Neetel Inside ニートノベル
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生徒総会あらため、生徒“葬”会
第八十二話 退避

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【9日目:夕方 屋外東ブロック】

 若駒ツボミと立花百花の因縁の対決が勃発する少し前。
 御陵ミリアと嶋田来海は、『楽園』を巡る大規模な殺し合いが発生している中央ブロックから離脱し、東ブロックに差し掛かった辺り――ちょうどブロックとブロックの境界線上にあたる場所にまで移動を終えていた。
 すでに二人は、暁陽日輝らとの通信に使用していたマイクもイヤホンも外して、ポケットの中に押し込んでいる――付けたままだと、迷いが生まれてしまうかもしれないからだ。
 戦場の真っ只中に残してきた陽日輝たちを、助けに戻りたいなんて思いが生じてしまうから――いや。
 そんな殊勝な気持ち、自分たちにはない。
 ただ、陽日輝たちの内の誰か一人でも、あの後死んだら――死んだことを知ってしまったら、自分たちの罪悪感が耐え切れないほど膨らんでしまうだろうから。それだけのことなのだ。
 自分たちのような人間を、卑怯者だとか臆病者だとかいうのだろう。
 分かっている――そもそも彼らを『楽園』との戦いに誘ったのは自分たちだ。
 にも関わらず、こうして安全圏にまで逃げ延びていることを、卑怯だとか臆病だとか言わずして何と言おう。
 それでも――もうあの場所には、戻りたくない。
 久遠吐和子という親友を失った、あの場所には。
 そして、残るもう一人の親友をも失うかもしれない、あの場所には。
「ハア……ここまでくれば……きっと……大丈夫……だね……ハア」
 掲示板にもたれかかりながら、来海が息も絶え絶えに言った。
 吐和子と違い、自分たちは運動とはまるで縁が無い。
 ミリアも胸を押さえて心臓がやかましく脈打つのを感じながら、
「……うん……たぶん……」
 とだけ、なんとか答えた。
 昨夜、日付が変わったタイミングで『議長』によって行われた放送と、『楽園』で見かけた生徒の人数とを比較するに、生存していた生徒の多くが中央ブロックに集まっていることは間違いない。
 なので、それ以外のエリアは手薄になっている――実際、ここに来るまで誰とも遭遇することはなかった。
「……私たちは、これからどうすればいいんだろうね……?」
 やがて呼吸が整ってきたとき、来海が、空を見上げてそう呟いた。
「……わからないよ……」
 ミリアは逆に、足元に視線を落としてそう返す。
 ――三人一緒でいることが当たり前だった。
 この生徒葬会の中においてすら、心のどこかで、自分たちは一人も欠けることはないのだと、おこがましくもそう思っていた。
 ……今も、この場所に吐和子がいないという事実を認めたくない自分がいる。
 ほら、来海の隣、自分との間に、吐和子が――
 ……分かっている。
 そんなことはありえない。
 自分たちが吐和子にできることは、吐和子が最期に望んだように、生きること。
 それだけしか、ない。
 だけど。
 吐和子を失った自分たちに、それができるのだろうか。
 精神的な問題だけじゃない。
 吐和子のように体力や運動神経があるわけでもない自分たちに、この生徒葬会で今なお生存している強者たちを出し抜いて、二百枚の表紙を集めることが、果たして本当にできるのだろうか――
「……とりあえず、帰ろう。私たちが、いた場所に」
 来海は、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
 あの場所――それは、自分たちが根城にしていた東第二校舎のことだろう。
 留守にしている間に他の生徒が侵入している可能性はあるが、それでも、吐和子を失った自分たちが、ほんの少しでも安心できるとしたら、あの場所をおいてほかにない。
「後のことは、それから考えよう」
 そう言う来海の顔は、どこか疲れていた――否、やつれていた。
 後のことはそれから考えよう――ともすると、理知的な言葉にも聞こえる。
 しかし、ミリアは分かっていたし、来海も自覚しているだろう。
 それは裏を返せば、『今は考えない』という意味だ。
 過酷な現実と向き合うことから、その場凌ぎで逃げているだけだ。
 そう分かっていても――ミリアは、頷くしかなかった。
「……そうだね」
 ――このままでは、自分たちは生き残れないだろう。
そう理解していても、そのことからも目を背けるようにする。
……ごめん、吐和子。
 私たちは、吐和子が、それに私たち自身が思っているほど、強くなんかなかった――
 ミリアが、そんなことを考えていたときだ。
 少し離れた場所に置かれていた円柱型のゴミ箱を押しのけて、一つの人影が、こちらめがけて突っ込んできた。
「「!?」」
 ずっとそこに隠れていた――……!?
