏せになることで、自分の体を完全に覆い隠していたのだ。
 もちろん、やっていて気分の良いものではない。
 背中にのしかかるずっしりとした重み、鼻をつく血の臭い。
 それでも、来海の作戦にはこの『擬態』は必要不可欠だった。
 自分には、戦闘向きの『能力』も無ければ、素の身体能力も高くない。
 戦場に堂々と乗り込んだところで、あっという間に殺されてしまうのがオチだ。
 だから、こうして隠密行動を取る。
 恩田綜もわざわざ死体に火の玉を落としてはこないだろうし、万が一火の玉を落とされても、死体を傘にしている分、致命傷を負う前に逃げ出せる見込みもある。
 ……さっきから、駆け回っている生徒の何人かに死体越しに背中を踏まれたのは、まあ、耐えるしかなかったが。
 来海は、懐に持ち手を突っ込み、鏡面が顔の下に来るようにした手鏡を至近距離で見つめながら、慎重に状況を確認する。
 『偏執鏡』は、顔と名前を把握している生徒の周囲を俯瞰の視点で映し出すことができる能力であり、それは実は、来海自身も例外ではない。
 来海は、『偏執鏡』の対象に自分を指定することで、周囲の光景を鏡に映し出していた。
 それにより、死体の下に潜んで地を這っているような状態からでも、自分の近くに誰がいて何が起きているかを、把握することができている。
 そうして、できるだけ周囲に人がいないときや、煙が濃くなっているときを見計らって、来海はジリジリと少しずつ、匍匐前進の要領で進んでいた。
 ――ちなみに、背負っている死体がずり落ちることがないように、事前に吐和子に『糸々累々(ワンダーネット)』で、自身と死体とを結びつけてもらっている。もちろん、いざとなれば糸を切って死体を捨てて逃げられるように、糸の位置も教えてもらっていた。
 その吐和子もまた、別の作戦を実行するために動いてる最中だ。
 来海は『偏執鏡』に映る、戦場を駆け回る吐和子の姿を見つめ、彼女が無事であることに安堵する。同様にミリアの姿も映し出していたが、こちらも無事だった。
 ――おっと、人の心配をしている場合じゃなかったな。
 来海は唇を歪めて笑みの形を作り、それから、『偏執鏡』に映る、また別の生徒の姿を見据える。
 ――来海の隠密行動の目的。
 それは、『楽園』の主力生徒、いずれかの暗殺だった。