 狼狽しながらも、ミリアは懐中電灯を取り出してスイッチを入れる。
 しかし、人影はこちらの腕の動きを見て機敏に走る方向を変えていて、『影遊び(シャドーロール)』によるダメージを与えることができない。
(速い……!)
 ミリアの動体視力や反射神経はお世辞にも良くはない。
しかし、だからといって、ライトの光を完全にかわし続けながら走れるほどの動体視力と瞬発力を持ち合わせているのは、並大抵の生徒じゃない。
 恐らくは運動部、それもエース級。
 ――剣道部の滝藤唯人に、なすすべもなく追い詰められたのを思い出す。
 あのとき懐中電灯を一つ切断されているから、今持っているコレが唯一の武器だ。
 なんとしてでも、間合いを詰められる前に光を当てなければ――
「!」
 ミリアは、迫るその生徒――どうやら男子生徒らしい――が、何かを投げたのを見た。
 思わずその場にしゃがんでかわす。
 ――しかし、それこそが彼の狙いだったのだろう。
 いくら彼の身体能力が群を抜いていても、さすがに懐中電灯の光で追われ続けてはいつまでもかわせるとは限らない。
 そこでこちらに隙を作るために適当なものを投げた――
 そのことに気付いたときには、もう遅かった。
「あうっ!」
 立ち上がりかけたとき、彼はすでに間近に迫っていて。
 振り上げた足の先が、ミリアの懐中電灯を跳ね上げていた。
「あっ――」
 ミリアの手から離れてしまっては、光はただの光に過ぎなくなる。
 宙に右手を差し出し、懐中電灯を掴もうとしたが、その手を彼に掴まれてしまう。
 そのまま腕をねじり上げられる流れで、無理やりに彼に背中を向ける体勢にさせられた。
「痛っ!」
「すいません――俺たちも、生きて帰りたいんスよ――……!」
 右手を捻りながら、彼は謝ってきた。
 反論しようとしたとき、後ろからスッと何かが伸びてくる。
――左後ろから、首筋にナイフを突きつけられたのだ。
「うっ……!」
「このまま大人しくしていてください。そうでないと――もう一人の命は無いです」
「!? 来海っ!」
 見ると、来海のほうも、同じように後ろから首筋に刃物を付けつけられていた――そちらはナイフではなくカッターナイフだったが、カッターであろうと力を入れて引けば頸動脈も切れるだろう。
 実際、来海を制圧しているその女子生徒が持ったカッターナイフの刃には、赤茶色に変色した血が付いていた。
「――月瀬さん」
 ミリアは、その生徒に見覚えがある。
 当たり前だ。
 彼女とは同じクラスになったこともある。
 月瀬愛巫子――図書委員長を務める、成績優秀・容姿端麗の優等生。
 背中まで伸ばした黒い髪と、銀色のフレームの細いメガネ。
 そして何より、その人を人とも思わないような冷たい眼差し。
 ――この人は。
 来海や吐和子と親しくなる前の、私に似ている。
 ずっとそう思っていたから――だから、ミリアには分かっていた。
 深窓の令嬢のように思われている愛巫子の、その内面にある漆黒の闇に。
「久しぶり、御陵さんに嶋田さん。こんなところで何をしているのかしら? まさか、あの馬鹿げた放送を鵜呑みにして『楽園』だとかに行ってはみたけど、命からがら逃げてきたか、それとも、そもそも怖気づいて行けなかったのか――うふふ。ところで、久遠さんはお元気? いつも三人一緒にいたから、生徒葬会でもそうだと思ったのだけれど」
「……っ」
「ああ、そういうこと――久遠さんは死んだのね。この先で」
 愛巫子がチラリと、『楽園』のある中央ブロックの方向に視線を向けた。
 ――カッターナイフの血痕、そしてこの手慣れた感じ。
 愛巫子もまた、この生徒葬会で屍を築いてきた生徒の一人ということだろう。
 どうする――懐中電灯は蹴り飛ばされた。
 それ以前に、ナイフを突きつけられた状態では動きようがない。