 御陵ミリアは、煙に紛れるようにして駆け回っていた。
 ミリアの『影遊び(シャドーロール)』は、ライトで他人の影を照らすことで影の持ち主の該当する部位を焼くことができるというものだ。
 恩田綜の『暴火垂葬(バーニングレイン)』に、『結果』だけは近い。
 そしてミリアは、その恩田綜を目標に定めていた。
 やはり今、最優先で倒さなければならないのは恩田綜だ。
 降り注ぐ火の玉は単純に脅威だし、『楽園』に乗り込むという目的を達成するためには、避けては通れない相手だろう。
 事実、乱戦を掻い潜って『楽園』への入口がある倉庫へと辿り着きかけた生徒が二人ほど、狙い澄ましたかのように落とされた火の玉によって葬られている。
 むやみやたらに火の玉を降らせているようで、『楽園』の守りはしっかりと意識しているようだ――講堂の屋上という、全体が見渡せる位置にいるのも大きいだろう。
 それに、木附祥人こそ離れたものの、鎖羽香音が傍らにいるのも面倒だ。
 恐らく彼女の能力は、視覚、もしくは聴覚に関するものだろう。
 屋上での二人の様子を観察するに、羽香音が恩田の攻撃のサポートをしていることはまず間違いがなかった。
 なんとかして講堂に――懐中電灯で影を照らせる距離にまで近付ければ、『影遊び』の威力はすでに確認済み――あの屈強な岡部丈泰にあっという間に致命傷を負わせたほどだ、恩田綜の暗殺も可能だろう。
 そのためにも、ミリアは『影遊び』を極力温存するつもりでいた。
 ……講堂の屋上にいる恩田と羽香音からは、下界の様子はよく見える。
 自分が懐中電灯を使って戦う姿を見られたら、『影遊び』の性質とリーチを見抜かれてしまう――そうなっては警戒され、暗殺の成功率は著しく下がるだろう。
 ミリアはふと、二人の親友――来海と吐和子のことを考えた。
 来海は、三人で外の世界で過ごした日常こそ自分たちにとって価値のあったものであり、『楽園』では自分が望む幸せは手に入らないと結論付けた。
 吐和子は、『楽園』も別に悪くは無いが、来海の意思を尊重したのと、自分たちが殺した岡部の命を背負っているということを理由に、『楽園』入りを断った。
 ――二人とも、立派だ。
 ミリアはあのとき――飛沢翔真が『楽園』入りの話を持ちかけてきたとき――ただ、不安だった。
 『楽園』入りを受け入れるか否かで、来海と吐和子の意見が食い違うことが。
 自分たちがバラバラになってしまうことを想像して――それが、恐ろしかった。
 ……来海にはオカルト同好会、吐和子にはバレーボール部という、他の居場所があった。
 しかし自分にはそんなものはなかった――美術部に所属こそしていたものの、そこに友人と呼べる存在はおらず、ただ黙々と適当な絵を描いて時間を潰していただけだ。
 だからこそ、来海と吐和子の存在はミリアにとってかけがえがなく。
 ――ゆえに、目の前に現れた生徒がどんな強敵であろうと、負けるわけにはいかなかった。
「――邪魔だ」
 まるで抜き身の刀のような、低く冷徹な声。
 声の方向に視線を向けるよりも早く、声をかけられた生徒は首を刎ね飛ばされていた。
 自分が殺されたことに気付くことすらないほどの、一瞬の出来事。
 首を失った胴体がぐらりとよろめき、その場に崩れ落ちるのを、彼は――滝藤唯人は、心底どうでもよさそうに見。
 それから、その遺体の胸ポケットをまさぐり、手帳を奪った。
 ――やはり、彼もこの場所に戻ってきていた――剣道部の一年生エースであり、岡部丈泰同様、全国区のプレイヤーである滝藤唯人。
 その手に握られた木刀は、真新しい血でべっとりと濡れている。
 そして不運なことに――ミリアは彼と、目が合ってしまった。
「――――」
 唯人は、すぐさま木刀を握り直し、地面を蹴った。
 目が合った瞬間には、ミリアを視認した直後には――ミリアを殺すことを決め、そして同時に行動に移ったのだろう。
 この生徒葬会においても、彼ほど躊躇の無い生徒はそうはいないだろう。
滝藤唯人は、殺人に対する迷いの無さだけでいえば、生徒葬会の全参加者中トップかもしれない。
 そんな男に命を狙われたということがどれほどの不運かは言うまでもないが。
 それでも――ミリアは、ここで殺されるわけにはいかなかった。
 ……私という存在になんて、大した価値はない。
 そう思っていたから、人生において何かを頑張ることもなかったし、夢や目標なんて決めるのも馬鹿馬鹿しかったし、処女だって適当に捨てた。
 そうして適当に、投げやりに生きていくだけの人生だと思っていたし、それでいいと思っていた――そんな自分の日常に、彩りを与えてくれたのは、来海と吐和子だ。
 だからこそ。
 その二人が、自分と過ごす日常を取り戻すことを望んでいるというのなら。
 そのためになら――かけがえのない親友たちの、その願いに応えるためになら。
 ――自分は、どこまでも頑張れる。
「『影(シャドー)……遊び(ロール)』!」
 ミリアはポケットから懐中電灯を取り出し、その過程ですでに懐中電灯のスイッチに指を滑らすようにして這わせ、オンにしていた。
 その光を唯人の影めがけてかざし――そして。
 一瞬のうちに、勝負は決することとなる。

       

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