第一に、来海が人質に取られている状態で――動くなんて選択肢はない。
「……月瀬さん。私はいいから、来海を助けて」
「! 何をバカなことを言っているんだ、ミリア……! それこそ私なんかはいい、ミリアを解放してくれ!」
「あーあー、そういうのいいから。美しい友情は本の中だけで十分。現実でやられると冷めちゃうのよねー…早宮君、その子の手帳を取って」
「――はい、月瀬先輩」
 どうやら自分を捕まえているこの男子生徒は、早宮というらしい。
 早宮は、こちらの右腕を捻っていた手を離し、少し躊躇いながら、胸ポケットに手を入れてきた。
 程なくして手帳が引き抜かれる。
 その間に、愛巫子も同じようにして、来海から手帳を奪っていた。
「『偏執鏡(ストーキングミラ―)』ね。中々便利そうな能力じゃない」
「この人のは『影遊び(シャドーロール)』……やっぱり懐中電灯を武器にする能力みたいっスね」
 愛巫子と早宮はその後、互いに手帳の能力説明ページを音読して共有した。
 ……まあ、タネが割れたところで今さらこれ以上不利にはならない。
 どのみち来海の能力は戦闘に使えず、こちらの能力も懐中電灯ありきなのだから。
「……手帳は渡す。だから、ミリアを殺さないでくれるかい……?」
「それは取引になってないわ、嶋田さん。私たちはすでにあなたたちを制圧し、手帳を手に入れている。後はあなたたちが後々邪魔にならないよう殺しておしまいなんだけど、どう? 自分だけ助かりたいと先に言ったほうだけ、生かしてあげてもいいけど」
「……クソ女」
 ミリアは、思わずぼそりと呟いた。
 自分に突き付けられているナイフが少し揺れた辺り、早宮には聞かれたようだが、愛巫子には聞こえなかったようだ。
 ――しかし、愛巫子の言う通りではある。
 自分たちはすでに、この二人に生殺与奪を握られている。
 出来ることは、黙って死ぬか、命乞いをするか、抗って死ぬか。
 もしくは、第三者がこの場を通りかかり、さらにその第三者が介入して自分たちを助けてくれる、そうでなくとも、自分たちが逃げる隙が生じることを祈るくらいか。
 ――しかし、ほとんどの生徒が『楽園』に集結している今、それは現実的ではないだろう。
 そしてこの二人は、恐らくそういった少数の、『楽園』に向かう、あるいは『楽園』から逃げてきた生徒をターゲットにして、こうした『狩り』を行っているのだ。
「私も鬼じゃないの――十秒だけ時間をあげるわ。その間に、自分だけ助かりたいです、殺すのはあっちにしてください――そう先に言えたほうだけ助けてあげる。十秒以内に言えなかったら両方殺すわ」
 殺すのは自分にしてくれ、と言わせるのではなく、殺すのは相手にしてくれ、と言わせようとする――この上無く悪意に満ちた提案。
 それに憤りを感じながらも、ミリアは内心願った。
 私は決して軽蔑しない――だから。
来海が、自分を犠牲にして生き残ってくれることを。
「1、2……」
 愛巫子が数を数えだし、来海の顔に焦燥の色が浮かぶ。
 その顔を見て、ミリアは微笑みかけた。
「いいよ、来海」
「……! ミリア……!」
 来海が決断してくれるかどうかは分からない。
 しかしだとしても、ギリギリで自分が生き残ろうとするという選択肢は、ミリアにはなかった。
 こんな私でも死ぬのは怖い。
 実際、すでに足が震えていて、ナイフを首筋に突き付けられているというのに、体勢を崩してしまいそうだ。
 それでも、来海が生き残れないのなら、そのときは二人で一緒に死ぬほうがマシ。吐和子も待っているのだから、なおさらだ。
「3、4……」
 ミリアは、ぎゅっと拳を握り締め、数秒後に訪れる痛みと死に備えつつ、来海が生き残る道を選んでくれることを、切に願った。

       

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